地球は青かった
俺は薄暗い部屋で、スマホを寝っ転がって見ていた。
部屋にはゴミが散乱し、あちこちに使いかけの生活品が転がっていた。大学の教科書もずっと前からそこら辺に埋もれている。
散らかった物を枕にして、俺はスマホを見上げながら、ソシャゲのガチャにつぎ込む金が尽きたことに気づいた。
今すぐコンビニへ行って追加資金を購入してもいいが、外に出るのがひどく億劫であった。
俺は少し考えて、ソシャゲから、まとめサイトに画面を移す。そうして少しでも面白そうな話題を探しながら、時間を潰した。スマホの光だけが、ずっと俺の顔を照らしている。
今月の仕送りの残額を思い出そうとして、月の半ばだというのに、随分と金を使い込んでしまったことに思いを馳せる。
俺は大学へ行くのもそこそこに、親からの仕送りをガチャに溶かし続ける生活を続けていた。一日中部屋に引きこもっていることも多い。
「どうしてこうなったかな……」
俺は自嘲気味に笑って、スマホの画面に目を細めた。
「まあ、特別な理由なんてないけどさ」
まとめサイトを観覧し続けて、ふと、一枚の画像に目を留める。
明るい陽の光と海が映った、見ていると眩しくなってくる癒しの画像だった。この部屋の薄暗さから、一層その画像の明るさが際立って見える。
……そういえば、俺の故郷にも、海があった。
俺は、進学のために上京してから、ろくに実家へ帰っていない。だから、久しく海を見ていないことになる。
画像の海は、透明感のある淡い色彩で形作られていた。空はそれより少しだけ薄い色で上に広がり、遠く向こうの海平線で、空と海との境目が描かれている。とても開放的な景色だった。
俺は、間抜けに口を半分くらい開けながら、その画像を眺め続けていた。
俺は眩しい陽射しの下で、砂浜に立つあの子にカメラを向けていた。
あの子は惜しげもなく白い歯を見せて、快活に笑った。
「夢があると人生は豊かになるんだって」
あの子はサンダルでペタペタと砂浜に足跡をつけていた。
波が押し寄せて、あの子の足跡が次々と消されていく。負けじとあの子は、海と砂浜の縁を両手を広げてペタペタと歩き続ける。あの子の後に足跡が続いていく。
「素敵な夢があるといいよね。聞いただけで皆がほっとするような夢」
俺はカメラを右手に持って、ただただあの子の後ろについていった。
地面から熱気が漂い、空からの陽射しに俺の体が照り付けられる。俺は眩しくなって、左手をかざして陽の光から目を匿う。
「私たちにも、そういうのあったらいいよね」
歩いていたあの子が俺に振り返る。
陽射しがあの子を照らす。砂浜があの子を印象付ける。帽子があの子を陽射しから守る。
俺は返事をするのも照れ臭く、代わりにカメラをあの子に向けて、俺の立っている位置をずらす。
それを見たあの子は笑って、俺に向かって元気よくピースをする。
綺麗な空と海を背景に、あの子の写真を撮った。
俺は薄暗い部屋で、手を伸ばしていた。
いつの間にかスマホが胸の上に落ちている。俺は散乱するゴミの上で、何をするでもなく寝転がり、天井に向かってただ手を伸ばしていた。
薄暗い部屋の中で、腕と手と指の輪郭がぼんやりと見える。
薄暗い部屋の天井を際限なしに見続ける。
ああ、あの頃の海は、本当に……
「……青かったなぁ」
俺は、苦々しく呟いた。
俺は明るい陽射しの下で、海に向かってカメラを向けた。
構図を凝るのもほどほどに、ありのままの綺麗な海と空を捉えた。
海から響くような波の音が聞こえる。頬に塩くさい風が吹きつけてくる。
俺は、立っているのがしんどくなって、砂浜に腰を下ろした。
手を砂浜に下ろすと、砂が熱くて反射的に飛び跳ねた。手をさすりながら、俺はため息を吐く。
陽射しが眩しくて、持ってきた帽子をかぶる。
改めて海を眺める。目一杯に海だけが左右に広がって、果てのない光景を俺に見せた。
「……お前も十分青いぞってな」
俺は煙草を懐から取り出して、口にくわえて火をつけた。
思いっきり吸い込んで、思いっきり吐く。
そうやってじっと座り込んで、物思いに耽っていた。
しばらくしていると陽が落ちて、夕日が海を赤く染めこんだ。
俺はそれに気づいて、すっかり味のしなくなった煙草を携帯灰皿に入れて、難儀そうに立ち上がる。
なんとなくカメラを構えて、夕日の落ちた海をパシャリと写真にとる。
「……こういうのもいいな」
俺はしばらく立ち止まって海を眺めてから、口笛を吹きながら車に戻った。
「大したことじゃないさ」
俺はそう独りごちて、家に向かった。