拝啓 ティファニー さま
「いくらお金を積まれても、販売できないものが一つだけある。ただ、ティファニーで商品を購入した人だけは、それを手に入れられる。」
チャールズ・ルイス・ティファニー
炎天下から逃れるようにティファニー新宿店に入る。店内は天上界のごとく香しく爽やかな空間が広がっていた。入り口で汗をぬぐっていると、みぎてからドローンが声をかけてくれた。
「ようこそティファニーへ。何かお手伝いできることはございますか?」
球体のドローンがライトを点滅させて正面に移動する。スターウォーズに出てくるデススターみたいだ。
「ディメイみやこ社長に取り次いでいただけますか?」
かしこまりました。とドローンは空中で小刻みに揺れている。
汗がひいて店内を見回す。ニューヨーク五番街のティファニー本店を模した白を基調とした内装らしいが、はじめてティファニーに入店したので真偽のほどはわからない。ピカピカに磨かれたショーケースの中にキラキラと光る指輪や時計たくさんの宝飾品が並んでいる。ショーケースはドーナツの様な形をしていて、ドーナツが店内に大小6つありドーナツの穴の中に人間型アンドロイドロボットが一体ずつ配置されている。
3組接客を受けている。汗だくで入店した私に目もくれずショーケースの中のものに魅入られている。
ドローンが僅かに上昇してドローンの下に女性の映像が映し出され、女性は口を開く。
「お待たせしました。初めましてディメイみやこです。直接お会いしてお話ししたいのでこちらにいらしてください。」
映像が掻き消えドローンがショーケースドーナツの島を縫って店内奥に飛んでいく。
場違いな私は気配を消し、息を殺してドローンについていく。
羽ばたく鳥が何羽も飛んでいる模様が入ったすりガラスの扉を抜けるとエレベーターホールに出た。
ドローンはエレベーターの中に誘う。
エレベーターに入ると音もなく扉が閉まり上昇する。ドローンはまた私の正面に移動し浮遊している。
プログラムされているんだろうか、ドローンはティファニーについて落ち着いた紳士の声色で語りだした。
「ようこそティファニーへ。あなたの“欲しい”を叶えます。」
「ティファニーは1837年にニューヨークでチャールズ・ルイス・ティファニーが創業した宝飾店です。今年で創業200年になります。創業200年を記念してティファニーコレクションを世界各国で展示する展示会を開催します。皆様のお越しをお待ちしております。」
ドローンが言い終えるとエレベーターが音もなく停止して扉が開いた。
エレベーターを出ると眼前には海中が広がり、見上げると水面の波と日差しがきらきらとしている。宝石で作られたクラゲやタツノオトシゴ、一抱えもありそうな魚が優雅に泳いでいる。
ホログラムだろう。私の靴に赤い石が敷き詰められたヒトデが映えている。
場面が変わり海の映像は消えて白い楕円形に広がる部屋が現れた。
一人の女性が部屋の中央に立っていて宙に浮かぶ沢山の半透明な画面にタイピングをしている。
ドローンは女性の下に飛んでいく。
「お客様をお連れしました。」と言い残しドローンはエレベーターに吸い込まれていく。
「こちらにどうぞいらしてください」女性が手を止めて、私に向かって右手をのばすと私の前に白い丸テーブルと白い椅子が2脚が床がせりあがって現れた。
「お座りください。改めまして、私はディメイみやこです。」
ディメイが私の対面に座るとタキシードを着たアンドロイドがエレベーターから降りてきて
テーブルにティーカップを並べ、銀器から紅茶を注いでくれる。
ディメイの自己紹介に対して私は無言の会釈する。ディメイは小柄な女性で服装は白のワンピースを着ていて、化粧は最低限。両腕に銀色の重そうな腕輪に銀色のチェーンネックレスに等間隔にダイヤモンドがセットされている。
「ティファニー創業200年を祝って世界各国でコレクションご紹介する展覧会が行われます。ここ東京でも大々的に。」私は話半分で話を聞きつつ紅茶をすする。
ディメイは水をすくうように両手を前に出すと手のひらに青紫色した眼球サイズのまん丸な宝石が2石浮かぶ。
「あなたには東京会場で展示予定のティファニーコレクションの一つである“タンザナイトの瞳”を守っていただきたいのです。」
手のひらでタンザナイトの瞳は空中をゆっくりと回転しながら輝いている。
同日 東京スカイツリー 天望回廊(450m)
鬼頭はるなは、スカイツリーからの夜景もそこそこにイエローダイヤモンドに目を奪われていた。
子供の拳くらいはあろうかクッションカットされたイエローダイヤモンドの上に装飾された小鳥がとまっているブローチが夜景を背景に展示されている。
展示マップの説明には《バード オン ア ロック》128カラットの「ティファニー・ダイヤモンド」世界最大級のファンシー・イエロー・ダイヤモンドを使用した ジーン・シュランバーゼー作と書いてある。
ブローチの展示前から動こうとしない鬼頭の頭を展示マップで桃地のぞむは二度はたく。
「こらこら~違うでしょ~今回のお目当てはこちらだよ~」
桃地が指を差したのはバード オン ア ロックの左隣に展示されている青紫色の宝石《タンザナイトの瞳》こちらはあまり人気は無く皆ほぼ素通りしていて人だかりはできていない。
2人は展示ケースの前に移動する。タンザナイトの瞳は空中を円を描きながらクルクルとまわっている。
桃地は展示説明を読む《宝石学者ジョージ・クンツがタンザニアで新発見した宝石。最初に発見されたタンザナイトにティファニー自らタンザナイトの瞳と命名し、肌身離さず持ち歩いていた作品である。》
「太極図みたいだね...桃地可愛くないよ!トキメカナイよ!これ!!」と鬼頭は呟いて興味を無くして次の展示に移動してしまった。
展示ケースを回り込み大きさや形状を確認する。
背後が騒がしい。どうやら大物の登場らしい。
天望回廊にアナウンスが流れる。
『東京スカイツリー天望回廊 ティファニー生誕200年特別展にお越しのお客様にご案内します。まもなく中央エレベーター前特設ステージにてティファニー・アンド・カンパニー・ジャパン・インク社長ディメイみやこさんのご挨拶がございます。ぜひ中央エレベーター前特設ステージにお集まりください。』
アナウンスが終わると展示物に張り付いていた人たちがぞろぞろと中央エレベーターへ向かう。
桃地も人の波に加わる。ステージに近づいてきた。ディメイの声だろうか「...あり...ます。」拍手があがる。
「只今2037年ロンドン・ギルバートコレクションでの開催を皮切りとするティファニー生誕200年の世界巡回展をおこなっています。来週ここ東京でも海中都市アトラスにて、ティファニー・アンド・カンパニーのコレクション1000点を展示予定です。皆様に作品を通して、ティファニーの軌跡を辿っていただけたら幸いです。本日はありがとうございました。」盛大な拍手に見送られてディメイは会場を後にする。
桃地は人をかき分けてディメイに近づこうと試みるが断念。仕方なく今回の特別展にティファニーが提供したと思われる人間型アンドロイドロボットに話しかける。
「タンザナイトの瞳を買い取りたいんだけど、誰に聞いたらいい?」
アンドロイドは困惑した表情を作り「申し訳ございません。東京スカイツリー天望回廊 ティファニー生誕200年特別展の展示物は精巧に作られた模造品レプリカ、もしくはホログラムでございます。また、展示物の所有権はティファニー・アンド・カンパニーにあり非売品でございます。海上都市アトラスにて開催予定のティファニー生誕200年世界巡回展では現物を展示いたします。観覧をご希望されますか?」
「ああ、2名分頼むよ。僕と鬼頭はるな」そう言って桃地はアンドロイドに人差し指に黒い指輪をはめている右手をかざす。データを読み取っているのだろうアンドロイドの瞳孔は開いたり閉じたりしている。
「かしこまりました。データ登録《キトウハルナ様》《桃地のぞむ様》2名様観覧希望。」アンドロイドは桃地の手の平にティファニーブルーのリングを2つ乗せる。
「ありがとう。ここで欲しいものは手に入ったよ。」微笑み踵返して懲りずにティファニー・ダイヤモンドに張り付く鬼頭の頭をまた2度はたく。
1週間後、東京湾の海中に不可視化された真空状態のチューブの中を磁気浮上式の白い繭のようなポッドが移動する。ハイパーループというそうだ。庶民の私には縁の遠い乗り物に乗ってディメイと2人海中都市アトラスへ向かう。
私達はティファニー・アンド・カンパニーが用意した正装を着ている。
ディメイはオードリーヘップバーンが作中で着ていた黒いドレスをアレンジしたロングドレスに、大きなイエローダイヤモンドがついたゴールドネックレスをしている。
私はタキシードの襟元に四角い青い石上に小さな鳥のついたブローチを、ディメイがティファニーでもとても有名なデザイナーのブローチです。と教えてくれながら着けてくれた。
ティファニー・アンド・カンパニーは2021年フランスのアパレル会社LVMHモエ・ヘネシー・ルイ・ヴィトン グループに買収されてから宝飾品に限らず鞄や服、カフェやレストランも自社で運営している。
現在アメリカの大企業であるテスラがフランスのルイ・ヴィトンからティファニーを買収交渉中らしい。テスラとは2009年に電気自動車を発売し、2030年テスラの子会社スペースXが宇宙輸送サービスハイパーループを確立。現在は地上と宇宙空間にハイパーループ張り巡らし、地球大気圏外にホテルや農園や居住ステーションを所有する。
代表のイーロン・マスク氏はとても変わり者の天才だそうだ。
イーロン・マスク氏は2035年放送局CBSのインタビューに対して「スタートレックのような人類が宇宙に飛び立つときがやってきました。俺は宇宙を手中に治めます!」と高らかに宣言したそうだ。
全てディメイに機内で拝聴した情報である。
「彼には注意してください。以前お話しした通りタンザナイトの瞳を狙っている者の可能性が高い人物ですから。」
私はディメイに初めて会った白い部屋に引き戻される。
「あなたには東京会場で展示予定のティファニーコレクションの一つである“タンザナイトの瞳”を守っていただきたいのです。」
ディメイが手を合わせると手の平のタンザナイトの瞳は消えてしまった。
「七日前ここ新宿ティファニー店に差出人不明の“ブルーブック”が一冊送られてきました。」
ブルーブックとは現在は発行されていないティファニーの商品が掲載された表皮がティファニーブルー一色の商品カタログだそうだ。
注釈を挟みつつディメイは続ける。
「送られてきたブルーブックは、ティファニーが発見されたばかりの宝石タンザナイトを使用した宝飾品がはじめて掲載された号でした。タンザナイトは公式の記録では、1967年タンザニアで発見されたとされています。しかしこのブルーブックが発行されたのは《1889年》のパリ万国博覧会のあとに一部の上流階級顧客に配られたものです。」
ディメイは私から視線をそらさない。2つのティーカップからゆらゆらと湯気があがっている。
「このブルーブックはパリ万博でティファニーの宝石学者クンツがタンザナイトをお披露目したこと。はじめて発見された宝石タンザナイトを“タンザナイトの瞳”として命名したこと。そしてタンザナイトの瞳をイラストで描かれたページに赤黒い血で《私のものだ》と書いてありました。」
ディメイが目を伏せ、一呼吸おく。
「ティファニー・アンド・カンパニーの関係者でも、宝飾品や美術品に精通しているわけでもない。ただの何でも屋のアナタに依頼するのは私としては大変不本意ではあるのだけれど会長の意向です。ティファニー生誕200年展覧会へ私に同行してタンザナイトの瞳を守って。」
ポットの中にアナウンスが響く。
「まもなく海中都市アトラスに到着いたします。ハイパーループをご利用ありがとうございました。」
目の前に青い点が点滅している。ディメイから渡されたティファニーブルー色をしたリングを近づける。白い繭のような室内が内側から雲散する。
巨大な二枚貝を模したデザインのハイパーループ発着場はさながらハリウッドスターの歩くレッドカーペットのように貴人達が優雅に都市の入り口に吸い込まれていく。
入り口を抜けると眼前に