健軍飛行場
跳ぶ。
足捌きは、剣道の面打ちそのままだ。
でも、槍に近いはずの銃剣の使い方がよくわからない。
体ごと跳んで、銃床を体で固定して銃剣を突き刺すのか。
それとも、跳び込みながら槍を繰り出すように腕を使うのか。
「うーん・・・」
「なんて格好で稽古をしてるんだ、笠原」
「あ、起こしちゃったか。ゴメンよ、三歩」
僕はパンツと運動靴だけ履いて、銃剣の稽古をしていた。
工場の中は朝から暑いので、学ランなんか着ていたらあっという間に汗だくになる。
「ほら、怨霊が着てた夏季軍服をやろう。洗濯はしてあるから、今日から着るといい」
「嬉しいな。学ランは暑くてさ」
「見目がいいから目の保養にと放っておいたが、悪い事をしたかな」
「お世辞はいいよ。それより、銃剣道の腕の使い方を教えてくれない?」
「良かろう。基本的な動きでいいな。構えは、こうだ」
「やっぱり、左前の半身なんだね」
三歩の構えは、美しいとしか言い様がない。
美人だからというよりは、正中線が目に見えるのではないかと思えるほどに、揺るぎない構えで正面を見ているからだろう。
「どれほど稽古をすれば、そんな構えが出来るんだか・・・」
「300年あれば、可能であろう」
「僕は死んでるじゃないか。ねえ、三歩って妊娠はしないの?」
「ニンッ!?」
構えが崩れる。
三歩は慌てて、顔の前辺りを手でパタパタし始めた。
「あー、ゴメン。急に変な事を聞いて」
「い、いや。それはいいんだが、いきなりどうしたのだ?」
「・・・怨霊を根絶やしに、なんて僕が生きてるうちに出来るのかって、ね」
「うーん。正直、わからん。所有者の件とて、先任士官の予想でしかなかったのだからな」
「そうなのっ!?」
「そうさ。この姿で、人間に会った事のある仲間はいないんだ。それでもこの姿になった意味はあるはずだと仮定して、所有者に名前を刻まれるのと同じ状態になるにはどうしたらよいかと考えたらしい」
「そんな曖昧な・・・」
ありがたいけどバカっぽい。
それで僕が所有者になれなかったら、三歩と三剣ちゃんはどうするつもりだったのだろう。
「よく試す気になったねえ・・・」
「閨の作法を書物で学んだ士官が、訓練をな。人間に出会って、それが皇軍の兵と認めてもいい男なら、試すようにとの命令だった」
「兵器に男の人っているの?」
「い、いない・・・」
脳内に、飛龍に押し倒される三歩の姿が浮かんだ。
飛龍はノリが良いから、けしかけたら実現するかも・・・
「おい、顔が助平だぞ。稽古はどうした?」
「そうだった。三歩が朝から妄想させるから」
「私のせいなのかっ!?」
咳払いをした三歩が、構え直して突きを繰り出す。
気を抜いていたら、目で追えないほどの突きだ。
お礼を言って、すぐにその動きをなぞる。
何もかもが、三歩の突きには及ばない。それでも、無心で突きを繰り返す。
跳び込みながら、腕を伸ばして銃剣で突く。
言葉にすると簡単だが、そう簡単に身につく技術ではない。とにかく、反復練習しかないのだ。それは、剣も銃剣も同じだろう。
飛び散った汗がコンクリートの床に複雑な模様を描いた頃、水筒を差し出す事で三歩が僕を止めた。
「お、ありがと」
「あまり、やり過ぎも良くない。それと・・・」
水を喉に流し込む。
ぬるくなっているが、清流の水だ。文句なしに美味しい。
「そ、その、私達は年を取らないが、食事もするし用も足す。つ、月のものだってあるのだ。だ、だから、笠原の子なら、産んでやっても、良いぞ・・・」
声はだんだん小さくなっていったが、聞き取れない部分はなかった。
抱き寄せる。
片手に銃があっても、気持ちは抑えられない。
強く抱きしめて、唇を寄せた。
「あっ・・・」
その先は言わせない。
舌と舌が絡み合う音が、広い工場に散った。
「強引っ、過ぎる・・・」
「・・・違う世界になんて来て、不安だった。怖かった。でも、生きてていいんだって言ってもらえた気分だ。僕は、この世界で生きる。生きて、三歩や三剣ちゃん、飛龍を幸せにする。もちろん、皆を幸せにするためには怨霊と戦わないとね。それでいいって、言ってよ?」
「いいんだよ、笠原。私達は、生きているんだから・・・」
抱きしめる。
キスをしながらお尻に手を伸ばすと、咎めるような息遣いと共に、キスから逃げられそうになった。
逃さない。
唇も、僕の手が狙う場所も。逃してなんか、あげない。
キスをしたまま、三歩が後ろ向きになるように体勢を変える。
「いやー、うちの司令長官は朝から凄いなあ」
「サンホも嫌がるフリして、内心はノリノリだっちゃ」
動きが止まった。
僕も三歩もだ。
本体へ入るための移動式階段に飛龍が座って、こちらを見ている。三剣ちゃんはその肩だ。どちらも、見事なニヤニヤ顔。
「あっちゃあ・・・」
「あ、司令長官殿、お気になさらず続きを」
「早くおっぱじめるっちゃ~♪」
「で・・・」
三歩が息を吸い込む。
「出来るかあーっ!?」
恥ずかしさのあまり怒り出してしまった三歩を宥めるのに、朝の貴重な1時間を使った。
飛龍は本体が大きいので、個人背嚢というよりは倉庫のようなアイテムボックスがあるらしい。工場内の使えそうな物を片っぱしから収納して、飛行場に向かって工場を出る。
「まったく。キリキリ歩かんか、助平司令!」
「もう何度も謝ったじゃん。はあ・・・」
「照れる姐さんもかわいいねえ」
「そういえば、なんで三歩を姐さんって呼ぶの、飛龍?」
飛龍も三十年式歩兵銃を背負って歩いているが、銃を人間状態で撃った事はないので僕と同じかそれ以下の腕前らしい。
三十年式歩兵銃は本体の他に三歩のレベルの数だけ生み出せるそうなので、下手な鉄砲も2丁で数打ちゃ当たるだろうと装備しているのだ。
「姐さんの三十年式ってのは、明治30年って意味だからね。アタシみたいな昭和生まれとは、年季が違うのさ」
「へー。三歩って凄いんだね」
「そうさ。妹の三八は、姐さんにほんの少しだけ手を加えて弾を変えただけの銃だ。それを怨霊の発生まで、陸軍じゃ使ってたんだよ。日本人に使いやすい三十年式歩兵銃は、それだけ設計が優れていたって事さ。まさに、歴史に名を残す名銃だね」
「そんな三歩に選んでもらえた僕は、幸せ者なんだなあ」
三歩が舌打ちする。
「ええい、わかりやすいご機嫌取りを!」
「ちなみにサンケンは、三八にも付けて使ってた名剣だっちゃ!」
「おー。三剣ちゃんも凄いね」
飛行場が見えて来た。
大きな倉庫のような建物が、格納庫だろうか。
「空港みたいな、管制塔とかないんだねえ」
「司令のいた世界じゃ、もうロケットエンジンが主流だったのかい?」
「そうだね。プロペラ飛行機もあったけど、戦闘機は何キロだか何十キロだか先の飛行機を、誘導ミサイルで撃ち落とすって聞いた事があるよ」
「ほえーっ。そんな仲間がいれば、心強いねえ」
地図に丸はない。
怨霊は、わざわざ動かない兵器を狙ったりはしないようだ。
「動きそうな車両はないね。姐さん、ここに仲間がいなけりゃ、熊本城かい?」
「そうなる。が、怨霊の配置次第だな」
「まさか、ヤツラは軍として動いてるっての?」
「野良と遭遇戦になる事も多いが、赤レンガを襲撃しに来るのは軍としか思えない怨霊の群れだった。九州で目覚めた兵器が目指すとすれば熊本城だろう。何日か観察して戦闘の気配がないなら、仲間はいないと見て先を急ぐのがいいかもな」
「陸路で呉までじゃ、急いでも同じだと思うがねえ」
「笠原を、真冬の雪の中で野営させる訳にはいかないんだ。冬までには、呉に到着してみせる」
僕の事は気にしなくていい。
言う前に格納庫に到着して、言うタイミングを逃してしまった。
「眠っている仲間は、いないようだな」
「街も基地も焼けていない。こっちの世界では、空襲はなかったんだね」
「司令の世界では?」
「大都市は軒並み焼け野原。特攻作戦なんかも、かなりやったみたいだよ」
沈黙。
三歩は瞳を閉じている。
黙祷だろうか。
それなら、とてもありがたい事だと思う。
「あの、工事現場みたいなのはなんだろ?」
「掩体壕さ。アタシらを駐機しとくんだ」
「野ざらし!?」
「格納庫が足りない時にはね。いつもじゃないさ」
こちらの世界でも、やはり戦争とは苦しい事だったのだろう。
戦争なんてしてはいけないと誰もが思っていそうなものだが、そうでもないのは歴史が証明している。
「まあ司令がいた世界と比べたら、この世界はマシだったみたいだね」
「ああ。戦争じゃ民間人の死者は、ほとんど出ていない。酷かったのは、怨霊の発生時らしいからな」
「シェルターに、早く迎えに行かないとね。頑張ろう」
「だが、それでは笠原は・・・」
「終わってから考えるよ。行こう。熊本城を見張るなら、高台を見つけないと」
「遠くに山並みが見える。あそこまで行くかい、姐さん?」
「まさか。市街地の、建物の屋根から見張ればいい。戦闘があるなら、爆発音も届く」
飛行場から熊本城方面には、かなり立派な道路が伸びている。
熊本城の陸軍司令部と陸軍の飛行場を結ぶものだからか、道幅もかなりあった。
地図を見ながら歩き出すと、すぐにたくさんの丸が地図の道路上に浮かぶ。
「こりゃダメだ。10はいる・・・」
「まさか、検問所なのか。姐さん、どうするんだい?」
「避けるしかないだろう。この道幅で検問なら、戦闘車両の怨霊がいても不思議じゃない」
「それは、出会いたくないねえ」
路地に入って、慎重に歩き出す。
怨霊が多くなるにつれ、コンクリートの建物もチラホラ見えてきた。
「コンクリートの建物が多い。都会なんだね」
「九州の要衝で、軍の施設も多い。そして軍がいる所には、会社が集まる。軍都の名は、伊達じゃないさ」
「悔しいけど今は怨霊の、か。次の交差点に丸が5つ。もう進めないよ、どうする?」
「夜を待つかい、姐さん」
「いや、そこの学校か何かで何日か様子を見よう。怨霊は睡眠も食事も必要としない。夜を待っても、同じだ」
「熊本城で戦闘があれば、ここまで聞こえるか。セミが鳴く以外、まったくの無音だもん・・・」
「そういう事だ。行こう」
鎮西中学校。
門にはそう書いてある。こちらの世界でも、野球が強かったのかな。
校舎のガラスは割れているのも多いが、雨露を凌げるならそれでいい。
ホコリの積もった廊下を、三歩は迷わず進む。
「上?」
「そうだ。少しでも、熊本城の天守閣を目視したい。味方がいれば、それとわかるようにしてから籠城するだろうしな」
「なるほど」
最上階。
熊本城を望む教室は割れた窓のおかげかホコリも少なく、数日宿泊するには何の問題もなさそうだ。
窓から頭を出さないように床に座り、地図をスクロールさせて道を見る。
三歩は、双眼鏡を出して熊本城を見ているようだ。
「天守に人影はなし。味方はいないと見るべきかな」
「白川ってのからあっちは、怨霊が溢れてると考えるべきだね。三歩、白川の手前を海まで進んで、そこから県道を北上するルートでいい?」
「進路、な。九州鉄道の線路を歩いて、門司まで行ければ早いのだが・・・」
「この様子じゃ、大きな駅を通過するのはムリっちゃね~」