姉上が英雄なんだけど働かないし意味不明なことを言うんだがどうしたらいいんだ その3
屋敷の中にあるエリス専用の書斎。そのデスクにエリスが座っている。前には大量の書類がある。
「姉上。とにかく父上が屋敷にいる間だけでも少しくらいは貴族の仕事をしてください。姉上の判子が無いと進まない物事というのが沢山あるのです。今現在土地所有による管理がうまくいっているのかもしれませんが、このまま放置しておくとそれもままならないことになるかもしれません」
「えー、これって貴族令嬢がやることじゃないでしょ? もっとお茶会開いて他の令嬢とのほほってやるものでしょ? 何で霊界の偉くて小さい人みたいなことやらないといけないの? そのネタって今伝わると思ってるの? 今20××年だよ?」
「分けわからない事をいきなり言うのはやめろって言ってんだろ! じゃなかった……落ち着け……そもそもこういう仕事は次男以下がやるものであると姉上もご存じでしょう。もっとも、姉上は英雄なのですから式典を回られたり茶会を開いたりすればいいのでしょうけど、そもそも全部断っているのは姉上の方でしょう」
「だって人多いじゃん? 引き籠りニートを嘗めないでくれる?」
「ですから! 姉上でも出来る仕事にしたのでしょ! 幸い仮にも姉上は天才なのですからこれくらいの文書を読んで正当性があるものかを判断して判子を押すくらいのことは造作もないでしょ! とにかく、せめて父上がいる時だけも真面目にやってください!」
「しょうがないなあ……」
ブツブツ文句を言いながらもエリスが書類に目を通しながら判子を押し始めた。
「今日中に出来なくてもいいですからちゃんと読んでやってください。後で見に来ますからね」
「はーい」
扉から出る直前、一度アルフォンスは振り返る。一応エリスは真面目にやってるようには見える。
そして廊下を歩きながら呟く。
「まあ……大丈夫だろう。姉上は天才だし根は真面目だ……しかし大丈夫なのか? あの姉上だぞ? 見張るべきか? まあ……ここは、まあ……」
~1時間後~
不安でまともに自分の仕事が出来なかったアルフォンスは、そっと扉から書斎を覗く。
大量の書類を前に真面目に書類を見て判子を押すエリスがいる。
まあ、大丈夫だろうとそっと扉を閉めた。
~2時間後~
不安でまともに自分の仕事が出来なかったアルフォンスは、そっと扉から書斎を覗く。
大量の書類を前に真面目に書類を見て判子を押すエリスがいる。
~3時間後~
不安でまともに自分の仕事が出来なかったアルフォンスは、そっと扉から書斎を覗く。
大量の書類を前に真面目に書類を見て判子を押すエリスがいる。
まあ、大丈夫だろうとそっと扉を閉めた。
~4時間後~
不安でまともに自分の仕事が出来なかったアルフォンスは、そっと扉から書斎を覗く。
大量の書類を前に真面目に書類を見て判子を押すエリスがいる。
まあ、大丈夫だろうと……
(……おかしいくないか?)
不意にアルフォンスに電流走る。
まず扉を開けたことにエリスが気がつかないわけがあるだろうか? それに数時間と書類の量に変化が無い。天才のエリスがこんなにスピードが遅いわけがない。いや、そもそもあの惰眠を貪り続けてるあいつがこんなにも集中力が続くものか? 真っ先に文句の一つくらい言ってくるんじゃないだろうか?
扉を開けてもエリスは反応一つせず、うんうん唸りながら判子を押している。黙ってアルフォンスは近づく。そして、書斎に手を伸ばして見る。
すると、すぐに水面のような波紋が立った。
「しまった! 魔法だ! 姉上はこの瞬間のために新しい魔法を生み出していた! 『仕事をやっている幻影を映す魔法』だ!」
水面に飛び込むようにデスクへと駆け寄ると本来の姿が映し出される。
誰もいない。そこには判子の押してある書類と押していない書類で分けられている。さっとみると、既に妥当性がある案件か無い案件かで分けられているようだ。
つまり、『姉上は既に仕事を終えて、幻惑の魔法を使い仕事中に見せ、何処かにいってしまっていた』。
「……あの野郎!」
怒りのあまり手にしていた判子の押されていない書類をアルフォンスは真っ二つに破った。