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アラサー、リア充から転落しました  作者: おじぃ イラスト:mononofu
3/10

不安

「ちょっと言い過ぎたかな」


 母に負担をかけぬよう、私は市内のワンルームマンションで一人暮らしをしている。私がいない分、部屋のスペースが広く取れて生活の自由度も少しは上がっただろう。


 20時、女の私でも片手でひっくり返せるくらい小さなモノクロテーブルの上でテレビもラジオもつけず、ときより自動車や遠くの列車の音が聞こえる程度の静かな部屋でアロマキャンドルを焚いている。


 グレーのクッションを尻に敷きカモミールティーを飲みながら、幼馴染みである綾乃に告げた言葉がキツかったかなと反省していた。好きな人を悪く言われ、さぞ不快だっただろう。


 私が言いたかったのは『復縁はスパッと諦めて新しい出会いを見つけよう』の一言。


 ただ私は乙丸あいつの、綾乃にはやたら気を配るけどその他の人間はどうでもいい、公共の場にいても二人だけの世界をつくって公衆に平気で迷惑をかける自己中心的な性格が大嫌いで、つい彼奴きゃつと生涯をともに歩んだ場合のデメリットを並べ立ててしまった。


 しかし私情を抜いても乙丸と綾乃の相性は本質的に合っていないとは、以前から感じていた。


 乙丸の趣味はスマホやテレビなどのゲーム、少年向けまたは萌え系のアニメや漫画、自動車など。好きな場所は池袋いけぶくろ秋葉原あきはばら川崎かわさき、横浜西口。アミューズメント施設の多い街が好みで、主にゲーセンで遊ぶらしい。


 一方、綾乃も学生時代はアミューズメント施設の多い街が好きだったけれど、現在はアニメや漫画好きは変わらず、ガーデニングやカフェめぐり、色彩散歩などを好んでいる。好きな場所は東京の日本橋にほんばし表参道おもてさんどう、みなとみらい、鎌倉かまくら江ノ島えのしまエリア、地元の茅ヶ崎など。明るくしかし落ち着いた場所を好み、散歩しながら小さなお店に立ち寄って雑貨や服などを眺めては、カフェで一休みするのが好き。


 学生時代になんとなく誰かを好きになってノリで交際へ発展するのは私も経験済み。だけど時が流れるにつれて、趣味趣向が変わる人もいる。綾乃もその例に漏れない。


 高校時代、綾乃はギャルっぽい派手なファッションを好んでいたが、18歳あたりから徐々に落ち着き始め、カジュアルまたはフェミニンコーデにシフトしていった。読書も漫画の他に小説や経営学の本もよく読むようになり、ごく普通に大人の階段を上っていったのだと見ていて思った。


 その頃だ。いつも笑顔を絶やさない綾乃は、もちろん乙丸といっしょのときもとびきり幸せそうに振る舞っていたけど、相変わらず中二的なノリのあいつに、例えば金沢文庫かなざわぶんこが最寄駅だねと綾乃が言えば『ぶ』を『う』に、鎌倉といえば『キャバクラ』と言い換える小中学生男子みたいなあいつに、ウケているフリで作り笑顔をするようになった。


 次第に綾乃の顔は少し歪み、笑顔は病みをはらむようになっていた。


 だけど恋は盲目。乙丸といる時間が至福と、綾乃は信じて止まなかった。周りにいる他の男性など見えなくなるくらい深く深く盲信していて、第三者の私は幼馴染みとはいえ見ていて気味が悪かった。


 二人を引き離したいと何度も思ったけど、そこは私の出る幕じゃない。だから今回、別れてくれて本当に良かったと個人的には思う。


 別れを喜ぶ私の人格は歪んでいるだろうか?


 まぁ、私のことはどうでもいい。今はただ、新たなスタート地点に立った友の幸せを願うばかりだ。




 ◇◇◇




「ふは~っ」


 ゆったり脚を伸ばせるバスタブに乳白色の液体入浴剤を混ぜて浸かり、お腹の中に溜まっていた淀みを吐き出す。波打つ水面にはガァちゃん(アヒルのおもちゃ)がぷかぷか浮かんでいる。


「ガァちゃんは裏切らないね~」


 ちょんちょんとガァちゃんの頭を人差し指で撫でる。


 ガァちゃんとの出会いはもう何歳かもわからないくらい小さな頃、つい最近全店舗閉店してしまった地元のスーパーで毎年開催していた夏祭りの射的屋さん。彼より倍以上のお付き合いになるけれど、日頃からちゃんとお手入れしてあげれば塗装は結構剥がれてもカビは生えない。


 お湯に日頃の疲れや不純物を溶かしながら、白い天井を仰ぎまどろむ。上昇した湯気は一定の高さ、範囲を蚊の群れのようにせわしなく飛び交って、私はなぜかそれに気を取られた。


「あそこまでボロクソに言わなくても……」


 不意に言葉が漏れた。


 10年間も寄り添い合った彼を紫音ちゃんにボロクソに言われ、正直結構傷付いた。


 でもあれは紫音ちゃんなりの優しさで、彼女が言いたかったのは「潔く諦めて前に進もう」ということ。それだけでは私が納得しないから、色々と理由付けしたのだと思う。


 あの感じだと、彼のことは本当に嫌いなんだろうけど。


 人には好みがあるからそれは仕方ない。それより私、これからどうしよう?


 いままでは彼と会うのを楽しみに生きてきたけど、いまの私には楽しみが何もない。楽しみだけじゃない。キャリアも技術も、本当に何もない。このくらいの年齢になると学生時代の同級生や先輩後輩も、多くの人が何か特別なものを持っている。


 ある人は医者、またある人はシステムエンジニア、紫音ちゃんは大手運輸業で人事採用担当をしている、人を見抜くプロフェッショナル。昨夜久しぶりにベッドに座りSNSのタイムラインを眺めみんなの現況を知り、私だけ取り残されていると知ってしまった。


 小・中学校時代に目標を決めた人はそれを達成して次へ、高校時代に決めた人はそろそろ叶う頃、専門学校や大学を出るまで決まらなかった人も年収びっくりの職に就いたり、結婚して子どもを産んだりと、人生という旅路を着実に歩んでいる。




 バカだなぁ、私、すっからかんだ。




 みんなが頑張っている間、私だけ恋愛に夢中で広い世界を見渡していなかった。娯楽的に生きてきただけで、何にも取り組まなかった。楽しかったけど、楽をするだけで自発的に生きる愉しさはない10年間だった。そのツケがいま、回ってきたんだ。


 家族健在で自分も毎日健康に生きている。それだけでも幸せだけど、どこか満たされなくて、心にぽっかり穴が空いた感じ。


 このままずっと職場と自宅の往復を繰り返し、歳を重ねた家族は天へ召されてこの世に残った私は独り寂しく生きてゆく、なんてシナリオが浮かぶ。


 独り身も自由気ままに暮らせるならいいかもだけれど、やっぱり私は温かい家庭を築きたい。誰かと寄り添って、生きてゆきたい。


 もう少しで、その夢が叶うと思ったんだけどな。


 そのとき一つ、気付いてしまった。あんなに冷たい表情を見せる彼の本質に心のどこかで気付いていながらもずっとそばにいたいと暗示をかけていたのは、惰性的に生きていても許されて、子育てできるほどの収入もなく、そのうえ彼をも養わなきゃいけないリスクまで背負っていた根本的な理由は、私自身が寂しがり屋で独りになりたくなかった、ただそれだけのことだったと。


 無自覚のうちに、心が病んでいたのだ。


 思えばきっと、無知な私は知らず知らずのうちにたくさんの人を傷付けてしまったと思う。


 あの子が彼氏にフラれて孤独を抱えていたとき。紫音ちゃんの両親が離婚して人間不信になり、自分も大人になったら同じことを繰り返すかもと怯えていた日々。中学二年の春と卒業式の日、私に好意を抱いてくれた二人の男子の前から、どうすればいいかわからなくて逃げ出してしまったとき___。


 本当に本当に、私はたくさんの人を傷付けてしまったと思う。


 紫音ちゃんには謝罪できるけれど、したからってどうにかなるのかな? 良くて自己満足くらいかな? 他の人には連絡がつかないし、今さら何? って嫌な記憶を蒸し返しそう。


 彼へのある種歪んだ好意を盲信して閉塞的になったのみでなく、他者の心と向き合えなかった大罪はいま、未来への失望と同時に矢羽の雨のように降りかかってはザクザクと胸の奥を突き刺し、全身を、思考を、感情を重く麻痺させている。一度体内に入り込んだそれは、真鍮しんちゅうのように二度と排出されることはなく、私の心をじわりじわりと一生蝕み続けるだろう。


 私の心を___。


 ほら、結局私は今でも自分本位なんだ。


「綾乃~、いつまで入ってんの~? きょう買ってきてくれたリンゴ切り分けといたわよ~」


 扉の向こうでお母さんが早く出るよう促してきた。そんなに長湯してるのかなと思った刹那、お湯がだいぶ冷めていると気付いた。


「は~い、そろそろ出る~」

 お読みいただき誠にありがとうございます!


 先日まで本サイトのユーザー以外にはご感想をお寄せいただけない設定(初期設定)となっておりましたが、それをすっかり失念しており、どなたさまでもお寄せいただけるようにいたしました。大変失礼いたしました。


 またご感想でなくとも、忌憚なき評価ポイントもぜひ投じていただけましたら幸いです。

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