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080:もう遅い①


 ドチャ、と落ちてきた男が鈍い音を立てた。


「トラン……」


 それは亜人化したままの姿のトランだった。

 体の右半分は犬のような体毛に覆われたままで、歯も右側の一部が鋭く尖っている。


「ウグッ、ウギャオゥゥ……」


 かなりの高さから落ちてきたハズだが、トランはそれでもまだ生きている。


 曲がってはいけない場所が曲がった手足を無理やり元に戻して立ち上がるその姿は、亜人というモンスターの生命力と回復力を持つ存在だからこそなせるものだろう。


 魔人が消えても亜人の姿のままである。

 トランが魔人の魔力と強く結びついた適合者だからだろうか。


 周囲からはもう戦闘の音が聞こえない。

 メイやシーン、他の亜人たちは元に戻れたのだろうか……。

 

「ギャ、ア……アアアアアアアアアアアアアアア!!!!」


 トランは顔をかきむしり、叫び出した。

 とても貴族に生まれた人間とは思えない、まさにケダモノの姿である。


「あ? ルード……?」


 焦点の合わない視線が俺の姿を捉えたらしい。

 初めて俺の存在に気が付いたように、わずかに(うつ)ろな視線に理性が戻る。


「お前のせいだぞ……お前のせいで俺がこんな目に……! 最初からムカつく野郎だった……あの孤児院で父上が目をつけた奴隷だったから拾ってやったのに、俺より剣の才能があるなんて許せねぇ……魔術だってなんでも使いこなせるってか? いつもいつも目ざわりなんだよ! 俺がいちばんつよくてすごいんだ! 俺よりすごいヤツはこの世界にいらねぇ! だから俺を見ろ! 俺が勇者なんだ! ルードじゃない! 俺が……俺が……!!」


 ブツブツと何か怨嗟(えんさ)のような言葉をつぶやいてる。

 俺をにらみつけるその視線には怯えと、そして狂気がにじんでいた。


 魔人は完全に消えたハズだ。

 まだ魔人に支配されていた影響が残っているのだろうか。


 師匠は精神が破壊されてもおかしくない状態だと言っていた。

 だが俺の事を認識できるという事は、まだトランの心は生きているハズだ。

 聞き取りにくいが言葉も人間の言葉を発しているように聞こえる。


「おい、大丈夫か……?」


 とても無事とは言いがたいが、今は回復魔術をかける力も残っていない。

 せめてその心だけでも穏やかでいてもらいたいのだが……


「お前のせいだ……全部お前のせいなんだぞおおお!! ルードォオオオオオオオオオオ!!!!」


 雄叫びと共にトランが剣を抜いた。


「なっ!?」


 余りにも突然の事におどろいたが、身体は反応していた。

 スーを巻き込まないようにと俺は一歩踏み出し、同じく剣を構える。


 魔力切れの影響で体が重い。

 それでもギリギリの所で刃を合わせた。


 ガギン!! と重たい音が鳴る。


「死ねえええええええええええええええええええええええ!!」


「くっ……!!」


「ご、ご主人さま!?」


 一方でトランの力はむしろ以前より強くなっている。

 亜人化の影響だろう。


 単純な力だけでは押し負ける。


「下がってろ! 巻き込まれるぞ!!」


 駆け寄ろうとするスーを制し、目の前のトランに集中する。


 その眼はすでに狂気だけに染まっていた。


 もう勇者としての姿などではない。

 まるでモンスターだ。


 近寄れば巻き添えを食らってもおかしくない。


「死ね! 死ね!! 死ねぇ!!!!」


 キンキンキンキンキンキン!


「死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ねぇぇぇえええ!!!!!!!!」


 キンキンキンキンキンキン!


「お、落ち着け……! トラン!!」


 俺の言葉など通じていない。


 トランの乱雑な連撃をなんとか受け流すが、だんだんと腕の感覚もなくなってきた。


 ヤバイ。

 力が、抜ける……。


 魔力切れのせいで思考すらも鈍化するのが分かる。


 トランをなんとかしないと。

 このまま俺がやられたら、次はスーまで危ない。


 ほんの少しで良い。

 魔力を回復できれば……


 その時、スーの声が聞こえた気がした。

 それは俺も良く知る呪文の一説だった。


 そして俺の体に淡い光が宿った。


「これは……【魔力供給】(マナディバイド)!?」


 振り返れば、スーは俺がプレゼントした魔術書を開いていた。

 師匠からもらったメガネも装備して、片手は俺に向けられている。


 それがスーの初めての魔術だった。


 魔力を他者に供給する魔術。

 師匠の魔術書で一番最初に学ぶ補助魔術の最初の一歩であり、最も基本的な魔術である。


「ご主人さま!!」


 まだまだ未完成で未熟な魔術ではある。

 だが、魔力切れの副反応を克服するには十分な魔力は供給されていた。


 体が軽い。


 パーティを追放された日の事を少しだけ思い出す。

 あの時にも似たような事があったな。


 自分を閉じ込める枷が外れたような気持ちだ。


「ありがとう、スー。もう大丈夫だ」


 スーとの出会いを思い出す。

 あの時、スーは俺の事を「救世主」だと言ってくれた。

 

「俺にとっての救世主はスー、君だよ」


 身体に力が満ち、思考は鮮明になる。


 もう何も怖くない。

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― 新着の感想 ―
[一言] これが有名なキンキン
[一言] 首無くなりそう
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