his side 俺の問題
朝。目覚めると、既に八時を回っていた。始業の時間は、九時。このままなら、始業の時間には学校につくだろう。
しかし、それは俺が部活に入っていなかった場合の話だ。俺の入っている陸上部は、有力で全国的に強い部類にはいる。駅伝とかでも上位に成るほどだ。
結構有名なコーチがいたり、練習場も充実しているし、部内の雰囲気も悪くない。他の部活みたいに上下関係もそこまで厳しくない。多分、他の部活に比べたらいい環境と言えるだろう。
しかしその分、ルールや決まり事にものすごく厳しい。破ったら、口では言えない程の厳しい罰が待っている。
その中でも、もっとも怖い『十戒』と言う掟がある。コーチが定めた、十箇条の禁忌をさす。
それは、普通に特別何かしなくてはいけないものではない。人間で最低限守らなくてはいけないこと。勿論、その中に『遅刻厳禁』というのも入っている。
つまり、このまま学校に行くと、恐ろしい鬼とその部下達が俺にきつい天罰を下すだろう。グラウンド五十周、とか。腕立て三千回、とか。確実に一日では、終わらないようなきついものが。
そういえば、先輩がいってたっけ。
「十戒だけは、破らない方がいいぞ。あれで部活辞めた先輩いたから。」
って。
確実に、人の精神を狂わすペナルティー。しかも、破壊力がある・・・。
「今日、さぼろうかな。」
そんな事をぼんやりと呟くと、昨日の出来事が頭の中を駆けめぐった。
女の子に、しかも結構仲の良い子にあんな風にキレられると思わなかった。あんな睨まれたの、初めてだ。
「間が悪るすぎだ。」
そんな言い訳、本人の前で通る訳がない。それ以前に信じてなんて貰えない。まあ、友人とはいえ、まだ一ヶ月足らずの中だ。相手の事をよく知らないし、相手だって俺のことだってよく分からないだろう。
大体、・・・
「克也ー!遅刻するわよ!」
考え事をしていると、母親からそんな声が聞こえた。
こんな事しているなら確かめろ、ってか?
そんな風に神様が言っている様な気がした。
学校に着くと、まずコーチから説教された。香坂の事で頭がいっぱいだったから、すっかり忘れていた。平謝りをして何とか説教を終わらせ、教室に入るとまずあいつが目に付いた。
「あれ、香坂は?」
なんとなくこう来ると思った。
香坂は、友達らしい人が俺ら以外にいない。あの性格だ。なんだか、分からないでもない。が、それは外で有って中ではない。きっとクラスメートは、口調やらなんやらで勝手に決めているのだろう。
俺らはそうでもないが、きっと他の奴らは変人とでも思っているのだ。
そう思うと、怒りがこみ上げてきたが、ぐっと堪えた。
「・・・まだ、怒ってるみたい?」
俺らしくない。それだけだ。
「どうやら、そうみたいだね。」
「どうするよ?」
俺が彼に尋ねる。正直、俺には良い案が浮かばない。
「選択肢は、三つ。一つ、香坂を見つけて謝る。」
「おう。」
ちょっと、緊張気味してきた。俺にやれることがあるのか心配だ。
「二つ、帰ってくるのを待って謝る。」
そういうと、目の前の男が、目をつぶる。最後は選択したくない選択肢。そういうと、俺は直感した。
「・・・三つ目は、何もしない、だな。」
そういうと、彼は頷いた。
「うん。個人的に、三つ目はないよ。」
そんな選択肢、俺は絶対に選ばない。あいつだけは、一人にしてはいけないような、そんな風に思わせる何かがあったから、だ。
「それもそうだよな。俺らに、悪気がないとはいえ、香坂を傷つけたのは事実だし。」
「で、どうする?ここで、待っているか、行くか。」
彼は、そう聞くと柔らかな笑みを浮かべた。俺の言う答えが分かっているように。
「それは・・・」
俺は、笑い返し
「行くに決まってんだろ?」
と、言った。
あいつの場所は、何となく予想が立っていた。学校じゅうにいる生徒からも、教師からもばれずずっといられる場所。つまり、誰にもばれないで、校内にいられる場所。
そんな場所、この学校にそうそう無い。あったとしても、ここに入学して一ヶ月程度、そんな場所簡単に見つからない。見つかったとしても、そこは隠れ場所としてメジャーな場所。・・・つまり、屋上。
俺は、勝手に推理して屋上に向かった。俺の頭で導かれた回答は合っていた。
屋上にいくと、小さな声が聞こえた。
「えっく・・・ひどいぞ、あいつら。私だけ・・・仲間外れじゃないか。あんな風に思っているなんて。」
彼女は泣いていた。一人で。誰にも見られない様に。きっと、昨日は我慢してたのだろう。
まさか、ここまでショックな事だったのだと、俺は思っても見なかった。精々、俺らを無視する。とか、その位だと思っていた。でも、それは違った。ただの思いこみ。彼女は、一体何を思っているのだろうか?
悲しみ?憎しみ?それとも怒りか?
何一つ出来ない上に、傷つけて泣かしてしまうなんて、俺は・・・。
彼女が泣きやむのを確認して、俺はあいつに電話を掛けた。
「もしもーし」
俺は、出来るだけ陽気に。
『はい、二木?』
あいつは、すぐにでた。きっと、鈍いから何も分からないだろう。
「うん、見つけた。屋上。本読んでた。俺に気付いて無いようだから、早く来て。」
沈む気持ちが押さえられない。だが、沈んでいいのは、彼が来るまでの間だけ。
『わかった、いますぐいく。』
一時間目始まりのチャイムが鳴っている。けど、彼は気にせず来てくれる。当たり前の様に。
「お、来たか。」
彼は、すぐに来た。息を切らしていて、全力出来たことが分かった。
「まあね、僕が原因だし。」
息を整え、そう言った。
「どんまい。」
それしか、言えなかった。
「・・・じゃあ、いきますか。」
少しして、俺はドアノブに手を掛けた。