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薬師の娘  作者: 佐原万葉
第五章 望み
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4 合流②

「千束! 伊那!」

 恒矢が比良と一緒に、薬草園へ向かって駆け下りてくる。

「無事か!?」

 恒矢が無事を確認しようと、ぱたぱたと千束の両腕を軽く叩く。その後ろで、比良が心底安心したような笑顔を見せた。

「ちょっと私もいるんだけど」

 伊那が拗ねたように言う。本気で言っているわけではないことは表情と声音で解かるが、恒矢と比良は慌てて素直に謝った。

「伊那も無事で良かった」と千束が伊那に抱きつく。


「いい加減にしろ!」

 再会を喜び合う面々に端佐が吠えた。

 恒矢が「誰だ?」と、こっそり千束に問う。お抱え薬師の長だと聞いて、恒矢が目を丸くする。

「嫌がらせの親玉か!」

 千種が大きく頷き、真静が小さく吹き出す。端佐は、日名宇では結構な有名人だった。

「いったいお前たちは、さっきから何を言っているんだ!?」

 怒りに任せて、杖をがつがつと地面にぶつけている。

「藩主殺しだと!?」


 端佐の剣幕に日名宇の青年組は首を竦めたが、大人たちはさらりと無視して話し出す。

「これは想像以上です」

 比良が薬草園を眺めて顔を微かに顰めた。

「思ってたより大規模だったわね。この匂いも想像以上だったけど」

 珍しい薬草を目にしているのに、千種に興奮の色はなく淡々としていた。

「見ている分には奇麗ですが、皆さん、普通に嗅いでますけど、大丈夫なんですか?」

「匂いに毒性はないわ。でも、頭は痛くなりそうね」

 千種の言葉に、真静が首肯した。

「もう鼻が麻痺しているわ。あまり長居はしたくないわ」


 元来の藩主殺しは無臭に近い。

 藩主殺しの特徴を正しく知っている者は、それを知っている。

 だから、「どうやったら、こんな匂いが生まれるのかしら」という千種の当たり前の疑問に、比良も真静も頷くばかりだ。


「千種さん、予想通りでしたよ」

 まったく嬉しそうではない比良の言葉に、千種の双眸が光る。

「ただ予想外だったのが、赤だったんです」

 千種は無言で瞠目し、声を上げたのは真静だった。

「……なんですって!?」 

「匂いは?」

「ありませんでした」

 比良の返答に、「そう」と千種が考え込む。その横で、真静が焦ったような声を上げる。

「そう、じゃないわ。落ち着いている場合!? こっちより大問題じゃないの! 先生、それってどこです?」

「え? なんと言うべきなのか……」

「どこです……?」

「神域です」

 真静が表情を強ばらせ、比良をまじまじと見た。恒矢が気まずそうに肩をすぼめている。

「……なんてところに行ってるんですか。千種、羨ましがらないで」

「え? だって、神域なんて他にも珍しい薬草あるかもしれないじゃない」

 額を押さえた真静は、大きく息を一つ吐く。

「一つで充分よ!」


「え? 神域って言った?」

 千束と伊那は、こそこそと言い合う。

 話の内容はよく解らないが、聞こえてくる看過できない単語に千束と伊那は不安そうな面持ちでやり取りを黙って見つめるしかない。視界の端にちらちらと怒りに燃える端佐が映り、そっちも気になってしかたがない。

「問題が増えたわ」

 げっそりとした様子で真静が呟き、「ですねえ」と比良が応じる。


「人の話を聞け!!」

 怒りで顔を真っ赤にして端佐が爆発した。

「おまえたち、何を企んでる!?」

 その言葉に日名宇の人間の目が一斉に冷たいものとなる。思っていたのと違う反応に「なんだ?」と端佐が少し怯んだ。

 相手にするのも馬鹿馬鹿しいと言う態度を隠すこともなく、千種が言った。

「藩主殺しという薬草があるのよ。知ってる?」

「は……? なんだ、その不敬極まりない呼び名は……!」

「知らないんならいいわ。いちいち説明する気はないから」

「な……!?」

「強い毒草よ。あまりにも危険だってことで根絶されたはずのものが、ここにあって、それを改良したのが、それよ」

 結論だけ教えてやると顎で千種が示す。黄色に輝き、微かな風に揺れる薬草たちを。


「藩主殺し、普通の薬師なら知っているはずなんだけどね」

「……っ。馬鹿にしているつもりか」

「つもりじゃないわ。馬鹿にしてるのよ」

 けっとばかりに千種が言い、悪戯に煽るなと真静が嘆息する。 

「どーして、あんたたちが知らないのかなんて、どうでもいいわ。とにかく燃やす。これ一択よ。死にたくないならね」


「なぜ改良したものだとわかる!?」

 怒りか羞恥か顔色をどす黒くした端佐が吠える。

 千種は面倒でたまらないという視線を端佐に向けた。

「面倒くさいわねえ。根拠は、私が藩主殺しを見たことがあるってこと。もう一つは、ここに来る前に、ちょっとばかり、ここの薬師がつけてた備忘録を読んできたからよ」

 そんなところだろうと思っていた千束は驚かなかった。


 千種は薬術絡みのことでは、憶測で物を言わない。その母が一貫して、この目の前の薬草が藩主殺しの品種改良したものだと言い切っていた。だとすれば、必ず根拠がある。それが、常人にはなかなか理解しにくいものだったとしても。

 そして、千種であれば、わずかな時間で事実を読み解いてしまうだろうことを千束は疑っていなかった。

「例えば、百歩譲って――まあそんなことないけど、これが、そうじゃなかったとしも毒性の強いものであることには変わりがないわ。これは、日名宇の薬師二人の見解よ」

 天才という異名を恣にしている千種。そして、数日とはいえ千束の薬師としての技量を目にしてきた端佐は黙り込む。


「ちょ……ちょっと待っておくれ」

 戸惑う声で言葉を挟んだのは容加だった。

「本当に、これは毒草なのかい? あんたの娘さんも同じことを言ってたけど、でも、あたしらは、ここでは藩国の病を治す薬を造ってるって聞かされていたんだ。本当に、それは嘘だったってことかい?」

 どこか泣き出しそうな顔で容加が縋るように問う。

「毒草という言い方は正確ではないかもね。人にとって有害だから毒草。そう思ってくれていいわ。だから、ここにあるのは毒草よ」

 千種にしては親切な説明に、容加の口から呼気が漏れる。

「そんな……」


 縋るような容加の視線を受けて、千束は従来の主張を繰り返した。

「仮死薬は特効薬にはなり得ません。仮死薬そのものも危険な代物だけど、この薬草は思っている以上に危険です」

「これの原種。赤い花の藩主殺しが咲いてる場所があったそうよ」

 千種が言葉を挟み、千束は確信を持った。

「火の藩国の病の原因の一つは、これです」




◇◇◇




 ばたばたと廊下を走ってくる音に、神官長は眉間に皺を寄せて扉へ視線を向けた。大きな音とともに飛び込んできたのは、日名宇の里の人間につけた案内役三人だった。


 千種を薬草園まで案内したところで帰っていいと言われ、追い払われてしまった二人。迷っていると、さっさと薬草園に降りていった千種がなにやらお抱え薬師と揉め出した。そうこうしているうちに、伊那たちを追いかけるようにして、もう一人がやってきて、やっぱり帰っていいと追い払われた。

 三人隠れて様子を窺っていたら、比良達まで合流してしまい――結局、端佐たちがいる以上、出るに出られず三人は慌てて神殿に報告と神官長の指示を仰ぐために戻ったのだった。


 そんな追い払われた彼らの表情に、神官長は予定外のことが起きたと察して立ち上がる。

「日名宇の人たちは、どうした?」

「それが……」

 案内役たちの説明に、神官長は頭を抱えた。

「なぜだ? 娘たちを保護したら、すぐに藩国を出るはずだったろう」


 攫われてきた娘たちがいる可能性のある場所は少ない。一般の薬草園か、例の薬草園か。あの時分であれば、薬草園に隣接している寝泊まりするための建物かもしれない。どちらにせよ、そのいずれかだろう。

 ある薬師が城内にあるお抱え薬師が使っていた調薬室を与えられたが、翌日に出て行ったきり戻っていないという情報も神官長たちは掴んでいた。まだ年若だったという薬師が、恐らく日名宇の里人たちが探している一人で、間違いなく例の薬草園に配置されただろうことは説明した。


「それがなぜ全員、例の薬草園に集合しているんだ。五人の娘は、一般の薬草園にいたのだろう?」

 真静を案内した者が頷く。

「なぜ、そのまま国を出ないんだ」

 わざわざ例の薬草園へ迎えに行くなんて、神官長は想定していなかった。彼らの行動に制約を付けなかったのが悔やまれた。

「それにどういうことだ。比良殿たちは完全に単独行動だったと?」

 言いくるめられて千種を案内することになった二人は気まずそうに視線を逸らした。


「どこに行っていたのだ……? 神器を探すとかいっていたが」

「すみません、解かりかねます……。ただ、あまり時間は掛かっていなかったかと。それと、その……何か持っているようには見えませんでした」

「それはそうだろう」

 神官長がこめかみを揉みながら答えた。

 神器がないことは、既に先代が吐いている。見つかるわけがない。それを日名宇の里人に明言しなかったのは、保身だと神官長は自覚している。藩国の一人として、いみじくも今は神殿を預かる長として部外者にそれを軽々しく言うことはできなかった。


「城内が落ち着かない今が好機だったというのに……!」

 先代藩主の吐露に、城内は未だかつてないほど揺れている。本当に落ち着いているのは火郷ぐらいかもしれないと言えるほどだ。平静を装っている者もそれなりにいるが、誰もが神器を喪失に狼狽えている。

「なぜ、端佐殿と揉めることになるのだ!?」


 そこへ允路が駆け込んでくる。

「大変です! 火郷様が薬草園に向かっているそうです」

 神官長は一瞬固まった後、天井に向かって恨み言を吐いた。

「誰もかれも、なんとも勤勉なことだ! まだ早朝だというのに!」

 そんな勤勉さなどいらぬわ、とばかりに吐き捨てた神官長に、相槌に困った案内役の三人が互いの顔を見合わせる。


「まずいな。このままだと火郷様と鉢合わせる」

 神官長の言葉に、允路が「ひっ」と声を漏らした。

「薬草園に集合命令でも出ているわけでもあるまいに」

 神官長は呟き、うろうろと室内を歩き出す。

「私も行こう」

 やがて結論を出した神官長に、案内役の三人が顔色を変えた。

「お、お待ちください!」

 止めようと追いすがる案内役たちを振り切って、神官長は久しぶりに自室を後にした。

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