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薬師の娘  作者: 佐原万葉
第一章 薬師の里
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9 叱責


 広間に戻った副長は眸を瞬いた。

 なぜか広間が重苦しい空気に満ちている。

 ぶすくれた安高の顔に、だいたいの状況を悟る。

 恐らく、先ほどの軽率な発言を里長から咎められたのだろう。

 案の定、近くにいた中老衆の一人に尋ねると「その通りだ」との答えが返ってきた。


「なぜ軽々しく、あんなことを言った!?」

 里長が語気も強めに問えば、安高は「はっ」と笑う。

「攫われているのは確かだろうに!」

「証拠はないと言っているだろう!」

 息子の軽率な発言を咎めて、里長がばんと机を叩いた。

「しかも火の藩国などと……!」

 里長と安高が一触即発の雰囲気になる。

「人攫い紛いなことをやっていることは一目瞭然だろう」

 安高は笑い飛ばした。

「おまえは阿呆か! 証拠はないと言っているだろう」

「強引な手とやらで、貴人が在野の薬師を集めているのは変わらんだろう!」


 いや、変わるよな――ぼそりと誰かが言った。

 勧誘するのと、無理矢理連れ去るのでは天と地ほどの開きがあろう。

 その呟きが聞こえた者たちが、うんうんと頷く。


「だいたい、あの千種だぞ?! こんな状況、知って放っておくとでも!?」

 難しい病の話を耳にしたら、必ず自ずから飛び込んでいくだろう。

「倫理観などないからな! すでに結託していない保証なぞないわ!」


 千種が次は何を仕出かすか常に戦々恐々としている長老衆たちだが、さすがに賛同は声はあがらない。それがますます安高の癇に障る。

「千束の方がよっく判っている。さすが娘だな。誘いに乗るんじゃないかと言ったときは笑いそうになったぞ!」

 副長はげっそりとして、安高が笑いださなくて本当によかったと思う。


「いい加減にしろ!」と里長が吠える。

「なぜ、おまえは千種のこととなるとそうなんだ!」

 安高の千種への当たりが強いことは事実だ。

「なんでお前は、そんなに千種を目の敵のようにする!?」

 勃発した親子喧嘩に、周囲の者たちが逃げ出す。

「おまえの妹だろうに!」

「勘当したのはあんただろう!」

「だから、なんだというんだ! お前の妹であることには変わらん!」


 もうこうなると駄目である。

 これ以上の場の継続は無理と判断した周囲は、とばっちりを恐れて撤収を図る。慣れたものである。


「だいたい千種が応じたなら、ほかの薬師など必要ないわ!」

 里長の声に、副長は複雑そうに呟く。

「そういう信用はあるんですよねえ……」

「実力は折り紙付きだからな」と長老衆が一人、副長の横を通り過ぎざまに言った。

 里長と安高の前の三方がひっくり返る。

 もう子供の喧嘩である。

 目の前で茶托が飛び出すのも時間の問題だ。と思ったら、副長の目の前を茶托が飛んで行った。 

 



「は!」と里長が我に返ったとき、周囲の者たちはいなかった。

「もう皆、とっくに帰りましたよ」

 少し離れたところで茶をすすっていた副長の声に、「なんと」と呟き、息子の襟首を締め上げていた手を放す。

 どさりという音とともに「ぐえ」という声が安高から漏れる。


「言いたくはありませんが、なにをされているんですか」

 息子の挑発に乗ってしまった里長に対し、副長は呆れたような表情を隠すこともなく嘆息する。

「む……」

「む。ではありませんよ。安高にも困ったものですね。どういうつもりやら。結局、あの子らを呼び出して不安にさせたばかりではありませんか」

 里長は無言で唸る。


 里長は安高を見下ろし、きちんと気絶していることを確認してから続けた。

「………………千種は誘いに乗ると思うか?」

「は?」

 副長は里長の顔をまじまじと見つめた。

「なにをおっしゃってるんです? そんなわけはないでしょう。里長様もそうおっしゃっていたではないですか」

 息子に感化されたとしてもひどいと副長は思った。

 だが、里長は沈痛な面持ちだ。

「そうだな。だが千種だからな」

 千種だから――里の合言葉に、副長も黙り込む。


「もし千種が誘いに乗ったとしたら……あれは千束に接触するだろう」

「はあ?」

 本気で意味が解らず、取り繕うのも忘れて副長は声をあげた。

「あれの助手ができるのは、この里には千束ぐらいしかおらん」

 それほどまでに千束の実力は母親に肉薄している。

「状況を聞く限り、お抱え連中でさえ手に負えない状況なのだろう。そうなれば、優秀な薬師に助手は必ず必要になる」


 副長は考え込む。どうにも里長の憂慮が過ぎる。

 しかも、貴人が病の治癒のために動いている――ただの例え話が、前提になっていることに里長は気づいているのかいないのか。

「――まさか本気で千種が誘いにのると思っているんですか?」

「ないと思いたいが……あれは薬術のことになれば何を仕出かすかわからん」

 前言をひっくり返す里長に、副長の眉間に皺が寄る。


 一種の天才が故に常人には計り知れない言動をするのは事実で、里は千種に日々振り回されているのも事実だが――副長は黙って、里長の言葉を待った。

「破天荒だが、あれの才能は本物だ。目を付けられたら厄介このうえない」

 里長もちらりと床でのびている安高を見やり、きちんと気絶していることを確認してから続けた。

「藩国が絡んでいたとしたら手を出せん。我らでは藩国には逆らえん」


 実のところ、貴人は火の藩国の人間だ――と里長たちは踏んでいる。

「その時は千種一人を差し出せば済むことでは?」

 副長の言葉に、里長は瞠目する。

「まあ、千種が関わるという前提が成立すれば、の話ですが」

「おまえ、すごいことを言うな……」

「そうですか? 強引に連れ去られていたなら話は変わってきますが、里と千種、天秤にかけたらどちらをとるかなど決まっているでしょう? 確かに千種は天才ですが、彼女の言動が里を危うくするなら看過できません」

 決断するだけだと副長は言外に告げた。


「もし患者が悪化すれば在野のせい。快癒しても、妬まれて、適当な理由をつけられて処罰の対象――どちらにせよ、ただでは済みませんでしょう?」

「ああ。業腹なことだがな」

 なので口約束だけの仕事は請け負わない。そのための許可制だ。


「それで千束が、あの話を知っていた理由は判ったか?」

 実は薬草の値上がりの話を誰から聞いたか聞き出すために副長は追いかけたのだ。里長に言われて。

 千束が知っていたことに、既に外部――千種から接触があったのではないかと、里長はひやりとしたらしい。そして、それを隠しているのではないかと疑った。

「初めての旅巡を控えていたので、色々情報収集していたようですね」

 副長は惚ける。


 千束世代の交友関係を見れば、交渉部にいる伊那から聞いたのだろうという予想はついた。問われた千束は言いにくそうにしていた。伊那が叱られるのではないかと案じていたが、話の内容からすれば、さほど問題視されるようなものでもない。

 伊那もその辺りの判別くらいついているだろうし、副長は目を瞑ることにした。


「おっとりした娘ですし、世情にはどちらかといえば関心の薄い娘だとばかり思っていたんですが……よほど旅巡を楽しみにしていたんでしょうねえ」

「時期が悪かったと思うしかなかろう。千束が楽しみにしていたことは儂とて判っている」



 里長が娘の千種と親子の縁を切ったのは、千束が産まれる前の話だ。

 ある時、千種の行動に怒髪冠を衝いた里長が勢いのまま「お前など娘とは思わんわ!」と言ってしまったのが発端。


 里長と千種の場合、里長と安高のように言い合いになることはない。

 何を言っても気にする様子もなく聞き流す千種を、里長が叱るという構図で、その時もそうだった。

 しかし、あっさりと「わかりました」応じた千種は、きっちりと線を引いた。もともと淡白な家族関係だったが――。

 同じ里に居住し、普通に顔を合わせるのに親子の縁を切っているといわれても……と周囲の方が大いに戸惑ったが、最終的に「まあいいか。支障もないみたいだし」となった。

 禍根があるわけでもなく、このことで千種が里で理不尽な扱いを受けるわけでもない。

里全体が親戚みたいなものだし、まあいいかというわけだ。

 はた迷惑な親子である。

 里長の方が意固地になり今がある。妻に文句を言われ続けているが、引っ込みがつかず、発言を撤回する機会は逃したまま。

 そのうえ、兄妹仲も良くない――安高が一方的に毛嫌いしており、千種は端から気にする様子もなく、互いに歩み寄りが存在しないため改善しない。

 そのせいなのか千束は自分が里長の孫だという意識がほとんどない。

 里長は身内を贔屓する性分でもなく、孫を猫可愛がりする質でもないので、ずるずると今の状況がある。

 里長の妻は順調に千束との関係を築いているというのを知ったときは地味に落ち込んだものだ。


 そこで里長は大きな息を吐いた。

「……今までの話は忘れてくれ。どうにもいかんな。馬鹿なことばかりを考えてしまって」

「お疲れなんですよ。理由の大半は千種で間違いないでしょうが」

 里長が「違いない」と小さく笑いを漏らす。

「念のため、千束からも目を離さないようにしておきます。里長様は今日は早めにお休みください。休養は大事ですよ」

 里長は頷いた。

 そして、「里の警備も強化するように」と言った。

「無駄に終われば、それでいいのだから」

 いったい里長はなにを案じているのか――副長には解らなかった。解らないままに頷いた。





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