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薬師の娘  作者: 佐原万葉
第二章 襲来
14/37

4 要求

「あとは薬師か」

ぱたんと薬創初書を綴じて頭目が発した言葉に場が凍り付いた。


 真っ先に正気づいたのは里長だった。

「なぜ……なぜ薬師を望む?」

 里長の声を切っ掛けに、ざわりと大きく里の人々の空気が揺れた。怒りに。

 人は里の宝だ。

 そして、薬師は里の要でもある。

 それを、この男たちは差し出せと言う。

 奪っていくぞと口にした。

「…………………」

 里長を始め里人の強い視線など物ともせず、頭目は答える必要はないとばかりに、ゆっくりと周囲を睥睨する。


「……ここは薬師の里だが、すべてが薬師のわけではない」

 誰彼構わず連れて行くのは無駄足だと告げるが、頭目に伝わったかどうか。


 薬師の里というだけで、住人すべてが薬師だと思われることがある。

 日名宇の里の場合、すべからく全員が薬術の基礎を幼少の頃から学ぶため、まったくの素人ではないのは事実だが、やはり本職の薬師ではない。

 日名宇の里の薬師の基準が高いことで有名であったとしても。

 だから、適当に連れて行っても意味はないのだという里長の牽制に、無言だった頭目が、にやりと口角を上げた。

「日名宇の千種。優れた薬師だと有名だな? 新しい薬を、いくつも創っている」

「……あれは今、旅巡に出ていて里にはおらん」

「三十半ばほどの女を全員連れて行くか」

「嘘ではない」

「それを信じろと?」

「いないものはいない」

 里長と頭目は、しばし睨みあう。

「なぜ、薬師を望む?」

 里長の再度の問いに、頭目が眸を眇めた。

「日名宇の里の薬師は薬草を育てるのにも長けていると聞く。一石二鳥だろ」

 果たして、額面通り受け取ってよいものか里長は迷った。

「では、他の薬師を出せ」

「…………………」

「まさか全員、旅巡に出ているとでも言う気か?」

「…………………」

 頭目は、日名宇の里の薬師の名前を続けてあげていく。皆、里を代表する薬師だ。

 そして、その半数が里にいるが、この場にはいない。

 無言を貫く里長たちに、次第に頭目が苛立ち始める。

 薬草をかき集めていた部下たちが一人二人と戻り、剣呑な雰囲気を纏って、頭目の後ろに立つ。


「では、千束というのはどこにいる?」

 まるで、それで手打ちにしてやるとばかりの口調だった。

 千束の名が出て来るとは思っていなかった里長から間抜けな声が飛び出した。

「は?」

里長の後ろで副長が顔色を変える。

「有能らしいな? 最近、随分と話題になっていた。肌が白くなる塗薬。ご婦人たちに大人気、だったろう?」

 旅巡にも出ていない、里の中だけで生きてきた里最年少の薬師である千束の存在が知られていることに戦慄する。

 里長はぎりぎりと奥歯を噛みしめる。

 まさか、あの手荒れの薬がこんなふうに名を知らしめるとは思ってもいなかった。


「しかも、その娘。里一番の薬草づくりの名人だとか。おまえたちの言うところの”火の加護”に”地の加護”の持ち主、だったか。加護とは、ずいぶんと不敬なことだな?」

 頭目が嘲笑するようにからからと笑う。

 揶揄するような頭目の言葉は、とても「加護持ち」を尊重しているようには聞こえなかった。

 生まれた時から備わっている才だと誤解し、労せずに手に入れたものだから尊重する必要はないと考える者が一定するいることを里長たちも知っている。

 頭目も、その一人なのだろう。

 

 その上、近頃では後ろ盾を持たない在野や流しによる自称「加護持ち」や、喧伝する便利な手立てとして「加護持ち」を安易に標榜する里による乱用が目立ち始め、あまりよろしくない商売の仕方をする者たちが増えている。

 加護持ち絡みの揉め事が激増し、結果、加護持ちに対して反感を抱く者が増えているときく。

 寄り合い所などでも問題視され始めているが、悪評が世間に浸透するのは思いの外、早いのかもしれない。


 そもそも薬師たちが使う「加護持ち」は天賦の才を示すものではないというのに。

 

 「すごいじゃないか。二つの加護持ちなぞ、そうそういないだろう?」

 そんな加護などではないと、里長は叫びそうになった。

 元より明確に示すものがあるわけではない。これがこうだから加護があると証明する術などない。誰が言い始めたかは到底知る由もないが、判りやすいからそう評されるに過ぎない。

 だが、それをそうと説明したところで無駄なことは里長にも判っていた。

 千束が、優れているものは確かだから。

 千束の実力が本物であることは事実だから。

 それが天からの授かりものだろうが、本人の努力の賜物だろうが、周囲には関係ないのだから。

 

「どこにいる?」

「………………」

 加護持ちを軽んじている頭目になど渡せるものか――里人は沈黙する里長を沈黙でもって支持をする。

「その薬師、一人差し出せば、とりあえずこの里からは引こう」

「…………………」

「答えない、か。何人斬れば、答える気になるかな」

 里長たちの顔が怒気で染まる。

「待て!」

「待って!!」

 里長の声にかぶるようにして若い娘の声が響いた。

「止めてよ! 一緒に行くから!」

 一斉に声の主に視線が集中する。

「おまえが千束か?」

「そうよ」

 伊那が答えた。

 仰天した里長たちが叫び出す前に、伊那が叫ぶように言った。

「ついていくわ! だから、これ以上、里の人たちに手を出さないで!」

 伊那が里長たちを見る。まるで睨むかのような、その視線の意味に里長たちが言葉を手放した。

「ああ……」

 里の誰かが嘆きを吐いた。


 立ち上がり、爛々と目を光らせて頭目たちを見据える伊那を頭目はわずかに双眸を眇めた。

「いくつだ?」

「……? 十八よ」

「……年の頃は合ってるな」

 里から出たことのない千束の風貌を知る者がいないのが幸いした。

 物怖じしない伊那の眸に、気に入らないというように苛立ちが滲んだが、頭目に二言はないようで、他の薬師を求めることはなかった。

 襲撃者たちはやってきたときと同じように、唐突に引き上げていった。


 残ったのは滅茶苦茶に荒らされた里。

 無残に壊された家屋。

 完全に襲撃者たちの姿が見えなくなり――里人たちが息を吹き返す。

 


 ◇◇◇



「里長様!」

 茂みから飛び出してきた恒矢と比良を、里長が驚いたように見上げ「無事だったか」と安堵の色を面に滲ませた。

 斬られた男に真っすぐに駆け寄る比良。傍にいた里人たちが場所を開けるが、比良は一目見るなり、ゆっくりと首を振った。

 その様子に恒矢は強く拳を握りしめる。

「…………そんな顔をするな。護れなかったのは、皆同じだ」

責を一番に負わねばならないのは自分だと里長が瞑目する。

 動ける者たちが、労わるように男を連れて行く。

 それを静かに見送り、恒矢は比良と一緒に縛り上げられている面々を解放していく。


「千束たちは?」

 里長の短い問いに、比良は小さく、だがはっきりと頷いた。

「無事です。由基と一緒に上の薬草園に残してきました」

 共にいるはずの比良が慌てていないので、千束たちが無事なのは判っていたが、言葉で聞くと安堵が溢れた。里長は立ち上がろうとして身体をふらつかせる。知らず身体が震えていた。比良の助けがなければ崩れ落ちていたかもしれない。


 里長以上に胸を撫でおろしていたのは副長だ。

 千束の保護という名の監視を委ねられていた副長。それは千種が接触することを警戒してのことであったため、千種たちが調薬室を占拠した報に早々と監視を解いていた。

 頭目の口から千束の名が出た時は冷水を浴びせられたかのようにぞっとした。


 里長は比良の手を借りてゆっくりと一歩踏み出す。緩慢な動きの中でも里長の声は力を喪ってはいなかった。

「伊那たちを追えるか」

「既に追尾しています」

 頷いたのは、駆け寄ってきた護士の班長の一人である男。

「けして深追いはさせるな」

 在野には在野の情報網がある。協力を頼め――里長の判断に班長は強く頷いた。

「近隣の里や寄り合い所にも伝令を。奴ら、他の里も襲うかもしれん」

「すぐに手配します」

 里長に一礼し、踵を返した班長に続こうとした恒矢を、千束たちを迎えに行って欲しいと比良が呼び止める。

 中老衆であり医術師である比良は負傷者の治療と里の緊急会議にも出なければならないからだ。

「恒矢なら二人も安心して出て来れますから」

「詰所には後から来ればいい。まずは二人を迎えに行ってやれ」

 班長が部下である恒矢を促す。

「上の薬草園ですね。わかりました」

「伊那のことは、まだ言わんように」

 隠し通すことができないことはわかっているが伝え方が重要だと言う里長に、恒矢は頷き、里長たちに一礼して、足早に駆け出した。

「良かった。千束は無事で」

 せめてもの救いだというように言い、班長も一礼して駆け出していく。


「千束は……怒るでしょうね」

「そうだな」

 副長の言葉に、里長は頷く。

「千束の方が、この里にとっては重要などと考えたのでしょうが……」

 千束を失うことは里にとっては大きな損失だ。

 あの短い時間で伊那は自分自身と千束を冷静に秤にかけたのだ。

 外商班の長である副長が顔を歪める。


「必ず無傷で取り戻さねばならん」

 伊那が身代わりになったことを、最善だったなどと里長は言うつもりはない。

 決意が籠っていた言葉に副長と比良は同時に頷く。

 里長は支えてくれる比良に礼を言い、もう大丈夫だと示す。

「いいえ。里長様、腕折れていますね?」

 周囲を憚り、小さく囁いた比良の言葉に副長がぎょっとして里長を見る。

「大したことはない」

 苦虫を潰した顔で答えた里長の額には脂汗が浮いていた。

「……利き腕が使えなくなってしまいますよ」

「まずは怪我人の手当と全員の安否の確認が先だ」

 比良が嘆息する。

「もちろんです。ですが、里長様の治療も必要です」

 副長が大きく頷き、里長の代わりに動き出す。

 里人の安否確認、治療所の設置――。

 副長の号令に、動ける者たちが散っていく。

 治療道具を取りに里長の館へ走って行く者、里人の安否確認へ走る者。


 そろりそろりと隠れていた人々が表に出てくる。


 里長の館――広間へ場を移し、集まった顔触れを見渡し眉間に皺を寄せた里長に、副長が囁いた。

「安高は負傷して治療中です」

「そうか……容体は?」

「命には別状ないそうです」

「そうか」

 今後の対応を練る長老衆たちの元へ被害状況の報告が集まってくる。

「里を捨てる覚悟もせねばなるまいよ」

 長老衆の古老が里長へ小さく告げた。

 隣に控えている副長が顔色を変え、里長が大きく息を吐きだした。

 いずれ必要になるかもしれない決断だ――長老衆たちの共通した思いは悲嘆にくれていた。


 沈痛な表情が並ぶなか、中老衆の一人が言った。

「奴ら、やけに里のことに詳しかったが……千束のことまで判るものか……?」

 それを皮切りに、皆が話し出す。

「誰が調合しているか秘密にしているわけではないし……千束のつくる薬は評判が良い。調べようと思えば判るだろう」

「……なんで千束なんだ?」

「加護持ちだからだろう? 奴ら、そう言ってたろ」

「千種だってそうだしな」

「だが、自称加護持ちなんざ、掃いて捨てるほどいるぞ」

「最近の流しは大抵、加護持ちを謳ってますね」

 副長の言葉に、じっと黙って聞いていた里長が密かに嘆息する。

 そこまで乱用されているとは思っていなかったからだ。

「だろう? そっちを狙ったほうが楽だし確実だろうに」

「それだよ。加護持ち二つで、実力が認知されているのは少ない」

「つまり、端から千束を狙ってた……?」

「加護持ち二つは珍しいからな」

「……攫って、どうするんだ? まさか本当に一から薬草を育てさせるつもりなのか?」

 そんな馬鹿な――という空気が満ちる。


「皮肉だな……」

 里長はぽつりと呟いた。

 千束が加護持ちを自称したことはない。

 むしろ、そう呼ばれることに悩んでいた時期もあったと里長は恒矢たちから聞いて知っている。


「例の薬師たちを襲っている連中と関係あると思うか?」

 ざわりと場が揺れ、一斉に否定の言葉が飛び交う。

「まさか!」

「馬鹿な!」

「それはない!」

「あれは貴人絡みだぞ! あいつらはどう見たって貴人じゃあなかったろう!」

「あれを貴人と勘違いするのは無理だ!」

 収拾がつかなくなり始めた場に副長が里長を見、その顔色の悪さに瞠目する。

「里長様……?」

 里長の横に座る比良もまた微かに青ざめていた。

「先生?」

 名前を呼ばれて二人が、視線を上げた。

「どうか、しましたか?」

 副長の問いに、二人は顔見合わせ、やがて比良がゆっくりと口を開いた。

「あくまでも可能性の話です」

 けして大きな声ではなかったが、その言葉に場が一気に収束した。


「どう言ったら良いのか……」

 比良は彼らが欲しがった理由に、ひっかかりを覚えていた。

 薬草は売れるから――これは普通に解る。

 薬創初書も売れるから――薬師の里の人間も知らない書物という、そんな怪しげな情報を信じるのもどうかと思うが――それも、まあ解る。

 そして、薬師。

 薬草を育てるために薬師を攫う? 

 彼らが薬師を使役するかのように聞こえたが、彼らがすぐさま成果が出ないものを手元に置き、悠長に待つだろうか? 

 彼らの元で薬草を栽培させるなら、ある程度の土地も必要にもなる。

 日名宇の里の薬師がいかに優秀だとしても、確かに薬草づくりも得意だけれど、なんとも迂遠な話には違いない。

 むしろ薬草と薬創初書と同じ流れで言うならば、薬師もまた売れるから――。

 優れた薬師なら高値で売れるだろう。否、既に買い手が――欲しいと望んだ誰かがいるのではないか、そんな風に邪推してしまったのだ。

「絶対にないとは言い切れん。言い切れんが……」

 比良の示唆に同じところでひっかかりを覚えていた里長が言い淀む。

 

「……つまり貴人絡みの可能性があるということですか……?」

 恐る恐るといった言葉に、里長が口を開きかけた時――。

 勢いよく、広間の扉が開いた。



「大変です!」 

 里人の安否確認に走った者が駆け込んできた。

「里の娘が何人か消えています!」

「は……? どういうことだ……?」

「まだ隠れているんじゃないのか……?」

「ちゃんと探したのか!?」

 いつの間に?――と場が一気に混乱する。

 伊那の他に、人を連れ去る様子などなかった。

 騒ぎの中、里長が机に拳を振り下ろした。

「娘じゃわからん! 誰だ!?」

 びくりと駆け込んできた者が身体を強張らせ、五人の名前を告げた。

「なんてことだ…………」

 誰かの呟きが解けて消えた。

 それは伊那と千束と同じ年頃の娘たちばかりだった。

 そして、二人目が飛び込んできた。

 居場所がわからない里の人間が幾人もいる、と。

「……………………」 



 そして、三人目が飛び込んでくる。

 真っ青な顔の恒矢に――言葉より顕著なそれに、比良が一気に青ざめた。

「まさか……」

 兆した不安に副長が音をたてて立ち上がる。

 安全な場所にいると思っていたから今の今まで心配していなかった。

「ち、千束がいません……!」

 比良が椅子を蹴立てて、部屋を飛び出した。


 そして――。

 大急ぎで上の薬草畑に戻った比良が見たのは、頬を腫らし泣きじゃくる由基。

 床にぶちまけられた朝餉。

 捲れ上がった敷布に荒らされた室内。

 甥を案じて駆け付けてきた伯母に抱きしめられた由基のしゃくりあげるような嗚咽だけが響く。

 千束の姿はどこにもなかった。


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