再会
イケメンさん、七ツ屋創多くんは中学校の三年間ずっと同じクラスだった、ちょっと地味なタイプの男の子。体型は当時から大きく変わった様子はなく、標準か少し痩せ型。群れるでもなく、体育とか動かざるを得ないとき以外は大人しくしていて、なのになぜか周囲から人が集まる人気者。趣味としては偏見されがちな類いのアニメが好きでもそれを隠さず、同じ趣味の男子からは特に好かれていた。私も七ツ屋くんとはよく他愛ないおしゃべりをしていた一人で、地味だけれどそれだけではない、何かカリスマ性を感じていた。
成人式で会ったときはまだ中学時代の面影が色濃かったのに、6年間ですごく変わったなぁ。
「おやおや、同窓生さんかい?」
「はい。中学時代の。彼女は明るく気さくで毒気なく、一人ひとりのことをよく見ていました」
七ツ屋くん、そんな風に思ってくれてたんだ。褒められるとなんだか嬉しい。
「あの、電車揺れますので、一区間だけでもどうぞおかけください」と七ツ屋くんは私への褒め言葉に続けておばあさんに着席を勧めた。
「おやそうかい、ありがとねぇ」とおばあさんは七ツ屋くんが空けたシートにゆっくり腰を下ろした。私も七ツ屋くんに促され、一度立ち上がったシートに再び着席。
言う通り、動き出した電車は低速で駅を出てすぐ、ポイントを通過して大きく揺れた。
次の大船までの間、私たちはおばあさんのお話をにこにこしながら聞いていた。やり残したことを少しでもなくすため、昼間はずっと気になっていながら行かずにいた渋谷と原宿を満喫していたという。服やクレープもワンダフォーだったけれど、大きなカラフル綿菓子は個人的にミラクルワンダフォーだったという。
若者の街に一人で飛び込むなんてすごいなぁ……。
言葉通り、おばあさんは大船駅で降り「ありがとねぇ」と電車が走り始めるまでホームに立って私たちを見送ってくれた。
私も他の人たちの乗降が済んだタイミングで席を立ち、七ツ屋くんとドア越しに、おばあさんが見えなくなるまでひらひらと手を振った。
七ツ屋くんは相変わらず人に好かれるんだなと、中学時代の日々がきのうのことのようによみがえる。
「どうしたの? 昔みたいな元気がないっていうか、すごく疲れた顔してるよ?」
席が空き再び七ツ屋くんが座ると、少し間を置いたところで七ツ屋くんに心配された。
「昔かぁ、そうだね。昔は毎日が楽しければ良かったんだけど、それを妄信して‘楽しい’だけの日々を送っていたら壁にぶち当たったと申しましょうか……」
全部自分がいけないんです。自業自得なんです。
「そうか、大変なんだね。僕で良かったらなんでも話して。聞くくらいならできるから」
「うん、ありがとう」
七ツ屋くんは昔からこうして、人の心にスッと入って来る。やっぱりこの人は七ツ屋くんなんだと、このとき私は中学時代の見るからにオタクっぽい七ツ屋くんと、いま隣に座るイケメンさんが同一人物だと最終確認した。
「七ツ屋くんはいま、何してるの?」
どこかの大企業にお勤めかな? それとも公務員?
「あー、えっとー、お恥ずかしながらフリーターを。内灘さんは?」
ばつが悪そうに、七ツ屋くんはためらいつつ言った。
意外。七ツ屋くんのカリスマ性があれば会社で好成績を叩き出したり、起業してオリジナリティーのある人生を送れそうな気がするんだけどな。
ここで紫音ちゃん姿が脳裏に浮かんだ。企業人として生きるだけが人生じゃないんだよと思う私は企業人。
やっぱりフリーターという身分はコンプレックスになるのかな?
「私は小杉のオフィスで事務職。なんだか日々が退屈で、最近これからどうやって生きていこうかなって、悩んでるんだ」
でも、正社員になったからって幸せを掴める保証はない。リストラの可能性だってある。ただ厚生年金や社会保険料の半分を会社が負担してくれる点ではとても助かっている。
「目標とかやりたいことが見つからなくて?」
「うん。七ツ屋くんは何かあるの?」
「僕はおじいちゃんが営んでいた蕎麦屋を復活させたいなって。でも知識も技能もないから、いまは恵比寿の蕎麦屋さんで修行中」
「えっ、すごい! おじいさんとお父さん、天国で喜んでるよ!」
やっぱりすごいじゃん七ツ屋くん! 私の目に狂いはなかった! 恋愛対象を見る目は狂ってたけど、そこはこれからどうにかしてゆこう……。
七ツ屋くんのお家は地元の人々が集まる和気藹々としたお蕎麦屋さんで、私たち内灘家も時々おじゃまし、よく他の同級生一家と出くわした。
しかし七ツ屋くんのお父さんは20年前に他界していて、その8年後、私たちが中学二年生のとき、お店を営んでいたおじいさんが病に倒れ、息子さんの待つ場所へ旅立った。これにより後継者がいなくなったお店は暖簾を下ろした。
「だと、いいな」
「大切なお店を孫が復活させようと頑張ってるなんて、嬉しいに決まってるよ! 七ツ屋くんちのお蕎麦、香り高くてのどごし良くて、美味しかったよね!」
「そうだね。あのときは同級生がお店に来たのが照れ臭くて言えなかったけど、御贔屓にしてくれてありがとう」
「いえいえ、ご家族みんな温かくて、すごくいい雰囲気だったよね!」
「あの頃はその良さを理解してなかったけど、いま思えばね。だから僕もあんな風に温かなお店を開けたらなって思うんだけど、資金調達とかまだ色々と課題があって、着々と準備を進めてる」
「そうなんだ。いいなぁ! すごい素敵! お店を開くなんて会社で働いてる私には想像もつかない世界だよ」
本当に素敵だなぁ。人との縁やふれあいは大切だと多くの人が言うけれど、七ツ屋くんのお家はそれを地でゆくお店だった。気さくなおじいちゃんおばあちゃんと、陽気なお父さんお母さん。一家が醸し出す温かな雰囲気は私の人生26年で、あのお店以外では味わったことがない、平成ではとても貴重な空間だったと思う。
新しいお店は七ツ屋くんの手によってどんな風になるのだろう? きっと人の温もりはそのままに、とても素敵なお店になるんだろうな。
「はははっ、そんなことないよ。自営業でも企業でも本質は同じだと思うよ」
「そうかなぁ。企業は指示されたことに加えて、ところどころアイデアを出しながら働く感じだけど、自営業は最初から最後まで自分で考えて、ぜんぶ自分でやらなきゃいけないじゃん」
「それを言うなら、自営業を目指す僕にだって『美味しい蕎麦を提供する』っていうベースはあるよ? 蕎麦は昔から愛されてきた既存のジャンルで、それをどう発展させるかは、チェーン店だって頭を捻らせてる。駅や街の立ち食い蕎麦屋さんが新メニューを発売すると、こんなのもあるんだって驚いたりもする」
「そ、そっか。でもなんだろう!? なんかこう……」
なんだろうなぁ!? 何かが違うんだよ、何かが!!
「ふふふふ」
七ツ屋くんのそれは女の人のふふふふとは異なり、笑いを堪えきれなくて噴き出したときのそれだった。
「え!? なっ、何!? 何かおかしなこと言ったかな!?」
「ううん、声に抑揚が出てきて、少し元気になったかなって」
「わっ、私はいつも、元気、だよ!?」
「目にクマができてるけど?」
「うっ……」
七ツ屋くん、ほんと人のことをよく見てるんだよなぁ。敵わない。色々と。