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帰還




「大義だろうが小義だろうが、そうしたいと思ったら命を懸けたらええ。じゃが惚れた女も助けられん男に、義を口にする資格なんぞありゃせん」

「わかってるよ、爺ちゃん。僕は、守る・・・」


 揺れ。

 何でだと思いながら、身を起こした。


「ダメです。寝てて下さい!」


 誰だ、このメガネっ子は。

 それに何で、僕はオート三輪の荷台に寝ている。


「誰? そして九五年式軍刀は?」

「カ号観測機です。九五年式軍刀さんは運転を。それより、喋ってはいけません。骨折と裂傷が多数。九五年式軍刀さんのスキルがなければ、死んでいたかもしれないらしいんですよ!?」


 運転が出来るなら、九五年式軍刀は大丈夫なんだろう。

 安心すると、眠気が襲ってきた。


「寝てはダメですよ。もうすぐ、三十年式歩兵銃さん達との合流地点です」


 三歩は怒るだろうか。

 振り払った手を思い出すと、少し哀しくなった。

 オート三輪が止まる。


「着いたのかな」

「はい。あっ・・・」

「カ号観測機だな。挨拶は後だ。血止めは、・・・してあるか。担架に乗せて、すぐに似島を離脱する」

「はい!」

「三歩、ゴメン・・・」

「いい。よくぞ大物を倒してくれた。だが、こんなのはこれっきりにしてもらうぞ?」


 返事をする前に、僕は地面に降ろされていた。

 視界を遮るのは、包帯だろうか。

 はっきりしない意識の中で、傷の手当てをされたような気もする。

 カ号観測機を無事に助け出したので、今回の目的は完全に達成した。今頃、地図には赤い文字の成功というハンコが押されているだろう。

 仕組みは謎だが、空戦の後にもいつの間にかそのハンコが押されていたのだ。

 包帯で隠されていない右目。

 左はもう、ダメなのだろうか。いや、聞こえなかった耳は、きちんとその役割を果たしている。左目だって、すぐに良くなるはずだ。


「え・・・」

「司令、目が醒めたのですね!?」

「氷川丸・・・」

「すぐに、皆さんをお呼びしますから」


 たしか僕は、担架で運ばれながら瞬きをした。

 その時に気絶でもしたのだろうか。

 見上げているのは、見慣れた自室の天井だ。

 喉が渇いている。

 酷く苦労して身を起こすと、三歩や三笠、おふくろさんが部屋に飛び込んできた。三剣ちゃんと飛龍もいる。


「やあ」

「な、何をしてるんだ!」

「え、喉が渇いたの」

「氷川丸がやるから、笠原は黙って寝てろっ!」

「そんな、病人じゃあるまいし・・・」

「病人じゃなくて怪我人だっ!」


 三歩にしては優しい手つきで、ベッドに体を横たえられる。

 すぐに、水のみが唇の間に入れられた。

 水。

 こんなに甘かっただろうか。

 夢中で飲んだ。


「あっ・・・」


 水のみが離れる。

 まだまだ飲み足りない。言おうとすると、宥めるようにハンカチで口の横を拭かれた。


「もう少ししてから、また飲みましょうね?」


 子供じゃないんだからと思ったが、氷川丸が涙ぐんでいたので素直に頷いた。


「九五年式軍刀は?」

「肩を脱臼しただけだから、もう元気に歩き回っている。笠原だけが重症だったのを、ずいぶんと気に病んでいたぞ」

「でも、九五年式軍刀のスキルのおかげで、僕は助かった。お礼を言っていたと伝えて」

「わかった」


 九五年式軍刀のスキルは、【惜しまねばこそ拾う命】。

 死ぬ気で戦っている時の致命傷が、死なない程度の怪我で済んでしまう凄いスキルだ。

 たしか3日は再発動がないので無理は出来ないが、今回はそのスキルのおかげで命を拾ったのだろう。


「カ号観測機は・・・」


 あれ、眠いのかな。

 思った時には瞼が落ち始め、僕はそれを止める事が出来なかった。


「起きたか。水はいるか?」

「ありがと、三歩。いつの間にか寝てたんだね」

「数時間だけな。それより、今が何月かわかるか?」


 また水のみで水を少しずつ少しずつ飲まされる。

 コップでちょうだいと言いかけたけど、三歩があまりに心配そうに僕の顔を覗き込んでいるのでやめた。


「ふう、ありがと。何月って、9月でしょ。似島でも、もう秋の虫が鳴いてたし」

「10月だよ。笠原は3週間、昏睡状態だったんだ」

「うっそーん・・・」


 ならその3週間なんの進展もなく、たまに来る怨霊艦隊を跳ね返していたんだろうか。


「粥なら口に入れてもいいと言われている。食うか?」


 言われて始めて、僕は飢えている事に気がついた。


「ぜひ!」

「ふふっ、待ってろ。すぐに持ってくる」


 三歩が出て行ったので、手持ち無沙汰で部屋を見渡す。

 ベッドサイドのテーブルには、水のみやハンカチ、地図と軍隊手帳の他にブリキの灰皿。その中に煙草の箱とマッチがあった。

 九五年式軍刀が吸っていたあれだ。


「気持ちは嬉しいけど、美味しくはないんだよなあ・・・」


 軍隊手帳を取って、ページを開く。

 驚いた事に取得してある経験値表示は変わらず、レベルだけが6になっていた。

 レベル5から6までに必要な経験値は500。

 つまりあの大砲の怨霊は、500もの経験値を持つ敵だったらしい。


「人語を解していたし、肝臓を抉ってもピンピンしてた。相当のレベルだったんだろうなあ・・・」


 僕1人だったら、間違いなく死んでいた。

 後で九五年式軍刀にちゃんとお礼を言おうと思っていると、優しくドアが開く。


「悪いね。レベルが6になってたよ」

「だろうな。身を起こせるか?」

「うん。もう元気。でも、お腹が空きすぎて死にそう」


 それでも三歩の助けを借りて、なんとか身を起こす。

 背中と壁の間に布団を丸めて縛った物がいくつか置かれたので、食事は出来そうだ。

 小さなちゃぶ台が太ももを跨いで置かれ、そこに1人分の土鍋と小皿、薬味の皿や漬物が乗ったお盆が置かれる。

 三歩の手で蓋が取られると、柔らかく湯気が立ち上った。


「美味しそうだなあ。いただきます!」

「て、手は動くか?」

「うん。バッチリ」

「そ、そうか・・・」

「そういえば、目の包帯も取れてるね。視力も悪くはなってないみたい」


 言いながら、レンゲでお粥を掬い上げて口に運ぶ。

 米の粒が溶けるほど煮込んであるのは苦手だったけれど、このお粥は文句なしに美味しい。


「はっ、はふっ。うまーっ!」

「あ、熱いんだから気をつけろ」

「熱いから美味しいんじゃないか。三歩も食べる?」

「・・・はぁ。昼食はもういただいたからいい。誰かさんが寝込んでいるので暇だったから、キジを撃って出汁を取ったんだ」

「キジかあ、九州でも美味しくて驚いたんだよね。みんなは元気?」

「ああ。烏口と冠が、ずいぶんと本体に手を入れたからな。前より元気だぞ。それに、レベルもだいぶ上がった」

「艦の子達は敵襲があるからわかるけど、陸軍のレベル上げはどうしたの?」

「前に笠原が言ってたアレだ。広島市街地に接近して、安全な場所から砲撃」

「おお、成功したんだね。良かった」

「あの書き付けを大淀が執務室の机から発見しなければ、それも出来なかったがな。しかし何だ、あれじゃまるで遺書じゃないか」


 僕がどんな状態でも、おふくろさんと三笠を筆頭にした話し合いで犠牲者の予想がなしなら、作戦は自由に立案して気を抜かず遂行すべし。

 軍隊は命令がなければ硬直してしまう組織というイメージがあったので、いくつかの懸念事項と一緒に書いておいた。

 たしか、呉に陸軍が合流してすぐに書いたんだ。

 ネギのシャキシャキ感と香りを楽しみながら、最後のお粥を啜る。


「ああ、もうなくなっちゃった・・・」

「まだ食欲があっても、明日までは我慢するんだな」

「明日は、普通のゴハンにしてくれる?」

「知らん。判断するのは氷川丸だ」

「リハビリに、釣りでもするかなあ。いや、3週間もムダに時間を過ごしたんだ。そんなヒマはないな」

「言っておくがしばらく訓練などさせぬし、作戦にも連れて行かないからな?」

「えーっ!」


 声を上げても三歩はそれを気にせず、さっさと土鍋の乗ったお盆を持ち上げた。


「美味しかった。ごちそうさま」

「まあ、このくらいならいつでも作ってやる」

「楽しみにしてるよ、ありがとう」


 それから3日は車椅子でしか行動させてもらえず、食事もお粥ばかりだった。


「司令、本気なのですか?」

「そうだよ、氷川丸。これだけは、譲れない。さあ、その松葉杖を渡すんだ!」

「ご武運を・・・」


 松葉杖に凭れるようにして立ち上がると、ちょうど三笠とおふくろさんが部屋に入ってきた。


「なにしとんねん、司令?」

「今日はカレーの日だから、食堂に行こうと思って」

「ここに運んだらええやんか」

「おお、その発想はなかった。でも、みんなの顔も見たいし」


 九五年式軍刀やカ号観測機、それにいつものメンバーは部屋に来てくれたけど、松型駆逐艦の子達や隼達なんかの顔は見ていない。

 せっかく立ち上がったのだし、そのまま歩き始める。


「ほんならお供しよか」

「何か用事だったんじゃないの?」

「大した話やあれへん。そろそろ宇品攻略を始めるべきやと、意見具申に来たんや」

「僕が動けないのにっ!?」

「せや。その方が安心やと、意見が一致したでなあ」

「指揮だけ出来る状態なら、それでいいっていうのか。卑怯な・・・」

「ふふん。ヤンチャな指揮官を持つと、下も似てくるって事やな」


 食堂に入ると、全員の目が僕に向いた。


「しれーだぁ!」


 松型駆逐艦の子達が立ち上がる。

 スプーンを持ったまま、こちらに駆けてくる子もいた。

 立ち上がったのは、松型駆逐艦だけではない。

 長門に榛名に鳳翔、隼達3姉妹にチハなんかも立ち上がって、横一列に並ぶ。

 松型駆逐艦の子達はそれに気がつくと急いで列に加わって、慌ててスプーンを左手に持ち替えたりしていた。かわいいなあ、もう。


「似島の敵将を見事に討ち取った、勇猛なる我等が司令長官殿に、敬礼ッ!」


 松葉杖を小脇に僕が敬礼を返すと、なぜか万歳三唱が始まる。


「スプーンを持っての敬礼から万歳三唱。うん、かわいいからよし!」

「まさか司令、松型駆逐艦を愛でるために、ムリをして歩いたのではないでしょうね?」

「まさかまさか。カレーが食べたかったんだよ。氷川丸と朝日丸のお粥は美味しいけど、金曜日のカレーだけは譲れない」

「そんなに褒めたって、お酒は出ませんよ?」

「やっぱりか。でも僕はいいから、みんなにはお酒を出してあげて。レベルアップのお祝いだ」

「かしこまりました」


 朝日丸にお礼を言って、いつものテーブルに座る。

 カレーを食べながら似島について話し合っていると、カ号観測機を連れた三歩達も食堂に入ってきた。


「歩いて平気なのかい、司令?」

「松葉杖もあるからね。何の箱を持ってるの、飛龍?」

「魚だよ。姐さんが司令にたくさん食わせるって言って、なかなか竿を納めてくれなくってさ。イテッ・・・」

「余計な事は言わんでよろしい。氷川丸、笠原は飲めるのか?」

「少しなら平気だとは思いますが・・・」

「なら食事の後に、刺し身と一緒に少しだけ部屋に運んで飲ませてやってくれ。今夜は、カ号観測機を部屋にやるんでな」

「なるほど。では明日は、私と朝日丸もお情けをいただきましょうか」

「ええっ!?」


 メガネっ子かわいいカ号観測機の次の日は、和装ウエイトレス美人か。

 リア充って書いて、僕って読むんじゃないだろうか。この世界。


「どんと来いだけど、何で?」

「私も朝日丸も、病院船として戦争に参加していました。なのでどちらかが、怪我や病気に対処するスキルを得られる可能性は高いと思います。そうなれば今回のような事があっても、少しは安心できますから」

「なるほど・・・」

「まあ、しばらくは戦闘になど出さんがな」



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