表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。

地球は青かった

作者: 四見はじめ

 俺は薄暗い部屋で、スマホを寝っ転がって見ていた。


 部屋にはゴミが散乱し、あちこちに使いかけの生活品が転がっていた。大学の教科書もずっと前からそこら辺に埋もれている。

 散らかった物を枕にして、俺はスマホを見上げながら、ソシャゲのガチャにつぎ込む金が尽きたことに気づいた。

 今すぐコンビニへ行って追加資金を購入してもいいが、外に出るのがひどく億劫であった。

 俺は少し考えて、ソシャゲから、まとめサイトに画面を移す。そうして少しでも面白そうな話題を探しながら、時間を潰した。スマホの光だけが、ずっと俺の顔を照らしている。

 今月の仕送りの残額を思い出そうとして、月の半ばだというのに、随分と金を使い込んでしまったことに思いを馳せる。

 俺は大学へ行くのもそこそこに、親からの仕送りをガチャに溶かし続ける生活を続けていた。一日中部屋に引きこもっていることも多い。

 

 「どうしてこうなったかな……」


 俺は自嘲気味に笑って、スマホの画面に目を細めた。


 「まあ、特別な理由なんてないけどさ」


 まとめサイトを観覧し続けて、ふと、一枚の画像に目を留める。

 明るい陽の光と海が映った、見ていると眩しくなってくる癒しの画像だった。この部屋の薄暗さから、一層その画像の明るさが際立って見える。


 ……そういえば、俺の故郷にも、海があった。

 俺は、進学のために上京してから、ろくに実家へ帰っていない。だから、久しく海を見ていないことになる。

 画像の海は、透明感のある淡い色彩で形作られていた。空はそれより少しだけ薄い色で上に広がり、遠く向こうの海平線で、空と海との境目が描かれている。とても開放的な景色だった。

 俺は、間抜けに口を半分くらい開けながら、その画像を眺め続けていた。




 俺は眩しい陽射しの下で、砂浜に立つあの子にカメラを向けていた。

 あの子は惜しげもなく白い歯を見せて、快活に笑った。


 「夢があると人生は豊かになるんだって」


 あの子はサンダルでペタペタと砂浜に足跡をつけていた。

 波が押し寄せて、あの子の足跡が次々と消されていく。負けじとあの子は、海と砂浜の縁を両手を広げてペタペタと歩き続ける。あの子の後に足跡が続いていく。

 

 「素敵な夢があるといいよね。聞いただけで皆がほっとするような夢」


 俺はカメラを右手に持って、ただただあの子の後ろについていった。

 地面から熱気が漂い、空からの陽射しに俺の体が照り付けられる。俺は眩しくなって、左手をかざして陽の光から目を匿う。

 

 「私たちにも、そういうのあったらいいよね」


 歩いていたあの子が俺に振り返る。

 陽射しがあの子を照らす。砂浜があの子を印象付ける。帽子があの子を陽射しから守る。


 俺は返事をするのも照れ臭く、代わりにカメラをあの子に向けて、俺の立っている位置をずらす。

 それを見たあの子は笑って、俺に向かって元気よくピースをする。

 

 綺麗な空と海を背景に、あの子の写真を撮った。




 俺は薄暗い部屋で、手を伸ばしていた。

 いつの間にかスマホが胸の上に落ちている。俺は散乱するゴミの上で、何をするでもなく寝転がり、天井に向かってただ手を伸ばしていた。

 薄暗い部屋の中で、腕と手と指の輪郭がぼんやりと見える。


 薄暗い部屋の天井を際限なしに見続ける。


 ああ、あの頃の海は、本当に……


 「……青かったなぁ」


 俺は、苦々しく呟いた。




 俺は明るい陽射しの下で、海に向かってカメラを向けた。

 構図を凝るのもほどほどに、ありのままの綺麗な海と空を捉えた。


 海から響くような波の音が聞こえる。頬に塩くさい風が吹きつけてくる。


 俺は、立っているのがしんどくなって、砂浜に腰を下ろした。

 手を砂浜に下ろすと、砂が熱くて反射的に飛び跳ねた。手をさすりながら、俺はため息を吐く。


 陽射しが眩しくて、持ってきた帽子をかぶる。

 改めて海を眺める。目一杯に海だけが左右に広がって、果てのない光景を俺に見せた。


 「……お前も十分青いぞってな」


 俺は煙草を懐から取り出して、口にくわえて火をつけた。

 思いっきり吸い込んで、思いっきり吐く。


 そうやってじっと座り込んで、物思いに耽っていた。


 しばらくしていると陽が落ちて、夕日が海を赤く染めこんだ。

 俺はそれに気づいて、すっかり味のしなくなった煙草を携帯灰皿に入れて、難儀そうに立ち上がる。


 なんとなくカメラを構えて、夕日の落ちた海をパシャリと写真にとる。


 「……こういうのもいいな」


 俺はしばらく立ち止まって海を眺めてから、口笛を吹きながら車に戻った。

 

 「大したことじゃないさ」


 俺はそう独りごちて、家に向かった。


評価をするにはログインしてください。
この作品をシェア
Twitter LINEで送る
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ