079:『ゼロの魔術師』②
魔術とはある種の創造である。
無から火を、無から水を、無から風を。
魔力を変換する事で何かを生みだすのだ。
これはその真逆だ。
互いの属性が持つ特性を打ち消しあうように組み合わせて、魔力から余分な性質を消し去るという術式。
つまりは、魔力がもつ純粋な力を抽出する行為である。
火の熱さや水の冷たさを持たない、純粋な魔力本来の力。
そこには音もなく、色もなく、ただ純粋な破壊だけがある。
それは破壊の概念そのもの。
形すら持たない『無』である。
俺がその一言だけの詠唱を終えた時、魔人の攻撃は全て消え去っていた。
「なん……だト……!?」
理解を超えた現象を目の当たりにし、魔人の動きが止まった。
「なぜ人間如きがその魔術を使える……!? ありえなイ!! オレが消えルなんテ!!??」
そして焦ったように再び攻撃を繰り返すが、もう遅い。
「バ 」
魔人が何か言いかけたが、それが言葉になる事はなかった。
断末魔すら残さず、その魔力だけが消滅したからだ。
目の前の魔人ごと、町全体への『ゼロ』。
魔人の巨体も地上の肉人形達も、全てが消え去った。
形すらもたない『ゼロ』なら任意の対象だけを排除できる。
町から魔人の魔力そのものだけを消し去る事も容易だ。
目を焼くような閃光や耳を破るような爆音もない。
戦いの決着はただただ静かなものだった。
これが魔術の頂点。
究極の魔術の力である。
「ギリギリだが間に合ったようだな。ワシの『ゼロ』に」
ギリギリと言うわりには焦った様子もなく、師匠はドヤ顔のまま「ふぅ」と一息ついた。
スーは何が起きたからわからないらしく口をポカンと開けている。
「す、すごいのです! 魔人をやっつけちゃったのです!?」
少し遅れて興奮したように耳をピコピコさせていた。
「……!」
返事をしてやりたいのだが身体が動かない。
さすがは最強魔術だ。
先ほどの2発で全ての魔力を使い果たしたらしい。
もう俺の身体には【浮遊】を維持する魔力すら残っていなかった。
魔術が解け、俺たちの体は地面に向かって勢いよく落下する。
「ご、ご主人さまーっ!?」
スーが俺を守るように抱きついてきた。
それを更に包むように、マントに変化した師匠の魔力がふわりと包んだ。
その魔力による浮遊でゆっくりと着地する。
「ありがとう、師匠。さすがに魔力を使いすぎたみたいだ」
「ご主人さま……! 無事でよかったのです!!」
余計な心配をかけてしまった。
慰めるようにスーの頭を撫でてやる。
「まったく世話が焼ける。全属性分の魔力を町全体に使うなど、普通なら過剰詠唱で死んでるぞ。生きているのが不思議なくらいだ。まぁ、普通の人間に『ゼロ』なんて使えんのだが……」
小さめに発動した最初の1発でもかなり魔力を消耗したのを感じていた。
上級魔術を全力で撃ってもここまで消耗しないだろう。
だが目の前のトランの他にも亜人に適合者がいる可能性もゼロではなかった。
そう考えると町ごと浄化する事が最善手だと判断したのだ。
「しかし、本当にやってのけるとはな。お前の事は信用していたが……それでも、属性適正なんて1つが普通だ。高位の魔術師ですら3種あれば良い方だぞ。それもそれぞれの属性全てを完璧に操るなんてワシでも出来なかった領域だ」
「そうなのか? 『ゼロ』は師匠にも使えない魔術だったのか……?」
てっきり師匠クラスなら全属性使いこなしているかと思っていた。
なにせ俺が知る中で最も偉大な魔術師である。
俺にできて師匠にできない事なんて無いような気がしていた。
「いや、出来るし! 魔道具なんかを使えば再現は可能だからな!!」
師匠がムキになった子供のように反論してくる。
「だが、やはり自力で使いこなしたいものだろう? ワシの作った魔術だ。やはり自分自身の力で使いたい。魔術師の性というヤツだ。そして、そのための転生だったのだがな。完全適正の体に生まれ変わるために……まぁ、それも失敗だったワケだが」
師匠は自嘲気味に笑う。
マントから黒猫に戻った師匠の体は不安定になっていた。
所々が透けている。
魔力が尽きかけているのだろう。
なにせ本体は眠っているのだから、むしろ余りの使い魔としての魔力だけでよくここまでの魔術が使えた物だと驚くレベルである。
「フフ、だが無駄ではなかった……か。こうしてお前に出会った。ワシをも超える愛弟子に。これもまた運命というモノなのだろうな」
「師匠……!!」
ついに師匠がデレた。
なんと弟子に認められたのである。
生きててよかった。
「ワシに実現できなかった魔術はまだまだあるぞ? 楽しみにしておけ。起きたらまた、次は本体で話そう。約束もあるからな」
使い魔の姿が溶けるように消え、あとには俺とスーだけが残された。
「本屋さん……? 消えてしまったのです?」
「魔力が尽きただけだ。またすぐに会えるさ」
師匠の眠りがどれくらいのものなのかは知らないが、きっとすぐに会えるという不思議な確信があった。
師匠が挑んだ超高難易度の魔術たち。
「……楽しみだ」
まぁ、まずは魔力を回復させないといけないのだが……。
立ち上がろうとして、力が入らない。
1人で立ち上がれないほどの魔力切れなんていつ以来だろうか。
俺はスーに支えてもらってなんとか立ち上がった。
その眼前に、空から1人の男が降って来る。
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