第3話 他人の目なんか、どーでもいーわ
その時、鷹也のLIMEに新たなチャットが着弾。
そのアカウント名は『千鶴』と表示されており、パニック中の鷹也はクラッと目眩がした。
『今どこ?』
(千鶴……こっちの場所訊いてくるってことは『何か買ってきて欲しい』とか、そういうやつか?)
『学校だよ。何?』
『今、校門の前にいるから来て。ダッシュ』
「なッ……」
まるで『他校にいる彼女』からのチャット。しかも、かなりパシらされている。
だが、何のことはない。彼女の名は『小埜千鶴』。正真正銘、鷹也の妹だ。
「な、何かあったの?」
鷹也のリアクションに、陽代乃はおそるおそる問いかける。
その返答に鷹也は迷う。それは、陽代乃に限らず、妹・千鶴のことは極力知られたくなかったからだった。
『ちょっと用事ができたみたいで……すみません、俺、行かないと』
「そ、そうなんだ! 急用みたいだし、私のことは気にせず、行って行って!」
やはり、動画配信での陽キャ感とは少し違う、遠慮するような笑顔と気遣いの言葉。
後ろ髪を引かれつつも、鷹也はペコリと頭を下げる。
その時、しばらく黙っていた雅桜が口を開き、ドスの利いた低音で問うた。
「プライベートに口出しするのは何だが……陽代乃との時間を切り上げるほどの用件なんだろうな?」
「え……」
(いや、仲村先輩の怒るポイント、そこ!? そりゃ、俺だってもっと話したいとは思うけど、家族の問題も大事と言いますか……)
鷹也が思考するその時、実時間としてはほぼ間を置かず、陽代乃は立ち上がり、雅桜の背中をバシンと叩いた。
「ちょっと、がおー氏ヤメテ! なんか私がすっごくヤな人みたいになるじゃん!?」
「陽代乃は黙っていろ。俺がコイツに訊いているんだ。先程の焦りよう、他人には言えん悪事の相談という可能性もある」
超乱暴な陰謀論。陽代乃はその場で一回転し、その勢いのままフルパワーの平手を雅桜の背中に見舞った。
ズバン! と強烈な音が部室内に響く。さすがのがおー氏も前のめり、短くうめく。
「ごめんごめん! この人のことはほっといて、行って行って!」
(ひよの先輩はそう言うけど……仲村先輩に敵意を向けられるのも当然だしなぁ。まったくもって、この関係、慣れる気がしない!)
『行け』と言いつつ、陽代乃は不安げな笑みを浮かべ、ポツリひとこと付け足した。
「また……ここで会える、よね?」
ドキッとさせる表情と言葉。
『ちゃんと文字でひとこと……』とも考えたが、あえて陽代乃の目を見つめ、鷹也は強く頷いた。
* *
息を切らした鷹也が昇降口を出ると、校門を出た所に、羽広学園のブレザーとは違うセーラー服の女子がスマホを弄っているのが見えた。
ポニーテール、その髪色こそ黒髪だが、前髪の左サイドにピンク色のメッシュが、長めのスカートにはスリットが入っていた。
(この学校がエンタメ系に寛容だから、千鶴のアレも目立つほどじゃないが……単純に制服違うし、中学生だし。やっぱ見られてるな)
脇を通過する生徒は、そのJCを微笑ましげに眺める。
その視線を感じて、千鶴は少しだけ校門の壁に隠れる。
それを遠目に見やり、鷹也は苦笑いで駆けつける。
「千鶴!」
鷹也が声をかけると、振り返った勢いでポニーテールとメッシュの前髪が翻る。
が、その表情は特に嬉しそうなこともなく、無愛想で生意気な顔。
「遅いよ。何してた?」
「部活に入ったから、部の人と話してたんだよ」
「部活? おにーが? 何部?」
(余計なこと言いたくないが、ウソついてバレると面倒だからな……)
「電網部って言って、ネット全般の部」
「何それ……何人も集まって、みんなでネットすんの? そんなん家でひとりでしなよ」
「い、いいだろ。部活くらい自由にさせてくれ」
この千鶴という娘、昔から兄への依存が強い妹だった。
それは何も『兄ラブ』ではなく、言葉通り『依存』。
『兄が自分のことを気にかけるのは当然』という精神。
そもそもこの不良のような仕草も、鷹也がVtuber活動に時間をかけるようになり、コンタクトが減ったことに起因する。筋金入りのめんどくさい妹だった。
「で、何なんだよ。高校にまで来るとか……」
「カラオケのポイントカード特典が今日までだったから。一緒に来て」
(それ絶対、兄を誘うものじゃないんだけどな。普通の友達を作ってくれよ……)
と言っているが、この兄が甘やかしてきたことも原因のひとつ。
両親ともに忙しく、この兄妹が一緒にいることは長い間当たり前のことだった。
(めんどくさいとは思うけど……千鶴は俺がいなきゃダメだからな。悪い男に引っかかったりしたら大変だし……)
「とにかく、ここじゃ体裁が悪い。とりあえず……」
「あ、小埜くん?」
その声にハッとして、振り返る。
陽代乃&雅桜に追いつかれてしまうという気まずい状況に、鷹也は引きつるような笑顔。
その顔を見て、陽代乃はすべてを察したように遠慮がちな笑顔を作る。
「ご、ごめんね! 声かけちゃって。バイバイ!」
爆速でペコリと頭を下げ、手を振る陽代乃に、思わず鷹也は口を開いた。
「は、はい! すみません!!」
「はにゃっ!」
陽代乃は身震いし転びそうになるが、雅桜がその体を支える。
「あは、ははは……。ほら行くよ、がおー氏!」
急ぎ足で去りゆくふたりを、鷹也は『やっちまった』という顔で見送る。
そのやりとりは千鶴にとって意味のわからないものだったが、何か特別な関係性は当然感じられた。
「ふーん、女目当てで部に入ったってこと?」
「ち、違うわ! あの人は、俺のあとから入ってきたんだよ!」
「……どーでもいーわ」
(クッ……絶対、誤解されたよな。でも、『妹』とバレたくないし……)
一瞬思案して、ハッと思い直す。こんな思考を何度も繰り返すな、と自分に言い聞かせる。
(『彼女持ちだと思われたくない』ってのは、ひよの先輩と付き合う可能性が1%でもあると思ってる……ってこと。それは……0%なんだって)
虚空を眺めながら、脳内データを整理する。今日起こったことを並べ置き、ひとつ頷く。
(我ながら不遜すぎるけど……あんな態度見せられたら、脳が混乱して誤解するのも無理ないよなぁ)
「おい、心ここにあらずじゃん? ムカつくんだけど」
やっと落ち着いてきた鷹也に、千鶴はあからさまな不満をぶつけた。
「誤解されたのが嫌なら、言い訳してきなよ。不良の妹を更生させるため、仕方なく付き合ってやってんだって」
「べ、別に……そういうわけじゃないから。仕方なく付き合ってる、っていうのも違うし」
「誤解されたままじゃ、絶対あの人と付き合えないよ? いーの?」
「いやいや、隣のイケメンが見えなかったのか? あんなスーパー美男から略奪愛しようってやつ、いると思う?」
そう言って、またハッとする。
「い、いや、だから……そもそも『付き合う』なんて思ってもないから!」
「……ふーん。ま、どーでもいーわ」
何の感情も無さそうな仏頂面のまま、千鶴は鷹也の手を取った。
「ちょっ……他人に見られる場所ではやめろって」
「何? 誰もアタシらが兄妹だとは思ってないよ」
「いやいや……だからこそ男女が手を繋いでるのはバカップルくらいで、一般的には恥ずかしいことだろ」
「他人の目なんか……どーでもいーわ。どー見られよーが、アタシらが兄妹な事実は変わらないんだし」
ふたりとも、感覚が『普通』からずれていた。が、小埜兄妹にとっての『普通』は、こうだった。
なんとなく他人との認識の違いは感じていたが、自分達の『普通』を否定するほどの同調圧力に遭遇してこなかった。
(確かに、これを見てイジッてくるような友達はまだいないが。いや……逆に、このイジリ所が友達のキッカケになる可能性もあるか?)