2 調薬室
千束と伊那は、大広間から別の部屋へと連れていかれた。
無言で先導する護衛官の髪は、色は淡いが赤い。そして、呼ばれるまではこの部屋にいるようにと言い置くと出て行った。ご丁寧に外鍵をかけて。
外鍵が掛けられたことに、伊那が小さく自嘲気味に呟く。
「まあ、そうよね。自由が許されるわけないわよね」
驚くことに、この調薬室を一部屋、千束に与えるという。
二人は、どちらともなくのろのろと腰を下ろした。
大広間での出来事を反芻するも消化しきれず、疲れ切った表情で途方に暮れる。
しばらくして、伊那が重いため息を吐き出して、立ち上がった。
「いつまでもこうしていても仕方ないわね……」
伊那の動きに釣られるようにして、千束も顔をあげ、首を巡らせた。
「この匂い…………」
「匂い? なにかする?」
千束ほど匂いに敏感ではない伊那が、すんすんと鼻を鳴らす。
「…………どこかで嗅いだことがある気がする」
無臭でない限り、大抵の薬草の匂いを嗅ぎ分ける千束である。
「……前の調薬の匂いが残っているんじゃないの?」
「う……ん。そう、多分そう。でも、なんだろう。どこだっけ……最近の気がするんだけど」
考え込む千束に、改めて伊那は室内を見回す。
奇麗に片付けられている。だが、そこここに部屋の持ち主の気配があった。
「この部屋って」
思い出すことを諦めた千束の呟きに、周辺の物色を始めた伊那が振り返る。
「誰かが使っていた部屋よね。使われなくなって、まだそんなに経っていないんでしょうね」
だから、まだ薬草の匂いがしている。どこにも薬草はないのに。
さっきまで作業していましたと言われてもおかしくはない。基本的な道具はすべて揃っている。どれもこれも使い込まれた物ばかり。よく手入れがされていて、きちんと知識を持つ者が使っていたことがわかる。
「この部屋を使っていた人って……」
「お抱えでしょうね。藩国だもの」
答える伊那の顔色も冴えない。
まるで部屋の主が作業の途中でふいっといなくなってしまったような部屋に、二人はひどく居心地の悪さを感じていた。
力なく千束が椅子に背中を預け、項垂れた。
「言っても無駄なのは判ってるけど、この部屋使うの嫌だわ……」
前の持ち主の気配が色濃く残っている部屋を使うのは、他の薬師の領域に土足で上がり込むような気がして嫌だった。
この部屋の主はどうしたのだろう?――当たり前の疑問に浮かぶのは、あまり良くない考えばかり。口にするのも躊躇われ、二人はどちらともなく溜息を吐いた。
「……生きているうちに藩主様に会うことがあるなんて思わなかった」
ふっと伊那が小さく吹き出した。
「様って、嫌そうに言うわね」
苦虫を嚙み潰したような顔で「だって嫌だもの」と千束は応える。
「そうね……」
自分たちは攫われてきたのだ。
藩国――藩主という通常であれば雲の上の人。崇敬を抱きこそすれ、こんな想いを抱く日がくるなどと想像もしたことがなかった。
「藩主様、よね?」
「ええ。今の藩主の名前は間違いなく火郷、ね」
改めて伊那に肯定されて、千束は顔を歪めた。
「そう、だよね。あんな鮮やかな赤い目と髪、他にいないよね」
「そうね、信じたくはないけど。藩主が、藩国が盗賊に手を貸すなんて……」
藩主が武器を貸したと言ったことを示しているのだと察し、千束は躊躇いがちに問うた。
「……どんな物を持っていたの?」
「太刀よ、普通のね。見た目は普通の太刀。でも……よくて三合。打ち合って折れたわ。里の護士たちの太刀が、まったく歯が立たなかった」
里から出たことのない千束は、護士たちの仕事ぶりを見たことはない。けれど、その腕前が優れていることは知っている。里での鍛錬を見ているし、時々、他の里からの応援依頼があることも耳にしていたから、俄かには信じられなかった。
「腕前じゃないのよ。あれは完全に太刀の差だったわ」
「武器の差……。なんで藩国が……?」
藩国は兵を持たないはずだ。
持ってはいけないと定まっている。
特異な国だからこそ、他国への侵略を認めない。
神の寵を一身にうける国だから、他国からの侵略は許されない。
それ故に戦いの武力は持たない。
誰でも知っている。
そう問えば、伊那が難しい顔で首を振った。
「どこから武力というのかは難しいところね。見たでしょう? 大広間にいた人、全員、太刀を下げてたわ。あれが普通で、自衛のためと言われたらそれまでだし。藩国って、ある意味閉ざされた国だから平常がわかんないのよね。まあ、藩国の人間が何から身を護るのかとは思うけど」
「そうだとしても、武器を貸すなんてこと藩国がしていいことじゃないわ」
それは立派な武力だと千束が言えば、伊那は小さく頷いた。
「そうね。その通りね。どこで手に入れたのか……あんなのが出回ったら、大事だわ」
「……盗賊たちは、それを持っているのよね?」
第二、第三の日名宇の里が出ることを思い当たり、顔色を変える千束。
「そうなのよね。……今頃、里も大騒ぎになっていると思うわ」
声を潜めて伊那が呟く。誰が聞いているかわからない。扉の向こうに、もしかしたら監視の人間がいるかもしれないと警戒して。
「まさか藩国が関わってるとは思わないじゃない」
「え?」
「連中が里を出るときに、すぐに追尾がかかってるはずよ。連中、二十人はいたから、見失うはずがないわ」
伊那が所属している外商部は、里の外の商人たちとの交渉や販路の開拓などを担っているが、もう一つ情報収集に分析と言う役割を持っている。護士と協力して、すぐに追尾体制を取っただろうことを確信していた。道中、各所に協力を頼みながら、間違いなく。
「うちの外商班は優秀よ。問題は……」
伊那が声を潜めた理由を察して、千束も声音を絞って頷いた。
「藩国を相手にできるかどうか、ね」
「そこよ。里長様の怒り狂ってる姿が目に浮かぶわ」
「今頃、私たちもいなくなってることに気づいているだろうし」
「ますます大騒ぎだわね」
相手が藩国では、助けは期待できないかもしれないと千束は沈痛な面持ちになり「由基、大丈夫かな」とぽつりと言葉を落とす。
「…………大丈夫よ、きっと」
「沙耶さんたち大丈夫かな」
「……大丈夫でしょ、たぶん」
幾分、軽い感じの言葉に千束が瞬きをする。
「働き手が欲しいみたいだから、そう無下な扱いはしないでしょ」
「ああ……薬草園って言ってたね」
その薬草園も普通であれば、お抱えの管轄である。それを部外者にも面倒をみさせるとはいったいどういうことなのだろうか。二人は沈黙する。
力なく俯いていた千束が顔を上げ、向かいに座る伊那を見る。
「ごめん、伊那」
「何が?」
「巻き込んじゃった。もしかしたら、一緒にいない方が安全だったかも……」
伊那を助手にと望んだことを、千束は後悔し始めていた。
「沙耶たちの方にいった方が良かったかもって?」
「うん……」
「私は良かったと思ってるし嬉しかったわよ?」
体調面でも不安のある千束を一人にはしたくはない。あんなにあっさり共にいることを許されたのは驚きだったが、相手が何を企んでいたとしても、伊那はちっとも気にしていなかった。
「というか私は最初から離れるつもりはなかったし」
「でも……」
言い淀んだ千束は、やがて意を決したかのように顔を上げた。
「彼らは薬師が欲しかったんでしょう……? 他の人たちは巻き込まれてしまったんじゃない?」
「……まさか。考えすぎだわ」
「……伊那。伊那、何か隠しているでしょう」
「だから、考えすぎだって」
「薬師を欲しがっていて、売る話を持ちかけられたと言ったわ」
「そうね。でも、誰が薬師かなんてわからないわよ。だから、目についた人間を無理矢理連れてきたんでしょ」
ゆるゆると千束は首を振った。
「じゃあなんで、女の子たちばかりなの? 同じ年頃ばかりの」
千束は里で最年少の薬師。里の外を見ても千束の年齢の薬師は少ない。
「自惚れてると言われても仕方ないけど、わたし、結構名前売れちゃったんだって。あの塗薬のせいで」
後半は忌々し気に言いながら、千束は伊那を真っすぐに見つめる。
「わたしと間違われて連れて来られたんじゃないの? 伊那、伊那はどうやって連れて来られたの? 他の人たちのは聞いたけど、わたし、貴女の話は聞いてない」
伊那は溜息を落とした。
「なんでそんなところに気づくのかなあ」
一切引き下がるもんかという顔をしてる千束に、伊那は観念するしかなかった。
そして、伊那が千束の身代わりに立ったことを聞いた千束から悲鳴が漏れた。
「なんてことを……!」
「し! 声が大きい」
すかさず伊那が千束の口を両手で塞ぐ。
むごむごと千束が抗議の声を上げる。半泣きで怒りを顕わにする千束を、伊那は軽くいなす。泣いて怒られるのは想定内だ。
「あんたまで連れて来られてたのは予想外だったわ」
「ご……ごめん」
「いや、千束が悪いわけじゃないんだけどね」
「でも、身代わりになったのはやっぱり駄目だったよ」
「けど、そしたら奴ら、里の人を斬ったわよ。誰かが名乗りでるまでね」
千束が悔しそうに唇を噛みしめ、顔を歪める。
「だから、あれが最善だったのよ」
千束は悔し気に唸り、その両目からぽたぽたと涙が落ちる。そんな子供のような泣き方をする友人に、伊那は苦笑しつつ、その顔を拭ってやる。
「ほら、えぐえぐ言ってないで。ちゃんと息してる? また具合が悪くなったらどうするの」
「服の袖で拭かないで」
「仕方ないでしょ、これしかないんだから我慢してよ。でも、良かったわ。だいぶ、顔色よくなってる」
「薬が抜けたら大丈夫だもの。昔とは違うのよ? 旅巡にだって行けるくらいなんだから」
泣きながら胸を張る千束に、伊那は「信用ならないわ」と思ったが、さすがに口にはしなかった。
子供の頃とまったく同じ泣き方をしている千束に、伊那は苦笑する。
千束は物心ついた時には既に薬師になると思い定めており、常に土と薬草に塗れていた。身体が弱く、他の子供たちと野山を駆け回ることができないことが、ますます千束を薬術へ傾倒させたのかもしれない。幼子が見せる一心不乱とでもいうべき熱心さは奇異でもあったが、伊那の目にはひどく眩しく映った。そんなに夢中になれるのが羨ましい――そう思った。
どんなことを考えているんだろう。子供の輪に入ることがなかった千束に近づきたくて、伊那は考えた。
母親の千種は里に居つかなかったが、代わりに恒矢の家族が千束を構い倒し、恒矢も千束の面倒をよく見ていた。だから寂しいと思ったことはない――千束の弁だが、当時を振り返れば、恒矢一家が異様なまでの過保護さを発揮し鉄壁の守りを敷いていたというのが正しい気がする。
なので、お行儀よく伊那は恒矢を利用して、千束と友達になることを目論んで、今に至る。
自分が体調を崩してもけろりとしているのに、伊那や恒矢が怪我をすると泣く。里の中にも悪意はある。自身に向けられる悪意には泣かないのに、恒矢や伊那がその立場になると泣く。泣きながら、治療薬を調合する。「いや、怪我じゃないから」とは一時期、恒矢と伊那の口癖だった。
薬術以外、色々と危なっかしいことこのうえない愛すべき友人。
いつだって千束が泣くのは、こういう場面。長じてからは泣くことは見なくなったというのに、まったく子供の頃と同じ泣き方をする千束に伊那は、こんな時だというのに可笑しくて仕方なかった。
「なんで笑ってるの?」
いつのまにやら泣き止み胡乱な目つきの千束に、含み笑いで伊那は首を振る。
「ううん、なんでもない」
「とにかく、伊那や沙耶さんたちのことよ」
「……ちゃんとそこに戻るのね」と伊那は嘆息する。
「巻き込まれたって話だけど、そうと決まったわけじゃないわ」
「どういうこと?」
「……最初はね、薬師狙いで千束と間違われて――千束の顔を知らないから目に付いた近い年齢の娘を攫ったと思っていたのよ」
蒼褪める千束に、伊那は苦笑いする。
「でも、少し違うのかもしれない」
首を捻る伊那に釣られるように千束も首を傾げる。
「つまり?」
「つまり、里を襲った連中が薬師を狙って攫ったのは本当。けど、それとは別に労働力も欲しかったんじゃないかしら」
火の藩主たちは薬師じゃなくても要らないと拒否していない。あっさりと薬草の世話を
させるから構わない――そんな風に言う。
藩主たちと里を襲った連中とで、どんな話が交わされたかはわからない。
「火の藩国は労働力も欲しがっていて、里を襲った連中は日名宇で労働力も調達するつもりだったのよ。一番の目的の薬師の顔はわからない。だったら、似たような娘を連れて行けば当たる確率は上るでしょ?」
「そんなまぐれ当たりみたいなこと……」
呻く千束に、伊那は「結構、良い線言ってるんじゃないかしら」などと言う。
「若くて体力はあるし、日名宇の里の人間なら薬草の知識は確実にあるもの」
火の藩国側が薬師かどうかわからないと踏んで、誰でもいいから薬師として売りつけようとしていたような気もするが、この考えは心の中にしまう。
とりあえず、思ったより火の藩主が目端の利く男で、頭目は赤っ恥だったに違いない。
「だから、多分、千束以外も最初から攫うつもりだったんじゃないかしら」
口にしてみると、その可能性が濃厚に思えてきて伊那は一人頷く。
「千束のせいじゃないわ」
千束が延々と責任を感じ続けてしまうのだけは避けたくて伊那はきっぱりと言った。千束は少し眸を瞠り、くしゃりと泣き笑いのようなものを浮かべる。
「ありがとう……」
伊那の気持ちが嬉しくて、少し泣きそうになる。
「お礼を言われるようなことは言ってないわ」
照れ隠しのようにそっけなく言う伊那。その耳が少し赤くなっていた。
千束はこの時、絶対に伊那を護ろうと強く思った。
「ところで、薬創初書って聞いたことがある?」
千束は首を振った。
「そうよね……」
里を襲った連中が欲しがっていたと聞いて、千束は首を傾げ、母千種の書付をそれだと思って奪っていったと聞き、目を丸くした。やがて、頭痛を堪えるような顔になり、深く嘆息した。
「なんでまたそんなことに……」
「読めないところ?」
「読めないのにどうやって判断したっていうの」
そんな馬鹿なという顔をする千束。
「普通の人間には読めないってところに秘匿性を感じたんじゃない? それに鍵がかかったとこにあったとかって言ってたから、厳重に保管されてたと思ったのかもね」
「なんでよ。普通、調薬小屋には鍵をかけるわよ」
日中、里の家は鍵を掛けないが、取り扱い注意の薬草を扱うこともある為、調薬小屋はどんな短い時間でも必ず留守をするときには鍵をかける。
「まあ、そんな事情はやつらも知らないだろうし。千束はあれ、読める?」
「時間かければ。ただ、あれに書いてあるのは、術後の体力を回復させるための――簡単に言えば滋養強壮薬の処方よ」
「は? ええ?」
思わず天を仰いで「割と普通の内容だったわ」と呟いた伊那に、躊躇いがちに千束が続けた。
「薬師に声を掛けている人たちがいる、という話、知ってる?」
「なにそれ。初耳よ、そんなの」
「そうなんだ……。言うなと言われてたんだけど……」
千束は里長の館に呼ばれた際に聞いた話を――安高が持ち出した話を聞かせると、伊那はますます目を丸くした。
「なによそれ。え? 待って待って、ちょっと待って」
混乱したように、伊那が額を抑えて呟く。
「それじゃあ、里長様達は藩国が絡んでるかもって知ってたわけ?」
千束はふるふると首を振る。
「それは安高さんが言ってただけ。他の人たちは取り合ってなかった」
そこでしょんぼりと「私も信じなかった」と千束は眉尻を下げた
「そりゃあそうでしょう。すぐには信じられないわよ」
頷きながらも、伊那は唸る。
「というか、安高さんは、その情報をどっから仕入れたのかしら」
「そこまでは話に出なかった。ただ、どこかの貴人が絡んでる可能性はあるかもって。でも、優秀な医者や薬師を勧誘するのは珍しくないんでしょう? だから、あの時は里長様たちも特別問題視はしてなかったのよ。あの後、旅巡が取りやめる話のときの理由として出てなかったし」
「ああ、なるほど。そうね、確かによくある話といえばそうね」
「そっか、そうなんだね」
世事に疎い自覚のある千束は、確認するかのように呟く。
「優秀な医者や薬師を欲しがる人は多いわ」
「……関係あると思う?」
薬師や医師に声を掛けていたのは藩国の人間ではないか――という伏せられた問いに、伊那は視線を揺らす。
「……時期的に無関係とは思えないけど」
考えていたよりもずっと根が深い問題かもしれないと伊那が暗い表情になる。
「でも、関係あるとも言い切れないわ。優秀な医者や薬師ってある意味いつだって奪い合いなのよ。……それは本当なんだけど、でも、なんのために? だって、藩国ならお抱えがいるじゃない」
「うん。それは里長たちも言ってた。私もそう思ったし。でも、火の藩国は薬師を欲しがって、薬草園で働く人を欲しがってる」
事実を述べた千束に、伊那が額に手を当て考え込む。
「薬師に何させるつもりよ」
ややあって零れた伊那の言葉、それがすべての謎だった。
◇◇◇
その時、訪いを知らせることもなく部屋の扉の鍵が開けられる音がした。
二人は口を噤み、身構える。
入ってきたのは膳を掲げた二人の女性。彼女たちの髪も赤い。
開けられたままの扉の向こうには、やはりというべきか護衛官の姿もあった。
二人の前に膳を置くと「今夜はここでお過ごしください」とだけ告げて出て行った。
無言で、その二人の背を見送る千束と伊那。あまりの無表情さに固まって動けなかった二人は、扉が閉まった音に我に返る。
「ここで……?」と千束は調薬室を見渡す。
「というか、これ昼? 夜?」
「夜じゃない? 今晩って言ってたし」
完全に時間の感覚を失っている千束と伊那。もう夜なのねと千束は呟く。
「とりあえず、飢えさせるつもりはないみたいね」
膳にかぶせられた薄布を取り、伊那が予想以上にきちんとした食事に少しばかり驚いた顔を見せた。
千束が求めた衣食住の保証の「食」の部分は、きちんと履行するつもりらしい。
二人は箸を取るか迷ったが、ここに来て害するはずもなかろうと、ありがたく頂くことにした。あまり空腹は感じなかったが。
「薬草があれば、万一でも対応できたのに」
心底悔しそうな千束に、伊那は嫌そうな顔で箸を止めた。
「縁起でもないこと言わないでよ」
千束は眉を下げて謝る。
そして、密かに明日、薬草園に行ったときに、こっそり毒消しに使える薬草を探してみようと思った。
その後、調薬室の隣には小さな続き部屋があり、簡易ながらも寝台など生活道具が一揃えあることに気づいた二人は、子供の頃のように一つの寝台に身を寄せ合うようにして眠りについた。
軽く軟禁も可能な部屋ではあるが、どうやら「住」の部分も、まあまあ履行されるらしい――と思いながら。




