3 会談②
「火郷様から睨まれているのは本当だ。監視が鬱陶しいので、住居区に引っ込んでいる。情報は、まあ色々な伝手からだ。火郷様たちは、色々と改革に乗り出したが、どうしたって先立つものがなければ、どうにもならない」
神官長がゆっくりと口を開く。
火郷たちが稼ぐ手段としたのが、かつて頓挫した鍛造技術による武器の生産だった。
「私はずっと思い違いをしていて」
武器ではなく、彼らが鍛えるのは芸術品としての剣――そう信じていたのだ。
「貴人ら富裕層で人気が出ていると言われ、火郷様自ら大神殿の書庫に通われて、色々な図案や様式――鞘に掘る絵柄など、そんなところも含めて熱心に学ばれていると思っていたんだ。藩妃様の生国のこともあったから」
藩妃の生国は詩歌音曲だけではなく、彼の国が文化の流行を造り出すとも言われるほどの文化大国。そんな繋がりから、そういうものかと信じてしまった。
「そういうものも造っていたようだが……」
神官長も、藩主が武器を造り売り払っているなどと思わなかったのだ。
「後ろ黒い連中と繋がりができたのも、その頃だったのかもしれない」
「で、それがなぜ、薬師の里を襲ったり、薬師を攫うことになるわけ?」
焦れたように千種が問う。
「そこまでしても火の国は、うまく上向かなかった」
「それは仕方ないのではありませんか? そんな急には良くならないでしょう」
比良の言葉に、真静と恒矢が頷く。
「その通りだ。だが、火郷様はそう考えておられない。今や、火郷様に表立って逆らうことなできない状況だ。逆らえば、どんな目に合うかわからない。下手をすれば、一族郎党にまで累が及ぶ」
「なぜ、そこまで?」
沈痛な面持ちで、神官長は比良を見た。
「――火の藩国の人間が他所と比べて短命だからだろう」
「神の寵愛が深すぎて、人の世に長く留まることができないのだろう、でしたっけ」
比良が応じる。短命と言う事実も、そんな風に言われていることも薬師の里の四人は知っていたので驚かなかった。
「それもいい加減な話だわね」
千種が言うと、「まあそうねえ」と控えめに真静が同意した。
「そういう理屈なら、他の三藩国も短命じゃないと辻褄合わないもの」
「ですよねえ」と恒矢が千種の言葉に頷く。
「藩国の中でも一際、寵愛が深いのが火ということかもしれませんよ」
千種が「こんな有様で?」と比良に疑わしそうな眼差しを向けた。
「違いますね」と比良は己の発言を取り下げた。
「火郷様が国を上向かせようと熱心なのは本当だ。火の大神殿の書庫は知の宝庫だ。足繫く通ってこられていた。だが、事を為すには火の藩国の人間は短命だ。あまりにも……」
火の藩国は神の怒りを買った、と。
藩家は火の神の寵愛を失ったのだ、と言う者すらいる。
「焦っておられるのだろう。火郷様は、それを克服する手立ても探していて、見つけたのが薬創初書という書物だった。そこに不老不死の薬というのが記されていた」
「不老不死?」
日名宇の四人が、ほぼ同時に口にした。続けて「嘘くさいなあ」と呟いたのは恒矢だった。
「そうねえ」と困惑したように真静が頷く。
「それって、どっち?」
千種の問いに、神官長が眸を瞬かせた。
「どっち? どっちとは?」
「不老不死っていうけど、不老長寿と不老不死を同じに考えている人が多いのよ。私たち薬師は、それを明確に別けてるわ。ついでに言うと、出回っている眉唾の物としては圧倒的に不老長寿の調薬法が多いわね」
簡単に千種が両者の違いを説明する。
「な、なるほど……いや、申し訳ないが、わからない。私は、その書を手にしたことはないのだ。その、なんだ、そういった調薬方法を記した物というのは多いのだろうか」
「多いわよ。ここの書庫探しても、それなりに出て来るんじゃない?」
比良と真静がその通りと頷く。
「全部、出鱈目だけどね」
「でたらめ……」
「一般の人と薬師の、この二つの認識の差が厄介なんだけど、まあそれはここでは関係ないわね。つまり不老長寿は、いつかは死ぬのよ。火の藩主が平均的寿命を望むなら、それで十分だろうけど、不老不死はね、死なないのよ。これってね、人が神になるってことよ。それってどうなのかしらね」
「そんなことまで、普通考えないと思うわよ?」
真静の言葉に、千種が不思議そうな表情を浮かべる。
「そう? だって、そういうことを望んでいるんでしょうに」
「まあ、どちらにせよ、藩主はそれを信じたということですね。なんで信じたんでしょう?」
比良の方も不可解だと言う顔をする。
「ですよねえ」と恒矢が強く頷き、神官長が額に汗を浮かべつつ思い詰めた表情を見せた。
「仮死薬……あれの調薬方法も記されていたらしく、作ったらできた、と」
「仮死薬!」
日名宇の四人の声が揃い、なるほどそれでと始めて合点がいったと頷いた。
「……さすがだな。仮死薬を知っているのか。まだできたばかりの薬なのに。あまり流通させていないと聞いたが」
「それで藩主は信じたわけですか……。しかし、未だに薬師を攫っているということは、不老不死の薬はできていないということですね」
比良の言葉に、神官長が疲れたように頷いた。
「いくつもの切っ掛けはあったのだと思う。一つは紛れもなく藩妃様との婚姻だ。南の大国の姫を娶ったことで、国力の差というのを目の当たりにしてしまった」
藩国の外も渡り歩いてきた神官長だからこそ、その格差を知っている。
「あの国が示す恭順さなど上辺だけだ」
藩妃の輿入れ前に、大粛清が起き、藩妃との婚姻はなくなるだろうと思われた。だが、結局のところ、藩妃は嫁いできて、火の藩国は南の大国と対峙し続けることとなった。
「二つ目は、薬創初書だろう。添えられていた種が仮死薬の原料となる薬草だった」
「種?」
千種の声に、神官長が頷く。
「芽が出るなど思いもしなかった。正直、誰も思っていなかっただろう。火郷様が作った薬草園、あそこの土地は粘土質で、薬草を育てるには不向きだと思っていたが、恐ろしい成長速度で、あの一帯を覆ってしまった」
「なるほど。それで火の藩主は強引な手を使うことも辞さないというわけですね」
比良の言葉に、神官長は深く項垂れた。
「結局、不老不死を手に入れて、藩主は何がしたいのかしら?」
「国を整えるのに時間が足りないから、でしょう? あとは藩国の人が短命なのをなんとかするため
かしら」
真静の応えに、千種が小さく唸る。
「うーん。それで不老不死は飛躍しすぎじゃない? 優秀な薬師を連れてきてるんだから、短命の理由を探ったほうが、まだ現実味があると思うんだけど」
「富国強兵と言ってましたからね。死なない兵でも作りたいとか」
「え!?」
思いつきで言った言葉に、周囲からぎょっとした視線を向けられて比良が「おや?」という顔をする。
「歴史的には結構ある話ですよ?」
死なない兵は、ある意味では最強だろう。そんな夢想を抱いた権力者がいたことは事実。
「そうですけど……。先生、いくらなんでも藩国がそれをやったら……」
「まずいわよね」
「でも、今の藩主ならやりそうね」
さらりと結論を述べた千種に、愕然とした表情の神官長が頭を抱えた。
恒矢と真静は顔を見合わせ、少しだけ気の毒そうに神官長を見る。
「それで、神官長としては、これからどうされるおつもりですか?」
比良の声にはっと顔を上げる。無言で暫し、比良と神官長の視線がぶつかる。
「このままにしておくつもりはないのでしょう?」
藩主へ反旗を翻すつもりがあるのだろうと言外に問われて、やがて「ああ」と微かに神官長が答えた。
「……だが、正直なところ、手が思いつかないのだ。火郷様を止めなくてはと思うが、火郷様の代わりがいない。藩家の人間は、今や先の藩主様と火郷様、藩妃様の産んだ御子だけだ」
藩妃の子を旗印にするには、あまりに幼い。そして、旗印にする価値がない。
「火郷様は頓着されないだろう」
「殺すってことですか? 自分の子なのに?」
恒矢の問いに、神官長がゆるゆると首を振った。
「御子の父親は、先の藩主様だ」
「へえ……て、別に問題ないでしょ。藩家の血筋なんだから」
神官長は千種を見て、再びゆるゆると首を振る。
「そういうわけにはいないのだ。藩妃様たちは人望がなさすぎる。今の城内に先の藩主様を支持する者は皆無だ。必然的に藩妃の生国が、ちらつくのもいけない」
「面倒なことねえ」と千種が呟く。
「なぜ、二人をそのままにしているのでしょうか?」
なぜ、父親と妻を始末していないのかと問う恒矢に、神官長が固まる。
「聞く感じ、身内だからと言って、始末するのを躊躇う人間じゃないように思うんですが」
実際に実兄を火郷は討ち、同胞とて容赦なく処断している。
「神器」
「は……?」と神官長が呟き、比良の言葉に日名宇の三人が首を傾げる。
「今の藩主が神器を引き継いでいないという噂を聞きました」
神官長が文字通り飛び上がった。
神器の存在は知る人は知っている。知っている人間は、それがいかに神聖なものであり重要なものであることを知っている。すでにそれが人の口に登っているとさらりと口にされて、神官長は震えがくるほどに衝撃を受けた。
「……その様子だと、事実だったということですねえ」
「あらあ。噂は本当だったのねぇ」と外商班一の情報通の真静が呟き、「それ、大変なこと?」と千種が問う。
「まあ、そうねえ。藩主の座を追われる理由になるくらいには大変かしらね」
「じゃあ、それを理由に追い落とせば?」
「そう簡単にはいかないわ。まず、ないことを証明できないもの」
藩国に向かって、神聖な神器を見せろと迫れる者はいないだろう。
「藩主たちも認めないわ、絶対に」
「ふうん? 先の藩主が持っているんじゃないの? あら? そしたら藩主の地位を奪われたりはしないわね」
「ええ。恐らく神器は行方不明か在処について先の藩主が知っていて生かしているというところね」
「うわあ、それ公になれば、大変なんじゃ」
「大変なんてものじゃないわね」
恒矢の呟きに応じた真静の眸が煌めている。世間に暴露する気だと、日名宇の面々は思った。神官長も悟った。
「ま、待ってくれ。そんなことをしたら……」
「藩国の権威が下がります?」
「もちろんだ! それだけではない」
藩主の座を象徴し正当でなものであると示す神器が行方不明ということは、極端な話、藩国が揺らぎかねない。
「そんなもの時間の問題だし、藩主は気にしないんじゃない?」
「は……?」
未だわかっていないような顔の神官長を、千種が呆れたように見る。
「だって、これだけ派手に動いていても隠そうって感じがないじゃない。日名宇だけじゃないのよ。臥加に甫多、甫多なんてほぼ全滅よ。襲った賊たちが火の藩国と繋がりがあることは、もう周知のことよ。あちこちで薬師を勧誘していることも。薬草欲しさに商人や薬師たちを襲ったのも火の藩国と関りがある人間じゃないかって噂まであるのよ? なのに、今までと変わらずに世界中から尊敬されるとでも思っているの?」
火の神への畏敬なら人一倍もっている日名宇の里の人間ですら、そう思う。
藩国に面と向かって文句を言う人間はいなくても、火の藩国に対する疑念は育ち始めている。もう様々な疑いの目が火の藩国に向きつつあるのだと千種に改めて指摘され、神官長から表情を抜け落ちた。
藩国の狂乱は世界の混乱を招く。
だからこそ、人々はその元凶を強く忌避するだろう。
その時、人々がどんな風に動くのか、それは誰にも解らない。
藩国の存在は世界の人々の根幹であり、普通であれば、それが揺らぐことなど考えられない。
だが、どんなことがあっても藩国への畏敬が揺るがないという保証はないのだと、それこそ命の危険に晒されたときに、すべての人が変わらないでいられる保証などないのにと日名宇の四人は半ば呆れつつ神官長を見る。
最初の約束事を破ったのは、火の藩主であり藩国なのだから。
「手っ取り早いのは、神器を、その子が手にすることですね。その子が正当な後継者であると認めさせることができます。一人の子の命が救えて、今の藩主を追い落とせます」
比良の補足に「は……」と神官長は、言葉を紡げないでいる。
「まだ幼い子です。両親が問題だというのなら引き離して、きちんと教育を受けさせれば良いかと」
「探しますか、神器」
恒矢の短い問いに、「手伝いくらいなら」と比良が応じる。
「それだと火の藩国の内争にがっつり首を突っ込む形になりますよ?」
「がっつり……は嫌なんですけどねえ」
うんざりとした表情を見せる比良は珍しく、恒矢と真静は苦笑いする。
「不可能だ! 私たちだって、ずっと探しているが見つからないのだ」
神官長の言葉に、日名宇の四人が顔を見合わせる。
「あらまあ、大変」
「千種さん、ちっとも大変に聞こえないよ……」
「あら、だって恒矢。ないって言われたら、私らがどうこうできる問題じゃないわよ」
「そうですけどね……」
単なる内輪揉めで済む話でもないが、自分たちにどうこできることではないのは千種の言う通りだった。
「そうですね。私たちは私たちでできることをやりましょう」
ばさりと比良が、神官長から提供させた火の城内地図を机に広げる。
比良の提案に、日名宇の女性二人がこくりと頷き、恒矢は少し気の毒そうに「手が思いつかないなんて、甘えたこと言わないでください」という比良の視線を受けて茫然自失の態の神官長を見やった。
「では、私と恒矢は神器を探しましょう。千種さんは」
「この薬草園に行くわ。なによ、その目」
「薬草に興味があるとか言わないでしょうね?」
疑わしそうな真静の言葉を受けて、千種が不機嫌そうになる。
「失礼ね! いくら私でも、それくらいの状況は読むわよ。薬師として攫われたんだから、千束がいるとしたら、そこでしょ」
すでにいくつかの薬草園があり、各地から連れて来られた薬師たちは、この国のお抱えと一緒に中心的な薬草園――仮死薬の元ととなる薬草を育てている場所に併設された調薬室にいることを神官長たちから聞き出していた。
「それならいいけど。じゃあ、私は他の薬草園ね。伊那たちを探します」
「神官長、怪しまれないよう道案内をつけてください」
日名宇の面々が役割を手早く取り決めていく傍で口を挟む隙間もなかった神官長は、急に話を振られて目を白黒させる。
「いますよね? 子飼いくらい」
にこやかに問われて、なぜか背筋に汗を感じる神官長。
「協力、して頂けますね?」
ひたりと見据えられて、神官長は身体が強ばるのを感じた。
「着替えも用意してほしいわ」
遠慮なく千種が要求する。
「……わかった。だが、日が昇るまでは待って欲しい」
神官長は最終的にすべての要望を受け入れることとなった。




