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僕のラジオ

作者: 一等ダスト

 蝉の声がする。

 僕には、いつそのラジオの電源を入れたかの記憶が、定かではない。いや、電源など入れていないのかもしれない。ただそれはずっと僕の前にあって、いつまでもあって、固着したボタンがいつか凹むのを待っている。

『199…………きょう……ノスト……言が……外れ……』

 僕は溜息をついてラジオから離れた。


 蝉の声がうるさい。

 いつからこのラジオはついているのだろう。忘れるなと言うかのように、聞くだけ耳障りなけたたましい音を上げている。僕はそれを宙に持ち上げて小突いてみたが、音が乱れることはない。それが無性にイライラして、どこまでも高く高く天井辺りまで持ち上げたが、雑音は止まず乱れない。

『…000年……Y2……称され…………問題なく……』

 僕は溜息をついてラジオから離れた。


 蝉の声が止まない。

 このラジオはいつ購入した物なのだろう。僕にはその記憶が、とんとない。誰かからのプレゼントなのだろうか。しかしこのラジオは、最初からここにあって、ずっとずーっと言葉を発し続けているような覚えもある。止めようとしても止まらない、僕のラジオ。でも今日は、少しだけ静かな気もする。

『…………11日…………ードセンター……多発……テロの…………』

 僕は溜息をついてラジオから離れた。


 蝉の声は騒がしい。

 ラジオは日々、少しずつ劣化しているようだ。止められないことを主張するように押し込めないボタンは最初から固着していたが、外観が僅かに剥げているのが分かる。それは、どんなものだってそうなんだろうけど。だとするといつか、このラジオが止まる時が来るのだろうか。

『……08……経営……………ゆうき…………下落……』

 僕は溜息をついてラジオから離れた。


 蝉の声にはもう飽きた。

 僕は袖を捲り、ラジオの音で一杯になるんじゃないかと心配になった体に、手首から風を送った。ふと見ると、ラジオに少しヒビが入っていた。修理に出すほどではないように見えたから、僕はそれをそのままにしておいた。ラジオはいつもより騒がしいが、それはまぁ、仕方がないだろう。

『…01………東北地方において…………マグニチュード………また、原子……』

 僕は溜息をついてラジオから離れた。


 蝉の声が萎えている。

 ラジオはそれなりに、傷んでいた。まだまだ使えそうだが、肝心な時に声が遅れることがある。だからと言って買い替えることも出来ない。これは一点物のようだ。一点物の僕のラジオ。だからと言って、こいつの声を聴くのは、役には立つが、あまり良いもんじゃない。

『2……4…………イス…………IS…………ないせ……』

 僕は溜息をついてラジオから離れた。


 蝉の声が―


 蝉の―


 蝉も―





 蝉の声は、もうしない。

 おやすみ、私のラジオ。壊れかけのそれじゃあ、肝心な時に役に立たなかったんだね。いざ自分の身に降りかかっても、小さな声のラジオじゃ警告は届かない。横たわった私の体がテールランプを最後に目にした時、微かに聞いたよ。

『雨の中を走る車が、こちらを目掛けて一直線に突っ走ってきます。ブレーキを掛ける様子はありません。すぐにそこを離れて下さい』


 僕は溜息をついて停止ボタンを押し、ラジオと一緒に眠った。

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