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歴史転換ヤマト  作者: だるっぱ
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⑤出雲の夜

 今年のゴールデンウィークには、日本三景の一つ天橋立を50ccのスーパーカブで走ったことをご紹介しました。さすが日本三景。宮津湾に伸びる細長い砂州を天にかける梯子に見立てた天橋立は、その名に違わない素晴らしい景色でした。しかも、その砂州を相棒のスーパーカブで走ることが出来たことは、良い思い出になりました。


 ところで、日本三大〇〇って表現、多いですよね。「3」という数字は、とてもバランスが良い。誰が決めたのか日本には、そんな三大〇〇が沢山あります。今回訪れた湯の川温泉は、「日本三大美人の湯」の一つでした。参考までに三大美人の湯を紹介すると、群馬県の「川中温泉」、和歌山県の「龍神温泉」、島根県の「湯の川温泉」になり、効能は美肌効果だそうです。湯の川温泉は、湯元を中心として五軒ほどの宿屋が営業されているのですが、僕は野宿をするので温泉だけを利用したい。そこで日帰り温泉が楽しめる「ひかわ美人の湯」に行ってきました。


 場所は小高い丘の上にあります。駐車場がとても広い。温泉を利用するためには、自販機で700円のチケットを購入する必要があります。温泉だけでなく奥では食事ができるようになっていたので、感覚的にはスーパー銭湯のような趣でした。僕は風呂だけの利用なので食事は必要ありません。脱衣場で服を脱ぎ、湯場へ足を踏み入れました。湯桶を手に取り汗を流します。内風呂には入らず真っすぐに露天風呂に向かいました。


 ――おー、なかなか。


 森に囲まれた庭園のような露天風呂でした。岩を組んで湯ぶねを形作っていますが、ゴツゴツはしていません。野性味はなく、上品な造りの露天風呂になります。それに案外と広い。湯ぶねに足を入れました。熱くはない。個人的には熱い湯が好きなのですが、長旅で疲れた体にはちょうど良い加減です。一番奥に向かい、肩まで浸かりました。


「ふー、」


 つい、声が出ました。気持ちがよい。足を伸ばし、岩を枕にして寝転がりました。しばらく、何も考えずにユラユラと湯に身体を任せます。そのまま湯の中に解けてしまいそうな気持よさでした。


 ――出雲までやってきたんだな~。


 途中、道を間違え時間的なロスもありましたが、無事故でやってくることが出来ました。なにか感慨深いものがあります。身体を起こして露天風呂を見まわしました。瓦を載せた壁のない小屋があります。そこは打たせ湯でした。誰も使っていない。そこまで移動して、湯が落ちる位置で胡坐をかきました。重力に任せた湯が僕の肩を打ち付けます。これも気持ちがよい。首を右に左に動かして、左右の肩を交互にもみほぐしました。


「はー、」


 また、声が出てしまいます。心身ともに癒されました。「ひかわ美人の湯」を後にした僕は、近くにある総合スーパーに向かいます。カレイの干物がありました。トレイに小ぶりなものが五匹入っています。


 ――少し多いかな?


と思いましたが、案外と安い。カゴに入れました。お隣にあった刺身も手に取ります。これは少し高かった。次は地酒です。日本酒コーナーには色々な地酒がありましたが、僕が選んだのは板倉酒造の「天穏 純米酒」になります。わざわざ化粧箱に入っていました。箱は要らないんですが、焚火で燃やしたらゴミにならないと考えてカゴに入れます。ビールは、アサヒビールの生ジョッキ缶をチョイス。今晩の晩酌はこれで十分なのですが、更に漬物コーナーに行きました。そこで白菜の浅漬けを手に取ります。お漬物って、僕にとっては癒しになります。無いと寂しい。


 会計を済ませた後、出口付近に用意されている製氷機に向かいました。手荷物を台の上において、ビニール袋に氷を詰めます。お刺身を冷やすのはもちろんですが、より重要なことはビールをキンキンに冷やすことでした。ビールが6缶入る保冷バックを用意していたので、氷と一緒にビールを詰めます。


 店を出ると、辺りは薄暗くなっていました。野宿の予定地は出雲大社からさらに西にある海岸付近。距離にして23kmほどあります。日没を眺めながらお酒を楽しむつもりでしたが、それはもう叶いません。観念して、スーパーカブのキックペダルを踏みます。エンジンがうなり声をあげました。出雲大社に向かいます。暗くて良くは見えませんが、田舎道でした。どこまでも田んぼが続いています。進行方向の山の稜線が、沈む太陽に照らされて薄く光っていました。その光に向かってアクセルを回します。周りには車がなく。僕のスーパーカブだけが、ガタガタと音を立てて走っていました。


 出雲大社に近づくにつれて車が増えてきます。建物も多くなってきました。出雲大社の入り口には勢溜の大鳥居があります。その前に大きな石灯籠が左右に鎮座しているのですが、火が灯されていました。闇夜に沈んだ鎮守の森をバックにして薄暗く光っている様子は、まるで異世界の入り口のようです。心が躍りました。つい足を向けたくなりましたが、参拝は明日の朝の予定です。そのまま通り過ぎました。


 しばらく走ると稲佐の浜に出ます。道が左右に分かれました。僕は進路を右に切ります。そのまま真っすぐ進むと出雲日御碕灯台に行くことが出来るのですが、通行止めになっていました。実は、県道29号線が大雨により崩落していたのです。事前にそのことは確認していましたが、僕はそのまま進みました。


 海岸線は、砂浜から岩場へと変化します。山の斜面に張り付くようにして道が続きました。トンネルを抜けてしばらく走ると、またトンネルに出くわします。ここでスーパーカブを停めました。左手に赤石鼻という岬に続く細い道があります。道の上には小枝や岩が散乱しており、車で侵入するのは困難な道。ハンドルを切って、その奥に進みました。手入れがなされていないこの道が、今晩の野宿の場所になります。


 見晴らしのよい崖でした。真っ暗になっていましたが、先ずはテントを設置します。アスファルトの上なので、ペグを打つことは出来ません。自立式のドーム型テントなので設置は出来ますが、大風が吹いたら大変です。でも、今夜は風がないので心配はないでしょう。海を眺めるような位置に椅子をセットして、七輪の炭を起こします。ここまでの作業を終えて、やっとビールを取り出しました。良く冷えています。プルトップをフルオープン。泡が盛り上がってきました。――グビグビグビ!


「うまい!」


 誰もいない真っ暗闇の中、わざわざ口に出して感動を叫びます。火力が強くなってきたので、カレイの干物を七輪の網に載せました。焼いている間に刺身を取り出します。傾いたせいで刺身が左に寄っていましたが、問題ない問題ない。醤油をかけて食らいます。やっぱり美味い。刺身、とっても大好きです。ビールも悪くありませんが、もうそろそろカレイが焼けてきたので、板倉酒造の「天穏 純米酒」を味わいたい。どこに仕舞っていたかな?


 ――あれ?


 見当たりません。しばらく、探し続けましたがやっぱり見当たりません。そう言えば、日本酒を仕舞った記憶が僕にはありません。


 ――絶句。


 思い出しました。ビールを冷やすための氷を取る時、僕は荷物を台の上に広げました。その台の上に日本酒を置いたまま、僕は店を出てしまったのです。ショック。あまりにもショック。ビールは2缶飲みました。あと、1缶しかありません。これでは少なすぎるし、酔うことが出来ない。暗い海を見下ろしながら、打ちひしがれた思いのまま、寂しい出雲の夜を過ごしました。闇夜に聞こえる鹿の鳴き声も、心無し寂しそうに感じました。

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