第10話 心まで小さくなっちゃ
(そうだ……仲村先輩はひよの先輩の彼氏じゃなかったんだ。だからといって、俺が身分もわきまえず彼氏に……なんてこと、現実になりえる、のか?)
物語の中ならば、もう十分に立候補していいくらいの活躍をした鷹也。
だが、彼の中の現実では『助けたからって付き合えるようになるわけじゃない』と、当たり前の理屈がベースにあった。
「あっ……こ、これ! 誤解の無いように言っておくけど……私と小埜君の関係上で、できる限りのこと、だからね?」
スマホ越しに、陽代乃の腕がパタパタする音が聞こえそうな中、鷹也はその意味を考える。
「君には……可愛い彼女さんがいるからね。その、あの、エ、エッチなこととかは……ダメだけど……」
何を想像しているのか、陽代乃は消え入りそうな声で言った。
数秒、意味が理解できず、鷹也は5秒後ようやくハッとする。
(あっ……そ、そうだ。先輩は、千鶴が俺の彼女だと……)
「彼女さん、病院で話したよ。でも……超嫌われて、すごく怒られちゃった。あらためて……謝っておいてね」
(千鶴のやつ、まさか彼女のテイで先輩と話したのか!? ちょ、待て、アカンアカンアカン!)
さすがに本気の否定をしたい気持ちが膨れ上がり、何度も声を出しそうになる鷹也。
文字を送りたいとも思うが、どうしようもなく、ただただ心の中で右往左往するだけだった。
「『近づかないで』って言われちゃったし……これから小埜君との連絡はとらないようにするよ。でも……君のために何でもするって約束は、どうしても果たしたいの。退院する時までに……私に何をさせるか、考えておいてね」
(待って、先輩、待って! 隠しててすみません! 妹! アレ、妹!)
「最後に、もう一度言うね。今日は……ごめんなさい。そして、ありがとう。彼女さんには聞かせられないけど…………君は……私の大事な人です」
「ッ…………!」
鷹也の胸は今日一の高さで鳴り、頭が真っ白になった。
『勘違いするな』と慎重派マインドが言ってきても、それは無理な相談だ。
「お大事に。おやすみなさい……」
通話が切れても、鷹也は放心状態だった。
陽代乃と出会ってから、ずっと心を乱高下させられて、もう何が正解なのか判らなくなっていた。
「おにー、親、来たよ……って、電話してた!? まさか声出したんじゃないよね!?」
千鶴の声にハッとして、スマホを耳から離し、慌てて頭を振る。
少し喉が痛む。
「鷹也、おまえ大丈夫なのか? 刺されたって……振り返れば奴がいたのか」
(なに言ってんだろ、このオジサンは……)
「ウチの長男様は、女の子を庇ったのよね? それは素晴らしいけど……心配させないでちょうだい。まぁ……生きててよかったわ」
(母さん……まぁ、そう言われれば言葉もないよ)
両親と千鶴のお陰で一気に騒がしくなった病室。
『この時間に病院でうるさくするな』とジェスチャーするが、小声になっただけで話し続ける。
そんな家族達に、鷹也は『ありがたさ』と『めんどくささ』を半々で感じていた。
(ひよの先輩にチャット打つタイミングが……いや、でも『連絡とらないようにする』って言ってたし、そもそも見てもらえないのか? て言うか、何て送っていいかもわからないし……)
あまりにも状況が変わるスピードが早すぎて、頭の中が整理できない。
ただの呼吸も少し慎重になっている鷹也だったが、ゆっくりと深呼吸してみる。
(冷静になれ、小埜鷹也。先輩は『お礼を』と言ってるだけだ。それに対して『助けてあげたんだから』なんて言うのか? いや、ただ欲望に忠実になるなら、超言いたいさ! 男の本能としては、そうだが!)
病院のベッドの上にいるというのに、煩悩を捨てるために寺の板の間で座禅を組んでいるような気分になる鷹也。
(ひよの先輩は元々、俺の声が好きだったんだ。その声も……もう彼女の望むものじゃないかもしれない。そうなったら、俺は……)
「あの人のこと……本気で好きなの?」
ぼんやりと視線を落とす鷹也に、千鶴が問いかけた。
ハッとして妹の顔を見つめる。
(本気で……好きなのか? 顔も、性格(見えている分には)も、確かに『好き』だ。『手の届くはずない憧れの対象』『他人の彼女』 そんな条件が揃って、恋愛として考えないようにしてた。けど、その条件は……考えなくていいのか?)
そこまで考えても、今まで見てきた【ぴよ子っこチャンネル】の動画が頭の中に流れてきてしまう。
この葛藤、陽代乃の方でもほぼ同じ感覚があるのだが、今の鷹也にそれは到底想像しきれない領域だった。
(『お礼だ』とか『身分が違う』とか、何かと理由をつけて俺は否定する。あんな『美女』の隣に並んで歩くなんてこと、あり得ない……って。でも、それを『申し訳ない』『恥ずかしい』とするのは、俺の心が小さいからだ。体が小さいからって……心まで小さくなっちゃダメだよな)
人間誰しも、多かれ少なかれコンプレックスを持っている。
その重大さは、それぞれ本人にしかわからない。
が、鷹也はその時、大事な何かに気づいたようだった。
(特別な誰かにどう思われるか、それだけ考えればいいんだ。ひよの先輩が『背の低い人なんて恥ずかしい』と思うか? そんな人じゃない)
鷹也の胸がスーッと軽くなっていく。
(今、大事なのは……相手がどう思ってるかじゃない。俺の……俺の気持ちだ)
睨むように見つめる不良娘に、鷹也はゆっくり頷いて見せる。
心底呆れるように、千鶴は溜息を兄へと投げた。
「とにかく……今は余計なこと考えないで。たっぷり休んで、しっかり治してよね」
* *
事件から二日経った日の放課後、小埜鷹也がいない校舎から、陽代乃&雅桜が現れた。
陽代乃の表情はやはりどこか沈み気味で、雅桜はどうしたものかと小さな溜息をつく。
「1日休んだだけで、今日はちゃんと来れたし。陽代乃は偉いな」
「えらくないもん……昨日はしっかりズル休みしたし。今晩は生配信かぁ……だいじょぶかなぁ」
「普通に休めばいい。厄介ファンから文句言われて、今さら気にするタマでもないだろう?」
その提案に、陽代乃はしばし考え込む顔をして、なぜか少し赤くなって呟く。
「でも…………小埜君が観てくれるかもしれないし……」
「……じゃあ、やればいいだろう。ダルいな」
「『ダルい』って言わないでよぉ――っ!」
気を遣っているというのに、いつまでもジメジメしている妹に呆れる雅桜。
そんなことは解っている陽代乃だが、どうにも気持ちの整理がつかずにいた。
(彼女持ちの小埜君に、あんなこと言っちゃって……絶対ヤバい女だと思われてる。『エッチなことダメ』とは言ったけど……冷静に考えたら、それ言うことがそもそもやらしいもんね? ふぎゅ~~~っ! やっぱ言わなきゃ良かったかも……!)
勝手に悩んでグニャグニャ沈み込んでいく『美女』。
そのまま転けないかと注意しながら隣を歩いていた『美男』だったが、校門の影から突然現れた人影に即反応する。
「陽代乃、下がれ!」
「ふえっ!?」
『美男美女』の前に現れた刺客。
その顔は、陽代乃が今一番会いたくない人物だった。




