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薬師の娘  作者: 佐原万葉
第二章 襲来
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3 襲撃

 来訪者は里の入り口に立つと一気に攻め込んできた。

 端から交渉する気などなかったとわかる。

 騎馬と徒歩の相手に護士たちがあっというまに叩き伏せられる。


「里長様!」

 誰かの悲鳴が響いた。


 現役を退いても、ある程度戦える自負が里長にはあった。

 だが、たった三合打ち合ったとき、里長の剣が折れた。

 里長も護士らも実力は充分のはずだったが、襲撃者たちの得物が優れ物だった。

 茫然とする余裕もない、里長はあっという間に地面に引き倒される。


 里の人々はそれなりに善戦したが、武器を失っては戦えるはずもなく、最終的には逃げ惑い、襲撃者たちは里の中を縦横無尽に駆け巡った。


 彼らが里の入り口に差し掛かった時――射程距離に入った時に矢で射てしまえば良かったのかもしれない。そういう意見はあった。だが、相手が何者かも判らぬのに、それはできぬと里長は認めなかった。威嚇しか認めなかった。


 しかし彼らは逃げる者たちを無差別に殺すつもりはないようで、無抵抗とわかれば斬りつけるようなことはしなかった。

 少なくともそれは救いか――里の壊滅を予測せざるを得なかった里長は「話し合いをしようじゃないか」と宣った相手を見上げた。

 

 襲撃者はわずか二十人足らずで里を掌握した。

 ずらりと里長の館の前の広場に里の人々が並ぶ。

 後ろ手に縛られ、座らされている。

 武器を取り上げられ、襲撃者に取り囲まれている。

 里長は唇をかみしめる思いでその顔ぶれを確認する。

 中老衆と長老衆の面々がずらりと並ぶが、女性と子供たちの姿が少ないことに里長は安堵する。

 だが、非戦闘員枠で避難最優先のはずの老人たちの姿が思いの外多い。どうやら取り決めに反して武器を持って戦おうとしたのだろう、男女ともに。血の気が多くて困ると里長はそっと息を吐いた。

 ぎりぎりと悔し気な顔の護士たちに、里長は「逆らうな」と願う。「頼むから逆らってくれるな」と。

 なれば、彼らも命までは取るまい。


 そして、里長は相手が手にしている剣を凝視した。

 強度と言い切れ味と言い――業物であるには違いない。

 襲撃者は手慣れてはいたが、手練れというほどの腕前は少なかった。そんな彼らが易々と扱い、腕に覚えのある現役の護士たちをも容易く打ち負かしたのだから、よほどの物だ。

 こんな剣は見たことがない。


 里長の後ろには、里長と同じように縛り上げられている長老衆がいる。

 護士には負傷しているものが多い。

 殴られた跡がある者もいるが、重傷者はいなかった。

 俯く里の人の前で襲撃者の頭目と思しき男が告げた。


 彼らの要求は、薬草と「やくそうしょしょ」という耳慣れないもの。

 聞いたこともない言葉に里の人々の間に動揺が広がる。

 場の空気が揺れたことに気が付かなかったはずはないだろうに、頭目は頓着する様子もない。


「……何だって?」

 里長の問いに、頭目は小馬鹿にするように里長たちを睥睨した。

「薬草と薬創初書と今、言ったろう」

 薬草はさておき、書名だという「薬創初書」という言葉に里の人々は首を傾げた。

 本当に聞いたこともないものだったからだ。


「薬草なら持っていくがいい」

「ははは。気前の良いことだな。もちろんそうさせて貰うさ。この日名宇の里は有名だからな」

 頭目の言葉を証明するかのように、彼の部下たちが薬草を運んでくる。

 乱雑に積み上げて行く。

「ああ……」

 里の人たちの間から悲嘆が零れた。彼らの薬草の取り扱いの雑さに。

 里の人々の怒りに動じる気配もなく、頭目はちらりと背後に目を向けたが、部下たちの行動を正すことはなかった。


「その、薬創初書? というのは何だ?」

 もっと丁寧に扱わんか!――と賊たちに怒鳴りたいのを堪え、里長は無理矢理に頭目に視線を戻す。

「そんなものは初めて聞く。この里にそんなものはない」

 里長の答えに、相手は「そうか」と応じ、いきなり剣を振り上げ、近くにいた里の男を斬りつけた。

 近くにいたのが誰であったとしても、頭目は斬りつけただろう。迷いもなく気負いもない動きだった。

 男が倒れこむ。

 悲鳴が響く。

 怒りと恐怖が膨らむ。


「やめてくれ!」

 里長は叫ぶ。

 里長は相手が里の人々の命を蹂躙しなかったこと、「話し合い」を言い出したことに一縷の望みを見出していた。

 それが、呆気なく砕け散る。

「答えるまで一人ずつ斬れば、言う気になるか?」

「隠してなぞいない! 疑うのなら、いくらでも探せばいい! だから、里の人間に手を出すな!」

 里長を見下ろした頭目は、里長の形相に嘘はないと感じたのか、部下の方を向くと小さく顎をしゃくった。

 頭領である男の他に二人を残して、襲撃者たちは里の中へ再び散っていった。


 里長の館の前にいる里の人間はほんの一部。

 間に合うものは身を隠し、間に合わなかった者たちは家の中で息を潜めているはずだ。

 好きに探せと言ったは良いが、侵入者たちが里の人々に何かするのではないかと考えるだけでぐらぐらと怒りで吐き気がこみあげて来る。

 派手に家探しを行っているのだろう。里長の館の中から破壊音が聞こえてくる。

 里長の周囲から抑えきれないようなすすり泣きが聞こえ始める。

「さっさと欲しいものを持って、去れ」

 毅然とした姿勢を崩さない里長に、頭目はなぜか楽しそうに笑った。



 ◇◇◇



「ぐ……っ」

 頭目が剣を振り上げた瞬間、恒矢は身を隠している茂みから飛び出そうとした。

 だが、強く引き戻されて小さく呻いた。

「先生……!」

 抑えた声音と非難の眼差し。しかし、比良は腕を掴む力を緩めない。

「駄目です」

 一言呟く。比良の視線は動くことなく真っすぐに里長たちに注がれている。


 遠目に騎馬の姿を認めた比良は、由基から借りた遠目鏡を覗き、すでに襲撃者たちが里に入り込んでしまったことを知った。

 比良が考えていたよりも相手の足が速かった。

 目の前で起こる狼藉に愕然とする暇もない。

 しかし、逃げるという選択肢はなかった比良が、身を潜ませる恒矢を見つけたのは偶然だった。背後から声をかけて、随分と驚かせてしまったが。

 恒矢たち家族は咄嗟の機転で、緊急信号で飛び出してきた近くの子供たちを安全な場所へ避難させ、恒矢は里の様子を探りに出てきたところだった。


 なんとか二人は里の人たちが捕らわれている館の近くまで来て、身を潜ませていた。

 助ける術も糸口もなく、ひたすら様子を見守るしかない。

 恒矢からぎりぎりと悔し気な奥歯をかみしめるような音が微かにしている。

「今は耐えてください」

 囁く声音に滲む、怒りにも似た響き。比良の見たことのない様子に、恒矢は「ぐ」と言葉を飲み込み、ぎゅっと双眸を瞑ってから視線を前に戻した。



 ◇◇◇

 


「頭!」

 襲撃者たちが戻ってきた。

 その一人の手に紙の束らしきものが握られている。

 里長たちを始め里の人々は双眸を瞠り、戻ってくる襲撃者たちを見つめる。

 まさか、そんな――そんな表情が里人たちに貼りついている。

「見つけました!」

 無言でそれを受け取る頭目。

 装丁もなく紐で綴られただけの紙の束。

「どこにあった?」

「鍵のかかった棚にありやした」

 頭目の顔に苛立ちが浮かんだ。

「どこの棚だ」

「へえ。鍵のかかった家がありまして。そこに」

 里で日中、鍵をかけている家は少ない。

 頭目は軽く舌打ちして、それを受け取った。

「これだけか?」

「へえ」


 頭目の手でぺらぺらと捲られていく、その綴りに里長たちは別の意味で瞠目した。

 それは紛れもなく――千種の書付だった。 


 千種は記録魔で、散らかし魔のため、常に薬室にはすごい量の資料が散乱している。

 しかも記録の付け方が独特で省略も激しく――皮肉にも秘密保持という観点では安全だが――他人が判読するのは難しい。

 そして千種は留守が多く、千束も薬室に籠りがちで、母の薬室の維持までには気が回らない。否、千束は母とはいえ、同じ薬師の資料に無断で触れたくないので手をつける気がなく、里の人々も特に気にしたことはなかった。

 各個人の薬室なのだから好きにしたら――そんな感じで放置されていた。


 そうしたら沸いたのだ。虫が。

 元凶を突き止めるべく――突き止めるも何もそこしか原因はなかったのだが、千種の調薬小屋の扉を開けて千束は絶叫した。

 恐らく、この時は湿度が高い日が続き、長雨も続いた。千種が留守にしていた時期も重なり、それが良くなかったのだろう。

 他の虫はまだいい。

 だが紙の虫は駄目だ。

 否、他の虫だって駄目だろうと皆口を揃えて言ったが、とにもかくにも紙だけではなく乾燥させた薬草にも食指を伸ばす虫は薬師の天敵である。

 紙の虫が沸いたと千束が大騒ぎし、涙目になって防虫剤を処方していたことを多くの里人が知っている。


 そして久方ぶりに戻ってきた母千種の両肩をがくがくと揺すり、調薬小屋の環境改善、室内美化を迫ったのだ。

「あー。全部いらないわ」とあっさり答えた千種。

「ぜんぶ頭に入ってるし」

 千束は、その言葉に崩れ落ちていた。

「全部って、これ全部!?」

 だったら、もっと早くに片付けて! ――という千束の心の叫びを皆聞いた。

 聞こえなかったのは千種くらいだろう。

「うーん。じゃあこれとこれ」

 そこらの紙片を適当に集めたようにしか見えず、その母の軽い様子に反論する気力も失ったのか、泣きそうになりながら紙片を紐で綴っていた。

 そうして、あれだけあった資料がたった一冊の本になった。

 多分、それだ――一連の出来事を知る里人たちはそう思った。

 状況も忘れ、なんとなく遠い目をする里人たち。


「これは?」

 言葉短に頭目が問う。

「これはなんと書いてある?」

 読めなかったのだ。だが、里長にも読めない。

 里長は首を振る。

 頭目たちのやり取りから、彼らが薬創初書が何たるかまでは知らないのだと、里長は当たりをつける。

「読める人間は?」

 里長は首を振った。

 読める人間はいない――今、里には。

 嘘は言っていないので、里長はしらばっくれることにした。

 頭目は、それを都合よく解釈したらしい。

 それは里長たちもこの存在を知らず、特別な書で在るが故に読めない、と。

 里人たちがざわついているは、この書の存在を初めて目にしたからだ、と。

 価値あるものを独占しようとする者はどこにでもいるものだ――と。



 比良には頭目の考えが手に取るように判った。

 腹芸が特異な男には見えない。鷹揚に振る舞ってはいるが、力に訴えることを躊躇わず、部下に意見を求める気質でもないだろう。

 頭目が「薬創初書」と判断すれば、それでいい。

 勘違いで構わない。薬草と「薬創初書」とやらを手に、さっさと去ってくれと祈る。

 比良と恒矢もひりつくような焦りの中で、ただ目の前の光景を凝視していた。



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