第3話 初仕事
そんなこんなで市川先輩を待ち始めて1時間が経過した。
「おい、その会長とやら、物凄く遅くないか。」
「...確かにめっちゃ遅せぇな。」
流石に遅過ぎたのか、ずっと静かだった空間に声が響き始めた。
そんな時だった。
「ごめんごめん。色々と手伝ってたら遅くなっちゃった。」
やっと市川先輩がやってきたのだ。
「おいおーい。こちとら1時間近く待ってたんだぜー。何?須倉先生の手伝い?」
「そうそう。あの先生人使い荒くってさ。でも手伝ったお礼にチョコ貰ったから食べない?」
そう言って市川先輩は袋から箱を取り出した。
「へー、ホワイトチョコ。美味しそーだね。俺一人で食べちゃおっかなー。」
「あ、おい待て!我も食べたいぞ!」
「そういえばその人、お客さん?喧嘩しないで皆で食べてね。」
「あぁ!ではいただかせてもらうぞ!」
何か市川先輩ってお母さんみたいだなーなんて思いながら俺はチョコレートを頬張る目亜を観察していた。
俺はそのまま観察を続けるつもりが、急に阿水先輩が声をかけてきた。
「よしお前。初仕事だ。」
「は?」
その瞬間だった。
バンッ!
この場にとても似合わない銃声が鳴り響き、その弾が市川先輩の右腕を貫いたのだった。
「え?」
「お前、「変身」の力を持った怪異だろ。」
「え?なんで?全然違うよ!勘違いだよ!」
怪異?先輩は何を言っているんだ?
「んなこと言われてもよー、お前おかしいところしかねぇーんだよ。」
「...?」
「まず須倉せんせーは今日出張でいないしよぉ、市川はもっと俺に当たり強い筈だし、初対面の相手には少し警戒するし、俺が甘いもん嫌いなの知ってるはずだからホワイトチョコを俺に渡さないと思うんだよ。」
「......」
「あとはー」
「もういい。」
「お、」
「そうだよ、僕は「変身」の力を持った怪異だ。」
「やっぱり。で、何?やっぱ犯行動機は居場所が欲しかったとか、独りぼっちで寂しいとか、そんなもん?」
「ははは、すごいね。全部あってるよ。流石だね。」
???駄目だ。急展開すぎて全くついていけない。頭がパンクしそうだ。
俺は理解出来ていないのが自分だけなのか確認するために目亜の方に頭を向けてみたが、どうやらあのチョコに睡眠薬でも入っていたのか、気持ち良さそうに眠ってしまっていた。
俺がどうすればいいのかわからずにいると、さっき使っていた銃を先輩が俺へ差し出してきた。
いや、は?俺にどうしろって言うんだよ。コレで。銃撃ったことなんてねぇぞ。
そうやって困惑している俺をよそに、先輩と怪異?の会話は続いていった。
「それで?僕を殺すの?」
「殺すなんて物騒だなー。てかもうお前死んでるだろ。」
「確かに。そうだね。」
「お、良かった。自覚あるタイプか。」
「確かに、死んじゃってるならもう何したって良いよね!可哀想だから仕方ないもんね!」
「前言撤回。全く良くない。めんどくさいタイプだ。」
その瞬間、怪異は家庭科室かどっかで調達してきたであろう包丁を先輩に向かって振りかざそうとした。
「危ない!」
バンッ!バンッ!バンッ!
流石にこんな状況だ。正当防衛だろう。なんて変に冷静に考えながら、俺は銃を乱射していた。
「痛い、いたい!ひどいよ、ひどいよ!」
どうやら俺が撃った弾が運良くすべて命中したらしい。
「あーうん。痛いねぇごめんねー。トドメ差したら痛くなくなるからねぇー。」
「いやだ!きえたくない!いやだ!いやだ!」
「うるせぇんだよ。」
そう言うと先輩はポケットからお札らしきものを取り出して、相手の体に張った。
「あ、あぁ。きえちゃう。やだよ。たすけてよ。たすけ...」
そう残すと怪異の体は消えていき、それを見ながら先輩は、静かに手を合わせていた。
しばらく沈黙が続いた後。先輩が俺に話しかけてきた。
「初仕事お疲れー。初めてにしては上出来じゃーん。」
「あ、ありがとうございます。...それより気になることがたくさんあるんですが。」
「あー、まぁ詳しいことは明日市川がきたら説明するよ。」
「明日市川がきたらって、今日来る可能性はもう無いんですか。」
「あーごめんごめん。俺ってばポンコツでさー、今日あいつが家の用事でいないことと今日同好会中止になったこと忘れちゃてたんだよねー。」
...この人もしかしてわざとか?俺に仕事を経験させるためにわざとやったのか?
「...まぁ、忘れてたんなら仕方ないですね。」
「お、物分かりが良くて助かるよ。」
「...じゃあもう俺帰っても良いですか?」
「あーちょってまって!」
「はい?」
「いやー、あっち見てよ。」
先輩が指をさした方向を見ると。そこにはさっきの銃声を聞いてなお爆睡している目亜がいた。
「いやー、あのチョコに入ってんのどーせよわーい睡眠薬なんだろうなーって思ってたんだけどさー、思ったより強いのが入ってたみたい。」
「はぁ、で。」
「運ぶの手伝ってくださいお願いします。」
「まぁ、いいですけど。でも家わかるんですか?」
「...わかんにゃい。」
「......」
そうして俺は爆睡する目亜と呆然と立ち尽くす阿水先輩を置いて帰路についたのだった。
今日は色々とありすぎてめっちゃ疲れてるからすぐにお布団にダイブしてもいいことにしよう。と心に決め、俺は夕焼け空の下へ歩み始めた。