057:魔人の脅威①(追放サイド)
~ パフ視点 ~
その黒い影から放たれたのは、わずか一滴の小さなしずくでした。
音もなく、それでいて目で追えないほどの速度で放たれた闇の雫は、おそらくは超高密度に圧縮された闇の塊だったのでしょう。
私たちが長い時間と魔力を限界まで注いで作り上げた合体魔術は、あっけなく打ち消されてしまいました。
まるで光が闇に吸い込まれるように、衝撃すら起きることなく消し去られたのです。
火が弱点?
光が弱点?
そんなレベルの生物ではありません。
それはもっとはるか上の存在です。
封印しないと。
そう思ったのに言葉はでませんでした。
全身が凍り付いたみたいにただ寒いです。
それは思考することも放棄したくなるほどの、圧倒的な恐怖でした。
これが、魔人。
この場にいる全員がそれを肌で感じていました。
根拠のない自信の塊みたいなトランさんたちでさえもそうなのだから、すさまじいです。
あらゆる音は消え、心臓さえも止まりそうでした。
呼吸の音すらもしません。
「ひゅ」
呼吸、呼吸をしないと…………。
「ひ、ひぃいいいっ!!」
静寂を破るように、突然トランさんは全速力で出口に向かって走りだしました。
「なっ……!?」
封印する気なんてもう欠片もないようです。
そもそも封印なんてできるわけがないのでしょう。
目の前の魔人は、どうみても人間の手に余ります。
それどころか私たちも見捨てて自分だけ逃げるつもりらしいです。
その姿にメイさんとシーンさんも後に続こうとしますが、上手く立ち上がる事ができませんでした。
魔力の使い過ぎです。
そしてそれは私も同じでした。
逃げる事すらできないのです。
「ト、トラン!? 置いていく気か……!!」
「はぁん、誰か助けてくださぁい……!!」
もうめちゃくちゃです。
誰もが完全に恐怖に飲まれてしまっています。
そしてダンジョンの中の水晶が真っ黒に染まりました。
光が消え、完全な暗闇がダンジョンを覆いつくしました。
「ひぃっ!?」
「きゃあ!?」
どうしよう。
どうすれば良いんだろう。
なんとか封印しないと、大変な被害が出てしまう。
でもそんなのは不可能です。
もう逃げる事もできないし、封印なんてできるわけがありません。
思考がまとまらないままにグルグルとループします。
封印しないと。
逃げないと。
なんとかしないと。
全部、私のせいです。
トランさんの言う事なんて真に受けるからこうなりました。
私が止めなかったからです。
こんな無謀な行為、止める事ができたのに。
せっかく冒険者になったのに。
私はいつもそうだ。
すぐ人に流されて、騙されて。
この状況は私の人生そのものだ。
私はいつも失敗ばかりだ。
大きな夢を抱いても、結局は何も成し遂げられていない。
誰も私を愛してくれません。
私はただ地面にうずくまり、子供のように震えるだけでした。
情けなさと絶望から涙が止まりませんでした。
「だから許してくれえええええええええええええええええええええええええええ!!」
「やめろ……やめてくれえええええええええええええええええええええええええ!!」
「きゃ、あぁっ、いやああああああああああああああああああああああああああ!!」
暗闇の中から仲間の悲鳴だけが聞こえてきます。
何が起こっているかも分からない状況ですが、ひどい目にあっている事だけはわかります。
絶望が声になるとこんな感じになるんですね。
「出してくれえええええええええええええええええええ!!」
「やめてぇ……もうやめてぇえええ……!!」
「……して……コロして……」
なぜか私はまだ襲われていません。
ですが時間の問題でしょう。
仲間たちの声が途絶えました。
どれくらい時間が経ったのかわかりません。
そして濃密な闇の気配を感じます。
魔人がそばに来ている。
暗闇の中でさえ認識できる圧倒的な存在です。
形のない何かが目の前でニヤリと笑った気がしました。
「あっ…………」
死。
惨たらしく苦しんで死ぬくらいなら、と。
腰に隠したナイフにとっさに手を伸ばします。
ですがそのナイフはありません。
手の感覚もありません。
すぐに理解しました。
もて遊ばれている。
封印を解いてしまった瞬間から、私たちは魔人のオモチャなのです。
私は全てを諦めました。
そして苦痛ができるだけ早く終わるようにと、そう願うしかありませんでした。
その時…………
「【疾風迅雷】!!」
ズギャアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアア!!
私の目の前に一筋の雷光が走りました。
紫電を纏う金色の髪と、燃えるような紅の瞳。
「あら、ごめんあそばせ」
私の絶望を暗闇と一緒に引き裂いて、1人の女騎士が現れたのです。
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