善とは
この島は他の島より優れているという思想があるらしい。だから、他の島がこの島に干渉しているという事実に気づけようがないということだ。
「魔法が増えてるってのは、他の島の魔法の方が発展していて、それをこの島の一部が享受したってことだよな?」
「左様じゃ」
他にも気になったところはあった。火家が2、3年前に滅びたという所。2、3年前って確か猫耳が現れた時期と同じ。なにか関係があるかもしれない。
「猫耳の誕生と火家の崩壊ってなんか関係ってあるのか?」
「そこは分からん。そもそも猫耳の生態についてもよくわかっとらんからな」
猫が他の島にしか居ないらしいから、もしかしたら、人間と猫を品種改良したのかもなって、怖ァ。だとしたら他の島にドン引きですわ。
「ちなみにどんな風に世界統一するつもりなんだ?」
「ビジョンはまだない!」
リーベは片手でビースした。いや、計画なしに世界統一とか言ってたのかよ。
「だが、島の統一プランならあるぞ」
おぉ!ブラボー!
「プランを教えてくれ!」
ふふふっとリーベは笑った。
「まず、思想を共有する。その後、他の家が思想に感化される。そしたらわしらの家に合併されるということじゃ!」
んー無理だろ。
「現に合併されてる国もあるじゃろ?」
まぁ、確かに。でも、他に理由もありそうだが。
「愛家が他の家の助けに来てくれたからその恩で合併されたとかじゃないのか?」
「それもひとつの要因かもな」
そっちの方がでかいと思うんだけどなぁ。
「でも、やっぱ礼家とかが合併されるビジョンは見えないな」
だって1番でかい島だからな。プライドってもんも高いだろう。
「思想の共有ってのは具体的になんだ?」
「それぞれの家に行き、家の最も偉いもの達、礼家ならシュタム、水家ならバーザム、制家ならレヒト、軍家ならシュタールに話し合いをしに行くんだ」
おう、それで?
「思想に共感をしてもらい、わしらがひとつになるのだ!」
んー、無理だよ、多分。思想の対立って冷戦時代のソ連とアメリカみたいなもんだろ?仲良くなるイメージがわかないわ。
「じゃあ、他にいい案があるのか?」
まぁ1番簡単なのは
「武力」
「愛家は非攻を掲げとるよ」
じゃあ、他には
「経済力」
「どゆことよ?」
「経済的に有利になって、相手に言うことを聞かすんだよ。もうそっちに資源よこさないよとか」
「基本的に自給自足だから難しいぞ」
「え、貿易は?」
「してるが小規模なものだ」
え、鎖国に近い状態なのか。流石に地球でのこのあたりの時代は貿易もがんがんしてるよな?
他には……もうなくね?
「統一なんて無理だよぉ」
「やるんじゃ、目指すんじゃ」
そうか。
「この中ならやっぱ1番思想の共有じゃろ?」
「そうかな…そうかも。」
でも、愛家の政治体制は絶対大きな国には向いてない。
「多分だが、思想が共有出来たとて、国を保つことはできないぞ」
どうゆう事じゃ?と聞いてくる。
「もう問題は出てるんだがな、そのうちのひとつが泥棒への対処だ」
「シュリセのことか?」
「そうだ」
国が機能するために必要なのは整った制度だ。
「泥棒への対処の問題点は2つ。まずひとつが法律がないこと。2つ目が追放はやりすぎってことだ」
リーベの顔が少し険しくなる。
「法律は制家のやることだ。法律というのは人は悪として産まれてくることを前提として、人を制限する愚の骨頂よ」
「性悪説か」
「なるほど、お主は人が悪で産まれてくることを性悪説と名付けるか」
性悪説って言葉はなかったのか。首を縦に振る。
「即ち、人が善で生まれるのは性善説と言ったところか」
「察しのいいことで」
さっきの話に戻るがの、とリーベは言う。
「愛家は性善説、わしは性善説を信じとる」
「はぁ」
「法律は性善説を否定する象徴的なものだ」
「はぁ」
「はぁとはなんだ?何か言いたいことがあるならはっきりせい」
性善説とか性悪説どっちを決めつけるってのが昔らしい考え方だよな。今どきってそんなこと考えてる人いるんかな?
「まぁ、そもそも法律が性悪説に基づいてるって話もおかしいと思うし、そもそも何をもって悪で何をもって善なんだ?」
よくアニメでも正義とは何かって問われるよな。こういった概念ってなかなか難しいところで、結局可愛いが正義に集約するんだよね。さて、リーベはなんと答えるか。
「絶対的な善というのがあって、それを探し出すのが思想家というものじゃろ?だから何をもって善か未だ分からぬ。だが、探している最中じゃ!」
ん〜なるほど。絶対的なものがあると信じてるのか。
「絶対的なものがあるって言い切れるのか?」
「言い切れるぞ」
「……え?」
もしかして、魔法的な何かで証明できたりするんかね。リーベはしてやったりとニコニコしながら、説明しようと言って話し始めた。
「まずは、木を描いてみろ」
いきなり命令である。ペン、というか筆と紙を貰った。紙ってこの時代あるんだと思いつつ、白黒だがはっきり木と分かる絵、どちらかと言うと、イラストを描いた。
「できたよ。なかなかの自信作だ」
自分の腕前に感心する。
「少し下手だが、本質はそこじゃない」
下手と言われちまった。えぇ
「この絵は、どこの誰が見ようと木と言うだろう?」
「そうだと思いたいよ」
「だが、実際にこの木というのは存在するのか?」
「想像で描いただけだし、現実であったらちょっと不自然だね」
「そこじゃ本質は。なぜ、現実でないような木を描いて、それを木とほとんどの人が認識できるんじゃ?」
「というと?」
「木というのには完全形がある。つまり絶対的な木というのが存在するのだ。わしらは理性で絶対的な木というものを認識して絵を描いている」
「続けて」
「わしらがみている世界は全て不完全なものに過ぎない。だから、理性を通じて絶対的なものを見ようじゃないかということだ。そして、絶対的なものがあるから、わしらは不完全な木を木と認識出来てるのじゃ。これが絶対的なものがある証明じゃ!」
いや、全然違うと思う。って言いてぇ〜。理性とか使ってる時点で、なんかスピリチュアル的な気がしちゃう。現代の力を存分に使い、反論してやろうじゃねぇか。AIで聞いた事がある理屈でな!!




