表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
31/33

イレギュラー




 景色が目まぐるしく変化する。

 正面、右、左、後方、計器といった具合にだ。きっちり上空や地上まで見ているので、奇襲を受ける心配はないだろう。

 すでに隼達は宇品上空から離脱して江田島上空にいて、地上から撃たれる事もない。


「来ませんね、敵機・・・」

「だね。もしかしたら、1時間でも短いのかもしれない。でも、これからの戦いでは制空権を取ってから地上部隊と爆撃部隊を投入する事になるだろうから、その護衛戦闘機隊は必須だなあ。今回は来なかったけど、時間をかけたら敵機が飛来して爆撃機が墜ちました。なんて冗談じゃない」

「それならやる事は昔と同じゃないか。アタシらは慣れてるからいいさ」


 不敵な笑顔で飛龍が言う。たしかに、爆撃機が上がるなら護衛の戦闘機を付けるのは戦時中の定石そのものか。

 結局、1時間後の宇品上空突入でも怨霊の戦闘機は来なかった。


「やはり来ない、か。隼達を戻して、休憩を取ってから僕と隼を無線で繋いで。あ、飛龍とおふくろさんと三笠もだ。爆撃の打ち合わせをしたい」

「了解です」


 何杯目になるのかもわからないお茶を飲み干す。

 通信を終えたらしい大淀が湯呑を傾け、大きく息を吐くまで待った。呉にいる戦乙女で一番忙しいのは、大淀なのかもしれない。交戦時の通信を一手に引き受けているのに加え、僕の指揮が拙ければ大淀が止めなくてはならない。気を抜ける時がないのだ。


「悪いね、大淀」

「いえ。私は出来る事をやるだけです」

「・・・ありがとう。今は陸軍のトラックの映像を見てるの?」

「ええ。私の視界は特別製ですので、この部屋の景色と隼達の映像と、陸軍のトラックの映像も見ていますよ」


 分割画面のような視界なのだろうか。

 なんにせよ、いくつもの部隊を見ていてもらえるのはありがたい。


「有能だねえ。何も言わないって事は順調?」

「はい。やはり呉の近くに怨霊はおりません。およそ10分後に砲撃地点到着ですね」

「失礼します」


 部屋に入って来たのは氷川丸だ。

 押している配膳用カートの上には、替えの魔法瓶や手作りのお菓子が並んでいた。


「差し入れかあ。ありがとね、氷川丸」

「それと治療スキルを使う時間です。お菓子とお湯はテーブルに置きますね」

「わ~い、お菓子だっちゃ~♪」

「たくさん食べてね、三剣ちゃん」


 お菓子を並べ終えた氷川丸が割烹着のポケットから出したのは、真っ白な包帯だ。

 氷川丸の治療スキルはゲームで言うヒールのようなものではなく、怪我なら包帯や消毒液などの医療品を、病気なら薬などを消費して患者を治すらしい。

 そのスキルのおかげで、僕の治りはこんなに早いのだ。


「いつも悪いねえ、氷川丸」

「とんでもない。しつこいようですが、やはり傷は完治させていただきたいです」

「今の僕を完治させるとしたら、どのくらいの医療品が必要?」

「んー。包帯なら、20人分でしょうか。全身をこう、木乃伊のようにグルグル巻きにするくらいの」

「やっぱりムリだね。補給されるあてのない貴重な包帯を、僕なんかのためにそんな消費してはいられない」

「ですが・・・」

「いいんだ、氷川丸。今ここで笠原が完治したら、間違いなく救出部隊に着いて来るぞ?」


 はっ、と氷川丸が僕を見る。


「そんなの、当たり前じゃん?」

「むーっ。仕方ありません、ではいつもの通り1人分を消費してスキルを使用します」

「それももったいないんだけどなあ・・・」

「何を言っているのですかっ。医療品の消費を抑えるために自然治癒を待つにしても、日に一度のスキル使用はっ!」

「そうだね、僕が許可したんだ」

「なら大人しく治療されて下さいっ」


 大正時代の和装ウェイトレスのような格好の氷川丸が両腰に拳を添えて怒ったふりをしても、かわいらしいとしか表現できなくて困る。

 1人で和みながら治療スキルを受けようとすると、誰かが椅子を鳴らした。

 おふくろさんだ。

 立ち上がって、地図を見下ろしている。


「どれどれ、宇品の怨霊が一斉に移動開始? 嫌な予感しかしないね」

「司令っ!」

「隼達を戻した途端にこれだ。飛龍、5機の機銃掃射でこの移動中の怨霊を狙うとして、間に合う?」

「間に合わないから移動してるとしか思えないね。敵もやるもんだ」

「行き先は決まってる、か・・・」


 皆は黙って地図に映る怨霊の印が移動するのを見守るようだ。

 治療スキルを使うのは待って欲しい。そう伝えるために氷川丸の手を握り、僕は瞳を閉じた。


「怨霊、半数に分かれて熊野丸と摂津丸に重なりました・・・」

「そうなるよね。大淀、カ号観測機をここに呼んで」

「はっ」

「さて、気がついてる?」


 目を開けて、全員の顔を見渡す。

 溜息を吐いたのは三歩、苦笑いしたのは三剣ちゃんだ。他の皆は気付いていないらしい。いや、九五年式軍刀は気がついたか。


「何がです、司令?」

「地図。似島を見て、おふくろさん」

「こ、これは・・・」

「怨霊の印が消えとるやん・・・」


 大砲がなくなった似島ならいつでも奪える。

 だからこそ、三歩と三剣ちゃん以外は地図さえ見なかったのだろう。


「偵察からかなり時間が経ったから消えたのかもと思ってたんだけどね。どうやら違うらしい。江田島の大原山上空から隼が宇品に向かった時、たしかに似島は見えていた」

「ほんでも印が出てへんって事は・・・」

「似島に怨霊はいない」

「敵将を討ち取ったから、ですか?」

「さあ」

「さあって・・・」

「ついでに言うなら、怨霊はそれなりに状況を見て配置を変えたりする。これはゲーム感覚じゃいられないね」


 敵将を殺して配下の怨霊が消えるなら、怨霊艦隊や怨霊飛行隊はどうなる。

 出撃してくる場所に、部隊を預かる隊長とは別の敵将がいるのだろうか。

 黙って待つ。

 手を離すと、氷川丸がまたお茶を淹れてくれた。


「司令、待っていたのはこれですか?」

「動いた、おふくろさん?」

「はい。我が軍の九二式重機関銃と同じ印ですね。もちろん、色は赤ですが」

「・・・敵将様の待機場所は艦橋か。軍隊っぽい行動原理で動いてるなら兵卒と一緒に待ちはしないと思ったけど、こうも見事に孤立してくれるとはね。こっちが摂津丸?」

「はい。熊野丸には、艦橋がありませんので」

「笠原、言っておくが・・・」


 三歩が僕を睨む。

 おふくろさんと三笠もだ。


「今回は手伝ってもらうよ、三歩?」

「なんっ、だ、と?」

「およっ?」

「三剣ちゃんも来てくれる?」

「当たり前だっちゃ~♪」

「九五年式軍刀は?」

「行くに決まっておろう」

「よし」


 4人なら何とかなりそうだ。

 後は、カ号観測機次第か。


「失礼します。カ号観測機、出頭いたしました」

「わざわざ悪いね。とりあえず座ってお茶でも・・・」

「司令、もしかしてカ号観測機を使って摂津丸の艦橋に乗り込むつもりかい?」


 ハリウッド映画なんか見た事もないのに、飛龍はよく思いつくもんだ。

 そう思っていると、メガネっ子かわいいカ号観測機がおずおずと手を上げた。


「あ、あのー、ボクには1人しか乗れませんけど?」

「へ?」

「えっと、乗れても操縦者以外に1名です。はい」

「だって航空機だよね!? 原付バイクじゃないよね!? 人間2人しか運べないのに、どうやって潜水艦を沈めるっていうのさっ!?」

「ご、ごめんなさいっ」

「なんで謝るの、カ号観測機は悪くないでしょうがーっ!」

「わかっとるなら怒鳴るんじゃない、馬鹿者!」

「イテッ」


 思わずテンションがおかしくなってしまった。

 お茶を飲んで心を落ち着かせる。ついでにカ号観測機の頭に手を伸ばして撫でると、見ているこっちがとろけてしまいそうな笑顔を向けられた。


「カ号観測機、隼達の隊に入ったままだからレベルは上がってるよね?」

「ふにゃ~。はっ、はいです。レベル4であります」

「よし!」


 レベル4なら、本体1機と分身3機を実体化できる。

 4人同時に運んでもらうより難易度は上がると思うけど、1人ずつでも摂津丸に乗り込みさえすれば勝算はあった。


「司令っ、説明をお願い出来ますかっ!?」

「もちろんだよ、おふくろさん」


 珍しくおふくろさんが声を荒らげた。もしかしたら初めて聞くおふくろさんの怒った声かな。

 反対されるかもしれないけど、説得するしかない。遠距離から狙撃で数を減らすという手もあるが、そうなれば状況は膠着するはずだ。

 怨霊は馬鹿ではない。それは、摂津丸と熊野丸を人質にするかのように布陣し直した事から容易に推測できる。甲板に遮蔽物を設置するくらいならいいが、艦内に立て篭もられたら打つ手がなくなるだろう。

 それに最悪の展開は・・・


「しっかし、またもや斬り込みかいな。笠原はんは懲りひんなあ」

「今回は仕方ないよ。三笠、おふくろさん、この状態では軍艦による砲撃と航空機による爆撃が出来ない。それは納得するよね?」

「はい。今はまだ意識がないにしても、あの子達を傷つけたくはありません。曳航して来て修理してから目覚めさせるなど、この状況では絶対に出来ませんから」

「同感や」

「なら例えば、狙撃して怨霊を減らしたとする。敵将はどう動くと思う?」


 2人が顔を見合わせる。


「遮蔽物を並べて反撃、でしょうか」

「・・・おふくろさん。摂津丸も熊野丸も、高射砲と機銃を載せとるやんなあ?」


 はっ、と気づいたおふくろさんが僕を見た。

 頷く。


「ですが、敵将と思われる個体以外の怨霊は舷側に布陣しています」

「今はまだ、ね。地図に浮かび上がる印で、敵の種類は見て取れる。大砲と大型の機銃は10。敵の約3分の1だ。残りは小銃や拳銃。これが摂津丸と熊野丸の武装を使用したらちょっと手強い」

「ちょっとじゃありませんよ!」

「でしょ。それにないとは思うけど、熊野丸に搭載されてる三式指揮連絡機を飛ばされたらどうするの? 魂が眠ってる機体に怨霊が乗って襲って来たら、隼にそれを撃墜しろって言える?」

「そ、それは・・・」

「むう・・・」


 よし、勝った。


「似島で敵の将と思われる怨霊を討った。そしたら残っていた怨霊は、いつの間にか姿を消していたよね。経験値のためにはすべて倒しておきたいけど、今は摂津丸と熊野丸の救出を優先したい。もう一度、もう一度だけ賭けに出よう。今がベストのタイミングなんだ!」



評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ