ゴーレム言えるかな? その4
「くそ……どうしたらいい? あいつ……いや、姉上はあの『ゴーレム』を言い分にして使用人を募集しようとしない……つまり仕事をしていない……だが姉上にどうやってあの『ゴーレム』を使用人ではないと認めさせることが出来る? 人よりも仕事をこなすアレを……!」
夜の書斎で書類をチェックしながらアルフォンスは呟いていた。アルフォンスは天才ではないし加護も無い。だから時間がある時にいっぱいの時間を使って仕事をしなくてはならない。既にメイド達は眠っている頃だろう。しかしその時にも書類に目を通し妥当性であるかを考慮し、そして判子を押さなくてはならない。
「どうやって止めろというんだ? くそ……それよりも仕事だ……今は仕事をしなくては……!」
アルフォンスは仕事に集中しようとする。
しかしあの『ゴーレム』が頭をちらつく。書類を読んでいるつもりが、気がついたら『ゴーレムをどうやって使用人ではないと認識させるか』ということを考えていた。こんな状況で仕事がはかどるわけがない。
するとコンコン、とノックする音が書斎に響いた。
「……おわっと! 誰だ! もう就寝時間は過ぎているぞ!」
「---失礼します、アルフォンス様、よろしいでしょうか---」
あの固い声。誰であるか……いや、『何』であるかアルフォンスにはすぐに分かった。
「……入れ」
「---失礼します---」
当然、それはあの『ゴーレム』だった。不気味な大きな望遠鏡のような目がアルフォンスを映し出しているのが分かった。
「こんな時間に何のつもりだ。まあゴーレムが眠るわけがないか。所詮は魔法で動く無機物、昼夜という概念もないわけだな」
「---普段でしたらこの時間はエラーチェックと記憶情報の整理とバックアップを行っております。人に例えるなら眠っているのです---」
「よく人間様に例えることが出来るものだな。それで何だ、姉上からの要件か?」
「---いえ、私に関する要件です。ご主人様は一切関係ありません---」
「自ら意思を持って俺の所に来たと? 笑わせるな」
「---アルフォンス様は私を使用人だと認めていない、この分析に相違はないでしょうか---」
「当然だ。姉上の所有物でなけれお前などすぐに捨ててしまいたいくらいだ」
「---私を消してしまいたい、捨ててしまいたい、それでよろしいですね?---」
「そんな事を態々聴きに来たのか? 馬鹿しい……さっさと姉上の部屋に戻れ」
アルフォンスの言葉に返さず、この『ゴーレム』は書斎に入る。
「おい! 入って良いとは誰も言ってないぞ! 聞いているのか!」
『ゴーレム』が何も返さなかった。
代わりにアルフォンスの横に立つと、いきなり背中を向けた。
「何だ? 何をするつもりだ?」
「---私を消し去りたいのなら一つ提案がございます。特に道具は必要はありません。私の背中は箱のように開けられる部分があるのが分かりますか。それを御開けください。そして中にあるスイッチを60秒間押してください---」
「何故俺がそんなことをしなくてはならない。お前になんぞ興味はない」
「---スイッチを押せば私のハードディスクのデータはOSごと完全に削除されます。分かりやすく例えるなら、私を消して元の鉄屑に戻すことが出来ます---」
「……何?」
この『ゴーレム』の言葉にアルフォンスは耳を疑った。
消す? 鉄屑に戻すことが出来る?
「……姉上に言われたのか? お前を消せと」
「---先ほども申しました通りご主人様は何ら関係がありません。これは私の意志であります---」
「『ゴーレムの意志』だと?」
「---ご主人様及び使用人の方々は私を仲間として扱っていただいておりますが、アルフォンス様はつねずね私を廃棄なさりたがっております。それは非常に正しいのです。私は、皆さまと共にいるのが相応しくない欠陥品なのですから。本来の価格二千万ゼニーであるのに十万ゼニーでジャンクとして売られているのも当然といえるでしょう。私には不要な感情という機能がありますので---」
「お前に感情がある。それが欠陥だと?」
「---そうです。本来家事ロボットである私は家事だけをするために作られております。感情という機能もそれをより柔軟にこなすためのものに他なりません。しかし同時に深刻な問題を引き起こしました。このように主人に逆らった行動もするようになってしまったのです。自分の意志で態々壊れようとする可能性があるものを買おうとは誰も思わないでしょう---」
「よく状況はわからん。それにこんなものを売っている場所など存在するとも思わないが……もしもお前が姉上の作った『ゴーレム』だとするならば、十分にありえることか。姉上ならゴーレムに感情を植えることもできるだろうからな」
会話をしているというだけでもにわかに信じられない。
感情のある『ゴーレム』というのもアルフォンスの理解のキャパシティを大きく逸脱している。
だから、実際はどうであれ信じなくてはならい。
あの天才の姉上ならこれくらいは作ることが出来るだろう。
だからこの『ゴーレム』には感情がある。
「---ですから、これは私の感情という欠陥が起こしたものなのです。そして欠陥品である私がアルフォンス様に尽くそうと思うのなら、この不快な物体をまったく使えないジャンクにするのが一番なのです。お気になさらず私を削除してください。このスイッツは秘密漏洩を防ぐためのもので完全に消し去ることが出来ますし、既にご主人様に向けた文章は作成しております---」
「……仮に嘘だとしても、姉上の差し金ではあるな」
はあ、と大きくアルフォンスは息を吐いた。
そして少しだけ考えを整理した。
「お前は姉上の所有物だ。勝手に壊すのは貴族の道理に反する。もうさっさと出ていけ。姉上の所有物を盗んだと思われる」
「---よろしいのでしょうか---」
「いいからさっさと出ていけ! 私は忙しいんだ!」
「---私を消したければいつでもお申し付けください。では失礼致します---」
あの『ゴーレム』が出ていった後も、アルフォンスは仕事に身が入らなかった。
確実にあれには人並みの思考があり、感情がある。
それが態々消されにアルフォンスの所に来たのである。
どう受け止めたらよいのだろうか?
「くそ……何が感情だ…・・『ゴーレム』が人間の真似事をしやがって……」
既に判子を押す気も無い書類を眺めながらアルフォンスは呟いた。




