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アラサー、リア充から転落しました  作者: おじぃ イラスト:mononofu


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10/10

◇満開

 4月8日、土曜日。茅ヶ崎に例年より少し遅めの本格的な春が訪れた。


 市内のあちこちで桜が満開という情報を入手した私は七ツ屋くんを恐る恐るお花見に誘ってみた。


 というのも、今日は朝から雨が降っていて、お花見には適さない日だったりする。でも私は満開を楽しめる唯一の休日を逃したくなくて、誘いを断られ単独行動になったとしても桜の名所を散歩しようと決めた。


「ごめんね、雨なのに出てきてもらって」


 けれど七ツ屋くんは電話口で「お花見散歩!? いいね!」と私の誘いを快く受けてくれた。あぁ、ありがたい……!


「ううん、雨の日にお花見なんて、滅多にできないから。って言ってる間に雨は上がったみたいだけど」


「あ、ほんとだ。少し陽が差してきた?」


 窓いっぱいに雨水が付着したハンバーガーショップの窓ガラス。駅前通りに面していて、お昼時を過ぎ客入りはまばら。外を歩く人々は傘を畳み、信号待ちをする路線バスのワイパーは動いていない。


「みたいだね。でさ、描いてくれたっていうイラストが気になって仕方ないんだけど……」


 半月前から勝手に描き始めたお店のイメージイラストがようやく納得できるレベルまで描き上がり、参考までに見てもらおうと七ツ屋くんにお願いして今日、この場に持参していた。


 なぜか七ツ屋くんは視線を窓の外へ逸らし、少し頬を赤らめている。ふふ、イラストを楽しみにしてくれてたのかな?


「うん。つまらないものかもですが……」


 言いながら、私はバッグからクリアファイルに挟んだA4コピー用紙を取り出し、正面に座る七ツ屋くんにそれを差し出した。二人ともハンバーガーとオニオンリングを食べ終え、食後のアイスティーを飲んでいるところ。


 七ツ屋くんはウェットタオルで手を拭いてイラストを受け取り、まじまじと見ている。


 うああ、私の内面や本質を覗かれているみたいで恥ずかしい!


 どうかな、どうかな? 変じゃないかな? ダサくないかな?


 そんな懸念を、七ツ屋くんは以前相談した過去の悩みたちと同様にすぐさま払拭してくれた。


「びっくりした。このイラスト、僕が思い描いてるお店そのものだよ。いや、むしろそれ以上だ」


「ほんとに!?」


「うん。なんだか夢に一歩、近付けた気がするよ。本当にありがとう」


 床、テーブル、座席、柱は明るいユーズドブラックの木材を使用。内壁はシンプルに白としつつも、観葉植物や小道具を配置して有機質にする。お客さんは老若男女幅広く、座席間隔の広いカウンター席も用意して、そこではおひとり様の男子高校生がお蕎麦をすする画にしてみた。


「いえいえ、勝手に描いただけだからっ」


 良かった。イラストを見ながら宝物を手に入れた大人しい子どものようにクスクス笑って、本当に喜んでくれたみたい。


「だから、余計にうれしいんだ。それにこの、ブレザー着て足元の荷物カゴにバッグ入れてるお客さん、高校生だよね?」


「うん」


「高校生が一人で蕎麦屋なんて、思いつかなかったなぁ。僕も高校時代から立ち食い蕎麦屋によく行くようになったけど、あの頃は正直オジサンたちの中で浮いてる感じがして居づらかった」


「あ~、確かにそうかも。でもね、千葉県に我孫子あびこっていう駅があるんだけど、そこの立ち食い蕎麦屋さんが出してる唐揚げそばは男子高校生にも人気なんだって!」


 立ち食い蕎麦、それは正に和のファストフード! 七ツ屋くんのお店はそういうコンセプトではないと思うけれど、大衆性を鑑みるとそこにはきっと何かヒントがあると思って、実際に我孫子駅へ唐揚げ蕎麦を食べに行ったり(女子には結構ボリューミーで食べ切りに苦労した)、他にも日を分けて数駅巡り、味比べをしてみた。また、インターネットで調べたところ、おつゆは関東が醤油ベースに対して関西は出汁ベース。その境界は愛知県の三河安城みかわあんじょう駅なのだとか。三河安城駅で提供しているおつゆはどんな味がするのかな?


「よく知ってるね! 僕も噂を聞いて食べに行ったよ。思った以上にボリュームあって、学生に人気が出るのは必然かなって思った」


「うわぁ、知ってたのかぁ。切り札的なネタだったのに」


「はははっ、でも本当に高校生が一人でも入りやすいお店になったらうれしいな。何人かで来て騒がれたら困るけど、僕がそうだったように一人で落ち着いて食事をしたい高校生だっているはず」


「そうだよね! 私も高校生の頃、ほとんど誰かとカラオケとかゲーセンで遊んでたから、貴重な一人の時間はゆっくりくつろげるお店でお食事とかお茶をしたかったの」


「え?」


 七ツ屋くんは気さくな笑顔から真顔になった。


「え? じゃないよ! ほんとだよもう……」


「ごめん、今ならともかく当時の内灘さんからは想像もつかないや」


「え~、そうかなぁ」


 私、日頃からそんなに騒がしくしてなかったと思うんだけどなぁ。でも第三者から見ればそうだったのかな?


 ハンバーガーショップを出た頃には束の間の晴れ間で、折り畳み傘はバッグに忍ばせ、中央公園の桜並木を満喫していた。桜の淡いピンクとまだ花を咲かせないツツジの葉の緑が絶妙なコントラストを演出し、まるでドラマの世界にいるみたいな気分。


 髪やスカートをなびかせる暖かな風は木々の水滴を吹き飛ばし、花びらとともにきらきら舞っている。


「きれいだね」


 目と鼻の先に大型商業施設があるからか人通りはやや多く、中には一眼レフを花に近付けて熱心に撮影している人もいた。


「うん。そうだ、桜蕎麦もつくってみようかな」


「あ、いいね! 私、桜蕎麦好き!」


「食べたことあるんだ。そっか、ならつくってみよう」


「うんうん! そうしよう!」


「ははっ、すっかり内灘さんもお店の一員だね」


「あっ、うん……それ、なんだけどね」


「ん?」


 七ツ屋くんはいつものように首を傾げて、話の続きを促す。その何気ない表情は、今回に限って期待を込めた演技であってほしい。


「私も、ね? お店で働かせてほしいな、って……」


「あ、うん。それは嬉しいしぜひお願いしたいけど、収入とか保証できないから誰かに働いてもらえるほどの経済力は……」


「それはいいの! タダ働きで!」


「いやいやそうはいかないよ! ブラック過ぎるよ!」


「違うの! そうじゃなくて! あの、良かったら、良かったら!」


 これまでにないくらい、学校の音楽発表会より、合格発表の番号を探すときより、他のどんなときよりずっと深い呼吸をして___。


「その、結婚を前提にお付き合いしてくれたら……」


 言っちゃった。でも、それだけの覚悟はある。いまこのまま安定した職に就いているだけの人生では死ぬときに絶対後悔するとは社会人になりたての頃から思っていて、副業でもいいから何かやりたかった。


 それでも私にはこれといったものをずっと見付けられなくて、家と職場の往復、休日はデートか友だちと遊ぶだけで生産性のない日々を繰り返していた。


 そのうち元カレにフラれ、年功序列で意欲の湧かない仕事を頑張る理由もなくなり、イキイキとした日々を送る理想の自分と現実の自分がどんどん離れて行って、モノクロームで単調な日々はより深刻さを増していった。


 そんなとき、七ツ屋くんと再会して、夢に向かってまっすぐなその姿勢は、正直ただゲームをしているだけで自由に生きたい元カレよりずっと魅力的に映った。


 私はこの人を支えたい、主体的に取り組めることは見付からなかったけれど、彼を支えていっしょに夢を叶えてゆきたい。こういう生き方もアリだって、心からそう思える、そんな人に巡り逢えた。


 もちろんただ前向きなだけじゃなくて、来る人みんなが幸せを感じられるお店をつくりたいとか、電車で会った初対面のおばあさんとも気さくに会話ができたりとか、食材や日常に感謝できるとか、そんな人柄も含めて、彼を好きになった。更に言えばそれは、私の価値観にぴったりフィットした。


 だからこの先の人生を、彼といっしょに歩んでゆきたいと、心からそう思った。


「へ? いっ、いい、の……?」


 うああ、やったっ。


「七ツ屋くんさえ良ければ」


「はっ、はい、ぜっ、ぜひっ、お願いします!」


 深々とこうべを垂れる七ツ屋くんに、私は右手を差し伸べた。


「こちらこそ、どうぞよろしくね! いいお店にしよう!」


「うん、本当に、よろしくお願いいたします!」


「はい! あっ……」


 気が付けば私たちの周囲には人だかりができていた。


「おめでとー!!」


「お幸せにねー!!」


「あっ、ははは、どうもっ」


 うあああ! いつも周囲への気配りを忘れない私としたことが!


 これでもかと祝福の言葉を浴びせられた。中にはどんなお店をやるの? と訊いてくる人もいて、オープンしたら食べに行くよと言ってくれた。


 意図せずとも公に開業宣言をしてしまった以上、もう後戻りはできない。ましてやこの茅ヶ崎には地元を愛する人がとても多く住んでいて、特に飲食店は注目の的。SNSを覗くと私の知らないお店が山ほど出てきて、この小さな街にこんなにもたくさんのお店があるんだと驚かされる。


 それは、この街には愛されているお店がたくさんあるという証拠。私たちのお店も、そうなれたらいいな。


 じきに人だかりは解消され、私たちは歩き出した。


「なんだか照れくさかったね」




挿絵(By みてみん)




「う、うん、すすすっ、すごく恥ずかしかたっ……」


「ふふふふふ、すすすっ、すごく挙動不審だねっ」


「だって、だって、あんな風に……」


 あぁ、なんだか今の私、心がぽかぽかして、とても身軽。健康に過ごしてきたと思っていたのに、これまでずっと自分らしく生きていなかったんだな。


 きっとそういう人が、世の中にはたくさんいる。


 でも勇気を持って踏み出せば、きっと未来は少しずつ、明るくなる。


 私たちはたった今、新しいスタート地点に立ったに過ぎなくて、この先、確実に望まぬ試練は訪れるだろう。


 でも人生って、何をしていたってつらいことは山ほどある。どうせ直面するのなら、それを乗り越えた先にはワクワクしたり、きらきらしているものがあるほうがいい。


 そう、叶うならば、この満開の桜たちのように、華やかで穏やかな未来を。


 きっと二人なら、そんな幸せを築いてゆける。


 そう信じて、歩いてゆこう。


 ずっと、どこまでも、あなたといっしょに___。

 最後までお読みいただき誠にありがとうございます!


 2週間も間隔が空いてしまい申し訳ございません。


 本作はこれにて幕引きですが、皆さまの心に残る部分が一つでもあれば、大変幸せに存じます。


 また、『空色サプリ』や『名もなき創作家たちの恋』など、茅ヶ崎を舞台にした作品を他にもご用意しておりますので、特に地元の皆さまには是非覗いて頂けたらと存じます。


 ではでは!

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