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司令部レベル




 森から民家の方に歩きながら、軍隊手帳を出す。

 5ページ目から一番上に、前にはなかった文字が浮かんでいた。


「なんだよ、これ・・・」


 5ページ目の一番上には、【部隊(艦隊)編成】取得しますか、はい/いいえ。改行の後に、部隊を編成し、指定した地点の敵を攻撃させる。部隊数はレベル依存。そう書かれている。


「司令部レベルってのが1になったっちゃね。笠原は選択式で羨ましいっちゃ~」


 6ページ目が【派遣任務】。資材や食料を調達に行かせる。


「まるっきりゲームじゃん・・・」

「だが、有用だぞ。まさに司令部として戦えるんだ。続きは?」

「【開発の基礎】に【設備投資】。【訓練の基礎】、【整備士追加】!?」

「おいおい。もしかして、くろがねを修理できるんじゃないかい?」

「えっと、工具を戦乙女として整備員に出来る。だが修理を終えれば戦乙女は工具に戻るので、伽や戦闘に参加させるのは不可能。戦乙女となった工具は、司令長官が望めばいつでも何度でも整備士になる。だって・・・」


 どうやら三歩達は、戦乙女という存在らしい。

 たしか、どこかの国の神様の使いだったか。美人揃いな訳だ。


「ここは【整備士追加】でいいよね?」

「私達は口を出さん。笠原の好きにするといい」

「えー・・・」


 僕は軍隊や兵隊の事なんて、これっぽっちも知らない。

 アドバイスくらいはしてくれたっていいだろうに。


「姐さん、呉なんかでは整備をどうしてるんだい?」

「お互いに整備し合ってるはずだ。それに、怪我をすれば回復まで時間がかかるからな。その時間にやってるんだろう」

「怪我をしてるのに、整備までするんだね。じゃあ、やっぱり【整備士追加】にする」


 はい、に触れる。


「あれ?」


 何も起こらない。


「工具を持ってないからじゃないか。ほら、これを使いなよ司令」


 飛龍からスパナを受け取り、もう一度はいに触れる。

 やはり、何も起こらない。


「何だろね・・・」

「万年筆は関係ないっちゃ?」


 万年筆を出して、はいに丸をする。

 スパナが勝手に僕の手を離れ、目の前にふよふよと浮いた。


「飛龍。くろがねだっけ、あれを出して」

「了解」


 くろがねが地面に置かれると、スパナは眩い光を放ち始めた。

 とても直視できない。

 強く瞳を閉じる。


「もういいぞ、笠原」


 三歩に言われて目を開けると、モンペ姿でハチマキをした少女が敬礼をしていた。長い三つ編みが揺れている。

 みんなが敬礼をしているので見よう見まねで僕も敬礼すると、少女は嬉しそうに微笑んでくろがねを分解し始めた。


「小学生くらいなのに、凄いなあ。君、名前は?」

「冠スパナ・・・」

「直りそう?」

「問題ない。司令、あそこの陸王の部品を流用したい。許可を」

「あっ、はい。どうぞ」


 僕が言うと冠スパナちゃんは吹き飛んだ怨霊の本体に近づき、小さな体でひょいとそれを担いだ。

 くろがねの横に陸王を置き、僕にはわからない作業をしている。


「凄いなあ・・・」

「さすがは本職だ。頼りになるな」

「アタシが弾をもらっても、即死じゃなきゃ平気そうだね」

「だからって、飛ばないでよ? 飛龍が怪我をするトコなんて、出来れば見たくないんだからさ」

「まったくだ。冠スパナ、海で発動機付きの船を見つけたら、それも修理可能か?」

「大きいと、1人じゃ時間がかかる。でも、可能」

「その時は頼む。水や食料はいるか?」

「錆びるからいい」

「そ、そうか・・・」


 作業をする冠ちゃんを護衛しながら、軍隊手帳をじっくりと見る。

 地図は三剣ちゃんが見てくれるようだ。


「あれ、なんか増えてる。【精密射撃】に【銃剣投擲】。【急降下爆撃】まで書いてあるよ!?」

「ほう。所有者にもスキルとやらが使えるという事か?」

「っぽい。【精密射撃】の後ろに、再使用まで01:29ってあるからね。パッシブはパッシブでも、ディレイのある自動効果スキルだったのか」

「なるほど。【精密射撃】は再使用まで5分。戦闘開始時にだけ笠原の射撃が命中していたのはそれか」

「スキルなしで命中させた事がないとは。さすが僕だね」

「威張る事か・・・」


 でも、これで僕も役に立てる。

 特にさっき飛龍が使った【急降下爆撃】を使えるなら、車両系の怨霊が相手でもなんとかなるだろう。

 30分ほどで、冠ちゃんは立ち上がって汗を袖で拭った。


「修理、完了・・・」

「ご苦労さ、あっ!?」


 冠ちゃんは言い終えると、本体の冠スパナになってくろがねのシートの上に落ちた。


「ふむ。礼を言うのは、次の機会だな」

「姐さん、運転はアタシがするよ」

「いいのか?」

「軍事車両じゃないから、戦闘になれば荷台からの射撃で応戦するしかない。姐さんがいなきゃ、お話にならないさ。ねえ、司令?」

「そうだね。よろしく頼むよ、飛龍」


 冠スパナを手に取って、収納と念じてみる。

 音もなく、冠スパナは消えた。

 ありがとうと心の中で言いながら、荷台に乗り込む。無口な子だったけれど、嬉しそうに微笑むと三剣ちゃんに負けないほどかわいらしかった。これからも彼女が力を貸してくれるなら、陸軍も海軍も心強いだろう。

 三歩と三剣ちゃんも乗り込むと、飛龍はエンジンを1発でかける。


「うん、いい調子だ。行くよ?」

「行軍開始だっちゃ~♪」


 三剣ちゃんの鼻歌を聞きながら、ガタゴト揺れる荷台で地図を睨む。

 司令部レベルが1になって、索敵範囲も上がっているといいんだけど。

 次は【部隊(艦隊)編成】を取得するつもりだが、その次は新しく出た【地図上作戦立案】を取るのがいいかもしれない。

 説明には、敵部隊を地図に表示し編成した部隊を派遣してこれを撃滅する、とある。

 呉や赤レンガの状況はわからないが、いつも攻められているなら合流して怨霊を押し返すしかない。少しずつでもそれを続けていければ、いつかは日本を取り戻せるだろう。


「気の長い話だね・・・」

「何か言ったか、笠原?」

「なんでもない! それにしても凄いスピードだね、これなら明日には大分じゃない?」

「かもな! まったく、冠スパナさまさまだ!」


 音と揺れが凄いので、会話はほとんど怒鳴り合いだ。

 この状況で澄んだ歌声を響かせる三剣ちゃんは、特殊なスキルでも持っているのだろうか。

 峠の茶屋のようなお店の廃墟で1泊して、次の日の午前中には豊後街道から大分川が望める場所まで進む事が出来た。


「姐さん、そろそろ降りて歩くかい?」

「その方がいいな。これじゃ敵を呼ぶ」

「それなら、北へ向かおう。大分市内には寄らずに、別府に出た方が近いよ」

「大分の海軍空廠には寄れないか・・・」

「陸軍の少年飛行兵学校もあったけど、たしか海軍の航空隊もいたよねえ大分」

「仲間を探す?」

「・・・いや、海軍の戦乙女が目覚めてすぐ、私達の指揮下に入れと言われても混乱するだろう。別府に向かおうか」


 会話しながらも、くろがねは進んでいる。

 それがまずかった。

 地図に、箱が映っている。


「ヤバっ! 飛龍、逃げて!」


 急ブレーキ。

 遠心力で振り落とされそうになったが、なんとか手すりに掴まって事なきを得る。


「どうした、司令!?」

「地図に敵影。箱に丸1つ。大きい!」

「方向は!?」

「前方の河原っ!」


 叫ぶと同時に、葦を掻き分けて大きな車両が姿を現す。

 黒い。車体から砲身まで、月のない夜の闇のような色をしている。

 こういうのを、禍々しいと言うのだろうか。


「九七式中戦車、チハだっちゃ!」

「ちいっ、しっかり掴まってなっ!」


 急発進。

 一目散に逃げ出す。

 振り返った僕は、砲塔の上に座る青白い顔の女が笑うのを見た。ツノのない軍服の怨霊とは違い、黒いキャミソールとミニスカート姿で足を組んでいる。

 エロいな、おい!

 轟音。砲撃は右に逸れた。

 命拾い。まさに今のはそれだろう。


「撃って来た!」

「飛ばせ、止まるんじゃない飛龍!」

「わかってる!」


 揺れる荷台で、三歩が三十年式歩兵銃を構える。

 当たるの?

 そう聞きかけた僕に、三歩が美しい笑みを見せた。

 同じ女性、同じ笑みでも、こうも違うものか。

 銃声。

 鬼のような2本のツノを生やした女が仰け反る。

 戻した青白い顔の目は、獣のようにギラついて三歩を睨んでいた。

 驚いた事に、出血さえしていない。三歩が放った銃弾は、女の眉間に吸い込まれたのにだ。


「腐っても戦車、三十年式歩兵銃じゃ傷もつかんかっ!」

「飛龍、【急降下爆撃】をお願い!」

「ああ、ないよ」

「なにがさっ!?」

「爆弾。25番は初日の1発しか補充されてないんでね」

「うっそー!?」


 あんなにしたのにと言う前に、砲弾が進行方向上に炸裂して土が降って来た。


「速度差はあるけどあちらさんの射程は長い。マズイなんてもんじゃないね!」

「なんとか射程外まで逃げ切ってくれ!」


 それは難しいかもしれない。

 ツノを生やした女がこちらを指差すと、砲撃の合間に機関銃を撃ち始めた。

 右に左に、くろがねが蛇行する。


「くっそ。姐さん、案があるんだが聞いてくれるかい!?」

「言ってみろ!」

「【急降下爆撃】は再使用可能だけど爆弾がない。だからアタシの本体・・・」

「却下だ!」

「せめて最期まで言わせてくれよっ!」


 怒鳴り合いながらも、くろがねは忙しく進路を変えて走る。


「カーブだ。あそこからは山道、頑張って飛龍!」

「惚れた男に言われちゃ、意地を見せるしかないねっ!」


 カーブ。

 遠心力で荷台の車輪が滑る。

 踏ん張りながら内側に体重をかけると、僕に覆いかぶさるようにして三歩も体重をかけてくれた。

 浮き上がっていた内輪が接地する。


「これならっ!」

「抜けるっちゃ!」


 爆発。

 かなりの近さだった。

 爆風か、それとも砲弾の破片か。目の上が切れて、血が落ちている。

 こんなのは何でもない。片目を瞑っていればいいだけだ。

 三歩、三剣ちゃん、飛龍。

 見たところ外傷はない。僕で良かった。


「笠原、血がっ!」

「しっかりするっちゃ!」

「止めるかい!?」

「かすり傷だよ。いいから、距離を稼いで!」

「う、わかった。絶対に許さないよ、あのポンコツ戦車!」


 山道を、素晴らしいスピードでくろがねが駆け抜ける。

 どれほど走ったのか、僕達の行く手にはまた阿蘇の外輪山があり、その雄大な姿を夕焼けに晒していた。


「だいぶ戻ったね・・・」

「ああ。陽が落ちる前に、廃墟に入ろう。応急処置で出血は止まってるが、縫った方が良いかもしれない傷だ」

「了解。ゴメンよ、司令・・・」

「なんで謝るのさ。運転ありがとう、飛龍。おかげで逃げ切れたよ」



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