燃える冒険のチャント
季節外れ注意⚠️
「え、どれ持っていこう…!?」
「あ!それあっちに置いといてくださーい!」
「日傘持ってかなあかんなー…」
太陽が王都をカンカンと照りつけるある日。王女と令嬢達の部屋がある廊下では、それぞれの使用人と令嬢本人達が慌ただしく城中を行き来していた。皆、ドレスやワンピース、大きなトランクを持っている。そして、熱を含んだこの空気に額を汗で光らせていた。
サラチア王国に、ルーチェ王女と5人の公爵令嬢に、夏が訪れたのだ。
〇
今彼女らは自分の部屋をひっくり返して、とある旅行の準備をしている。
それは、避暑旅行だ。
明後日から6人は王家の別荘がある避暑地まで行き、そこで1週間過ごす。毎年の恒例行事であり、今年は数ある別荘の中で1番遠い所、南東のセエレルへ行くことになっているのだ。そしてその間は夜に周辺住民を招いてガーデンパーティーを開く。だからか、その場所は国民の夏の旅先になりやすい。パーティーがあるということは、王族貴族である彼女らは沢山のドレスを持って行かなければいけない。荷物も多くなる訳なのである。
「いつも避暑行くの早いなって思ってたけど、今年はぴったりやな〜」
降り注ぐ太陽光を手で遮りながら、外を見ていたカーレスはルーチェに話しかけた。
「せやな。いつもより早く暑くなって嫌や…」
ルーチェは椅子に寄りかかりながらしんどそうにため息をついた。
「それはそうなんやけど!もっとポジティブにいこうや」
「…うんー、レスは可愛いなー」
ゆらゆらとカーレスに近づいて頭を撫でる。
「ルーチェ大丈夫なん!?あっちでも熱中症なりそうやで」
その手を跳ね除けて、カーレスは王女の顔を覗き込んだ。
いつも気温管理の行き届いた部屋にいたルーチェは、多少の運動と窓から入る熱に少しやられてしまったようだ。
「久しぶりに外に出た引きこもりみたいなんなってるやん」
2人の休憩していた部屋にウィンディも入ってきた。魔法で髪をお団子に結い上げさせているせいか、頭上で髪が勝手に動いている。
「実質そう」
はは、と苦笑いしながらルーチェは答える。
「熱中症にはお気を付けて、な」
扉からソラも姿を現して言った。その手にはトレイが乗っている。6つあるグラスには、透き通ったレモンイエローの飲み物が注がれていた。
「あっレモネード!」
「せいかーい」
「ソラが作ってくれたでー」
トレイから1つグラスを取ったのは、そう言って笑ったファルルだった。
「ぷはぁー!生き返るー!!」
そうして皆は荷造りを終えた。
〇
「こりゃまた豪華な旅馬車やな…」
翌々日。白に金の華やかな装飾が施された目の前の馬車を見上げてクロスが呟く。この馬車が、6人をセエレルまで連れていくいわゆる公用車だ。しかし、大国サラチアは目的地へたどり着くのには幾日か掛かる。そこで、長距離乗る馬車――旅馬車には快適に旅へ出るための特殊な魔法がかけられているのだ。
皆は御者にエスコートされながらステップを上がって中に乗り込む。
中には、外からは想像もつかない程大きな部屋が広がっていた。白地にジニアの花柄の壁紙に、目の前にあるまた大きな窓からは太陽光が降り注いでいる。だが、入った途端に汗が引くほど心地よい室温で、真夏の太陽さえも暖かな日差しになっていた。
乗り込んだ彼女らは、それぞれ思い思いにクッションの元へ行き、落ち着く場所でまた雑談を始めた。
旅馬車には、空間拡大魔法がかけられている。令嬢の自室程もあるのはもちろん王家の馬車だからだが、普通の馬車の席や荷車で寝るよりもずっと快適に過ごせる。空調も完璧なのだ。
6人は喋ったり、本を読んでうとうとしたり、窓の外を眺めたりして時間を潰した。自分たちの属性魔法で遊んだり、学校で習ったばかりの召喚魔法で城の紅茶を呼んでみたり。これだけ自由に遊べるのも旅馬車のいい所だな、と白みだした空を瞳に映しながらファルルは微笑んだ。
こんな早朝に起きてしまったのも、何かの虫の知らせだったのかもしれない。
もう一度眠りについたファルルは、何やら外の騒がしい音でまた目が覚めた。未だ暗い馬車の中を見れば、他の5人も目を擦っている。
「……何…?」
「遠くでえらい人騒いでへん…?」
暗闇で目立つ白髪を起こして、ルーチェが窓のカーテンを開けた。遠くで御者が騒ぐ誰かを宥めているように見える。そのままルーチェが扉を開こうとすると、ソラが止めた。
「王女様はまだ行かんとき。私が行く」
刀を片手に、簡単に着替えたソラは馬車を降りていった。
「――だからここには自力者しか居ないん、です!」
「はああ??お前さんら、いいとこのやつだろ?水の召喚ぐらい出来るやついるんだろ!あんたらを泊めてやったんだからそれぐらいしろ!」
「消火を手伝いたいのは山々なんですが…」
「―水が、どうかされましたか?」
「…!!カヤナ…ソラ様…」
御者はその声に驚いて振り返った。思わず公爵家の名前を出しかけたが、なんとか飲み込んだようだ。
騒ぎ立てているのは村の人らしき格好をした男性だった。
「お嬢さん、今うちの村で火事が起きてんだ。だがこいつが『うちには自力者しか居ないんですよぉ〜』だと」
「分かりました。どうか今は御者を責めないよう。私は水属性の魔法使いです。今すぐ消火しに行きましょう、案内を」
「ああ、こっちに来てくれ!」
「お嬢様!」
「貴方も来てください」
ソラは振り返って御者を呼び寄せた。そしてハイトの名を呼ぶ。すぐに白イルカが姿を現した。
「今の話聞いてたね?みんなにも伝えておいて。姉様以外は待機でいける。姉様が来たがったら止めはしないけど、きっと来るまでに終わらせる」
村人についていくと、村の奥にある家一軒が赤い火に包まれていた。
「まだ他の家には火は移ってないんですね」
「あそこだけ離れているからな」
「中に人は?」
「いつも歌ってる小娘が一人居るかもしれないが、分からない」
「了解」
すぐにソラは水を纏って、燃える家へ向かった。
もう火に手が届くという場所で手を空へ突き上げると、沢山の水の玉が現れる。火へ手を伸ばせば、その水たちがその家へ降り注いだ。火をも飲み込む勢いだが、まるで慈雨のように見える。
一瞬で火も収まった。黒く焦げたそこへ足を踏み入れるが、人の気配はなかった。
「おーい!お嬢さん、その家の人は無事みたいだ!」
顔を上げて、村の入り口まで戻ってくると、村人に囲まれた。
「本当にありがとうございます」
「お嬢さんが出てきてくれて助かったよ」
「こちらこそ。皆さん無事で良かったです」
「御者のやつも、お前さんを守ろうとしたんだな。俺も言いすぎた」
「いいえいいえ…嘘の可能性を捨てきれず。すみません」
「ソラーーー!!」
聞き覚えのある声にソラがその方を見れば、クロスが駆けつけてきていた。
「やっぱり来たな、姉様」
「そらそうやん!」
「でももう終わったで」
「間に合わんかったかー」
「…そういや、なんで火事に?」
また村人の方を見て、ソラが聞く。女性が不安げに口を開いた。
「それが、分からないんです。寝ていたときに外が騒がしいなって見たら、みんなが『火事だ』って叫んでいて。火の元が娘の部屋だったのでとても心配したのですが、娘は知らない、と…」
“娘”と言ったときに、女性は集団から離れた所にいる少女を見やった。まだ10歳頃に見える小さな女の子で、母親とよく似た赤茶色の髪をお下げにしている。手を胸の前で組んで、何かを歌っているようだ。
「あの子は最近ずっとあの調子で歌ってるんです」
お互いに顔を見合わせる村人たちに、やはりあの少女を疑うような色が浮かんでいるのをソラは感じ取った。母親が不安げなのも、そのせいだろう。
「…分かりました。私たちはこれからセエレルに向かいますが、このことも調査しましょう。王家とも多少の繋がりがありますので、正式に出来るかと。皆さんも気持ちが悪いでしょうし。……いい?姉様」
「もちろん」
「では、また来ます」
〇
その日の昼前には、6人はセエレルにある王家の別荘へ到着した。それぞれの荷物を降ろして、部屋に運び込む。国王と王妃は既に来ており、国務を一休みする至福の時間に浸っていた。ちなみに王がここにいる間、5人の親である公爵と夫人たちが、王都で頑張っている。そして令嬢と王のいる期間は少しズレているため、6人は令嬢だけになる最後の2日を密かに楽しみにしていた。
改めて今朝の村――セネ村でのことについて情報共有をする。
「へえ?そんなことが…」
「うーん、やっぱりその女の子は気になるよねぇ…」
「歌で火を呼び寄せる…?」
「呪文学の方面やな。火を呼び出すだけじゃなくて火属性の精霊とも関係無くはなさそう」
皆その不審火に首を傾げる。やはり例の少女と話してみるのが1番、という結論に至った。
そんなとき、外からガラス製の何かが落ちたような音が響き渡った。
急いでその音のなった庭へ向かってみると、ガーデンパーティーの会場を照らすはずのシャンデリアが地面で粉々に散っていた。1人の侍女がその傍で倒れている。
「!?」
「彼女は大丈夫ですか?!」
使用人の仲間が駆け寄って安否を見る。
「気絶していますが、無事です。少しガラスの破片が刺さっているところは我々で治療します」
「分かりました。皆さんに怪我は?」
皆首を振って一礼した。
ウィンディは優しく手を振り、魔法で粉々のガラスを回収する。
「シャンデリアの代わりは…」
「ありません」
そう締めくくった言葉にはっと振り返れば、王妃が立っていた。
「あれは別荘のものですから、馬車に載せていない限り無いでしょう」
シャンデリアが無ければ、夜のガーデンパーティーはすっかり暗くなってしまう。光魔法や火魔法を使えば1番早いというのはもっともだが、国民をも招待するこの場でそれを使うのは危険すぎる。
「王妃様、このガラスはセエレーア産のものですか?」
突然、カーレスが口を開いた。ウィンディに貰ったガラスの破片を手に、王妃へ尋ねる。
「…確か、そうですね」
「多少なら、取りに行けるのではないでしょうか?」
セエレーア、というのはここセエレル地方にある山の事だ。その山は天然ガラスの名産地で、水の精霊が多いこの地で作られたセエレーアガラスは、光を通すと波打つように揺れるのが特徴だ。それを使って作られたシャンデリアは、まるで海の中にいるような光を写すのだろう。
だが、15年ほど前にセエレーア山へ火の精霊が大移動を起こし、セエレーアガラスは作れなくなってしまったはずだ。
「セエレーアガラスが希少になってしまったのはもちろん知っています。ですが、まだこの場所が水の精霊のいるところであることは変わりません。1度、任せてくださいませんか?」
王妃はじっとカーレスを見ていたが、ふふ、と下を向いて部屋に戻ってしまった。
「あれは…オーケーってことでいい、ん?」
「そうなんじゃない…?」
戸惑う彼女にソラは頷く。するとカーレスは両手を上げて喜びだした。
「やったぁ!これで夢が叶うわ!セエレルに来たら試してみたかってん!」
「そうなん?良かったやん!」
ウィンディも嬉しそうにカーレスの肩を叩いた。
「じゃみんな、セエレーア山にしゅっぱーつ!」
「えええ!?!?」
〇
「なんで私ら連れて来られたん…?」
「是非みんなにも山登りしてもらいたかったんや!せっかくやしなー。…でも、めっちゃ暑いな」
荷造りの時と同じように額を汗ばませながら、皆は坂道を登っていく。セエレルの土地自体は避暑地らしくとても涼しかったが、山の中はそうはいかない。木々で日光は遮られているものの、生ぬるい風が体を撫でていった。
「流石火の精霊の在り処ってとこやな…」
切り株で一休みしながらソラが呟く。
「景色はこんなにも涼しそうやのに」
辺りを見渡してファルルも不満げに言った。
地面には、木漏れ日で出来た光の点描画が広がっている。まさにセエレーアガラスを通したように、水面の光らしく揺れている。
進めば進むほど、熱気は増す。
「なぁウィンディ〜この風どうにかして〜」
「えー、流石に無理やろ〜。はい、ぱたぱた〜」
「んじゃソラ、ミスト作ってーや〜」
「あぁ、はいよ〜」
「ありが…って、わっ!ほぼシャワーやんか〜」
「こんなんじゃすぐ乾くからええやろ〜?」
「んまぁ確かに〜?」
「…にしてもほんまあっついな〜」
暑さで皆、舌が上手く回っていない。脳が熱で溶けたかのように、口だけで会話が行われている。中でもルーチェは――もっとも運動不足が原因だろうが――一言も喋らず黙々と歩いている。
「んで…なんでこんな暑いんやっけ?」
「「15年前の火属性の魔獣と精霊の大移動」」
義姉妹が声を揃える。
「たまに起こるらしいんよね」
「こないだ城の図書塔で見っけた新聞によると、30年ぐらい前にも起こったらしいよ。火属性に限らんと、水も土もあるって。火属性が1番移動が珍しいんやけど。
……風はいっつも移動してるな」
最後にソラが付け足した言葉に皆遠い目をする。風属性の魔獣達が大移動するときは必ず嵐が発生し、彼女らは被害の確認と救援をするため各地に飛び回されるのだ。
「風はまじで10年に1回とかでいいと思う」
「分かる。水属性の大移動と被ったときはもう最悪やったよね」
いつしかの大惨事を思い出し、頭を横に振って肩をすくめる。
「あ、でも火属性やのに山火事とか起きひんねんな」
「そやな、やっぱりこの辺りは土地自体が水属性やからちゃうか?」
「まあそれがこの蒸し暑さを出してるんやろうけどな…」
「ってことでここら辺のはずや!」
先程まで恨めしかった風は木々を揺らして、涼し気な葉の擦れる音を奏でる。
6人の目の前には、太陽の光を受けて輝く湖が広がっていた。
「みず、うみ……?」
「ガラスの原料が取れるとこって洞窟とかじゃないん…?」
「洞窟へ繋がる道の鍵は、この湖にあり!!ここの湖畔の何処かにあるかも!」
目を疑う5人に相反してその透き通るアクアマリンの目を輝かせるカーレス。
「あ!こんな所にボートあるで!」
ふらっと離れていたウィンディが湖面を指さした。4人乗りのボートが2つ、浮かんでいる。
「お誂え向きやな」
「乗ってみよ!」
ノリノリのウィンディの誘いに皆は少し考えてから頷いた。
クロスの張った闇魔法のパラソルを差しながら、2つのボートはゆっくり進んでいく。
「特に何も起きひんなぁ…」
「湖の底も見えへんしな」
「この蓮みたいなん綺麗やな」
濁っているわけではないが、底は暗く、よく見えない。そこから、白い花にカラメルソースがかかったような色の睡蓮が咲いている。
「そういや眠らせた護衛さん達どうしてるやろ?」
ゆるりゆるりと会話が進む。
「クロスの特製睡眠薬やからきっとまだ起きてないんちゃう」
その時、6人の耳に、高く響く歌声が聞こえてきた。
「え?」
「誰…?」
声の聞こえる方へ進んでみると、小島の上に1人の少女が立っていた。まだ10歳頃に見える小さな女の子で、赤茶色の髪をお下げにしている。手を胸の前で組んで、何かを歌っているようだ。
この歌声は、彼女のものだ。
「あ、君は…」
「ソラ?」
「言ってたあの子や」
少女は傍によった2隻のボートに気づいて、こちらを見た。ソラの顔に見覚えがあったのだろうか、すぐにはっとした顔をして、歌をやめ、スカートを摘んでお辞儀をする。
「ご、ごきげんよう」
「うーん、そんなかしこまらないでいいですよ」
ソラは困ったように笑って言った。
「…あ、そうだ!お嬢さんも、私達と一緒にどうですか?」
ウィンディが声を上げると、皆も賛同する。ウィンディはボートから乗り出して、彼女に手を差し伸べた。
「いいの?!」
彼女は嬉しそうにお下げを跳ねさせる。
「もちろん、どうぞ」
ウィンディの手を取って、彼女はボートに乗り込んだ。
またゆっくりと少女が乗り込んだボートが進んでいく。
「貴方のお名前は?」
ルーチェが優しい笑みを浮かべて少女に問う。
「カーラよ!」
「まあ、可愛いらしい名前」
「へへ」
「貴方は…火属性?さっき手を取ったときに思ったんだけど…」
ウィンディが聞くと、カーラはソラの方をちらっと見てから「そう」と答えた。
「…大丈夫、誰も貴方のせいだなんて思ってませんから」
彼女は少し驚いた顔を見せたあと、無言で頷く。
「そう言えば、カーラさんってとても歌がお上手ですよね!」
カーレスがパシッとカーラの手を取った。
「へへ。あの歌ね、ちょっと前、冒険でここに来た時に妖精さんに教えて貰ったの!」
「妖精…さん?」
サラチア王国周辺に居る『妖精さん』と言われる魔生物は何種かある。羽の生えた小さな人型のピクシー、背の低い小人のノームやドワーフ、様々な姿をしているエルフなど、実に多い。もしかしたら、たまたま現れた精霊の姿を妖精、と呼んでいるのかもしれない。セエレーアでの出来事なら、その可能性が高いだろう。
「教えてくれた、の?」
「うん。突然あたしの前に出てきて歌ったの!同じように歌おうとしたらもう1回歌ってくれて、そうやって練習した」
「へぇー…」
6人の目に不明瞭な色が浮かんだ。
「そういや、お姉さん達はなんでここに?」
カーラはこてんと首を傾げた。
「えっと…」
「セエレーアガラスの取れる所を見に来たんです!カーラさんはこの辺りで洞窟とか見かけましたか?」
ウィンディがニコニコと聞く。
「綺麗な石がキラキラしてる洞窟ならあっちで見たよ!」
ぱああっと顔を明るくして、カーラはボートの進む先を指さした。
「あら、じゃあちょうど良かった!案内役で貴方も来てくれる?」
「うんっ!」
〇
ざざあ、と音がして、ゆっくりとボートが湖畔に乗り上げた。
古びた木の門で閉ざされた岩穴が見える。カーラはひょいっとボートから降り、岩穴を指さした。
「ここ!」
「へぇ〜」
クロスが扉に歩み寄って押そうとする。だが、それは鍵がかかったように動かない。
それを見たカーラが扉に触れると、ぎい、と音を立ててそれは開いた。
「火属性じゃないと開かないの?」
「うーん、分かんない!」
少しおどけてみせて、彼女は洞窟の中に入っていく。
「こっちこっち!」
不思議に思いながらも、6人はついて行くことにした。
奥から少し湿気た涼しい風が吹いてくる。
それが髪をなびかせて行く。いつの間にか汗は引いていた。
「わっ!」
カーレスが声をあげて、洞窟の岩壁に触れる。そこには、透き通った欠片が埋め込まれていた。ふと周りを見てみれば、同じような欠片がキラキラと光を反射している。
「こんなに残ってたんや…!!」
「水属性の結晶がこんなところにまだあるなんて…」
感嘆の声を漏らしながら、皆近くのセエレーアガラスに触れた。
「あっ、取れた」
そう言ったファルルの手に、手のひら大のガラスの欠片が乗っている。ルーチェが少し光魔法を出してかざしてみれば、セエレーアガラスの特徴である水面のような光が漏れる。
「本物だ…!」
欠片を囲む6人の耳に、また歌声が聞こえてきた。
ぱっと、先に進んで行ったカーラの方を見る。だが、彼女はいなかった。
「カーラ?」
「奥か」
顔をすぐに曇らせた皆は奥へ走った。
段々と周りの空気が熱を帯びていく。
パチパチという音が聞こえてくる。
皆が足を速めれば、道の曲がり角が何か光に照らされているのが見える。
目の前に、燃え上がる炎が現れた。
その炎の中心にカーラが立っている。
「カーラ!!」
呼びかけても彼女は気づかない。
ソラが水を纏わせた刀を抜いて、炎を切り裂く。
水が炎に当たるジュッという音がしたが、まだ燃え上がったままだ。
再び構えたソラの肩に手が置かれた。
ファルルが炎を前に生き生きとした表情をしている。
「せやな」
ソラはそう呟いて1歩下がった。
堂々とその場に立ったファルルは、カーラの歌の指揮を執るように片手を上げる。
段々と炎が静まって―――人の形になっていった。
「バレてしまいましたか」
その人型の炎は女性の声でそう言い、オペラの如く大きく歌い上げてふっと消えていった。
それと同時にカーラの身体は糸が切れたように地面へと倒れた。
〇
「ん……あれ…?」
「おはようございます、カーラさん」
「あたし……」
やけに寝心地の良いベッドから身体を起こす。周りを見れば、先程まで一緒に洞窟にいたはずの6人が自分を覗いていた。
「身体は大丈夫?」
「……うん…」
喉に痛みが走って上手く声が出ない。
「喉痛い?」
こく、と頷く。それを見た、村で見たあの彼女が後ろのテーブルに体を向けた。
またこちらを振り返ると、手の白いマグカップから湯気が出ている。
「はい。喉に良いから飲んでな。熱いから気をつけて」
また頷いて、マグカップを受け取る。じわ、と熱さが手に伝わってきた。1口飲むと、レモンと蜂蜜の香りが口いっぱいに広がった。喉に熱さが沁みていく。夏のはずなのに、それがとても心を落ち着かせた。
「ここでゆっくりしていてくださいね」
そう言って6人は部屋から出ていった。
部屋から出た彼女らは、ティーセットの用意されたベランダに向かう。
「これで一気に解決やな!」
カーレスが明るく言う。
「セエレーアガラスも、あの子をああした元凶も、あの洞窟に居るとはな〜」
よいしょ、とウィンディはベランダの扉を開けた。皆、目に飛び込んだ眩しい光に目を瞑る。ゆっくりと瞼を開けると、山へ太陽が沈んでいっていた。
「こんな時間になるとは」
「でも今日は1日大冒険やったね」
「移動距離はとんでもないよな」
燃える太陽を横目に、ちょっと遅めのアフタヌーンティーの席につく。そして、今日のことについてしばらく語り合った。
結局この一連の出来事は、カーラがあの洞窟に住み着いていた悪戯好きな火の精霊に好かれて火の歌を教えてもらい、その歌という名の呪文を歌うようになり、取り憑かれ、あの不審火を招いた、ということだった。
セエレーアガラスは思ったよりずっと多く手に入った為、ファルルとカーレスの手によって素晴らしいシャンデリアになった。今、彼女らの下の庭で着々とガーデンパーティーの準備が進んでいる。今回はカーラの住むセネ村の人々も特別招待をしている。少し会場と距離がある為、馬車も派遣された。
〇
「――では、夏の訪れを祝して」
頭上で揺れる琥珀色の祝杯。
「ガーデンパーティーを…始めましょう!」
軽快なガラスの音が響く。
テンポの良い音楽が流れ出して、毎夏恒例のガーデンパーティーが始まった。
蔦とランタンのパーゴラで覆われた広大な庭の中央には、輝く果実を付けたような木のシャンデリアが飾られている。
周辺住民も、夏の旅行で訪れた国民も、もちろん国王や王妃、令嬢6人も、わいわいとドリンク片手に話したり音楽に合わせて踊ったりしていた。その中には、すっかり元気になったカーラもいた。母親と一緒に、弾けるような笑顔で楽しんでいる。この別荘に置いてあった昔のファルルのドレスが気に入ったようで、着せてもらった時は本当に嬉しそうだった。今も、くるくると回りながら裾を摘んで楽しそうだ。
「無事疑いも晴れて良かったね」
「せやな。まあ、疑いはある意味事実やったけど」
「でもカーラも覚えてないみたいやしいいんじゃない?」
あの後また部屋に行って話を聞いてみたものの、精霊や歌については覚えていなかった。ただ、歌を歌うのは好きだと言っていた。村人達も少女に何か言うわけでもなく、パーティーを楽しもうと声を掛けた。
「精霊が教えた呪文の歌か……学園の先生に言ったら興味示してくれそうやなぁ」
「やね。研究にはぴったりの題材やと思うで」
「夏休み明けたら言ってみっか」
「その前に会う機会あると思うけどな」
「嫌や〜〜」
こうして彼女らの避暑旅行は幕を開けた。
全く始まりから騒々しい限りである。
「まだ暑かった頃に書き始めたんです!」と言い訳しようとしたら暑くなったーやったー、と言おうとしたらもう秋飛ばして冬ですね、みんとです。
そうやって3ヶ月ぐらいゆるゆる書いてました。
楽しんで頂けたら…そしてコメントとか頂けたら幸いです。
最後まで読んでくださりありがとうございました(ㅎᴗㅎ )