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海へ




 夢を観ている。

 そう、これは夢だ。

 大きな大きな木。

 苔むす岩に腰掛ける老人を僕は知らないし、彼が語る難しい話もほとんど理解できていない。

 要するにこの国を頼むと老人は言いたいらしいが、僕にそんな事を言われたって困る。

 どうやって生き残るか、それが問題なんだよと心の中で呟くと、穏やかに老人は笑った。


「心配せずともよい。君の道こそが、皇国の未来になるのだ」


 老人が黒い小さな物を放る。

 両手で受け止めると、それは万年筆だった。小さくても、ズッシリと重い。


「これは?」

「贈り物さ。持っておきたまえ」


 胴に、無人と彫ってある。

 

「むじん?」


 そう呟くと老人は苦笑して「なきと」だよと言って腰を上げた。

 老人が遠ざかる。

 その老人を、敬礼で見送る人がいた。

 また、ヒゲを生やした老人だ。

 さっきの老人は枯れ木のような印象だったが、彼に比べるとこの老人は丸太のように厳つい。

 差し出されたのは、紙を丸めて縛った物だ。


「受け取れと?」


 老人が頷く。

 僕がおずおずとそれを受け取ると、老人は何も言わずに敬礼して踵を返した。

 夢らしくすうっと消えてゆく背を見送って、紙を縛る紐を解いてみる。

 地図。

 紙は、見事な日本地図だった。

 僕は今、どこにいるんだろう。そう思うと、九州南部に青い丸が浮かんだ。


「朝だぞ、笠原!」

「ん、んうー・・・」

「起きろ、貴様はそれでも皇軍の兵卒かっ!」

「三歩、もう無理だって。欠片も出ないよ・・・」

「なっ、何を勘違いしておるかっ!」

「ぐっはぁっ!」


 腹に来た衝撃に驚いて飛び起きると、顔を真っ赤にした三歩が僕を睨んでいた。


「・・・えーっと、おはよう?」

「まったく、いつまで寝ているんだ。とっくに陽は昇っているぞ!」

「もうそんな時間? スマホ、はカバンの中だったんだ」

「笠原、おはようっちゃ!」

「三剣ちゃん、おはよう。それにしても、何か変な夢だったなあ・・・」

「夢見が悪かったのか?」


 悪くはないはずだ。

 夢占いで万年筆と地図にどんな意味があるかはわからないが、タダで貰った訳だし。


「悪くはないと思う。お爺さんが出て来てさ、万年筆と・・・」


 カラカラ。

 踏み固められた土の床に落ちたのは、黒い万年筆。


「ええっ!?」


 まさかと思って、手に取って見る。

 胴体部分には、無人としっかり刻印されていた。


「何でこれがここに・・・」

「手妻、ではないようだな。固有技か?」

「何さ、それ?」

「笠原がスキルって言ったやつっちゃ」

「なるほど。三歩のスキルは?」

「【精密射撃】命中率が上がるらしいぞ」

「パッシブスキルか。僕にも効果があればなあ・・・」


 いつの間にかキチンと畳まれていた服を着る。

 万年筆は、胸ポケットに入れた。


「おい、それでその万年筆は何だ?」

「ん、夢で貰った」

「夢で、だと?」

「うん。不思議な話もあるもんだよねえ。まあ、違う世界に迷い込むよりは不思議でもないか」


 水筒を僕に渡して、三歩が腕組みをする。

 眉間のシワで、せっかくの美人さんが台無しだ。いつも笑ってればいいのに。


「・・・詳しく話してみろ」

「大っきな木。苔の生えた岩。そこに、お爺さん」

「お爺さん?」

「そう、枯れ木みたいな老人。難しい話しかしないんで、よくわからなかったよ。その人が万年筆をくれた。そういえば、勲章とかたくさん付いた軍服だったなあ」


 三歩と三剣ちゃんが顔を見合わせている。

 頷き合った所を見ると、何か心当たりでもあるのかもしれない。


「それで?」

「今度は丸太みたいなお爺さん。何も言わずに、地図を・・・」


 音を立てて胡座の上に落ちたのは、地図だ。


「わあお・・・」

「それが地図か、見せてみろ」


 僕が手にする前に、三歩が地図をひったくる。

 水筒を傾けながら見ていると、眉間のシワがさらに深くなった。


「三歩、眉を寄せない。美人が台無しだよ?」

「五月蝿いっ!」

「笠原、ウチはっ?」

「三剣ちゃんはかわいい。かわいいは正義。いいね?」

「わかったっちゃ~♪」

「日付に時刻、現在位置か。まるで神器だな・・・」


 渡された地図を見ると、左下に皇紀2999年8月16日、午前7:15と書いてあった。

 現在位置というのは、この青い丸だろう。


「便利だねえ・・・」

「便利の一言で済む話かっ! 収納と念じてみろ」

「マンガじゃあるまいし・・・」

「いいからやれ、引っ叩くぞ!」

「はいはい、収納っ・・・」


 地図が消えた。

 どうしていいかわからずに2人を見ると、また頷き合っている。


「兵隊手帳を見るっちゃ」


 手帳はちゃぶ台の上にある。

 手に取って見ても、手帳は手帳のままだ。

 1ページ目に僕の写真と情報。

 次のページには、いつの間にか文字が書かれていた。


「うっそーん・・・」

「何と書いてあるんだ?」

「えーと、勤皇家の万年筆と、沈黙の世界地図。あれ、日本地図だったよね?」

「軍神より賜った地図だ。世界地図にもなるのだろうさ」

「軍神?」

「笠原の世界では、違う歴史なのかもな。まあいい。時間がない、行くぞ」

「これを食べるっちゃ」


 三剣ちゃんが小さな体で押したのは、おむすびの乗った小皿だ。

 手を合わせていただきますをして、水筒の水で飲み下す。僕のせいで出発が遅れているのなら、少しでも早くここを出たい。


「そう急がずとも良いというのに」

「ごちそうさまでしたっ。準備はOK!」

「おいおい、準備は出来ておらんぞ。銃の装填を確認し、銃剣の確認もせんか!」

「あ、やっぱり僕も戦うんだね・・・」

「我等の本体を預けるのだ。無様は晒すなよ?」


 銃の説明は、昨夜の内にされている。

 ボルトアクション、明治の名銃、三八と言う妹さんの事を話す三歩は、少しだけ寂しそうだった。


「装填よし。銃剣よし。やっぱ重、いだっ!」

「何か言ったか、二等兵?」

「な、何も言ってないっす・・・」

「では行くぞ。行軍開始だ」


 棚やちゃぶ台、ムシロまで収納して、三歩がハシゴを上がる。


「敵影なし。いいぞ、上がれ」


 眩しさに目を細めながらハシゴを上がり切る。

 三歩はそのハシゴまで収納して、先頭に立って歩き出した。


「何が出ても、笠原は指示があるまで撃つなよ?」

「了解。誤射が怖いもんね」

「そうだ」


 三剣ちゃんを肩に座らせて歩く、三歩の目は真剣だ。

 僕なんか、足手まといだろうに。

 そう思うなら、努力すればいい。そんな声が、聞こえた気がした。


「小休止。水分を補給しろ、笠原」

「う、うん」


 水筒の水を飲む。

 ぬるい水でも喉を通ると、途端に体が楽になった気がした。

 地図を出して見る。

 1時間。たった1時間歩いただけで、僕はバテバテだ。

 昨日も暑い中、爺ちゃんと3時間は稽古をしてたっていうのに。


「くっそ・・・」

「どうした?」

「いや、暑い道場で3時間ぶっ通しで稽古が出来るのに、たった1時間歩いただけでこれかと思うと、情けなくって・・・」

「それが戦場だ。いつ来るかわからない敵。いつ始まるかわからない戦闘。いつ死ぬかわからない自分。あらゆる要素が、兵の体力と精神力を削るのさ」


 説明は受けた。

 でも僕は、銃を撃った事なんてない。

 僕に殺せるのか。怨霊であるとしても敵は人間と変わらない姿で、銃まで持っている。


「死にたくないから殺すのって、人間として間違ってるかな?」

「正しいさ。殺さなければ、殺されるんだ。そろそろ行くぞ。意地を見せろ」

「了解。僕を気遣う必要はないから、三歩のペースで進んで」


 歩いても歩いても、道路に出ない。

 汗の入った目を乱暴に擦り、ムダだとわかっていても邪魔な羽虫を払う。

 自分の荒い息を聞きながら、この世界は1945年で時間が止まっているのだと思い出した。

 そしてそこから約400年、この地上には怨霊とそうでない兵器達しかいなかった事になる。戦時中のろくに舗装もされていない田舎道など、とうの昔に雑草に埋め尽くされたのだろう。


「水の匂いがするっちゃ!」

「川だな。そこで大休止して昼食だ。頑張れるな、笠原?」

「もち、ろんっ・・・」

「よし、もう少しだから頑張れ」


 川。

 川は水の流れだ。

 冷たいのだろうか。美味しいんだろうなあ。タップリと飲んで、水筒にも入れよう。

 そんな事を考えながら、どうにか歩き切った。

 せせらぎ。

 清流とは、こんな場所の事を言うのだろう。


「いいぞ、笠原。大休止だ」


 走る。

 疲れ切っていたはずなのに、よくもまあ走れるものだ。

 自分に呆れながら、川に顔を突っ込むようにして喉を鳴らす。


「ゼハーッ!」

「お、おい、大丈夫か!?」

「冷たい美味しいウマイ!」

「ふふっ、満足したならこっちに座れ。キジを焼き直す」

「やっぱりお米は貴重なの?」

「ああ。朝の握り飯で終わりだ。しばらく我慢だな」

「魚も獲れそうな川だけど・・・」

「今は、先を急ごう。海辺に出れば、食料は楽になる」


 いつの間にか燃えている焚き火のそばに座る。

 地図を出して見るが、青い丸はほとんど動いていない気がした。


「日本地図じゃ、数時間歩いたって居場所は変わらないか」


 住宅地図みたいなのがあればいいのに。

 そう思うと、地図はテレビのチャンネルでも変えたかのように、川と森を映した。


「うっそーん・・・」

「ほう、やはり素晴らしい地図だな」

「あれ、なんか動いてる。僕達の丸の方に・・・」

「戦闘準備!」


 反射的に立ち上がる。

 動いている丸は、川の向こう側にあった。


「地図を仕舞え、鞘を取れ。撃ち方は覚えているな?」

「う、うん・・・」


 自然体で立つ。左手を前に、銃床を肩にフィットさせる。銃爪に指をかけるのは、撃つ時だけ。

 教えられた事を思い出しながら構える。


「まだ敵は遠いさ。だが、いい構えだぞ。やはりある程度の剣を学んだ者は、自然体を理解しているから筋が良い」

「丸は2つだった。怨霊だとしたら、2体だよね?」

「そうだな。ここいらの怨霊は弱く、銃の精度も悪い。気軽に練習のつもりで撃て。笠原が撃ち漏らしても、私か三剣が殺る」

「・・・了解」


 そう返事はしたが、僕は自分で殺すつもりだ。

 この先、2人にばかり戦闘をさせる訳にはいかない。

 僕にもやれる。それがわかれば、2人も少しは気が楽になるだろう。

 昨日の夜、僕が睡魔に身を委ねる直前、三歩と三剣ちゃんは笠原だけでも無事に赤レンガへ送り届けるぞと言っていた。

 3人で、辿り着いてみせる。

 そう強く思いながら、僕は眠りに落ちたのだ。



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