第27話 脱がせてってってって!?
* *
「奴ら、カラオケに入るようだな」
鷹也たちから10mほど離れた某ファーストフード店の軒先、白ヒゲ眼鏡オジサン人形の陰に隠れる雅桜。
さらにその陰に隠れる千鶴は、スマホを弄りながら眉根を寄せる。
「うーん……店員に言って、隣の部屋にしてもらうかな」
「そんなことが可能なのか?」
「『友達にサプライズ仕掛けたいから』って言えば、なんとか行けんじゃないすかね」
「曖昧だな。隣の部屋に入るとして、小埜千鶴は……」
「あのさ! いーかげんフルネームで呼ぶのやめなってんだよ!」
ギリギリ敬語で喋っていた千鶴だったが、そこで爆発した。
「なぜだ? 間違っているわけではないし、なんなら丁寧と言えるだろう」
「周りの人間全部にフルネーム振りまいて歩きたくねーっての!」
それは確かに正論。
「今からカラオケの店員には兄妹のフリするし、ファーストネームで呼ぶよーに!」
「いや、兄妹ふたりでカラオケは違和感あるだろう。恋人同士の方がまだ自然ではないか?」
一理ある雅桜のツッコミに、千鶴の耳がカアッと赤くなる。
「バッ……兄妹でいーんだよ! 何も違和感なんてないッ!」
* *
「カラオケ久しぶりだなぁ~。友達とは行けないから、あんまり機会ないんだよね」
自分たちの部屋に辿り着き、陽代乃は脱いだキャップを指でクルクルと回しながら言う。
「友達とは行けない……って?」
「あっ、実は……がおー氏に止められてるの。イメージ戦略的な何かで、まだ歌は聴かせない方がいいって」
(イメージ戦略的な何か? うーん……俺みたいな木っ端Vtuberにはわからないプロデュース計画があるんだな)
「そんな貴重な歌声を聞けるなんて、嬉しいです! 他のぴよ子ファンに申し訳ないなぁ」
「やだな、そんな期待しないでよ? 正直、歌は全然だから! そのうち教室で指導でも受けようかと思うんだけど……」
陽代乃は話を合わせながらも、連携させたスマホのアプリで曲の候補とにらめっこ。
(まずいぞ、まずい。鷹也くんの歌を先に聴いたら、そのあと前後不覚になる可能性がある。恥ずかしいけど、とりあえず先に行っとかないと……)
「私、先に歌ってもいいかな? こういうのはハードル上げないように、早めの方がいいもんね」
「はい、もちろん。どうぞどうぞ」
(それって、俺の歌がハードル上がるってことだよなぁ……むむ、緊張しちゃうじゃないか)
気持ちの余裕が爆発四散している陽代乃は、鷹也の心情を慮るどころではなく『とにかく歌い慣れた曲を』と、自分の持ち歌リストから『コイマナネッチュー』を選択。
クリック音から始まり、いきなりボーカルが来るタイプの曲で、陽代乃は慌てて歌い出す。
「♪たまらない 恋は~マナ板の上 熱中CHU~ よそ見はダメよ 私だけ~♪」
昔のアニメがリメイクされた作品で、2クール目のオープニング主題歌を務めた楽曲。
ラブコメらしく、がっつりラブラブ感満載な歌い出し。
さぞかし選曲を後悔しているかと思いきや、陽代乃はただただ必死に歌うのみで、歌詞の内容まで頭が回っていないようだった。
(むむぅ……こ、これは……?)
それなら鷹也はどうかといえば、また違う動揺を覚えていた。
(ひよの先輩…………音が、微妙にずれてる? いや、リズムも……ふ、不安になるぞ?)
見た目はパーフェクトな上高陽代乃。
だが、歌唱スキルについては、控え目に言って壊滅的だった。
本人も『上手い』と思っているわけではないが、『普通』くらいの認識でいるのがまたマズかった。
(雅桜さんが言ってるイメージ戦略って……もしかして、そういうこと? いかんいかん、動揺を見せるな小埜鷹也。盛り上がらないと……!)
リズムに乗って体を揺らし、全身でその歌声を聞いているアピール。
それにホッとしたのか、陽代乃も横揺れしながら腕をパタパタさせながら歌い続ける。
「♪外野にナニ言われても変わんない 愛し合えば 勝ちなのです♪」
(うん……ひよの先輩、かわいい。なんなら、歌下手なのもかわいい。けど……何だろう、この不安が増大していくプレッシャーは……!)
感じたことのないタイプのストレスに葛藤しながら、鷹也はノリノリで合わせ続ける。
そして、曲が終わり、ハァハァ息を切らしていた陽代乃はペコリと頭を下げた。
「め、めちゃくちゃ可愛かったです! 先輩は俺の声を褒めてくれるけど、俺も先輩の声好きだから……幸せな気持ちになります!」
「あ、ありがと。久しぶりだから、歌い出しタイミングとか合ってなくて恥ずかしいな……は、はは……」
マイクをテーブルに置き、胸に手を当て、なんとか息を整えようとする。
「ハッ……は…………あ、あれ……っ」
が、その荒い息は整うことなく、陽代乃はそのままパタリとソファに倒れ込んでしまった。
「せ、先輩? 大丈夫ですか?」
「ハァ……っは……こ、呼吸が……うまくできな……ッ」
「えっ? 過呼吸とかですか? た、確か、ビニール袋を口に……」
辺りを見回すが、コンビニの袋などは持ち込んでいない。
受付に行こうかと立ち上がる鷹也を、陽代乃は突っ伏したまま呼び止めた。
「ま、待って! それはいいから……いっこ、お願いがあって……」
「何ですか? どうしたらいいですか?」
呼び止めたものの、陽代乃はそれを口に出すべきか、まだ葛藤していた。
「こんなこと……頼んじゃいけないのはわかってるけど……」
「え……な、何ですか?」
「…………脱がせて……」
「……………………ぬ、ぬ、ぬ、脱がせてってってって!?」




