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アラサー、リア充から転落しました  作者: おじぃ イラスト:mononofu
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失恋

「なぁ、あのさ、別れようぜ、俺ら」


「え……?」


 それは、突然告げられた。バレンタインデーを間近に控えた土曜日の、少し肌寒いすっきり晴れた地元湘南しょうなん茅ヶ崎ちがさきの波打ち際。


 人気ひとけの少ない砂浜、それに沿うサイクリングロードと松の砂防林が成す、開放的かつ秘境的で、夏の淫らな唄も切ないバラードもよく似合う叙情的じょじょうてきな場所。


「え、うそ、え? どうして?」


 うそ、冗談だよね? ちょっと待って、パニックになって何も考えられない。


「他に好きな人ができたんだ」


 他に、好きな、人?


「え? でも、5年前にみなとみらいの夜景を見ながらいつか結婚しようって言ってくれたじゃん」


 高1の夏から10年間も付き合ってきた2コ上の、初めてできた彼氏。当時所属していた陸上部のムードメーカーで、体力づくりにと入部した足の遅い私に速く走れるフォームを熱心に教えてくれたり、落ち込んだときは励ましてくれる、優しい人。なのに。


 本能が縁をつなぎ止められないと悟ったのか、彼と過ごした日々が、走馬灯のようによみがえる。


 入部前は17秒かかっていた100メートルを15秒台で走れるようになったとき、息を切らして膝に当てていた私の両手を掴みぶんぶんしながら良かったなと我がことのように喜んでくれたカラッと晴れた夏の記録会。初めてのデートで訪れた近所の観光スポット、江ノ島えのしま。遠出するようになってお台場だいばの遊園地や池袋いけぶくろのアニメショップ、ゲームセンターをはしごした乾風からかぜの冬……。


 どんなときも彼は楽しそうにはしゃぐ、無邪気な少年だった。


「あぁ。でもいまの収入じゃ無理だし、これからも増えそうにないからそれナシで。じゃあな」


 なのに今は、汚らわしいものを見るような冷たい目で私に一瞥いちべつ。最低限の言葉を吐き捨て、彼は私ときらめく穏やかな海に背を向けずかずかと速足で砂浜を上がり、駐車場へ続く渚のサイクリングロードをだらだらと西へ歩いて行った。振り返りなど、一度もせずに。


 ためらいなくどんどん離れてゆく彼の背中。


 追いかけて抱き止めたら振りほどかれそうで、ずっとそばにいた大好きな人のオーラに、哀と恐怖を抱かずにはいられない。




 私、捨てられたんだ。 


 10年の恋は驚くほど呆気なく、あっさり終わってしまった___。




 取り残された私はただ独り、砂浜に立ち尽くす。突風が吹いて巻き上がった砂は呆然とする私の口中に容赦なく侵入し、何度も経験しているいびつで乾いた感触は、愛する人の冷たさを全身に浴びて弱った心に追い討ちをかけた。


 ついさっきまで鮮やかだった世界は色を失って、聞こえていたはずの波音も、風のそよぐ音も聞こえない、まるで防音シェルターに閉じ込められたように、心が内へ内へと追い詰められてゆく。


 ときより打ち寄せる波がヒールを洗っても、身動き一つ取る気になれなかった。けれどその冷たい水は私にある程度の意識を取り戻させた。


 取り戻させた。ただそれだけ。


 だから波の来ない場所まで逃げる気力はなく、やがてき止められていたものが決壊してその場でしゃがみ込み、ただただ項垂うなだれ、鼻をすすり泣き濡れた。


 なんで、どうして……?


 どうしてとかじゃないのかな。自分の気持ちに正直な彼は、それに従って私との別れを選んだ。たったそれだけのことなのかもしれない。


 10年間も付き合っていた私を上回る人、彼女はどれだけ魅力的なのだろう?


 そうじゃなくて、単純に私を飽きてしまったのかな?


 それともずっと神奈川かながわに住み続けている私と、お父さんの仕事の都合で高校卒業後すぐ大阪おおさかへ引っ越した彼とでは、距離的に無理があった?


 周りには神奈川県在住で大阪の人と付き合ってる人も北海道の人と付き合ってる人もいて、私は無理を感じないけれど、それが濃厚かな。そう思っておけば、ダメージは抑えられそうな気がする。


 しゃがみ疲れて砂浜から数十歩上がり、段になっているコンクリートに腰を下ろす。陽が沈むまでの数時間、少しずつ紅に染まってゆく空や渚を、濡れて風に晒され冷えきった身体で何も考えず、考える平静さなどなく、いつもより少し速く深い呼吸でぼんやり眺めていた。バッグに忍ばせた、行き場を失ったチョコとともに。

 お読みいただき誠にありがとうございます!


 本作は全10話構成予定の短期集中連載で、他作品の合間を縫って更新してまいります。


 なお最終話にはイラストレーターのmononofu氏による挿絵が付く予定です。

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