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歴史転換ヤマト  作者: だるっぱ
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③摂津から出雲へ

 僕の旅の宿泊は、大半が野宿になります。貧乏くさいことはやめてキャンプ場にでも行けよ……と指摘されそうです。実は、旅行に出かける前に一応はキャンプ場の下調べはしているのです。電話で空き状況を確認したりもしていました。でも、僕の旅行の主たる目的はキャンプでもツーリングでもありません。古代の史跡や博物館に行き、勉強することが目的なのです。しかも、次々と移動します。そうした強行スケジュールのなか、キャンプ場の都合に合わせて予定を組むのが面倒だったりします。僕にとってキャンプ場の優先度はとても低い。目的地の近くにキャンプ場がないのなら、野宿をした方が合理的だと考えています。また、性格的に案外と人見知りなので、一人の方が気楽だったりします。


 そんなこんなで野宿のための準備を進めていたら、僕のキャンプ用品の一つ、スチールの七輪がかなりボロボロになっていました。この七輪は地元のホームセンターで売っているのですが、これがとても使いやすい。かなり使い込んでいるので、炭受けは錆サビです。炭の下に敷くロストルは既に紛失しており、直接炭を置いて使用していたせいで、炭受けの底に穴が開いていました。専用の網が二枚ついているのですが、二枚とも網の真ん中には穴が開いています。


 ――さすがに、もう無理か。


 新しく購入することにしました。僕にとって野宿の主役はこの七輪になります。冬場であれば、大蒜と塩コショウで仕込んだ鶏のもも肉をこの七輪で焼いて、ビールを飲んでいました。今年のGWは丹後で野宿をしたのですが、カレイの干物をアテにして地酒を飲みます。これが大層美味しかった。なので、出雲でも是非とも干物を七輪で焼きたい。そんでもって出雲の地酒を飲みたい。その様に考えています。


 旅行の足は、20年来の相棒である50ccのスーパーカブになります。人気のスーパーカブですが、50ccという排気量は生産の中止が発表されました。今後は50ccクラスは絶滅危惧種になります。僕の大切な相棒なので、整備しながら死ぬまで乗り続けたい。大きなバイクに乗り換えたいとは微塵も思っていません。ただ、街乗りはともかく、長距離ツーリングとなると50ccクラスは心もとない。燃費はとても良いです。でもタンクにガソリンが4リットルしか入らないので、長距離が走れない。


 今年の正月に紀伊半島を一周した時のことです。山間部に入る前に、タンクを満タンにするつもりでした。つもりだったんですが、美しい山々の風景に見とれてしまって、調子に乗ってアクセルを回し続けて、つい忘れてしまいました。リザーブタンクに切り替えた時には、もう山の中。山間部にある村のスタンドは軒並み正月休みでした。結局のところ、ガス欠になってしまいます。あの時は、かなり往生しました。今回も注意しなくてはいけません。


 出発当日の午前4時。スーパーカブに荷物を積み込みます。まずリアキャリアに、サイドバックをセットしました。バックは左右に分かれており、七輪やコンロといった重量系の荷物や、水や紙皿それに調味料といった飲食系の荷物を収納しています。サイドバックをセットした上に、銀マット、テント、寝袋、椅子を載せてゴムひもで縛り着けました。タオルや着替えといった軽量の荷物はナップザックに入れて背中に背負います。キーを差し込み、キックペダルを踏みこみました。


 ブロロン!


 一発でエンジンがかかりました。とても調子がよい。今年の春に、キャブレターを始めとして大掛かりな整備を行ったので、見た目はヤレ感が漂っていますが中身は元気です。アクセルを回しました。まだ朝になり切れていない暗い夜の街を走りだします。寄り道をして、職場に向かいました。少し仕事を片付けます。


 4時45分。タイムカードを押します。仕事終了。職場を出ると近所のセルフスタンドに向かいました。タンクを満タンにします。スマホを取り出してメーターの写真を撮りました。現在の相棒の累積距離は76191kmになります。これまでに結構な距離を走ってきました。今回の旅で、どれだけの距離を走るのかとても楽しみです。


 大阪から出雲までの道のりは山陽道を使うと早いのですが、50ccのスーパーカブでは走行することが出来ません。山陽道に並行するように下道を走ることになります。兵庫県の宝塚の辺りから山間部に入っていきますが、山の中といってもこの辺りは住宅地がずっと続きます。有馬温泉の北部地域を通過。本来であれば北西の方角に進路を変えて山の中に入っていきます。しかし、今回は南西に向かいました。なぜなら、姫路城を見てみたいと思ったからです。距離的にはそれほど違いがありません。


 7時07分。姫路城に到着しました。大阪から姫路まで時間にして2時間強。思った以上に速いペースになります。早朝の道路が空いてる時間に走ったので、かなり順調。姫路城が見える公園で小休止しました。別名は白鷺城とも呼ばれる姫路城ですが、遠目で見るだけで満足。時間がもったいないので、見学はパス。また走り出しました。


 ここから本格的に山の中に入っていきます。中国地方は、沿岸にある都市部を除けば殆どが山。1000mを超える山々の間を縫うようにして道が伸びていきます。お盆渋滞を警戒していたのですが、下道はガラガラ。気持ちよく走ることが出来ました。見上げる空はとても青く、白い雲が所々に浮いています。濃い緑色に覆われた山の間を川が流れていました。細い川に大小さまざまな岩が転がっており、岩にぶつかった流水が白い飛沫をあげています。暑い日差しの中ですが、見ているだけで心が涼しくなりました。少し眠くなってきたので、峠にある木陰で相棒を停めます。ナップザックを枕にして寝転がりました。木の枝の間から青い空が見えます。セミが忙しく鳴いていました。森が生きている……そんなことに気が付きました。


 途中、また寄り道をしました。佐用町で「西はりま天文台」の看板を見つけたからです。ここは天文部だった嫁さんの青春の場所でした。話には良く聞かされていたのですが、僕は行ったことがない。寄り道をしても30分もロスはしないと判断しました。ただ、かなりの上り坂。僕の非力なスーパーカブでは、なかなか登らない。やっとこさっとこ到着すると、西はりま天文台を写真に収めました。緑の芝生に覆われた丸い丘の上にちょこんと佇む天文台。バックの青い空には刷毛で刷いたような白い雲が薄く棚引いていました。なんともメルヘンチックな絵柄です。早速、嫁さんにLINEしました。


「星が見えない」


 朝の9時。星が見えるわけないのですが、とぼけたコメントを添えて写真を送ります。嫁さんから直ぐに返事が返ってきました。


「雲が見える」


 嫁さんにしては、粋な返しです。ニヤリと笑った後、踵を返して西はりま天文台を後にしました。急な下り坂を滑り降りて本道に合流したころ、プスンとエンジンが吐息を漏らしました。ガス欠の合図です。すぐさまリザーバータンクに切り替えました。ここで判断が分かれます。


 ――佐用に戻るか、それとも美作に進むか。


 戻るのはなんとなく嫌だったので、美作に進みます。グーグルマップで検索したガソリンスタンドに向かいました。知らない街での、グーグル検索はマジで助かります。ところが、小さな村にあるたった一軒のガソリンスタンドは、お盆のため休業していました。頭の中に、嫌な記憶が蘇ってきます。紀伊半島一周でガス欠したときは、その後スタンドを求めて山の中を30kmも歩きました。いくつの峠を越えたか分からない……とても辛かった。今までの爽快な気持ちから、ザワザワとした不安感に襲われます。


 ――ヤバイ!


 アクセルをフルスロットルにするのはやめて、今更のように燃費を気にした安全運転に切り替えます。美作の市街地に入りました。ひとつ目のスタンドは、お盆のため休業。背中に冷や汗が流れました。美作には中国自動車道のインターチェンジがあります。その周辺のスタンドなら営業しているはず……そのように見当をつけて、更に進みます。前方に見慣れたコスモ石油の看板が見えてきました。嬉しいことに営業しています。ホッと胸をなでおろして、給油しました。その後、美作市、勝央町、真庭市といった比較的大きな市街地を抜けて、新庄村、日野町と通過します。ここでスマホのグーグルパップを開いて、確認していれば何も問題はなかった。しかし、僕は道を間違えてしまいました。


 暑い夏ではありましたが、最高のツーリング日和でした。走り抜ける木々の間から、青い空に白い雲が浮かんでいるのが見えます。道は走りやすく、車の往来は少ない。アクセルを回して、山間のワイディングロードを楽しんでいました。目印は、県道180号線。この標識を確認しながら走っていると、市街地にやってきました。スーパーマーケットを見つけます。昼食には少し遅いくらいでしたが、そこでのり弁当と麦茶を購入しました。お腹を満たします。その時も気が付いていませんでした。県道180号線を北ではなく南に向かって走っていることを。目的地とは反対の新見市に、僕はやってきていたのです。日野町から新見市までおよそ45km。往復で90kmあります。つまり、暢気な僕は道が間違っていることに気が付かないまま、それだけ余計に走ることになってしまったのです。距離ももちろんですが、時間的なロスがとても大きい。慌てて引き返しました。


 今回の旅の最初の目的地は、「奥出雲たたらと刀剣館」になります。到着したのは15時30分。14時ごろに到着する予定だったのに、閉館まであと1時間しかありません。この後の予定は、見学の後に温泉に向かいます。疲れを癒した後、干物と日本酒を購入して出雲大社に向かいます。出雲大社の参拝は明日の朝に予定しているので、そのまま通過。近所の海岸で夕日を見ながら野宿するつもりでした。日が沈むまでに、まだ予定はギッシリあります。そんなことを思いながら、「奥出雲たたらと刀剣館」に入館しました。

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