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あかたすあおは  作者:
2/18

#1.不変-2

 今から十年程前。僕がまだ山奥の村にいた頃に、この世界の西半分の空と海が赤く変色してしまった。その原因については未だ不明。初めこそ何か起こるかもしれないと期待していた僕だけれど、結局それ以上は何も起こらなかった。

 そこから先はモリノークへ出て来てから知った話になるけれど、この時に変わったのは色だけではなかった。かつて西方と呼ばれ、三つの大国がひしめき合っていた西の大平原が、そっくり別の世界と入れ替わっていたのである。


 東方は元々山ばかりで、どこの国でもない小さな町や村しかなかったけど、一か所だけ北の大国と呼ばれたハイコーストの領土が張り出している所があった。それがマルニーク子爵領。ここは儂の土地じゃーっと言ったかどうかは知らないが、マルニーク子爵は私兵を引き連れ真っ先に向こうの世界へ足を踏み入れた人物である。そして一晩明かす事もなく、すごすご帰って来た人物でもあった。

 何でも向こうの世界というのは環境が違っていて、僕らにとってとても不快な世界であるらしい。そしてそれは向こうの住人にとっても同じようで、こちらにちょっと足を踏み入れてはすぐに引き返す姿が度々目撃されたと言う。

 そのまま十年だ。まあ十年もあったらもっと何かあっただろうと思うかも知れないが、少なくともこっちの世界には動かない理由があった。それはその必要がないと言う事だ。元々僕らの世界では西方こそが世界の中心であり、東方は山ばかりの田舎という扱いだった。その西方がそっくり消えてしまった上に、田舎の生活はほぼ町や村単位で完結している。せいぜい隣町と交流がある程度だ。つまり僕らには無理をしてあちらへ行く理由がないのである。元々西方にだって行った事のない人がほとんどなのだから、それが他の何かと入れ替わったところで全く影響がない。向こうがちょっかいを出して来ないなら尚更だ。

 現在、僕らはそれぞれの空の色から東方を『青方』、西方を『赤方』と呼び変えた事以外、変わらない日常を送っている。


「ハルト君、お願いします」

 医師見習いのキーツに呼ばれて、僕は診察室へ向かう。医師見習いはヒースとキーツの二人で、大体トムサムと同じくらいの歳の青年だった。二人は別に似ている訳ではないので間違われたりはしないけど、患者からはヒースとキースだと思われている。

 診察室の中は、仕切りで幾つかに区切られている。僕は診察が終わって治癒魔術待ちの人たちが座っている長椅子へ近付き、キーツに言われるがまま治癒魔術をかけていく。と言っても魔力は目に見えないので、傍目には僕が何をしているか分からないだろうけど。

 僕らの使う治癒魔術だが、実は二種類ある。

 一つは怪我治療の魔術で、これは昔の魔術師が作った正真正銘の不思議な術だ。人体が元々持っている治癒力を何たらと言って、怪我に関しては医学知識のない僕が使っても完全に治せる優れものである。

 しかし魔術師が作った治癒魔術は、これ一つだけだった。何故かと言うと、怪我ならどうなれば治った事になるのか素人でも分かるけど、病気は千差万別で専門知識が必要だからだ。

 医学の勉強が必要な病気治療の魔術の開発を、ただ魔術の研究がしたい魔術師たちは早々に放り出したそうだ。

 そしてもう一つは、うちのリサ先生が新しく開発した薬効魔術。僕が主に使っている、薬の代用魔術である。

 リサ先生は、元々旅神官として入団したけど魔術の研究にはまって、今では調合室に入り浸り、新しい薬効魔術の開発に没頭している人物だ。

 とは言え、もちろんリサ先生は魔術師ではないので、その開発方法も体当たり方式になる。

 何でも魔術師たちによれば『魔力とは、目に見えず触れる事も出来ないが常にこの世界を満たしており、この世の全てのものは魔力で出来ている』らしい。そしてそれは薬であっても同じ事。

 そこで特別な器具を用いて、高圧の魔力を薬に照射して…その、何かを解析する事で、薬の魔力的な構成を…あれして、薬効を模倣するらしい。

 これは全くの薬の模倣であり、効果も副作用も全てそのまま。きちんとした医学知識によって運用すべきものであって、僕も医師から頼まれた時以外は、勝手に使わないように言われている。

「あと、この薬を保管庫から取って来て貰えますか」

 一通りかけ終わった頃を見計らって、今度は薬の名前が書かれた紙を渡された。

 薬の保管庫は二階の調合室にあるのだが、保管庫の開閉には旅神官が必要なので、主に雑用係である僕の仕事になる。

 この保管庫の原理は、『世界が魔力で満たされているのは、成長変化にも魔力が必要だからである』という仮説に従って、閉める時に僕らが中の魔力を抜いて薬の劣化を遅らせるというものだ。

 本当かどうかは知らないけれど、実際に薬が長持ちするので問題ない。


 二階に上がって調合室の扉を開けると、中には二人の人間がいた。

「やあ、ハルト君」

 ノリスは僕らと同じ教団の若手で、本当は旅神官になりたくてやって来たけれど、魔力を扱えなかったので代わりに医師見習いとして入団した人だ。幸い薬草には詳しかったので、薬の調合や屋上の薬草園の世話をしながら、いつか魔力を使えるようにならないかなぁと日々夢想している。

「ノリスさん、この薬をお願いします」

 僕は薬の事は分からないので、彼にキーツのメモを渡して保管庫から出して貰う。

「丁度いいところに来たね、ハルト君」

 そしてこの場にいるもう一人は、もちろんリサ先生だ。歳はトムサムより少し上で、まあ美人の部類だとは思うけど、いつもくたびれた格好をしている。根っからの研究者肌の人だ。

「新しい薬効魔術が出来たんで、ぜひ試して欲しいんだ」

 そう言って一枚の紙を渡される。そこには円と、その内側に複雑な模様が描かれていた。

 一見すると英雄物語に出て来る魔法陣のようだけれど、実際には円錐形を平面に落としたものだ。円周が手前で中心が相手側になるよう、模様の通りに魔力を流していくと終点で魔術的効果が発生する。

 やった事はないけど、魔力で編み物をするような感じ、だろうか。

「これは強めの痛み止めでね。要するに、感覚が麻痺する薬だ」

「大丈夫なんですか、そんなもの使って」

「大丈夫、ちゃんと市販の薬だよ。これがまた高い薬でね。なかなか使わせて貰えなかったんだけど、今回少しだけ分けて貰えたんだ。この機会に何とかものにしたい」

 リサ先生は完成した魔術をまず自分の体で試すのだが、魔術師が理論を整頓して作った怪我治療の魔術と違って、リサ先生の薬効魔術は効果のわりに複雑だ。

 その為、現状使えるのは若手四人だけ。つまり開発者のリサ先生自身も、複雑過ぎて使えないのである。

 簡単に説明すると、怪我治療の魔術は簡単なパターンの繰り返しだが、薬効魔術は文字の羅列みたいになっている。

「取り敢えず、左手に頼む」

「分かりました」

 一応仕事で毎日使っているものは、いい加減その羅列を丸暗記して紙を見ないでも使えるようになっている。

 でもこれは初めてなので、魔法陣の書かれた紙を手にして、線へ直接魔力を流すイメージで使用する。一度魔法陣を魔力で満たし、それを差し出された手首へ向けて伸ばして行くような感じで…。

「おっ、おおっ、左手に厚手の手袋をはめているような感じだな。型は合っているが、本物よりも効果が弱いか…」

 リサ先生は自分の左手を見ながら、思考の海に沈んで行った。

 その横で、ノリスが目を輝かせていた事に今更気が付く。

「ねえハルト君、今のやり方僕にも教えてよ。それなら僕も出来そうな気がするなぁ」

 そんな彼のお願いに、僕は顔をこわばらせた。

「え? …やり方って言うか、割と適当なんですけど…」

 これこそ魔術が広まっていない最大の理由であり、旅神官が有り難がられる理由でもあった。

 つまり『目に見えず触れる事も出来ない魔力を何故扱う事が出来るのか』を、未だ誰も説明出来ないのである。

 僕も自分では何となく手応えを感じた気でいるけれど、実際に魔力が見えている訳ではない。だから本当は、僕が思っているのとは違うかも知れない。

 そして仮に僕なりのやり方を教えたとしても、相手がその通りにしているのか、僕には見えないのだ。助言を求められても、僕には答える事が出来ない。

 教団にしても、旅神官となる者に魔術を教えているのではなく、簡単な説明で出来るようになった者を旅神官として採用しているのだ。

 僕は取り敢えず紙に魔力を注いでみて下さいと言って、薬を受け取り部屋を出た。保管庫を閉め忘れたけど、リサ先生がいるからまぁいいか。

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