表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

3/16

第3話 他人の目なんか、どーでもいーわ

挿絵(By みてみん)



 その時、鷹也のLIME(ライム)に新たなチャットが着弾。

 そのアカウント名は『千鶴(ちづる)』と表示されており、パニック中の鷹也はクラッと目眩がした。


『今どこ?』


(千鶴……こっちの場所訊いてくるってことは『何か買ってきて欲しい』とか、そういうやつか?)


『学校だよ。何?』

『今、校門の前にいるから来て。ダッシュ』


「なッ……」


 まるで『他校にいる彼女』からのチャット。しかも、かなりパシらされている。

 だが、何のことはない。彼女の名は『小埜千鶴』。正真正銘、鷹也の妹だ。


「な、何かあったの?」


 鷹也のリアクションに、陽代乃はおそるおそる問いかける。

 その返答に鷹也は迷う。それは、陽代乃に限らず、妹・千鶴のことは極力知られたくなかったからだった。


『ちょっと用事ができたみたいで……すみません、俺、行かないと』


「そ、そうなんだ! 急用みたいだし、私のことは気にせず、行って行って!」


 やはり、動画配信での陽キャ感とは少し違う、遠慮するような笑顔と気遣いの言葉。

 後ろ髪を引かれつつも、鷹也はペコリと頭を下げる。

 その時、しばらく黙っていた雅桜が口を開き、ドスの利いた低音で問うた。


「プライベートに口出しするのは何だが……陽代乃との時間を切り上げるほどの用件なんだろうな?」

「え……」


(いや、仲村先輩の怒るポイント、そこ!? そりゃ、俺だってもっと話したいとは思うけど、家族の問題も大事と言いますか……)


 鷹也が思考するその時、実時間としてはほぼ間を置かず、陽代乃は立ち上がり、雅桜の背中をバシンと叩いた。


「ちょっと、がおー氏ヤメテ! なんか私がすっごくヤな人みたいになるじゃん!?」

陽代乃(おまえ)は黙っていろ。俺がコイツに訊いているんだ。先程の焦りよう、他人(ひと)には言えん悪事の相談という可能性もある」


 超乱暴な陰謀論。陽代乃はその場で一回転し、その勢いのままフルパワーの平手を雅桜の背中に見舞った。

 ズバン! と強烈な音が部室内に響く。さすがのがおー氏も前のめり、短くうめく。


「ごめんごめん! この人のことはほっといて、行って行って!」


(ひよの先輩はそう言うけど……仲村先輩に敵意を向けられるのも当然だしなぁ。まったくもって、この関係、慣れる気がしない!)


 『行け』と言いつつ、陽代乃は不安げな笑みを浮かべ、ポツリひとこと付け足した。


「また……ここで会える、よね?」


 ドキッとさせる表情と言葉。

 『ちゃんと文字でひとこと……』とも考えたが、あえて陽代乃の目を見つめ、鷹也は強く頷いた。



     *          *



 息を切らした鷹也が昇降口を出ると、校門を出た所に、羽広学園のブレザーとは違うセーラー服の女子がスマホを弄っているのが見えた。

 ポニーテール、その髪色こそ黒髪だが、前髪の左サイドにピンク色のメッシュが、長めのスカートにはスリットが入っていた。


(この学校がエンタメ系に寛容だから、千鶴のアレも目立つほどじゃないが……単純に制服違うし、中学生だし。やっぱ見られてるな)


 脇を通過する生徒は、そのJCを微笑ましげに眺める。

 その視線を感じて、千鶴は少しだけ校門の壁に隠れる。

 それを遠目に見やり、鷹也は苦笑いで駆けつける。


「千鶴!」


 鷹也が声をかけると、振り返った勢いでポニーテールとメッシュの前髪が翻る。

 が、その表情は特に嬉しそうなこともなく、無愛想で生意気な顔。


「遅いよ。何してた?」

「部活に入ったから、部の人と話してたんだよ」

「部活? おにーが? 何部?」


(余計なこと言いたくないが、ウソついてバレると面倒だからな……)


「電網部って言って、ネット全般の部」

「何それ……何人も集まって、みんなでネットすんの? そんなん家でひとりでしなよ」

「い、いいだろ。部活くらい自由にさせてくれ」


 この千鶴という娘、昔から兄への依存が強い妹だった。

 それは何も『兄ラブ』ではなく、言葉通り『依存』。

 『兄が自分のことを気にかけるのは当然』という精神。

 そもそもこの不良のような仕草も、鷹也がVtuber活動に時間をかけるようになり、コンタクトが減ったことに起因する。筋金入りのめんどくさい妹だった。


「で、何なんだよ。高校にまで来るとか……」

「カラオケのポイントカード特典が今日までだったから。一緒に来て」


(それ絶対、兄を誘うものじゃないんだけどな。普通の友達を作ってくれよ……)


 と言っているが、この兄が甘やかしてきたことも原因のひとつ。

 両親ともに忙しく、この兄妹(ふたり)が一緒にいることは長い間当たり前のことだった。


(めんどくさいとは思うけど……千鶴(こいつ)は俺がいなきゃダメだからな。悪い(やつ)に引っかかったりしたら大変だし……)


「とにかく、ここじゃ体裁が悪い。とりあえず……」

「あ、小埜くん?」


 その声にハッとして、振り返る。

 陽代乃&雅桜に追いつかれてしまうという気まずい状況に、鷹也は引きつるような笑顔。

 その顔を見て、陽代乃はすべてを察したように遠慮がちな笑顔を作る。


「ご、ごめんね! 声かけちゃって。バイバイ!」


 爆速でペコリと頭を下げ、手を振る陽代乃に、思わず鷹也は口を開いた。


「は、はい! すみません!!」

「はにゃっ!」


 陽代乃は身震いし転びそうになるが、雅桜がその体を支える。


「あは、ははは……。ほら行くよ、がおー氏!」


 急ぎ足で去りゆくふたりを、鷹也は『やっちまった』という顔で見送る。

 そのやりとりは千鶴にとって意味のわからないものだったが、何か特別な関係性は当然感じられた。


「ふーん、女目当てで部に入ったってこと?」

「ち、違うわ! あの人は、俺のあとから入ってきたんだよ!」

「……どーでもいーわ」


(クッ……絶対、誤解されたよな。でも、『妹』とバレたくないし……)


 一瞬思案して、ハッと思い直す。こんな思考を何度も繰り返すな、と自分に言い聞かせる。


(『彼女持ちだと思われたくない』ってのは、ひよの先輩と付き合う可能性が1%でもあると思ってる……ってこと。それは……0%なんだって)


 虚空を眺めながら、脳内データを整理する。今日起こったことを並べ置き、ひとつ頷く。


(我ながら不遜すぎるけど……あんな態度見せられたら、脳が混乱して誤解するのも無理ないよなぁ)


「おい、心ここにあらずじゃん? ムカつくんだけど」


 やっと落ち着いてきた鷹也に、千鶴はあからさまな不満をぶつけた。


「誤解されたのが嫌なら、言い訳してきなよ。不良の妹を更生させるため、仕方なく付き合ってやってんだって」

「べ、別に……そういうわけじゃないから。仕方なく付き合ってる、っていうのも違うし」

「誤解されたままじゃ、絶対あの人と付き合えないよ? いーの?」

「いやいや、隣のイケメンが見えなかったのか? あんなスーパー美男から略奪愛しようってやつ、いると思う?」


 そう言って、またハッとする。


「い、いや、だから……そもそも『付き合う』なんて思ってもないから!」

「……ふーん。ま、どーでもいーわ」


 何の感情も無さそうな仏頂面のまま、千鶴は鷹也の手を取った。


「ちょっ……他人(ひと)に見られる場所ではやめろって」

「何? 誰もアタシらが兄妹だとは思ってないよ」

「いやいや……だからこそ男女が手を繋いでるのはバカップルくらいで、一般的には恥ずかしいことだろ」

他人(ひと)の目なんか……どーでもいーわ。どー見られよーが、アタシらが兄妹な事実は変わらないんだし」


 ふたりとも、感覚が『普通』からずれていた。が、小埜兄妹にとっての『普通』は、こうだった。

 なんとなく他人(ひと)との認識の違いは感じていたが、自分達の『普通』を否定するほどの同調圧力に遭遇してこなかった。


(確かに、これを見てイジッてくるような友達はまだいないが。いや……逆に、このイジリ所が友達のキッカケになる可能性もあるか?)


評価をするにはログインしてください。
この作品をシェア
Twitter LINEで送る
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ