月下の出撃
「お疲れ様です、司令。準備は出来ております」
「・・・行こうか。離陸は飛行場から?」
「はい。玄関に車を待たせてあります」
「ありがとう」
ドアを開けた執務室の敷居を跨がず、そのまま玄関に向かう。
大淀も、一緒に行くようだ。背後から、小さな靴音が聞こえる。
「司令は、足音をあまり出さないのですね・・・」
「ん? ああ、もう戦闘時の心構えだからかな。稽古なんかで派手に足音を出すと、爺ちゃんに木刀でぶっ叩かれたんだよね」
「厳しい御祖父様だったんですね」
「イカれてる、の間違いでしょ」
「そんな」
会話が途切れる。
明かりの少ない廊下を歩き、階段を下りた。
玄関の前にくろがね四起。
それに乗り込もうとして小さな音に振り向くと、玄関の外にある電灯に、季節外れの蛾が体当たりをしていた。
何度も、何度も。
電球を破壊できるはずなどないのに、蛾は体当たりをやめない。いや、蛾は電球を破壊しようなんて思ってないか。そうしたいから、してるだけ。ムダなのに、意味などないのに。
「・・・まるで僕じゃないか」
この蛾は、冬を越せないだろう。それどころか、この鈍い動きでは今夜にでも死んでしまいそうだ。
体当たりをやめようとはしない蛾をモ式で撃ち殺そうと思ったが、鎮守府に向けて銃弾を放つなど正気の沙汰ではないかと思い直す。
「どうしました、司令?」
「あ、いや。なんでもないよ・・・」
くろがね四起の運転席には、飛龍がいた。1人だけだ。
「乗り込む前に殺気を感じたよ。何に苛ついたんだい、司令?」
「・・・蛾」
「はあ?」
くろがね四起が走り出す。
車内は暗いので、表情を見られないのが救いだ。
「まさか、さっきの蛾にご自分を重ねておいでなのですか?」
「・・・ちょっとだけ」
「はあっ。作戦前にそんなんじゃ、置いてかれても文句は言えないよ。部隊は運命共同体。1人が弱気になってて下手を打てば、全員が危険に晒されるんだ」
「わかってる。・・・ねえ、煙草を吸ってもいい?」
「いいけど、中毒になるまで吸い続けると息が切れるようになるよ」
「気の乱れが治まるんだ、これを吸うと。僕がまだまだ未熟者だからかな」
灰皿に消したマッチを捨て、煙を吸い込んでゆっくりと吐く。
窓を薄く開けると、煙が尾を引いて流れてゆく。
チラホラとしかない街灯の下、運転席でハンドルを握る飛龍の横顔が明かりに照らされた。初めて会った時と変わらず、美しい。
でもそれは、すぐに見えなくなった。
「もっと見たいのに隠される。ベッドでの飛龍と同じだね」
「な、何を言ってるんだい出撃前に!」
「帰ったら出撃したみんなで飛龍をベッドに押さえつけて、ずっごい恥ずかしい事をしてやろうかと」
「アタシが何したってんだ!」
「なんとなく?」
「うふふ。もう大丈夫なようですね、司令」
「ん。飛龍、気合入れてこうね」
「ああ。囚われの姫様救出作戦だ。どこぞの助平司令はどうしても気合が入るだろうから、負けてられないね」
また2人、もしかすると3人も増えるのか。
この世界に来てから夜の僕は、向こうじゃ考えられなかったほどに元気いっぱいだ。口にしたら呆れられるので言わないが、熊野丸や摂津丸が僕を所有者に選んでくれたらと思うと、自然と笑みが浮かびそうになる。
「どこの司令、それ? そんなけしからんヤツは、僕が根性を叩き直してあげよう」
「はいはい」
飛行場には、すでに4機のカ号観測機がいつでも飛び立てる状態で並んでいた。
その手前にくろがね四起が停まる。
飛龍を除いた出撃メンバーと、おふくろさん、それに三笠が出迎えてくれた。少し後ろの指揮所の前には、手伝いに来てくれたらしい他の戦乙女達もいる。
「準備は出来ているぞ、笠原」
「ありがとう、三歩。それじゃ、始めようか。おふくろさん、三笠。地図は本当に置いて行かなくていいの?」
「はい。機上や突入してからの作戦変更もあり得ます。こちらは大淀のスキルで状況を把握できるので、どうかお気になさらず」
「せやな。こっちは気にせず、存分に働いてきたらええ」
「わかった。・・・これより、熊野丸摂津丸両名の救出作戦を開始する。各員、配置に付け」
「はっ!」
敬礼。
命令口調も敬礼を交わすのも、戦乙女達の緊張感を削がないためだ。
それなのに素人の僕は、敬礼を交わすと不安が煙のように消え去ったのを感じた。
「・・・敬礼って魔力でもあるの? まさか呪術的な儀式の変形だったりしないよね」
「すいません、聞き取れませんですた。どうしました、司令?」
そう言って僕を見上げるのは、小柄でメガネかわいいカ号観測機だ。ナチュラルに噛むなあ、この子。かわいいからいいけど。
「なんでもないよ。それより、操縦よろしくね」
「はい。おまかせください」
「介、涼、原笠? ・・・ああ、僕の名前か。これ」
「この名を機体に刻まれている限り、怨霊など恐るるに足らずです」
「ははっ、ありがとね。それじゃ、失礼して乗り込みますか。十年式信号拳銃もありがとう」
「ご武運をお祈りしてるっす」
ハシゴを支え、僕達が乗り込めばそれを移動するために、十年式信号拳銃はいるのだろう。
「司令、乗らないんですか?」
「え。前って操縦席じゃないの?」
「ボクは後席が操縦席です。ローターの付け根があるので」
「なるほど。了解」
「普通わかんないっすよねえ」
苦笑いする十年式信号拳銃の頭を撫でてから狭い前部座席に体を押し込め、飛行帽を被ってゴーグルまできちんと装着した。
「司令、大淀です。聞こえますか?」
「感度良好。準備が出来次第、カ号観測機から離陸を開始する」
「了解。・・・おふくろさんが、司令は航空機に乗るのは初めてだろうからと心配しておりまして」
「カ号観測機を信じてる。だから、怖くはないかな」
「なるほど」
「失礼するっす」
十年式信号拳銃がハシゴを半ばまで上がり、腰と肩にあるシートベルトのような物を締めてくれた。
「ありがと」
「落下傘なしでの出撃と聞いて、隼達が呆れてたっすよ?」
「突入してから、敵将を討つまでのスピードが勝負だからね」
「どうか、お気をつけて」
頷くと同時に爆音。
エンジンを始動したらしい。カ号観測機のスキルは音を出さずに飛行するという偵察スキルだが、まだ離陸していないので音が出るようだ。
音と振動に身を委ねていると、これから空に上るのだと実感する。初飛行。それが敵将を討つ深夜の強行突入作戦なのだから、僕は戦いというものに縁があるのかもしれない。
「司令、ここからはボクがいいと言うまで席を立たないで下さい。着陸してからもです」
「了解。よろしく頼むよ」
「では、離陸します」
ガクンと機体が揺れる。
何事かと周囲を見回すと少し離れた指揮所に向かって、手に何かをぶら下げた十年式信号拳銃が走って行くのが見えた。
他の機体からも、順番に戦乙女達が走って離れていっている。
左後方に視線をやると飛龍が顔の前に両手を立て、それを左右に開く仕草を見せた。車輪の近くにいた九九式狙撃銃が、車輪止めらしき物を外して走って機体から離れる。
「離陸開始」
浮き上がる心構え。
ヘリコプターなんて乗った事はないが、エレベーターで感じる浮遊感が僕は好きではない。
「うえええっ!?」
心構えは、あっさりと打ち砕かれた。
「ど、どうしました司令!」
「へ・・・」
「ヘ?」
「ヘリなのに前に進んだーっ!」
「はあ、カ号観測機はそういう機体ですが。機体前部のプロペラで、通常の航空機のように前に進んでからでないと飛び立てません」
「・・・し、知らなかった」
「上がりますよ、司令」
「もうっ!?」
飛行機の離陸って、もっとスピードを上げてからじゃ? そう言いかけると僕は、浮遊感に包まれて空中にいた。
「わあ・・・」
「空へようこそ、司令。気分はどうだい?」
「・・・最高だよ、飛龍。飛行場の明かりが、もう小さくなってる」
「気を抜くんじゃないぞ、笠原」
「わかってるよ、三歩。夜なのに視界は良好。音もないし、まるで夢でも観てるみたいだね」
「江田島、似島上空を通過して摂津丸の艦橋屋上に。着陸は、飛龍さんと三歩さんの機体からですよね」
「次が秋水の操縦で九二式重機関銃が乗った機体。それに九七式重爆撃機と九五年式軍刀の機体が続く」
「そんで僕とカ号観測機が最後と。そろそろ地図を見ておくね。もし敵の戦闘機が来たら、すぐに似島に引き返して地上にでも隠れなきゃ」
「見てください、司令。月が雲に隠れてゆきます」
「天啓だと思っておこうか。天は僕達に味方してくれてるってね」
「はいっ」
戦闘機の怨霊が来たら、か。そうなれば隼達が危険な夜間空戦をする事になるので、出来ればそんな事態は考えたくない。
だが、戦争に僕達の都合なんて反映されるはずもないのが事実。
夜間に艦船が海を進んでも発見されなければ敵艦は来ないというし、カ号観測機のスキルもあるので大丈夫だとは思うが、心構えだけはしておいた方がいい。
江田島、似島と通過して宇品が見えて来ると、僕は思わず甲種三笠短剣の柄に手をやっていた。
「摂津丸視認。右手に見ながら通過しつつ様子をうかがい、宇品方面より艦橋を目指します」
「了解。地図に動きなし」
今度は三歩達もいるのだ。
大丈夫だと自分に言い聞かせながら地図を睨む。
「敵、こちらを発見の気配なし。順次着陸を敢行します」
「飛龍、気をつけてね」
「おう。それじゃ、お先に」
飛龍の操縦する機体が前に出た。他の機体は音もなく空中で静止する。ホバリング、というやつだろうか。
摂津丸はすぐそこ、まさに僕達の眼下にある。
艦橋の屋根には通信設備などが多くあり、着陸スペースなどほとんどない。それでも飛龍は、見事に1発で屋根に着陸した。
三歩がローターを避けて、走り高跳びのベリーロールのような格好でカ号観測機を降りる。
その肩には、三剣ちゃんがしがみついているのが見えた。三歩は飛龍を待たず、そのまま出入口へ駆け出す。
飛龍が機体を降りるとこちらに合図し、すぐにカ号観測機が分身を消した。
「まだ怨霊に動きなし」
「了解。秋水機、着陸するです」
秋水、九七式重爆撃機と着陸しても、地図に浮かんでいる怨霊達は動かない。
「ボク達の番です、司令」
「お願い」
高度が下がる。
分身の機体を見ているとフワッと下がっただけに見えたが、乗っているとこんなに揺れるのか。
地面。いや、屋根が迫る。
墜落か!?
そう思うほどの速度で、カ号観測機はドンッと艦橋の屋根に着陸した。
・・・い、今、バウンドしたよね?
「それより地図!」
こんなに荒っぽい着陸なら、艦橋の敵将に気づかれても不思議じゃない。
そう思って急いで広げた地図の艦橋には、敵将の印が動かずに浮かび上がっていた。
「良かった。敵に動きなし」
「出入口の解錠完了。2人を待つ」
「了解。すぐに向かう」
小声での無線のやりとり。
シートベルトを外すのに苦労していると、カ号観測機が機体に跨るようにして手伝ってくれた。
「ありがと」
「いえ。行きましょう」
飛行帽とゴーグルだけ収納し、地図を持ったまま座席から飛び降りる。
艦橋への入り口まで足音を立てないように走ると、本体の三十年式歩兵銃をいつでも撃てる構えの三歩が頷きながら出迎えてくれた。




