第11話 8回裏、2対13
「ぴよ子っこチャンネル! ちょっと顔貸しな!」
「か、彼女さん……!」
ピンクのメッシュがいつも以上に気合入って見える千鶴。
170cmの陽代乃を見上げながら、精いっぱい眼光鋭く睨みつける。
「お前は……小埜鷹也の彼女、だったか? 陽代乃に何の用だ」
「アンタは黙ってな! これは……女と女の話だよ」
「そう言われても、コチラ陣営は完全に警戒を解いたわけじゃないんでな……」
雅桜がズイと一歩前に出る。その迫力に、千鶴はビクッと飛び跳ねながら一歩下がる。
「ちょ、がおー氏やめて! その子はだいじょぶだから!」
女子中学生にすら圧力をかけようとする雅桜を制し、陽代乃は代わりに頭を下げた。
「あ、あの……それで、どこに行けばいいかな?」
「さ、最初からそう言えばいいんだよ! こっちだ、来な!」
* *
千鶴に連れられて辿り着いたのは、駅とは反対方向にある川の土手。
いかにも往年の不良ドラマに使われそうな、夕焼け前の決闘シチュエーションが出来上がった。
「え、えっと……小埜君に電話したこと、かな? ごめんなさい! どうしてもお礼が言いたくて。でも、小埜君はひと言も喋らなかったから……」
「んなことぁどーでもいーんだよ! アタシが喋る前に喋るな!」
「は、はいいっ!」
強がってツッパる157cmに、ビビり散らかす170cm。
端から見ている185cmには、子供が大人に因縁つけてるようにしか見えず。
「陽代乃、ビビりすぎだぞ。大人の余裕が無いな」
「ちょ、黙ってて! 空気読めないの!?」
千鶴が鷹也の彼女だと思い込んでいる陽代乃は焦るが、雅桜はなんとなくオチを感じているようで。
陽代乃は無意識に腕のガードを上げており、それがむしろファイティングポーズのようになっていた。
(うう……諦めなきゃって悩んでるのに、彼女さんに詰められるとか……泣きっ面に蜂なんだけど! やっぱりシメられるのかなぁ? 顔はやめて欲しい……)
可能な限りで体を小さく見せる陽代乃。
それを睨み続けていた千鶴の口がようやく開いた。
「ぴよ子……アンタ、アタシ以上に鷹也のこと好きだって自信、あるわけ?」
千鶴からの予想外の質問に、陽代乃は5秒間フリーズ。
頭の中で氷が砕ける音が鳴った気がして、ハッとする。
「ふええっ!? いや、ちょっと待って! 私、そういう方向性のことを伝えたわけじゃなくてですね……」
「じゃ、好きじゃないんだな?」
「うっ…………」
夕焼け色で誤魔化せてはいるが、カーッと耳まで赤く茹で上がる陽代乃。
心の中で全陽代乃によるバトルロイヤルが行われた結果、観念したように真剣な表情で呟いた。
「好き……です」
「ほ~ん……いい度胸じゃん」
「いや、だって、訊くからぁ!! で、でもでも! 好きになっちゃうのは自由でしょっ?」
パタパタと腕を羽ばたかせ、ひよこのトレードマークにふさわしい動きで悶える。
そんな仕草を見て、千鶴はニヤついてしまいそうな口角を必死で抑えていた。
「助けてもらったから惚れたって? 出会ったばっかのくせに……今だけの勘違いだろ」
「そ、そんなことないもん! 彼がVtuberとして動画配信スタートしてからずっと……言葉を覚えるくらい声聞いてるもん!」
千鶴の耳に予定外の情報が入り、鋭い目つきが一瞬でゆるむ。
「…………ぶい……ちゅーばー?」
「あ……もしかして、あなたには秘密にしてるのかな? それは……バラしちゃって、ちょっと悪いことしたかもだけど!」
千鶴の戸惑いの表情に、陽代乃は『やっちゃった?』という顔でモゴモゴ小声になっていく。
が、それを振り払うようにボリュームを上げ、まくし立てた。
「とにかく! 私だって2年以上、彼のことを見てるもん! そりゃ声だけだし、キャラ演じてる面が多いかもだけど! 彼女さんがいることも知らなかったし! 好きだけど……好きだけど! 告ろうなんて思ってないからぁっ!!」
言うべきことを並べ立て、ハアハアと息を切らす陽代乃。
そんな決死の顔を、千鶴は品定めするように見つめていた。
「か、彼女さんは……あなたは小埜君と知り合って、どれくらいなんですかっ?」
自分より年下とは見えるので『そんなに長くないんじゃないか?』と思っての質問。
それは、すっかり失恋気分の陽代乃が無意識に発動させた、健気でささやかな無意識のマウント行為だった。
が、それに対し、千鶴は淡々と切り返した。
「13年」
「13年!?」
ありえない数字が返ってきて、ボケられたのかと陽代乃は思う。
が、当の千鶴は変わらない表情で睨みを利かせていた。
「アンタ……動画の中ではキラキラしてるくせに、実際会ってみたら抜けてるよね。アタシの名前は……小埜千鶴。鷹也の……実の妹だよ」
「…………えええええ!?」
陽代乃の素っ頓狂な絶叫が響き渡り、少し離れたところで散歩中の犬が『何ごとか』と吠えた。
ずっと我慢していた千鶴は、プッとひとつ吹き出した。




