第22話 選択肢になかったな
(あれ……私、なんでこんなカッコでポーズとってるんだっけ? てか、このバニースーツ、ほんとにサイズ合ってるの? 押さえてないと見えちゃわない?)
「あ、ぴよ子ちゃん危……ッ!」
「え?」
不安になった陽代乃が少し体勢を変えたその時、微妙なバランスを保っていたバニースーツの胸パーツがずれた。
窮屈に押し込まれていた豊満な胸が、とうとう弾け出てしまう。
「あぎゃあッ!!」
(あわわわ!! せ、先輩の胸……見え)
「へぶッ!!」
慌てて胸を隠す陽代乃から思わずヘンな悲鳴が出て、そのすぐあとに鷹也のヘンな悲鳴も上がる。
ハプニングが発生した瞬間、千鶴が鷹也の顔面を張り手したためだった。
「あー。おにー、ごめんよ」
「いっ……た! ち、千鶴……もうちょっとやり方ない?」
鼻面を押さえながらよろめく鷹也に、陽代乃はおそるおそる確認する。
「み…………見た?」
「み、見てないです! ものすごい勢いの千鶴の手のひらだけで……」
千鶴の張り手がなければ、この『見てないです』もイマイチ信じられるものではなかっただろう。
なかなかの痛みながら、鷹也は心の中で感謝した。
「ちょっと、店員さん! もういいです! 着替えるから出てって!」
「ごめんなさいってば~! 今度はちゃんと変装用コーデやります。まかせて、ちゃ~んとぴらめいちゃってるから!」
「だから、もういいって! ちょ、ちょっとぉ~っ!」
ツグミはすでに用意していたらしい服一式を手に取り、試着室のカーテンを閉めた。
狭い試着室の中、ギャーギャーワーワーとふたりの攻防が再び始まるが、鷹也はそこから少し離れ、ひと息つく。
そんな鷹也の背中に、雅桜が声をかけた。
「小埜鷹也、陽代乃と付き合うこと、後悔しているのではないか?」
「え? な、なんでですか? そんなことないですよ!」
「面倒くさいことがこれからも続くだろう。普通の女と付き合っていれば、平穏無事な恋愛ができるぞ」
(雅桜先輩……どういう意図だろう? まだ認めてはなくて、試されてるのか?)
「本当に後悔なんてないですよ。楽しいことがたくさん起きる、最高の恋愛になるんじゃないかって……そう思ってます」
「……そうか」
表情を変えず、雅桜はいつも通りのつっけんどんな返事。
だが、鷹也は焦ることなく、言葉を続けた。
「むしろ、やっぱり『俺なんかが』みたいなことばかり考えてました。けど、今は『自信を持って隣に立てるような自分になる』ことだけ考えてます」
「…………そうか」
雅桜の返事は大して変わらなかったが、その顔は心なしか満足そうにも見えた。
「じゃっじゃ~ん! ど~です? これは予想外でしょう!」
ツグミの声とともにカーテンが開き、3人の注目が集まる。
そこに立っていたのは、ちょいヤンチャな男子高校生……ではなく、オーバーサイズな紫のパーカー・カーキのワイドパンツ・キャップに髪をまとめ入れた陽代乃だった。
「男装かー……まー、どっちでも行ける感じだけど、かなり少年っぽいね。選択肢になかったな」
千鶴は今バージョンの陽代乃が気に入ったようで、納得するように何度も頷いた。
その感想を聞いて、陽代乃はいよいよ男性陣の顔を窺う。
「こんなスタイルはマジやらないから、一番私のイメージから遠い見た目かも。どうかな? がおー氏、鷹也くん」
「ふむ……俺もこんなぴよ子を見たことがないから、すれ違ってもわからんかもしれん。男だと思うかもな」
「先輩……さすが何でも似合っちゃうなぁ。でも、男の俺よりカッコいいのは勘弁してもらいたいかな。ハハハ……」
冗談っぽく言う鷹也に、陽代乃はハッとして腕をパタつかせた。
「そ、そんなことはないってば! 着慣れてないから、どっか不自然に見えると思うなぁ」
「いえいえ、あーしのチョイスに間違いはないです! ダボッとしたシルエットとはいえ、胸でっかいからブラの代わりに胸つぶしインナー入れたのも正解でしたね~」
「ちょお――――――ッ!! そゆこと言うなし!!」
結局またツグミにセクハラ的発言を受け、陽代乃は元々赤めな顔をさらに赤らめる。
一度は揉んでしまい、本日はバッチリ生で見てしまった鷹也は煩悩を振り払うべく、久々に戻る学校の授業のことを考えた。
「と、とりあえず……変装としてもセンス的にもイイ感じじゃないですか? どうでしょう、ぴよ子先輩」
「うーん……正直、気に入ってはいるよ。悔しいけど、この店員さん優秀みたいだね」
「ありゃーっす! ぴよ子ちゃんに褒めてもらえるなんて、自信ついちゃいます! そんじゃ次は……がおー氏かな?」
ツグミはクルリと雅桜に向き直る。
一瞬顔をしかめた後すぐにポーカーフェイスとした雅桜は、中指で眼鏡のブリッジをクイと押さえた。
「俺は必要ない。元々の変装も俺が一番マシだったしな」
「変装は変装かもしれないですけど……あらためて見たら、こりゃヒドいですね。反社?」
「またそんなイジリか。どちらかといえば正義側のつもりだが?」
完全にスルーはできず、雅桜はツグミに睨みを利かせる。
が、その鋭い眼光にまったく怯むことなく、ツグミは雅桜を上から下まで品定め。
そして、突然目を輝かせたかと思うと、雅桜の目の前でパチンと指を鳴らした。
「ぴらめいちゃった! 来て! がおー氏!」
「い、いや、俺は要らん!」
「いいからいいから! 悪いようにはしませんって!」
ツグミにがっちり腕を組まれ、さすがの雅桜も振り払うわけにいかず、試着室へ連行される。
「……アタシ、外に出てるわ」
千鶴はそう言って後ずさり。したところを、鷹也と陽代乃に阻まれる。
「さすがに……千鶴だけそのままってわけにはいかないよな」
「私、千鶴ちゃんのイメチェンめっちゃ見たい!」
「ちょっ……アタシはそもそも変装の必要ないんだってばー!」




