第26話 サムライの覚悟
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「賑わってるけど、観光客だらけってほどじゃないし、地元の人中心でいい街ですよね」
「そうだね。私はたまーに来るんだけど、なんか和むっていうか……」
どうでもいい感想を言いながら、緊張感を隠そうと余計に不自然な会話となる鷹也&陽代乃。
それぞれ動画配信者をやっているくせに、何を話していいかわからずにいた。
「私……今、男に見えてんのかなぁ?」
「今どき中性的なファッションも普通だし、見えてると思いますよ。顔は男性的ではないし、しっかり見られたらすぐバレるでしょうけど」
「メイクも男性用になってるの、わかる?」
「そ、そうなんですね? ってか、あの短時間でメイクまで……ほんと何者なんだ若王子ツグミ」
「メイクも上手かったからいいんだけど、私としても、せっかく気合入れて顔作ってきたのに……あっ! や、違、もにゃもにゃ……」
普段なら雅桜にだけ話すような内容をポロッと口に出してしまい、おたおたする陽代乃。
そんな面を惜しげもなく見せてくれる、その裏表の無さが心地いい。
「若王子さんのお陰で、また新しいひよの先輩が見れたのはよかったですけどね。本人には悪いけど……」
「ちょっ、もうバニーガールは忘れて! てゆか……」
隣を歩く鷹也の肩をガシッと掴み、刺すような眼差しで見つめる。
「ほんとのほんとに…………見てないよね?」
「み、見てませんってば! 先輩、目が怖い!」
「ハッ……ご、ごめん、ついマジに……」
(まぁ、謝るのは嘘ついてるこっちなんだけどな。しかし、そんなに見られたくないんだなぁ……いや、当然のことかもだけど)
「あ、あの……俺って一応、先輩の彼氏じゃないですか」
「そ、そうだよ。もちろんもちろん」
「もし見えてしまってたら……あっ、ほんとは見てないですけどね? 仮に見えてたら、どうなるんですか?」
彼氏として、もっともな疑問 of 素朴。
陽代乃は少し考えたあと、答えた。
「鷹也くんの頭に……記憶消去ビームを撃ちます」
「……そんな能力をお持ちなんですか?」
「……ないですけど」
「ですよね……」
無駄な2ターンの会話。
第三者が見ていたら『スベッてる』くらいの空気感だったが、鷹也は必至で笑いを堪えていた。
「ま、まぁ、そうですよね。俺は彼氏として新米のペーペーですから、見ていいわけない……」
「違う! 彼氏だもん、見ていいよ!! って…………うあぁあッ!!」
とんでもないセリフを吐いてしまい、陽代乃は赤面MAXで頭を抱える。
「ち、違うの! 安っぽいエロコメ的ラッキースケベで見られちゃったら、本来の初めて見るシチュエーションで感動が薄れちゃうんじゃないか……って……あぁあぁあ何言ってんの私ぃぃぃッ!!」
墓穴を掘り続け、さらに悶える陽代乃。
それが愛おし&面白すぎて、鷹也は完全に笑いが漏れ、顔を背けた。
「ちょ……鷹也くん、笑ってない!? いや、確かに笑わせるようなアホアホ発言してるけど!」
「すみません! でも、先輩の気持ちは伝わりましたから……」
「待って! 伝わるのも困るぅ~~~!!」
(ヤバ! そんなことばっか考えてる女って思われてない!? いや、考えてないことないけど、そんなことばっかではないからね!? そもそも『男子はエロくて当たり前』で、女子がそうだったら『ヤバ淫乱』みたいになるの、差別だと思うんだけど!)
陽代乃は心の中で世界に抗議しつつ、なんとか平常心を取り戻そうと深呼吸。
「まったく……グミちゃんにはやられたわ。あの店、鷹也くんはもう行っちゃダメだからね?」
「あはは……はい、わかりました」
鷹也は若王子ツグミの顔を思い出し、一瞬モテていたことをあらためて不思議に思う。
(ほんと、めちゃめちゃヤキモチ焼いてくれるなぁ。そんなに心配しなくても、もう二度と会うことはないですよ)
結局、ふたり話すことに夢中で、まったく店を見ていないことに気づく。
空気を変えるためにも、鷹也はショーウィンドウのマネキンを指差した。
「あんな感じとかも似合いそうですね」
そのマネキンは『清楚なお嬢様風・夏の装い』といったコンセプトで、レトロクラシカルなノースリーブのワンピースを着こなしていた。
「え、そうかなぁ? あんま着ない系だけど……もしかして鷹也くん、こんな感じが好み?」
「そ、そう……なのかな? すみません、こういうお嬢様っぽいのって男の幻想かも」
「そんなの気にしなくていいよ! 私もこういうの着こなせたらって思うし。メイクと所作を研究すれば……」
ショーウィンドウに近づき、陽代乃は各アイテムをチェックする。
「今の私は男装だしなぁ……やっぱ可愛い服を見て欲しかったよ」
「それはそうですけど……身バレしたらデート自体できなくなりますしね」
鷹也のその言葉に、陽代乃はハッとするような顔で、少し脚の幅を広げた。
「ほんと、ごめんね。こんなめんどくさいのを彼女にしてもらっちゃって」
「も~……先輩、自分のこと下げすぎですよ。俺も人のこと言えないけど」
「でも、実際めんどくさいからさ~。つい気になっちゃうんだよね」
(有名人には有名人なりの悩み……これもそのひとつか)
「何度も言ってて恥ずかしいですけど……ひよの先輩がカノジョになってくれたことだけで、最高に嬉しいんです」
「うう……鷹也くん、ほんといいひとだよねぇ。もっとワガママでもいいんだよ? ほら、これからどうしたい? なんでも言ってみて!」
そう言われ、鷹也は通りにある看板たちをグルリと見回す。
(何が正解か、難しいけど……何も出さないのはよくないし。えーと…………あ!)
「じゃ、カラオケはどうですか?」
「カッ……カラオケ!?」
鷹也のチョイスに、陽代乃は声を裏返してしまう。
「ぴよ子っこチャンネルでは、歌うことってないじゃないですか。一度聴いてみたいです!」
『歌を聴きたいのは本当だし、多少は自信ある自分の歌も自然にアピールできる』
それくらいの気持ちで、妙案を提出できたと思う鷹也だった。
が、陽代乃はまるで、果たし状を叩きつけられたサムライのごとき緊張感を発していた。
(この人……自分の声が私をメチャクチャにするってこと、忘れてる? こっちは今だって『何とか耐えれるようになった』って感じなのに!)
「あ……もしかして、歌うのあんまり好きじゃないですか?」
「い……いや、だいじょぶ! 『なんでも』って言ったからね。ぴよ子に二言はない!」
【ぴよ子っこチャンネル】の決めゼリフは、まさしくサムライの覚悟となっていた。
 




