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大砲の行方




「お待たせやっ!」

「失礼しますっすー!」


 飛び込んできた三笠が、テーブルの上の地図に走り寄る。

 敬礼をする十年式信号拳銃に敬礼を返すと、顔をくしゃくしゃにして笑顔を見せてくれた。


「ご苦労様。2人共、まずは座ってお茶でも飲んで」

「なんや。まだ下山途中かいな」

「うん。だから、まずは落ち着こう」


 言いながら、僕もお茶を飲む。

 お茶の木はそれほどの手入れをしなくても育つらしく、石垣の隙間などに根を張っている物を放置してそこから収穫しているらしい。

 渋みも強いが、それ以上に風味が強い。

 僕はこのお茶が、嫌いではなかった。


「下山した重砲、速度を上げました」

「車両でも使ってるのかな。似島港にいる機銃の怨霊と合流するのはいいにしても、峠島方面に砲口を向けられると面倒だね」

「そこまでの知恵が、怨霊にあるんかいな」

「わっかんないねえ」


 雑談しながら大砲の向かう先を見ていた僕達だが、印が似島港への道を行き過ぎると全員が立ち上がった。

 唸り声。

 誰が漏らしたものだろうか。

 僕達はまさかと思いながらも、先程までの気楽さを呪うような気分になっていた。


「まさか、そんなはずないっちゃよね・・・」


 だが、大砲の印は地獄鼻方面に向かっている。


「やられた。僕のミスだ・・・」

「まだそうと決まってはいない。それに狭い島とはいえ、車では進めない道もあるだろう。今から航空戦力を上げれば、充分に間に合う!」

「ムリだよ。あの辺は森になってた。当時はわからないけど、今はカ号観測機も森の中。そして森に入るまでに大砲を倒すには、もう遅いんだ・・・」


 大砲が動き出した時点で、隼達に飛龍を付けて上がってもらっていれば。

 それなら間に合った。

 もし今からカ号観測機が怨霊に破壊されるのだとして、彼女を助けるためにはそれしかなかった。

 そして僕は、その決断が出来なかった・・・


「司令!」


 どうやら、腰を抜かしてしまったらしい。

 大きな音と共に崩れ落ちた僕を、大淀が椅子に座らせる。

 僕はお礼も言わずに、地図だけを見ていた。


「まだわかりません。しっかりして下さい!」

「でも・・・」

「せやで。まだ可能性はあるんや」


 可能性。

 そんな事はカ号観測機が破壊されるその瞬間まであるじゃないか。

 ・・・行こう。

 僕は間違えた。

 なら、僕が助けに行けばいい。

 勢い良く立ち上がる。

 三笠刀。三十年式銃剣。モ式。これだけあれば、怨霊の1匹ぐらいは殺してやれる。

 たとえ、刺し違えてもだ。


「どこへいく気だ、笠原?」

「・・・止めないで」

「そんな事が出来るか。座れ」

「行かせて、三歩」

「ダメだ」

「・・・でも、僕は行く」


 三歩の手。

 厳しくも優しいこの手が、僕は大好きだ。

 その手を、振り払う。


「笠原っ!」

「どいて、三歩。ここからじゃ、怨霊を殺せない・・・」


 まだ見ぬ人。

 カ号観測機は僕が助ける。

 間違えた僕だからこそ、助けなければいけない。


「笠原・・・」

「少しだけ待ってくれへんか、笠原はん」

「時間がない」

「そうやろか。今から船を出したって、怨霊がカ号観測機の元へ辿り着く方が早いやろ」

「だからこそっ!」

「せやから、日が沈むまでは待ってくれって言うとんねん」

「・・・日没まで?」

「せや。潜水艦で瀬戸内海の仲間を集めたって言うたやろ。日が沈めば、発見されなきゃ怨霊の艦隊はけえへん。どうしても行くなら大発動艇で送ったるさかい、それまでは待ってんか?」


 椅子に腰を下ろす。

 夜の森。

 僕にやれるのだろうか。

 目で見ずに動く稽古と称して、閉め切った蔵の中で小太刀を振る稽古なんかはさせられた。

 裏山の入り口まで連れて行かれ、山で遊んで来いと背中を押された事もある。小学校の夏休み、深夜2時くらいにだ。

 やれる。

 やる。

 殺・・・


「怨霊、カ号観測機と思われる機体の元に到着しました・・・」


 大淀が言ったのは、まだ夕暮れにもならない時間だ。

 全員が、地図を睨んでいる。


「5分経過。動きはありません」

「壊そうってんじゃないみたいだね・・・」


 では怨霊は、何のためにカ号観測機の眠る場所まで移動した。

 誰にも答えられる事ではない。

 だから、黙っていた。

 今はただ、早く陽が落ちてくれと祈るしかない。


「笠原、作戦は?」

「・・・闇に紛れて上陸。怨霊を殺す」

「1人でか?」

「うん・・・」


 夜の闇の中で動いて敵を殺すのは、訓練でどうにかなる技術ではない。

 そう言われた事を僕は忘れていない。


「バカなっ!」

「落ち着け、飛龍」

「よくそんな事が言えるね、姐さん!」

「十年式信号拳銃。九五年式軍刀をここに呼んでくれ」

「了解っす」


 九五年式軍刀を、僕に付けると言うのだろう。

 たしかに彼女ならやれるかもしれないが、出来るなら1人で行かせて欲しい。


「三歩、僕は・・・」

「彼女の随行を拒むなら、笠原を縛り上げて翌朝に救出作戦を実行する。それでも良ければ、好きにするといいさ」

「・・・わかった」

「あの、せめて九九式狙撃銃も連れて行きませんか? 彼女はスキルも優秀ですが、ゲリラ戦も得意なので・・・」

「九五式一型練習機殿。笠原が求めているのは、そんな程度の兵ではない。私だってゲリラ戦も野戦も散々やったが、笠原は連れて行ってはくれないんです」

「それは、どういう意味ですか?」

「話せ、笠原」

「・・・九五年式軍刀が来たら、知ってる事は話すよ」


 お茶で唇を湿らせる。

 前に三笠がくれた煙草は、執務室の机の中だ。

 毒でも吸えば少しは気が紛れるかとも思ったけど、ないのだから仕方ない。


「九五年式軍刀、出頭した」

「こちらに座ってくれ。十年式信号拳銃、茶を」


 九五年式軍刀は僕の隣に、背筋を伸ばして座る。


「楽にしていいですよ」

「ありがたい、おふくろさん。では、そうさせていただこうかのう」


 言ってから九五年式軍刀がテーブルに置いたのは、見た事のない煙草だった。

 手を伸ばして、1本取る。


「ほう。相当に危険な作戦のようだのう・・・」

「正直、一緒に来てくれと言いたくない」

「なら行くぞ。ほれ、もっと近う」


 2人で煙草に火を点ける。

 1本のマッチに顔を寄せてだ。


「にっが・・・」


 苦いだけではなく、葉っぱが口の中に入る。マズイとしか、言い様がない。


「苦さのない人生などあるものかよ。ついでに、土産をやろうか」


 九五年式軍刀が懐から出したのは、折られた紙の束だった。

 おふくろさんが、それを手に取る。


「まあ、陸軍の制式書類をこんな風に・・・」

「読んでいただけるかな。おふくろさん」

「ええと。魔都の人斬り、笠原潜蔵報告書。笠原・・・」

「司令?」

「この世界ではどうなってるか、あっちの世界でどうなっていたかはわからない。でも、ひい爺ちゃんの名前だね」

「来歴を、おふくろさん」

「西南の役の後に薩摩の動向を探る隠密の強化として、熊本に移った笠原家の長子。古くから隠密の家系であり、軍での教育はほとんど受けず、家伝の剣術を得意とした。長らく上海で各国の諜報部と渡り合い、魔都の人斬りとして日本軍人からも恐れられる。皇紀二五九○、30人斬りの後に東シナ海に入水。以後、消息不明・・・」


 どうやらこの世界に、僕はいないようだ。

 あちらではひい爺ちゃんは無事に日本に帰り、爺ちゃんを育てて最後は大往生だった。だからこそ、僕は生まれてきた。


「司令は隠密の家系に生まれて、鍛えられていたって言うのかい?」

「いや、そうじゃないよ。最低限の、そうだなあ。選択するための技術だけは教わったけど」

「意味がわからないんだけど?」

「いつかまた、我が家が馳せ参じる事態になるかもしれない。その時に行くにしても行かないにしても、最低限の剣だけは学べって感じ。銃なんて、必要になればすぐに上達するって聞いてたんだけどなあ・・・」

「モ式を選んだのは、それでだったんだね」

「いや、完全に好みで選んだだけ」


 窓が赤く染まっている。

 軍隊手帳を出して、まずは部隊の解散にチェックを入れた。

 僕、九五年式軍刀、おふくろさん、三笠、大淀、十年式信号拳銃と名前を書き込んでいく。


「凄い部隊編成だのう」

「実際の戦闘は、僕と九五年式軍刀でやるからね。どの程度の経験値がある怨霊かは知らないけど、普段戦場に出られないメンツのレベルアップが早くなるならって」

「笠原、戦闘の役に立ちそうなスキルは出ていないのか?」

「そういえば、今朝の空戦でレベル5になったんだっけ。えーっと、お、一等兵になってる。スキルは【陸戦特務兵】と【海上特務兵】、それに【航空特務兵】ってのが出てるや」


 【陸戦特務兵】は陸上での戦闘にプラス補正が入る。

 【海上特務兵】は軍艦等に乗り込むと戦乙女の行動にプラス補正が入る。

 【航空特務兵】は航空機の操縦にプラス補正だ。


「迷わず【航空特務兵】!」

「殺すぞ?」

「ご、ごめんなさい。【陸戦特務兵】にします。はい・・・」


 それでも三歩は信用していないらしく、軍隊手帳を覗き込んで【陸戦特務兵】に丸をつけるまで目を離さなかった。


「あ、なんだこれ?」

「ほう、気が立ち昇るようだのう」

「何だそれは?」

「えーっと、何て言ったらいいんだろ・・・」

「そうじゃなあ。三十年式歩兵銃殿も、心気の冴えで撃つ前に弾が命中するのがわかったりするであろう?」

「まあ、たしかにそんな感覚を感じた事はある」

「そんな状態に入りやすいのだ。元の心気が大きく、鋭ければ鋭いほどに」


 気持ちが悪い。

 努力もせずに強くなるのが、こんなに気分の悪い事だなんて思わなかった。

 でも、カ号観測機を助けるのにこれが必要なら、使うしかない。

 そして明日から、このスキルで手に入れた力よりも多くの努力をすればいいのだ。


「よし、行こうか。まずは大発動艇の操縦を習わないと」

「戦闘では役に立たんから、うちの操縦で送るで?」

「何があるかわからないからね。三笠達は戦闘機のみんなに待機してもらいながら、呉で待ってて」

「そうだな。なら大発動艇は飛龍に頼もう。私と三剣は、その護衛だな」

「いいの?」

「当たり前だ。上陸は出来ないにしても、それくらいはさせてくれ」

「ありがと、三歩」


 大淀に無線を繋ぎっぱなしにしてくれと頼んでから、声が出せない場合のタイミングの合わせ方や、仕草での方向や行動の指示を簡単に決める。

 明かりのない海に大発動艇が滑り出したのは、夜の10時ちょうどだった。



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