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薬師の娘  作者: 佐原万葉
第三章 火の藩国
16/37

1 赤

 千束と伊那は最初にいた部屋から大広間らしき場所へと移され、赤目赤髪の男と対峙していた。


 赤目赤髪の男と頭目に続いて、どかどかと部屋に入ってきた体格の良い男たち――城の護衛官は容赦なく千束たちを引っ立てた。

 千束と伊那以外の日名宇の里の少女たちも男たちに囲まれ、千束たちとは別方向へと連れていかれた。

 沙耶たちの恐怖で声も出ず、固まった顔。自分も同じような顔をしていただろう。離れ際の眼差しが千束の眼裏に焼きつく。ただ離れていく背を視線で追うことしかできなかった。


 伊那も沙耶たちと一緒に連れていかれるはずだったが、千束に絡みつく勢いで抵抗した。千束もまた伊那に縋りつく。

 だが、護衛官たちの前では大した抵抗にもなるはずもない。顔面蒼白の千束の渾身の抵抗に怯むことのない男たち。その容赦なく引き剥がそうとする手を止めたのは、赤目赤髪の男だった。

「いい。一緒に連れてこい」

 その一声で、男たちは一斉に千束と伊那から手を引いた。

 たった一声が場の空気を変える。

 そして、千束と伊那は大広間へと連れて来られた。足元をふらつかせる千束は引きづられるような格好で。



 ◇◇◇



「まるで毛を逆立てた猫だな」

 千束を庇うようにして警戒心を剥き出しにする伊那に、赤目赤髪の男は面白そうに笑う。


 赤い髪赤い眸の男は壇上の椅子にいる。

 この場にいる誰よりも高い位置に座す男――それが示すことを目の当たりにして、目の前の男の正体が判らぬ千束と伊那ではなかった。

 くたりと座り込む千束の隣にいる伊那から小さな唸り声が漏れる。


 千束は半ば茫然として男を見上げていた。

 日に焼けた肌に鼻梁の通った面立ち。真っすぐな背筋。自信に満ちた堂々とした眼差しに、どこか面白がるように笑みを刻む口元。二十代半ばと思しき、一目見たら忘れられない美丈夫。

 そして何よりも印象的なのは男を彩る鮮やかな赤。

 赤い目、赤い髪――男が纏うのは神色。


 地の藩国は黒。

 火の藩国は赤。

 風の藩国は白緑。

 水の藩国は青。


 藩国に住まう人々の多くは、髪にその色を持つ。

 そして藩国を治める藩主筋(はんしゅすじ)の人間は眸にもその色を纏う。

 不思議なことに、神色の髪はどんな染粉を使っても染め変えることができない。眸の色は染める術そのものがない。深く鮮やかな色は神の寵愛の証。鮮やかであればあるほど寵愛は深く、神の血が濃く受け継がれてることを示す。

 幼子でも知っている話。まず子供たちが寝物語で聞かされる神代の話。

 そんな男が、千束と伊那の前にいる。

 つまり、それは――里が襲われたのは、里を襲ったのは火の藩国だということ。


 藩国が武器を持ち、他者を襲う――それは前代未聞の事柄。

 火の藩主が里を襲わせた。少なくとも無関係ではないということは明らかであり、それは千束と伊那の常識――良識を超えた。

 初めて藩家(はんけ)の者と会い見えて居るという緊張など、とうに消え失せている。


「な……なんで……」

 伊那の口から掠れた声が零れる。

「なんだ?」

「……なぜ、里を襲ったの……!?」

 敬語を使わなかった伊那に、赤目赤髪の男の両脇に控える二人の男と、大広間の壁際に立ち控える護衛官たちが不愉快そうな表情を見せた。

 広間に揃う男たちの髪は皆、赤い。しかし、赤目は壇上の男一人だけだった。そして彼の纏う色は、この場にいる誰よりも深く濃い。

 赤目赤髪の男の右側に立つ、やはり赤い髪の若い男が伊那を咎めようとしたのを、赤目赤髪の男が「かまわん」と言って制した。

「おれたちが襲わせたわけではないぞ。奴らが売りに来たんだ。薬師をな」

「は……?」

「おれたちは優秀な薬師を探していた。それを聞きつけた奴らが、話を持ちかけてきた」

「それで買ったというの……!?」

 世界で四つしかない藩国の主が――世界中から崇敬される藩国が盗賊を捕らえるでもなく諫めるでもなく、手を結ぶなどと己の耳で聞いても伊那は信じられなかった。

 盗賊が、どんな手段で物を人を手に入れるか容易に想像がつくはずだ。できなかったというのなら、とんだ阿呆どころの話ではない。

「だから、無関係だとでも言うつもり!?」

 伊那は感情が抑えられず、叫ぶように詰問する。

 だが、赤目赤髪の男は飄々と答える。

「無関係ではないな。武器を貸したからな」

 伊那は絶句した。

 

 遅まきながら、二人は自分たちを取り囲む男たちが太刀を佩いていることを認識した。それがおかしなことなのか――千束たちには解らない。

 攻め入ることも攻め入られることも許されない不可侵の国である藩国の人間が武器を普通に携えていることが即ち悪だとは言えないだろう。だが、その太刀はひどくひどく異質な物に千束の目には映った。


 里を襲われる様を、襲った連中が持つ武器を見ていた伊那は言葉を失い、わなわなと震え出す。そんな伊那から、赤目赤髪の男は視線を隣に移した。

 伊那の横でくたりと座りこんでいた千束は今、顔色が悪いものの背筋を伸ばして、ただ真っすぐに男を見ている。

 その眼差しに、赤目赤髪の男はわずかに瞠目した。

 不敬だと赤目赤髪の両脇に控える男たちはますます不快感を顕にしている。


「なんだ? 言いたいことがあるなら言え」

「あなたは誰?」

「不敬だぞ!」

 堪えきれないとばかりに、赤目赤髪の男の右側に控える男が声を上げた。

「不敬?」

 千束は叫んだ男を見返した。

「里を襲い、人を連れ去った相手をどうやって敬えというの?」

 千束は猛烈に怒っていた。未だかつてないほど腹が立っていた。

 男に蹴り飛ばされた由基の小さな身体が脳裏に浮かぶ。恐怖に固まった少女たちの顔。襲われた里の話――傷ついた里の人々のことを聞くだけでも堪えがたかった。

 体調の悪さを凌駕する、ふつふつと沸く怒り。どくどくと体中が脈打つのを感じるが、頭の奥は冴え冴えとしている。こんな風に怒るのは産まれて初めてといっても過言ではなく、男が手にしている太刀を凝視していた伊那が千束の声に我に返り、目を丸くしている。


「はははは!」

 楽し気な声を上げたのは赤目赤髪の男だ。

「なるほど。日名宇の薬師は噂に違わず肝が据わっているらしい」

「身の程知らずなだけでしょう」

 赤目赤髪の男の横に控える男が苦々し気に呟くが、赤目赤髪の男は気にする様子もない。


 流しや在野の薬師・医者は権力者に迎合することを嫌う質の者が多い。日名宇の里も権力者とは距離をとる立ち位置を保持している。それは豪胆とも清廉とも評されるが、支配者側からすれば、ただただ不遜で不敬なだけだろう。

 とはいえ権力者層――貴人と個人間では良い関係を築いている者たちがいないわけではない。別に貴人たちとの関りすべてを忌避しているわけではない。誤解されがちだが、相手次第なのだ。


 だが、そういった範疇から外れているのが藩国だ。まず一生涯で関わり合いになることなど想定していない特別な国。藩国は別格。特に薬師は火の神への崇敬の念が強い故に。

 けれども今、その価値観が音を立てて崩壊し始めている。


火郷(かきょう)だ」

 火郷――それは紛れもなく火の国の藩主の名だった。

 今更、敬う気にはならないが、それでも千束と伊那は小さく身を震わせる。

 名前を知り、男の印象が形を変える。

 その威風堂々とした佇まいや纏う雰囲気に、やはり藩主なのだと実感する。


「……私たち以外の日名宇の娘はどこに?」

 火郷は軽く頬杖をついて、千束を見る。

「おれは名乗ったのに、お前は名乗らないのか?」

「知っているのに?」

「まあ、そうだな」

「千束」

「良い名だな。お見知りおき願おう。千束――日名宇の薬師殿」

 名前を呼ばれて、千束は思わず顔を顰めた。取り繕う間もなく、嫌だという気持ちが全面に出てしまった。だが、そんな千束に火郷は笑うだけ。

 千束が千束だと知られたことに、伊那は奥歯を噛みしめた。

 知られたというのは正しくはない。今のはただの確認に過ぎないのだろう。

 顔を知られていないなら、なんとか有耶無耶に押し通せるのではないかと思ったりもしたが、日名宇の里の年若い女性薬師――もうこれで千束だと知れてしまう。淡い期待を粉砕されて、伊那は焦燥に駆られていた。

 自分たちの身を守り、無事に帰るためにどうしたらいいのか。落ち着け落ち着け、落ち着いて考えろと唱えている伊那の心中などは露しらず、千束は踏み込んでいく。


「それで、他の娘たちは? 無事なの?」

「無事だな。貴重な働き手だからな」

「働き手……」

 千束と伊那の声が重なる。

 とりあえず命の危機は回避できるらしいと思い、千束と伊那はぎゅっと互いの手を握り合う。

「私たちになにをさせたいの?」

「なんだ? 奴らから聞いていないのか」

 千束の問いに不思議そうな顔をする火郷。その様子に伊那は苛立ちを隠せない。

「薬で眠らされて、無理矢理連れて来られたのだから、わかるわけないでしょう」

 伊那は吐き捨てた。

「へえ? そうだな。まずは薬草の管理。そして調薬だ」

 まさに薬師の仕事である。 

 しかし、伊那と千束は疑念を抱く。

 お抱えがいるはずなのに――と。

 火郷が口にしたのは、紛れもなくお抱えの領分だ。

 相手の意図を掴みかね、千束はわずかに眸を眇めて、面白がる様子の表情を見せ続けている火郷を見つめた。

「他の娘たちは?」

「薬草園で働いてもらう」

「薬草園…………」

 千束は困惑し、伊那は混乱していた。

 薬師たちを手に入れるために、こんな危険を犯すだろうかと信じ難さが払拭できないが、千束と間違われて連れて来られたことは、ほぼ確実だと伊那は思う。

 だが、彼らは間違って違う人間が連れて来られたことを気にしているように見えない。むしろ働き手が増えたと歓迎しているように感じる。穿った見方だろうかと伊那の眉間に皺が寄る。

 

 そんな時、きゅうと千束が伊那の手を握った。その手が微かに震えている。

「連れてきた日名宇の人間の衣食住と身の安全の保証を要求します」

 まっすぐに火郷を見つめて、千束は己を担保にそう突きつけた。

 少女たち以外に連れて来られた里人がいることを千束は知らなかったが、図らずも彼らの身も含めて安全を求める内容となる。

「伊那――この人は私の助手に」

「ほう?」

「日名宇の里の人間は子供のころから一通り調薬を学ぶので」

「なるほど。役には立つというわけか」

 千束は頷いた。

「いいだろう」

 火郷は鷹揚に頷いた。他の面々は渋面だったが、主の決定に否やを唱えなかった。


「加護持ちの薬師殿。期待している」

 その時、その言葉に眼差しに千束は初めて駆けあがる恐怖を感じた。

 伊那も同じだったのだろう。こくりと喉が鳴るのが聞こえた。

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