第19話 はいすぴーど・えすけーぷ
「快晴でよかったね! 私、めっちゃめちゃ晴れるように祈ったよ」
スタボを出て、千鶴&雅桜がスマホを見ながら歩く後ろを、鷹也&陽代乃がついて行く形。
一応、前列メンバーも、デートっぽい感触を味わえるように気を回しているらしい。
「俺は……楽しみと緊張で、ちょっと寝付けなかったかな。こんなに早くデートみたいなイベントが来るなんて」
「そうだよね~。千鶴ちゃんがこんなにフッ軽とは思わなかったよ。感謝感謝!」
(うーん……あらためて、千鶴と仲いいんだよな。俺が入院してる間、一体どんな会話を……)
「俺の知らないうちに、千鶴がだいぶ迷惑かけたんじゃないですか?」
「ううん、すっごく楽しいよ! 中学生の流行なんかも直接聞けて、めちゃ参考になってる」
「な、なるほど」
(どういう話をしたか知りたいけど、なんとなくハッキリは訊けない……)
「ひよの先輩、やっぱりスゴいな。いつでもチャンネルのこと考えてて……俺ももっとネタ探ししないと」
「いやいや! いつでも動画ネタ探す体質になんかならない方がいいよ」
人気Yo!tuberとして売れるための習性を褒められ、陽代乃は困り眉で肩をすくめた。
「好きでやってるつもりだったけど……これのせいで彼氏も隠さなきゃなんだもんね。うーん、引退しちゃおうかなぁ?」
冗談半分で言ったその言葉に、鷹也は思わず声のトーンを上げてしまう。
「ダメですよ、そんなの!」
「ふにゃあ!!」
突然のエエ声に、陽代乃はビクンと飛び上がりバランスを崩す。
自分のせいながら、鷹也は慌ててその身を抱き留めた。
「だ、大丈夫ですか?」
「ご、ごめん……不意打ちだったから。あはは……」
前を歩くふたりはチラリと振り返るが、もうその程度。
『いちいち気にしてたらキリ無いな』くらいになっていた。
「チャンネル、やめないでくださいね。俺のせいで100万人ががっかりするなんて……背負えないですよ」
「まぁ、そうだよねぇ。それが結局、鷹也くんにとって負担になるなら……」
「それに……100万人の中に、俺も入ってるんですよ。もし、逆の立場だったら……どうですか?」
「そ、そりゃあ……私のせいでホーくん様が引退するなんて考えたくもないよ」
一度頷いた後、青い空を見上げながら歩く。が、少し間を置くと、不満げな表情で溜息をついた。
「アイドルじゃないんだし、隠さなくてもいいはずなんだけどなぁ。そもそも、学校じゃ、がおー氏と付き合ってるって思われてたわけで……」
「うーん……むしろ、そこが一番の問題だと思います。雅桜先輩と別れて、すぐに別の男と……とか言う人が絶対出てくるし」
「で、でも私はがおー氏との関係を肯定も否定もしてないし! これを機にキッチリ否定すれば……」
「理屈はそうでも、思わせちゃった人がたくさんいますしね」
鷹也はそう言って、心の中で『俺もそのひとりですけど』と呟いた。
「みんな『美男美女』カップルなら仕方ないか、って思ってたんです。そういう人達の夢を壊すことも、敵を作る可能性が……それこそ、またストーカーとか」
「うう……そう言われると、ごめんなさいだよ。自分を守るためとはいえ、がおー氏を利用してたわけだしなぁ……」
そうして少し黙ったまま歩いていたが、陽代乃は急に、空や街並みや地面へキョロキョロと視線を泳がせ始める。
何か気になることがあるのかと鷹也が訊こうとした時、陽代乃は意を決して彼氏の手を握った。
「私たちが『美男美女』って思われてる話だけど! た、た、鷹也君は……美男子だから!」
目線を合わせられず、繋いだ手をパタパタと振りながら、耳を真っ赤にして囀る。
そんな風に照れまくる170cmを少し見上げ、胸のドキドキを精いっぱい抑えながら、鷹也もその手を握り返した。
「あっつ……イチャコラしすぎでしょーよ」
「ふおあ!!」
ふたりの世界になっていた空間に千鶴が割り込み、バカップルは手を離して飛びのく。
「お邪魔して悪いんだけど……バレたらダメって忘れてないよね?」
「あうぅ……ご、ごめんなさぁい」
「どーでもいーんだけどさ。ほら、着いたよ」
千鶴が顔を向けた先には、歴史を感じる古さだが、しっかりしたレンガ造りの建物。
店の中を見れば、様々な種類の服がギチギチに詰まっており、店先もハンガーにかかった服が展示されている。
その入口の庇には『はいすぴーど・えすけーぷ』と書かれた木製の看板があった。
「ネットで見つけた店でね。古着屋さんなんだけど、コスプレ的なものも揃えてて」
「コ、コスプレ? おいおい……同人イベントにでも参加させようって言うんじゃないだろうな」
「違うって。探偵風とか弁護士風とか、逆にヤンキー風とか。アタシの制服スカートもここで見つけたんだ。ここなら変装向きの服が見つかるかなって」
鷹也が嫌な予感を膨らませているその隣で、飾られた服を見回す陽代乃は目をキラキラさせていた。
「これは面白そう! あっ、あそこ千鶴ちゃんみたいなセーラーもあるよ。中高ブレザーだからな~、着てみたいなぁ~」
「そ、それは……俺も一度見てみたい……ですが!」
「お前達、何を馬鹿やってる。早く店に入れ」
雅桜に追い立てられるように、陽代乃たちは店内へ。
様々な生地や革の匂いが充満するそこは思ったよりも広さがあり、各ジャンルごとに区分けされている。
普段行く店とは明らかに違う空気感。陽代乃はテンション上がりっぱなしだった。
「面白い服が目立ったけど、普通にセンスいい服もいっぱいあるね。これはマジあらためて、ぴよチャンで来たいなぁ~!」
「ほら、陽代乃ちゃん! 誰が聞いてるかわかんないんだから声抑えて!」
「あわ、そうでした……」
何度言っても陽のオーラを放ち出す陽代乃。
呆れ半分、あこがれ半分の気持ちで、千鶴は溜息をついた。
「陽代乃ちゃん、まずはアタシの方向を試してみよっか。この辺が革コーナーで……ほら、こーゆーの」
ハンガーに掛かった革ジャンとレザーのスカートを手に取り、陽代乃に押し当ててみる。
「確かに、これは着たことないな~。千鶴ちゃんとおそろっぽくなるのもいいかもだね!」
「むぅ……ふたり並ぶと、アタシの一般人体型が浮き彫りになって困るんだけど。いっぱい試したいし、どんどん着てこ」
「うん、わかった!」
陽代乃が試着室に向かい、雅桜が付き添いでついて行く。
千鶴は鷹也用の服を探すべく、店内を物色し移動していった。
ひとり残された鷹也に、その時――
「らっしゃせ~? どんなの探してる感じですか~?」
「えっ?」
背後から、店員以外の何者でもない声掛け。
陰キャ側の人間としては、極力、遭遇したくないダイレクトアタック。
鷹也がおそるおそる振り返ると、そこには予想と違うビジュの店員がにこやかに立っていた。




