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初戦闘と初探索




「来るぞっ」


 喉がカラカラだ。

 頭もガンガンする。

 さんざんならした足場を、もう一度靴裏で踏みにじった。

 対岸の草が揺れる。

 撃ってはいけないのだろうか。

 あの揺れる草の根本に、怨霊はいるんだ。

 青い、顔。にゅうっと、草を掻き分けて出て来た。


「撃てっ!」


 言いながら三歩は発砲し、怨霊を撃ち倒している。

 銃爪。

 強張る指で引いた。

 覚悟していたよりは小さな、音と衝撃。


「ほうっ。生まれて初めての射撃で、敵の眉間を撃ち抜くか・・・」

「笠原、凄いっちゃ~!」

「僕にも、やれた・・・」


 怨霊が生き物なのかはわからない。

 それでも僕は、怨霊を殺した自分を何とも思ってはいないようだ。


「罪悪感もなさそうだな。もしや、生まれながらの兵士。先程の銃撃は、天賦の才だとでも言うのか・・・」


 敵だからね、そう呟いて、罪悪感を感じない自分を正当化する。


「笠原、正面の木にセミが止まっているのが見えるか?」

「・・・いるね」

「撃て。今ならば、怨霊を呼ぶ心配がない。近くにいるなら、さっきの銃声で来るはずだからな」

「わかった。撃つよ」


 ボルトアクション。レバーを操作すると、薬莢が飛び出す。

 それが河原に落ちて鳴る音を聞きながら狙いを定め、静かに銃爪を引いた。

 当たる。


「あれっ!?」

「大ハズレ、か。さっきのはマグレのようだな。弾を補充して座れ。今度こそ昼食だ」

「当たると思ったんだけどなあ・・・」

「銃も剣と同じで、修練を重ねた者だけが腕を上げるんだ。焦らずに訓練だな」

「了解」


 学ランの右ポケットには給弾クリップ付き、左にはバラの弾が5発ずつ入れてある。

 左から出した弾を補充して座ると三剣ちゃんが、うんしょうんしょと言いながら2発の弾を渡してくれた。


「ありがと、三剣ちゃん。怨霊、まだいたら怖いね。地図取り出し」

「うーん、地図に敵影はないっちゃよ~」

「あれ、日本全国の怨霊が映される訳じゃないのか」

「さすがにそれはないだろう。まあ、司令部レベルが上がったりすればわからんがな」

「なるほど。軍隊手帳は、っと。おお、経験値が20になってる。5分の1だね」


 三歩と三剣ちゃんは最初のレベルアップでスキルを得た。

 僕もそうなるのだとしたら、早くレベルアップして2人の手助けがしたい。マグレ当たりでしか敵を倒せない兵隊など、なんの役にも立たないだろう。


「さあ、出来たぞ。しっかり食って、先へ進もう」

「地図、スクロール出来るや。この調子だと、海まで3日以上はかかるねえ」

「思っていたより早いくらいだ。何とかなりそうだな」

「味方の船とか、いるといいね。うん、やっぱりキジって美味しいや」

「まあ、期待はしないでおくさ。海軍は、呉を守るので精一杯だろうしな」

「広島だっけ、呉って?」

「そうだ。陸軍は関東だが、海軍は呉にいるのさ」


 学校で日本史の先生が言っていたような気がする。陸軍と海軍の仲が悪いのは、伝統のようなものだったと。


「もしかして、何百年も経ってるのに仲が悪い?」

「残念ながら、な。顔を合わせれば、これだから海軍は、これだから陸軍は。本当は仲が良いんじゃないかと思えるほどの決まり文句さ」

「あちゃー。巻き込まれたくないなあ・・・」

「内戦だけは回避する。この命に代えてもだ」

「やめてよね、縁起でもない。ごちそうさまでした」


 いくら陸軍と海軍の仲が悪くても、何百年かぶりに発見した人間を前にすれば、喧嘩なんてしている場合じゃないとわかってくれるだろう。

 三歩は、武器である自分達を使う人間を欲していると言った。

 なら彼女達の目的は、怨霊を排除して人間をシェルターから地上に迎える事だろう。

 そうなれば僕は人間から逃げなければならないが、この九州の状況を見る限りでは潜伏は難しくないはずだ。いつか山奥まで開発の手が伸びるにしても、それまでに僕は老いて死んでいるだろう。

 神様の気まぐれで家に帰れるのが理想だが、そんな幸運があるのならそもそもこんな世界に迷い込んだりはしないと思う。


「どうした、笠原?」

「ん。なんでもないよ。それより三歩、朝に隠れ家を出てここまで歩いたのと同じくらいの距離に、津守神宮がある。そこで1泊して海を目指すなら、飛行機工場や熊本城の陸軍駐屯地にも寄れるよ?」

「熊本市街地か。私と三剣の最重要偵察目標は、まさにその2ヶ所だったが・・・」

「へえ、偵察なんかもするんだね。ゲリラ戦で、怨霊の数を減らすのが任務だと思ってたよ」

「怨霊でない兵器は、1種につき1体しか人型で目覚めない。とにかくこちらは数が少ないんだ、任務は複数あるさ。だが笠原が現れた以上、その移送が最重要任務になった。その笠原を連れて、敵の多い市街地を通過するのはな・・・」

「四式重爆の調査は、来年以降だっちゃね~」


 僕は、あまり本を読んだりしてなかった。

 同じクラスの古澤くんなんかは戦時中の軍艦とかが好きだったらしく、「駆逐艦こそ至高の存在!」とか授業中に突然叫んでは先生に怒られていたものだ。彼ほどじゃなくともそういった本を読んでいれば、四式重爆というのがどんな兵器だったのかすぐに理解できたのかもしれない。


「機体が残ってたとしても、魂が運良くその機体に宿っている可能性は低い。それにいくら四式重爆の運動性が良くても、制空権を失っている九州から関東まで飛べる訳もないからな」

「その前に、燃料まで残ってるなんて奇跡には縋れないっちゃ」

「飛行機なのか、その人・・・」

「ああ。機体はそれなりに発見されているんだが、肝心の本人が出て来なくてな」


 だんだんと、三歩達の存在と置かれている状況がわかってきた。

 でもそれなら、四式重爆って人は是非とも味方に迎えるべきだと思う。


「三歩、海まで行って沿岸部を移動するつもりなら、呉までだってかなりの時間がかかる。それなら偵察しながら、呉を目指すべきだよ」

「しかし、笠原は我が軍の最後の希望なのだ。むざむざ危険に晒す訳には・・・」

「笠原の思うようにするっちゃ」

「三剣、何をっ!?」

「三剣と三歩は、もう笠原の指揮下にあるっちゃ」

「それはそうだが・・・」


 指揮なんて僕に出来るはずがない。

 でもそれなら、話し合えばいいだけだ。


「歩きながらでいいから、話し合おうか。地図を見てれば、襲われる前にわかるみたいだし」

「・・・わかった。地図は500メートル4方を監視できるようにしてくれ」

「了解。焚き火も消さなきゃね」


 支度を終えて、まずは川を渡る。

 深さはそうでもないけど、運動靴で家を出たのは幸運だった。

 あれ、僕は昨日、何で運動靴を履いて家を出たんだ?

 そもそも、夏休みに学ランを着て学校に行くはずがない・・・


「・・・誘導されてた?」

「何か言ったか、笠原。怨霊の残した水筒と糧食は回収したから、とりあえず津守神宮へ向かうぞ」

「う、うん。何でもないよ・・・」


 伸び放題の草を、三歩が銃剣で払いながら進む。

 時折その必要がない木の根が張った道などがあるので、そんな時に司令部レベル上げと軍としての戦力増強のために、仲間に会える可能性があるなら市街地を探索するべきだと三歩を説得する。

 遠くに夕日に照らされる鳥居が見えてくる頃には、どうにか三歩が折れてくれた。


「鳥居がある。空襲とかされなかったの?」

「怨霊はなぜか、建物を壊すのを避けるらしい」

「ああ、怨霊って飛行機にもなるんだね・・・」

「私達と同じさ。本体である兵器としての姿とは別に、人型になってその兵器を単独で操れる。内海を抜けて私達を佐賀関まで運んだゆ4も、たった1人で見事な操船を見せ、敵の目を掻い潜ってくれた」

「ゆ4?」

「三式潜航輸送艇だ。小さな女の子だから、笠原も気に入るだろう。まるゆの4番と呼んでやってくれ。3月に1度は、呉に顔を出しているからな。着いたら会える」


 ロリコン扱いされているのが気になるが、呉に行けば赤レンガとやらとも連絡が取れるのは嬉しい。

 まずは味方を増やしつつ、海軍と陸軍を合流させるのが僕の仕事だろう。

 各拠点を防衛する戦力しかなくて呉と赤レンガが合流できないなら、増やした味方で2ヶ所を結ぶしかない。

 鳥居の前で、三歩が一礼する。

 見習って荒れ果てた神社への参拝を済ませ、近くにある民家の戸を引いた。


「ホコリが凄いが、何とか泊まれそうだな」

「良かった。それにしても、昼から怨霊は出なかったね」

「市街地を進めば、嫌でも出くわすぞ。本当にいいんだな、笠原?」

「決めたんだ。本体に彫られた名前を見た時、僕は2人のためなら何でもするってね」

「ふん。1部屋だけ掃除する。笠原は役に立つ物がないか、建物の中を漁ってくれ」

「わかった。茶の間から探すよ」

「三剣、笠原を頼む」

「了解っちゃ~♪」


 茶の間は、泥棒でも入った後のように荒れていた。

 戸棚の引き出しは開けっ放しだし、空の救急箱はフタが開いて畳に転がっている。


「酷いね、これは・・・」

「急いでシェルターに向かったか、その後に泥棒が入ったかだっちゃね~。やたっ、ハナミチドロップ未開封だっちゃ~♪」


 三剣ちゃんは某アニメで見たようなドロップの缶を振り回して、カラカラ鳴らして喜んでいる。


「間違っても、口に入れないでよ?」

「何でだっちゃ?」

「何でって、腐ってるでしょ。何百年も前のドロップなんて」

「開けてないなら、腐らないっちゃよ?」

「はあっ!?」


 何百年も腐らないドロップなんて、僕が生きた時代でも作れはしないはずだ。


「笠原のいた日本は、ずいぶん不自由だったみたいっちゃね」

「そっか、似てるけど違う世界なんだ・・・」

「そういう事っちゃ。次は台所に行くっちゃよ~」


 言いながら三剣ちゃんはドロップを収納して、だっこをせがむような仕草をする。

 優しく掴んで肩に乗せると、ありがとうと言ってホッペにキスをされた。2人で顔を赤くして、台所に向かう。


「わ。土間なんだね、台所」

「一般家庭はこんなもんっちゃ。笠原、戸棚を開けるっちゃ」

「了解。台所は荒されてない。やっぱり泥棒が入ったのかなー」

「缶詰に、お酒もあるっちゃね~♪」


 どんな原理で食べ物が腐らないのだろうと思いながら、少しも膨らんでいない缶詰や澄み切った中身が見える一升瓶を回収する三剣ちゃんを見守る。

 僕も万年筆や地図を収納できるのだからと試したが、小指より小さな箸置きすら収納できなかった。



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