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薬師の娘  作者: 佐原万葉
第五章 望み
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6 罪の所在①

「治療薬を呑気に待っている間に、この国が沈む。藩国を失えば、世界が狂う。火の神の加護を失えば、世界の均衡はどうなる?」


 どこまで本気で火郷が言っているのかわからない。加護などないと言い放った藩主が口にしたそれに、千束は戸惑いと苛立ちを覚えた。

「だから、治療薬は無理だから、不老不死を望むんですか?」

 思ったよりも冷静な声が出た自分にほっとしながら千束は、火郷を見上げた。

「そのために誰を傷つけても、殺しても良いと言うんですか?」

 里を襲い、人々を傷つけ、薬師を連れ去り、薬師を使い潰して、恵みが望めないなら他国へ攻め込むことも辞さないと言っていた火郷。

「必要な犠牲だ」

 些末なことだと火郷が言った。

「必要? 必要なら何をしても言いっていうんですか?」

「藩国を護るためだ」

「藩国を護るため?」

 ぐっと千束は拳を握りしめた。


「あなたの言っていることは滅茶苦茶だわ。薬師たちだけじゃない。あなたは藩国の人たちすら都合のいい自分の駒にしようとしてるだけです」

 火郷が、火の病をなんとかしたいと思っていることに嘘があるとは思わない。衰退の陰りが見える藩国に対する焦燥も事実だろう。だが、純粋に藩国を想う気持ちがあったとしても、あまりに安易で稚拙だと思う。

 もし、火郷たちの望む不老不死の薬ができたとして、誰をそうするのか――その取捨選別をどうやってするつもりなのだろう?


「知った風な口をきくな」

「勝手に巻き込んだのは、あなたたちだ!」

「目の前に、それを克服できる代わりの手立てがあるのに、なぜ、それに手を伸ばしてならん?」 

「これは治療薬にはならない!」

 千束が声を上げた。

「これが! 病の元だと! あなたのやっていることは、藩国に病を広げていることです」

「ならば、証拠を出せ!」

「もちろんです!」

 根拠ならいくらでも示せる。

 目の前には問題の薬草があり、土がある。加えて、ここに従事した薬師たちが残した膨大な資料と、千束が持つ藩主殺しについての知識。核なる薬草が目の前にあって、多くの症例があり、比較対象も検証もできる。

 問題は、相手にそれを理解できる知識があるかということだが、それなら言葉を尽くすしかない。


「なに……?」

 火郷が驚いたように言葉を切った。

「ここの薬師たちが命がけで残してきたものがきちんと回答をくれるわ。わたしは目の前の薬草を、ただ眺めていたわけじゃないのよ。どれほど危険なのか、どれだけ人に影響を与えるのか! いくらでも! あなたが納得できるまで説明するわ!」

 一気に言い放った千束は肩で息をしながら、どこか驚いた表情のままの火郷を、きっと睨み上げ、気持ちを落ち着かせるように深呼吸をして言葉を更に紡ぐ。


「藩国の病のためと言うけど、すべての火の藩国人を不老不死にするつもりですか? そんなことをすれば、確実に人が暮す土地は足らなくなり、外へと領土を求めることになるでしょう。あなたは必要なら他国へ攻め込むことも迷わないみたいだから、きっとそうするんでしょうね。兵を無駄死にさせる気はない。だから不老不死薬が必要だとも言ってたんだから。でも不老不死なら、ずっと戦えるとでも? 怪我をしないわけじゃないんですよ?」


 火の藩国の人々すべてか、それとも火郷にとって都合の良い人々だけか――。

 いずれにしても彼らを不老不死にした後は?

 藩主と一般の藩国人が不老不死という同列に並んだ時、神の血を引く藩家という存在意義は残るだろうか? 皆が神の領域に足を踏み入れたなら、そこに格差はなくなりはしないか。

 果たして、それを火郷が許すのだろうか? 

 そのことに思い至らないだろうか?

 そして、そうなれば火の藩国だけが世界の中で特異な存在となり、それこそ世界の均衡が崩れかねない。

 そんなことを一気に言い放って、千束は肩で息をする。そして、くしゃりと顔を歪めた。

「病で藩国が沈む前に、きっとこの国は沈む。藩国が藩国の役割を手放そうとしているんだから」

 齎す様々なものを解らないほどに火郷は愚かではないと思うが、不老不死薬に憑りつかれて解らなくなっているのだろうか。千束には解らなかった。


「それに特効薬はないとは言ったけど、できないとは言ってませんよ」

 この場の火の藩国人が揃って、まさにぽかんとした表情で千束を見た。

「…………なんだと?」

 理解しがたいということを取り繕う様子もなく、火郷が眉間の皺を一層深くして口を開いた。

「だから、できないとは言っていません」

「ふ、ふざけるな!」

 叫んだのは端佐だった。

「世迷言を言うのも大概にしろ! 藩国の病に我々が何年、何十年費やしてきたと思っているんだ! 我々ですら無理だったものを。そんな簡単にいくものか!!」

「当たり前でしょう。原因がわからないまま闇雲に探せば難しいに決まってる」

 端佐の顔が憤怒に染まる。それを千束は冷めた目で見つめた。

「在野ごときに、藩国の病が治せるなどと思い上がりも甚だし」

「あなたたちの面子なんか、どうでもいい!」

 千束は最後まで言わせなかった。話に聞いていた以上に酷い。在野を見下すのは結構だが、それで病が長引くのはおかしなことだ。

「薬師の存在意義をどこにやったの!? 薬師は、なんのために在るのよ。あなたたちがしなきゃいけなかったのは、お抱え以外の薬師を締め出すことじゃない。自分たちで無理なら、他の薬師たちに協力を仰ぐことだった」

 在野に頭をさげるのが許せないなら、他国のお抱え薬師を頼れば良かった。

 藩国の薬師――お抱えの薬師であるということが、それを邪魔したというのなら、それはあまりに悲しいことだと千束は思った。

 端佐が幾度も口を開閉する。千束の言葉に感銘を受けたというよりは、小娘からの言葉に怒り心頭という態だ。

 傍若無人と言われる千種だって、教えを乞うために頭を下げることを厭わない。ただ、堂々と「教えろ」という姿勢で迫るので、下手に出ている感がまったくなく、それが揉める要因になっているが。そんな千種のやりようには問題が在るとは思うが、その邁進する様は、素直にすごいと密かに思っている。だからこそ、千束には端佐たちお抱えの姿勢が許容できなかった。


 千束は火郷に視線を戻す。

「これで、あなたの言う不老不死薬は必要じゃなくなるでしょう?」

「なぜだ?」

「なぜ?」

 ほら、やっぱりとどこかで思いながら、千束は失望を味わう。

「おまえの主張はわかった。だが、せめて特効薬を作ってから言え」

 呆れた様子の火郷は、まるで幼い子に言い聞かせるように言った。

「ないものを担保に物を言うな。それに、それは理由の一つであって、すべてではない」

「話が違う!」

「なにが違う? 理由のすべてをおまえたちに話す必要がなぜあると思う? だいたい、おまえの言葉を信用する材料は皆無だ」

 千束は唇を噛みしめた。それは確かに今はそうだ。

 特効薬はできる――それは千束のなかで確固たるものとしてある。

 だが、時間はそれなりに必要だ。

「お抱え薬師の意見を無視してなお、おまえたちの意見が取り入れられるとなぜ思う?」

「それなら少なくとも、この薬草を」


「同じことを何度も言わせるな!」


 火郷の大喝に呼応するかのように、その時――。



 どん――と大きな音が鳴り響いた。

 


 驚愕の声を上げる前に真静が千種の肩を掴み、比良が伊那を保護し、恒矢が千束に手を伸ばして、その頭を抱え込む。


 刹那の静寂の後。

 そして、再び響く。

 何か――生き物の断末魔のような声。

 その音量は凄まじく、皆耐えられずに耳を塞いだ。

 尾を引くように断末魔は消えていき、やがて元の静寂が訪れる。


「な、なに?」

 何が起きたのか解らずに呆気に取られて顔色を悪くする日名宇の面々に対して、火の藩国人はどこか愕然とした表情だった。

 咄嗟にそれぞれ近くにいた者を守ろうと動いた日名宇の里人に対して、火の藩国の人間は棒立ちで、なぜか皆が薬草園とは反対の方向を見つめていた。


 千束から洩れた呟きに呆然と答えたのは神官長だった。

「神域で血が流れた――?」

 その呟きが、やけに大きく耳朶を打つ。

 なぜ、そんなことがわかるのか? と疑問を差しはさむ前に、火の藩国人が合わせたかのように反応した。神官長の方へと振り向く。


「藩国の歴史書に……神域で藩家の血が流れたとき神域が動くと」

 誰から問われるまでもなく神官長から言葉が紡がれる。彼の脳裏に過るのは藩国に伝わる建国史の一説だった。だが、神官長も半ば茫然としたままで、己の口から出た言葉を咀嚼しきれていない様子だった。


「藩家の血?」

 繰り返した千束の声に、皆の視線が火郷に向く。

 まさかという様子で口を開いたのは恒矢だった。

「あの時の? 一人の男が拘束されて神域に来ていた。全員、赤い髪だったけど」

 髪色は目視できたが、眸の色までは定かではない。自信なさげな恒矢に、比良以外の皆が戸惑いを浮かべた。

「男……?」

 呟いたのは火郷だった。

 今、藩家の血を継ぐ者は火郷、先代藩主。そして藩妃が産んだ、まだ幼い子。


「郭稚」

 火郷が先代藩主の身柄を預け任せている己の腹心の名前を呼ぶ。

「親父殿は、どこにいる?」

「牢に……」

 どこか茫洋とした声音に、火郷が双眸を細めた。すぐさま身を翻した火郷に、郭稚が慌てたように声をかける。

「ど、どちらへ!?」

「神域に行く」

「お待ちください!」

「なぜ止める?」

 足を止めて振り返った火郷の前に郭稚が回り込んだ。

「き、危険かと……」

「ほう……?」

 火郷が腰の太刀を鳴らした。

「少なくともおまえよりは強いが?」

「それはもちろん、わかっております」

 行かせまいとする郭稚の額にうっすらと汗が滲んでいた。


「郭稚。何をした?」

 何を知っている? という問いではない。目の前の腹心が自分を欺いていると確信を持っている響きに、びくりと郭稚の肩が揺れた。

「説明する気がないなら、そこをどけ」

「…………神域にお連れしました」

「誰の命だ? おれはおまえに、そんな命令をしたか?」

「いいえいいえ!」

 郭稚が激しく首を振る。

「ですが! いくら調べても先代は本当に何も知らず、その罪すら自覚していない。これ以上、生かしておいても同じです」

「だから処断することにしたと?」

「あなたに、それをさせるわけにはいきません」

 郭稚の揺れていた視線が力を取り戻し、主をしっかと捉える。

「あんな男でも、かつての藩主です! 親殺し、藩主殺しなどという汚名をあなたにきせるわけにはいかない!」

 火郷の父親に対する情があってもなくても、火郷は必要と判断したら、先代藩主を切り捨てるだろうことを郭稚は知っている。その際に、自ら命じ、それを隠し立てしないだろうことも。神器もない今、それはあまりに危険な賭けだと郭稚は判断していた。

「それでも、せめて少しは役に立つべきでしょう? 最期を神域で迎えさせてやるのは温情です」

「お前は何を言っている?」

 それが正しいと疑っていない郭稚に、火郷は眉根を寄せた。

「おれがいつ親父殿を殺すつもりだと言った?」

「…………え?」

「親父殿を殺すつもりなどなかったぞ」

 利点がないからという本音があるにしろ、殺す気はなかったことは事実だ。それを突きつけられた郭稚がぼかんとした顔をする。


「なぜ神域で最期を迎えるのが温情だと言うんだ」

「神域は火の神が降り立ち、帰られた地。火の神の吾子様――初代藩主様が還られた場所とも云い伝えられていますから」

 戸惑うように言葉を挟んだ神官長に、火郷が盛大に不機嫌な顔をした。

「そんな話の流れには聞こえなかったがな」

 先代藩主に対する敬意を微塵も抱いていない郭稚だ。むしろ、先代藩主ほど神域に相応しくはないと思うはずだ。

 そもそも歴代藩主の墓は別の場所にある。神域が最期の地として相応しいなどという話は聞いたこともない。神官長もその通りだと思ったので黙って退いた。


「なぜ神域に連れて行った?」

「腐っても藩家の血筋の方ですから。その力は役に立ちます」

 火郷が「判るように言え」と睨んだ。


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