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薬師の娘  作者: 佐原万葉
第四章 不老不死薬
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6 お抱え

「何を考えている?」

 厳しい顔で薬草園を見つめていた千束は背後からの声に振り返らなかった。


 まだ、薬草園で働く者たちも出て来ていない早朝。

 ひんやりとした空気のなか、花の香りが一段と濃密に感じられる。

 すっかり慣れてしまったのか、千束は香りで体調を崩すことがなくなっていた。


 動かない千束の横に、一人の老年の域に差し掛かった男性が立つ。火の藩国では長寿と言われる年齢の男性は、お抱え薬師の長というだけあって、最初に会った時から尊大だった。だが、今は随分と覇気がない。


「燃やしてしまうべきだと」

 ちらりとも視線を動かさず、千束は続けた。

「そんなことをすれば、ただでは済まんぞ」

 命懸けだぞ、と言外に言われて、千束が苛立ちをのぞかせた。

「それでも、これがなければ不老不死薬を望んだりしないでしょう?」


 薬草園を見つめたままの千束の言葉に、お抱え薬師の長――端佐(たんざ)の後ろに控えていた容加が驚いたような声を小さく漏らした。

 その声に、千束が振り返る。

「容加さん、医務室に戻った方がいいです。聞いていて、楽しい話じゃないから」

 初めて見た千束の明らかな拒絶に、容加は驚いた。言われた通りにした方がいいのかと思わせるほどの響きに右足を引きかけ、止める。

「この、薬草園の話だろう? なら、無関係じゃあないよ」

 端佐を案内しただけだから、医務室に戻っても問題はない。貴人であり、お抱えの薬師としての矜持が人一倍強い端佐が何も言わなかった。それを良いことに、容加は残ることを選ぶ。

 千束は困ったような顔を見せたが、それ以上は強要せず、再び薬草園へと視線を戻した


「ずっと不思議だったんです。なんで、お抱え薬師がいて、こんなことになってるのか」

 少し前までは両の足で問題なく歩けていたのに、今の端佐には杖が必要だった。杖を握りしめる手が微かに震えている。

「なんで、藩主に言わなかったんですか?」

 千束の視線を拒むように端佐の頭が下がる。

「不老不死の霊薬の本当のことを」

 再び、耳にする聞きなれない言葉に容加の眉間に皺が寄る。

「霊薬は老いず死なずの薬なんかじゃない。毒薬だって」

「なんだって!?」

 毒薬という言葉に反応し、思わず叫んだ容加は、我に返り片手で口を覆った。

「嘘じゃないですよ。薬師なら皆、知っています」

 端佐の表情を見て、千束の声にわずかな怒りが滲む。

 彼らが藩主に「不可能」とは伝えても、肝心なことを説明していなかったことを確信した。 

「やっぱり、あなた方は何も説明していなかったんですね」



 薬師にとっての「不老不死」は紛れもなく毒薬を示す。

 それが世間と薬師の認識の違い。

 

 だから、火郷が見つけたという薬創初書に記されていた「不老不死薬」は、即ち毒薬なのだ。記した者が、薬師であるならば――という注釈が必要だが。


 千束は、間違いなく薬師だと思う。それも、かなりの知識量を持つ薬師だ。

 仮死薬を見れば、その技能の高さが解かる。


 それだけの技量を持った薬師であれば、なんらかの「不老不死薬」を完成させていたとしても不思議はない。仮死薬だって、ぎりぎりのところだから。


 仮死薬は扱いが難しく危険なものだが、上手く使うことができるなら良薬になり得る。改良の余地はある。だからこそ、薬師は調薬方法を残したのだろう。それは薬師として、千束にも共感できた。 

 だが、やはり危険なものには違いない。軽々と表には出せない。だが、破棄することも惜しまれる。本人か、あるいは周囲の判断か。火の大神殿の書庫の奥底に眠っていたことは、きっとそれが理由だ。


 仮死薬は解るとしても、どんな意図をもって「不老不死薬」に触れた記述を薬創初書に残したのか。完成させていたとして、遺すことを恐れて調薬方法を破棄したというのなら、「不老不死薬」に触れている箇所もきちんと破棄しておくべきだと千束は声を大にして言いたい。

 造っていないのなら、そもそもそんな文言を残すべきではない、とも。

 そんな中途半端なことをするから、後にこんな厄介なことが起きるのだ。

 


 いずれにせよ、不老不死薬は毒薬なのだ。

 藩主たちが薬師たちに望むのなら、それは「不老長寿」でなければならなかった。不老は不可能だとしても長寿なら道がある。

 病の克服は寿命を伸ばすことにつながるから。


 最初、霊薬について思い違いがあることに千束は気が付かなかった。

 千束にとって当たり前のことだったから、当たり前のこと過ぎて、火郷との認識に齟齬があるなどと思いもしなかったのだ。

 だから遠回しに――隠語を用いて――毒薬の生成を望まれていると思い、ひどく落胆した。

 まさか、お抱え連中が説明していないなどとは思いもしなかったせいもある。お抱え連中が毒薬の精製を拒み、外の薬師たちにやらせようとしているのだと思った。在野相手なら切り捨てるのも楽だろう。

 だが、すぐに火郷が言葉通りの不老不死薬を望んでいるのだと気づいた。

 千束は、混乱した。

 火郷が正しく認識してなお、不老不死を薬師に強要しているのか。知らずに望んでいるのか。


 だから千束は再三、確認した。

 本当に「不老不死」を望むのかと。どちらにしても事態が良くなるわけでもないが。


 なぜなら、どうやったところで火郷が望む「不老不死」は無理なのだ。

 只人であるところの薬師が、どうやって老いず死なずの人を造り出せるというのだろうか。

 もうそれは神の領域でしかない。

 どうして、そんな当たり前のことが解ってもらえないのか。


 そんなものが本当にあると信じているのだろうか。どうして、こんな妄想にも似たことを誰も止めないのだろう。こんな理由で里は襲われたのか――千束は情けなくなって、じわりと涙が滲むのを感じた。繰り返し去来する想いに、泣くまいと唇を噛みしめる。


 薬師の先人たちも、きっとこんな想いだったのだろう。

 不可能だと言葉を尽くしても、親を子を、大事な人を人質に取られ、為せるはずもないものを求められ、薬師たちは使い潰された。


 幾度となく繰り返されるなかで、薬師たちは考えた。

 尽くした言葉を跳ね除けて、それでも尚、それを望むというのなら、人為らざるものになることを望むと言うのなら――薬師たちができることは、もう彼らに死後の世界への引導を渡すしか道がない。

 極論なのは、薬師たちも重々承知だ。

 だが、薬師たちに強要する為政者たちから逃れるためには、相手と自身の命を賭けるしかなかった。時には己の一族すべての命を。

 そういった歴史が幾度となくあった。

 自戒を込めた言葉が始まりとも言われているが、そうして薬師にとっての「不老不死」は毒薬を示すようになった。


 火郷がそれが手に入らないと本当に知ったとき、薬師たちに対して何を為そうというするのか、千束には解らない。

 

「ち、ちょっと待っておくれ」

 おろおろと容加が言葉を挟む。

「ここで作っているのは、火の短命を治す薬だろう?」

「藩主たちは、そう説明していたんでしょうけど、実際に望んでいたのは不老不死の薬。でも命じられた薬師たちが、ここで作っていたのは仮死薬です」

 容加が、ぽかんとした顔になる。

「不老不死……?」

「はい。一般的に言うなら老いず死なず、というやつです」

「……そんなの無理だろう?」

「容加さんのような人ばかりだったら良いのに」

「待っておくれ。火郷様たちは嘘を吐いているってことかい?」

「まあ、そうですね。だって、患者も診ずに薬はつくれません」

 ここに、その患者は一人もいない。

「薬師たちがつくってのが、仮死薬?」

 千束は頷いた。

「お抱え薬師たちが、火の短命をなんとかしようとしてたのは本当です」

 それが薬師たちを追い込んだ。

「……もしかしたら、と思ったんだ。火の藩国の短命を断ち切る手立てになるのではないかと。愚かなことだった」

 端佐の悔恨に、千束は同情などしなかった。


「短命の原因を突き止めたんですか?」

 千束の視線を受けて、端佐が嫌そうに口角を歪めた。

「わかっているのに訊くな」

「これは私の予測であって、あなた方の考えなんて聞かなきゃ解かるはずもないです。認識のすり合わせが大事だって話なんですよ。わかりました。勝手に話すんで、違ったら言って下さい」

 腹を立てた千束が言うと、端佐は「ふん」と言っただけだった。


「仮死薬で眠らせることで、病の進行を一旦、あなた方は止められると考えた。死なせずに済むという点では画期的だったはずです。仮死薬の調薬方法を見せられたとき、あなた方は使えると思ったんでしょう」

 眠らせている間に治療法を見つけることが理想だった。それにはとにかく時間が必要。だが、多くの患者にはその時間がない。

「だから、藩主の思惑に乗った」

 大切なことは黙ったままで。


「でも、仮死薬には落とし穴があった」

 ひとつ、薬効が強すぎるということ。

 ひとつ、想定以上に副作用が強かったということ。

 ひとつ、投薬量が体格など個々人で異なるどころか、同じ人でもその時の体調で異なるということ。

 お抱えたちが残した忘備録を読み進めていくうちに知り、千束なりに導き出したことを指を折りながら上げていく。端佐は何も言わなかった。


「思うように、改良は進まなかったのでしょう? その上、病の原因はわからないし、一番の問題は、病の進行が止められるかどうか確証が得られなかったこと」

 経過観察にも長い期間を要するだろうし、それは薬師だけでは不可能だろう。


「仮死薬は、とにかく扱いが難しくて、一歩間違えれば死んでしまうかもしれない。そんな危険な薬をよくも流通させたものですよ」

「外に出した仮死薬は、ずっと薬効を薄めたものだ。摂取したところで、死ぬほどのものではない」

 ぼそりと端佐が言う。

「副作用はそのままでしょう!」

 薄めたところで、それだけの弊害があるのだ。

「もう外では取り扱いが制限された。外の薬師たちが動いたらしい」

「だから何だって言うんです。当たり前じゃないですか」

 日名宇から連れて来られた時だって、そうだ。副作用が現れたのは千束だけだったが、それでも五人に一人だ。症状に個人差があったとしても、割合が高い。


「眠らせたからって、そんなの根本的な解決にはならないじゃないか……」

 言葉を挟んだのは容加だ。

「そうですね。病の根治にはなりませんから。原因を突き止めるまでに、どのくらいかかるか判らないし、その間、投薬し続けるのも危険過ぎますから」

 千束にはお抱えたちの気持ちも判らないでもなかった。けれど、お抱えたちの気持ちを汲み取ったとしても、あまりに無謀だと千束は思う。治療法の目途も何もない状況で、あまりにも勇み足が過ぎる。

 お抱えたちの試行錯誤した多くの記録を見ても、やはり無謀だと断じる。


「仮死薬ができたことで、不老不死薬も本当にあると藩主たちは思ってしまった」

 火郷たちが望む不老不死薬が。

 火のお抱えたちは、それを放置し続けた。これは彼らの明らかな罪だと千束は思う。

 もうどんなに言葉を尽くしたところで、火郷の考えを翻すことはできないだろう。


「お前なら言えるのか?」

「不可能だとは言いましたよ。無理だって」

「は!?」

 端佐がぎょっとした顔で千束を見る。

「よく、無事だったものだ……」

「まったく信じて貰えませんでしたけど」

 不老不死の認識が違い過ぎて、まったく話が通じなかったという方が正しい。千束も混乱していたので、うまく説明できなかったのが悔やまれた。

「問題なかろうよ。火郷様は信じない。薬師が説明してなお、信じないのだから」

「問題なら大ありですよ」

 自分たちの怠慢を棚上げするような発言に、千束は眦を釣り上げた。

「なにぽっと出の薬師と、長年お抱えをやってきたあなた方を同列にするんですか。信頼度ってものが違うでしょ」

 自分を小娘だと言う千束に、ほんの少し端佐が呆れたような顔をする。

「小娘とて薬師には違いない」

「お抱えの貴方から、そんな風に言われるとは驚きです」

 里の皆に自慢していいですかと言われて、端佐が鼻に皺を寄せた。


「私も毒薬だということは言っていないんですよ」

 言う機会はあったはずなのにと悔やむ千束に、端佐は苦笑めいた笑みを口元にのせた。

「聞いたところで、火郷様は信じまいよ。例え、最初から説明していたとしても、だ。どんなに不可能だと言葉を尽くしたところで、造れとお命じになるだろう」

 悟ったかのような顔をする端佐に感じる苛立ちを、千束はぐっと堪える。結局、大事なことを説明できなかったのは千束も同じだったから。

「証明しようがないのだ。不老不死薬が毒薬だと。目の前で飲ませて死んだなら、あるいは信じるかもしれんな。……それに仮死薬は出来たんだ。霊薬も本当にあるかもしれんだろう」


「馬鹿なことを!」

 千束が端佐を睨みつけた。その眼差しが「あなたに薬師を名乗る資格などない」と言っていた。

「この薬草を使って!? 世迷言も大概にしてください! この薬草が原因で、あなたもそんな風になったのに、まだそんなことを言うんですか」

 千束の視線が、身体の前で両の手で杖を握る端佐の手に向けられる。


「どういうことだい!? 端佐様の手足の痺れが、この薬草が原因だというのかい!?」

「正確には、根のせいね」

 割って入った声に、千束は飛び上がった。

 まったく気配に気が付かなかった。

 勢いよく振り返った先に、ここにいるはずのない人を見る。


「な!? 母さん!?」

「思っていたより元気そうで安心したわ」

 ひらひらと千種が右手を振っていた。


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