月下の会談
「あそこが上陸予定地点だね。大発動艇を着けるよ?」
「お願い」
街灯の1つもなく月明かりにだけ照らされる島影は、大きな怪獣が身じろぎもせずに眠っているのではないかと思えるほどの不気味さだった。
岩場に大発動艇が接近する。
コツン、と音がして止まると、九五年式軍刀は躊躇いもせずに大発動艇から飛び降りた。
「じゃ、行ってきます」
返事を聞く前に跳ぶ。
今回の作戦開始前にも思ったけど、どうやら僕は見送られるのが苦手なようだ。無事に帰れと言われても、どんな顔をしていいのかわからなくなる。
地図を見てくれている大淀によると、最後に僕が地図を見てから大砲は動いてはいないらしい。
ただじっと、カ号観測機のそばにいる。
その事実が、ただただ不気味だった。
波を蹴りながら上陸。
立ち塞がる崖のような斜面を、九五年式軍刀と無言で這い上がった。
「怨霊に動きはなし。そこから道なので、左に直進して下さい」
自分の右手を見ながら、親指を立てて見せる。月明かりで、そのくらいは何とか見て取れた。
大淀の声ははっきり聞こえるが、僕達にしかそれは聞こえない。でも僕達が無線で会話しようと声を出せば、それは他の動物や人間、怨霊にまで聞こえてしまう。
歯痒いとは思うけど、ゲームと同じでそれが仕様なら諦めるしかない。
「九五年式軍刀。2人で奇襲が出来そうにはないみたいだから、予定通り僕が怨霊の気を引く」
「了解。殺しには慣れてる。任せてくれ」
「抜刀しての突撃なんて、そんなにあったの?」
「先の大戦ではあまりなかったのう。だが、ワシの本体は古刀を九五年式軍刀に拵え直した物だ」
「歴史の生き証人、か・・・」
「司令の先祖とも、力を合わせたやもしれんなあ。指揮所では言葉を濁しておったが、幕府方の隠密の家系ではあるまい?」
痛いところを突く。
そこまで予測しているなら、僕の悩みも見抜かれているかもしれない。
シェルターにいるはずの日本人。
戦乙女は軍国主義者というほど考えが凝り固まっていないのでいつもは意識しないが、シェルターで暮らしている日本人は僕の知っている日本人ではない。
考えたくはないが、怨霊を殲滅して地上に迎えた後に、戦乙女達を奴隷のように扱う可能性もあるのだ。
軍国主義者達の群れ。
大義の名の下に。ありそうな事だ。
「・・・今は、カ号観測機を助ける事だけを考えたい」
「いつもは三十年式歩兵銃達がいるので言わんが、司令はどうするのかとずっと考えていた。敵は斬れるだろう。良い腕をしているし、覚悟も見事なものだ。だが、血と共に受け継いできた勤皇思想まで斬れるかな?」
「そんなの、受け継いでないよ」
「先祖が命懸けで守った想いを?」
「聞きたいなら後で話すけど、日本が負けの後に手に入れたのは平民の豊かさだった。その味を覚えてしまったから、もうあんな形での戦争はあり得ない。そんな時代に、僕は生きていたんだよ」
「この世界から、戦争がなくなると?」
「そんなに人類は利口じゃない。戦争は、職業軍人の仕事になったって事。日本は、それすらも禁じられたけどね」
「ふむ。興味深いのう・・・」
昔は踏み固められた道だったらしい崖の上は、今では背の高い草の生い茂る道とは言えないただの細長い原っぱだ。
そこを歩きながら、僕に人間が殺せるのか考えてみる。
答えは出ない。
でも、戦乙女を人間扱いしないなら、斬れるだろうと思った。
「司令。そこから左です」
「大砲の怨霊は、このオート三輪でここまで来たのか。ならここから、僕達は声を出さない。ナビをお願いね、大淀」
「はい。どうか、お気をつけて」
九五年式軍刀と頷き合い、怨霊が歩いた痕を進む。森は深い。
ギリギリまで、こうして進むつもりだ。
木々を避けながら、怨霊に踏まれた草が倒れて先に続いている。
そのまま10分も進むと、大淀のストップがかかった。
「それ以上進むと、怨霊に発見される可能性があります」
九五年式軍刀が頷く。
左前方を指差し、左拳を僕に見せてその左後方から斬る仕草。
僕が頷くと、ニヤリと笑って左に進んでいく。
「凄い、歩いているのに草が揺れない・・・」
僕の耳には、大淀の声と虫の声しか届いていない。
つまり九五年式軍刀は虫にさえ警戒されず、草を鳴らさずに歩いている事になる。やはり、良い腕だ。
じっと待つ。
虫の声さえ反射しない、岩より木より小さな存在になれと自分に言い聞かせる。
どれほどそうしていただろうか。
僕という存在が夜に溶けてしまえるかもしれない、そんな図に乗った考えを咎めるように、大淀の緊張した声が聞こえた。
「九五年式軍刀さん、配置に付きました。これよりの司令の動きは、すべて伝えます」
右手。親指を上げて見せる。
「ご武運を・・・」
歩き出す。
怨霊の狙いがカ号観測機の破壊ではなく僕達を誘き出す事にあるなら、とうの昔にこの道を砲撃されていてもおかしくはない。
それをしなかったのだから、話しくらいはする気があるのだろう。まあ、怨霊が言葉を話せるのならばだけど。
サクサクと草を踏みながら歩く。
森は深く、月明かりさえ滅多には届かない。
「ヤットキタカ・・・」
「待たせたね、お嬢さん」
森の切れ目。
舞台のような空き地に、月明かりが照明のように降り注いでいる。
ヘリコプターと飛行機を足して2で割ったような機体、僕の足より太い砲身を持つ大砲。
その砲身に座るツノを生やした怨霊は、艶然と微笑みながら呟いた。
「エラべ。ニンゲンヲミステルカ、ココデシヌカ・・・」
「戦乙女は、助けてくれるのかい?」
怨霊が黙り込む。
黒チハと同じ、ツノがある怨霊だ。
高レベルなのだろうと推測されるが、怨霊の生態なんて僕達にはわからない。
もしこの怨霊が無線スキルで誰かと連絡を取っていたとしても、僕は驚かないだろう。わからない事だらけで、何があっても不思議ではないのだ。
「アレハ、ヘイキデアリニンゲンデモアル。ダガ、ジュンスイナニンゲンデハナク、タダノヘイキデモナイ。ミステロ・・・」
「断る」
「ホウハ、オマエ二ムイテイル。イツデモウテルノダゾ?」
「互いに無事じゃすまないだろうね。この距離じゃ」
「ヒトリガイヤナラ、ワレラガイル。コチラニコイ、シンセカイノオウジ・・・」
「行ったらどうなるの?」
「カワイガッテヤル。アラソイノナイセカイデ、トワニ・・・」
「ふうん。世界から人間を排除して、何がしたいの?」
問答は、ここまでらしい。
足音も立てずに怨霊に忍び寄っていた九五年式軍刀は、カ号観測機を足場にジャンプして怨霊の首を飛ばさんと、抜き打ちの刃で細い首を薙いだ。
「コザカシイ・・・」
言いながら怨霊は砲身からスルリと飛び降りる。
三笠刀。すでに抜いてる。
僕は、迷わずに走り出した。
確実に殺すため、モ式も三十年式銃剣も抜いていない。
左の脇腹に引き付けた三笠刀。
右手で握り、柄頭に左の掌底を当てているのだ。このまま体ごとぶち当たれば、刃筋は揺るがず体重で刃を押し込める。
狙うは、肝臓。
「オウジ、オロカナッ!」
靭やかな筋肉。
その奥にある、柔らかな手応え。
思わずといった感じで殴られ、僕は吹っ飛んでいる。
だが、肝臓は貫いた。
これで怨霊がどんな生物でも、あの傷が元で死ぬだろう。
「貴様、誰に手を上げたかわかっておるのかっ!」
九五年式軍刀が間合いを詰め、見事な太刀筋で斬り上げる。
脇腹を押さえながら、怨霊は跳び下がった。
モ式を抜く。右だ。
走りながら、怨霊の首を狙って左手の三笠刀を跳ね上げる。
「クッ!」
剣を戻しながら首を薙ぐ。
浅い。
モ式を抜きながら、銃爪を引きっぱなしにする。
下から上に、20発の銃弾がバラ撒かれた。
どんなに堅い体をしているのか、手を交差させて顔を庇った怨霊が血も流さずによろめく。
「もらった!」
九五年式軍刀が飛び込んだ。
必殺のタイミング。これを躱せるはずがない。
構えながら後ろに距離を取り、怨霊の最後を見守る。
「フハハッ」
笑った?
思うと同時に目の前の地面が爆発し、僕は木の幹に当って顔から地面に突っ込んだ。
土を吐き出しながら立ち上がる。
音が聞こえない。
知るか。
体中が痛い。目に入ったのは血だろうか。
構わずに立ち上がって、晴れていく煙の中に怨霊を探す。
いた。
千切れかかった体。見るからに致命傷だ。
それでも、近づいて首元に三笠刀を添えた。
「言い遺す事は?」
言えたのかはわからない。
僕の耳は、まるで聞こえないのだ。
怨霊が微笑む。
マッテイル、そう口が動いたので、首を掻き斬る。そのまま、怨霊は動かなくなった。
「九五年式軍刀、どこだ!?」
まさかという思いが浮かぶ。
怨霊がヤケッパチの自爆攻撃をした時、僕は距離を取っていた。
なら、踏み込んで怨霊を斬ろうとしていた九五年式軍刀はどうなる。怨霊はその体が、千切れかかっていたのだ。
「九五年式軍刀、返事を、いや、耳をやられてるんだ。とりあえず動いて! 空気の動きで、居場所を感じられるくらいにっ!」
焼け焦げた軍服で目に入った血を拭いながら、九五年式軍刀を探す。
折れた砲身。
その向こうのカ号観測機のさらに向こうから、抜身の刀をぶら下げた九五年式軍刀がフラフラと歩いてくる。
「生きてたか。良かった・・・」
九五年式軍刀が何か言いながら足を速める。
「ゴメン、耳をやられてるんだ。聞こえないよ・・・」
それでも、九五年式軍刀は口を動かすのを止めない。
「いいから、すぐにここを離れるよ。他の怨霊が来るかもしれない。さっきの音は、届いただろうし。さあ、行こう・・・」
見たところ損傷もほとんどないし、カ号観測機を目覚めさせるのは似島を手に入れてからでいい。
そう思って歩き出すと、ゆっくりと地面が近づいてきた。
小人にでもなったのかな、僕。
考える事が出来たのは、そこまでだった。




