制空権検証と似島偵察
「司令。全機、発進準備完了です」
「作戦開始。隼に任せたって伝えて」
「了解。・・・離陸開始しました」
聞こえていたエンジン音が、爆音に変わっている。
飛び立つ隼達を見たいと思ったが、ここにいるのが僕の仕事だ。
「そういえば、忘れていました。行ってきますね」
「どこに、おふくろさん?」
「入り口に黒板があったでしょう。作戦や出撃した兵の名前を書くんです。隼が帰ったら、結果も書きます。帰還した兵の名前なども」
なら帰らない兵はどうなるのかと考え、すぐにやめた。
400年、戦死者は出ていないのだ。
そこにレベルとスキルを手に入れ、陸海軍が合流したのだから、誰も死ぬはずがない。いや、死なせない。
「流星、天山、発艦します」
「敵は戦闘機の可能性が高いから、ムリだけはするなと」
「了解」
三角形の編隊で飛ぶ隼達の後ろに飛龍と天山が付き、きれいな五角形で峠島を目指している。
「まずは峠島の制空権を奪えたかどうかだね」
「司令の考えが正しければ、ここでは敵機は来ない。さて、楽しみだねえ」
峠島は、呉のすぐ近くにある。
飛行機の印が峠島を掠めるように旋回を始めても、怨霊が出たという報告はない。
じっと待つ。
誰も、声すら出さない。
「出ないか・・・」
「司令、まだ1分しか経ってませんよ?」
地図の時計を見る。
10分くらいだと思ったのに、本当にたった1分。
「・・・緊張してるのかな、僕」
「たぶんそうだね。実戦に出たら、こんなもんじゃないよ?」
「覚悟しておく。それに、宇品攻略前に陸から突っかけてみる気だからね。そこでまた場数も踏めるさ」
「初耳だぞ、笠原」
「レベルはどうしてもバラつくでしょ。陸軍のレベルが低い5人と九五式重戦車を組ませて、高所から怨霊が固まってる場所を砲撃。反撃が来たら、用意しておいたトラックで逃げる。深追いしてくれたなら、九五式重戦車と飛龍を交代させて爆撃。そうやって、少しでもレベルを平均に近づけたい」
「なるほど。それはありがたいな」
沈黙。
「3分経過」
「まだ3分か。5人は大丈夫?」
「冗談を言いながら、索敵していますよ。活躍したら司令はどれだけかわいがってくれるか、とか。具体的な話も出てますね」
「猥談しながら索敵とか、どれだけハートが強いのさ・・・」
「そのくらいじゃなきゃ、空では生き残れないんだよ」
陸は陸で、海は海でキツイ。
つまりどこで戦っても、戦争とは残酷なものなんだろう。
「5分経過」
沈黙が支配する指揮所に、大淀の澄んだ声が響く。
「5分で敵機が見えてないなら、来ない可能性が高いか」
「そうなの、飛龍?」
「接近にだって時間がかかるからね」
「なるほど・・・」
地図を少しスライドさせる。
まるでどこかのタブレット端末だ。
似島。
検疫所に、暁部隊。こちらには原爆は落ちていないから、きっと普通の小島なのだろう。
怨霊は建物を壊さず人間だけを狙ったそうなので、武器庫なんかがあればそこで戦乙女が眠りについているかもしれない。
「10分です、司令」
「よし。作戦追加。ニノシマ偵察作戦、書き込みを始める」
「はっ。それまで旋回待機をと通達します」
峠島の上にある5機を丸で囲み、似島へ矢印を伸ばす。
似島の横には、「上空より偵察。対空砲火が始まれば離脱。対空砲火なき場合はすみやかに偵察を済ませ、江田島上空で敵機の襲来に備える。敵機の襲来あればこれを迎撃。なおこの迎撃には、呉航空隊飛行場で待機中の秋水も加わる。戦闘終了後、飛行場に帰還」と書いた。
「おふくろさん、これでいいかな?」
「はい。お見事ですよ」
「良かった。じゃあ、この文面を隼達に伝えて」
「了解です。お待ち下さい」
胃が痛い。
九州では感じなかった種類の緊張感が、僕の胃をナイフで突いているかのようだ。
「自分が出ない戦闘って、やっぱりツライねえ・・・」
「慣れてもらうさ」
「後で胃薬をお出ししますね」
「・・・九州でも思ったけど、司令には戦いながらの指揮が合ってるのかもね」
「言うな、飛龍。笠原に何かあれば・・・」
「そう、アタシ達が困る。でも違う世界から来た司令が無条件でアタシ達と一緒に怨霊と戦ってくれてるのに、こっちの都合ばかりを押し付けるのもね」
「ぬう・・・」
「いいさ。僕だって死にたくはないんだ。強くなるまでは、過保護にしてくれていい」
僕は弱い。
戦う術なんて、5分に1回だけ命中させられる銃撃しかない。それだって、三歩がそばに居てくれないと撃てないと来ている。
少しくらい剣が使えたって、近代の戦場では何の役にも立たないのだ。
「作戦の通達完了。次の旋回で似島に向かいたいと言っています」
「任せる。秋水の離陸準備は?」
「完了しています。降下開始。終了から最終旋回に入り、そのまま高度1000で偵察予定です」
もう少し高度を取れ、そう言いかけて歯を食い縛った。
任せると言ったくせに指示を出したら、指揮官失格だろう。奥歯を軋ませながら、じっと地図を睨む。
「降下終了。安芸小富士方面より似島を縦断し、江田島の椎ノ木鼻に抜けるそうです」
「この辺りからか。宇品から砲撃されなきゃいいけど・・・」
似島は、不格好な銃に似た形をしている。
銃口である安芸小富士が狙うのは、宇品方面だ。その宇品に背中を向けるようにして、隼達は似島上空に侵入するらしい。
「反対から突入して対空砲火を浴びれば、広島方面にしか逃げ場がなくなる可能性もある。これでいいのさ、司令」
「なるほど。大淀、対空砲火は?」
「ありません。縦断開始」
その声と同時に、安芸小富士に大砲の印が浮かび上がった。
「やはり砲はあるか。だが、対空砲ではなさそうだな」
「でもたった1匹だ。仕留めるのは楽そうだよ」
「似島港に中型船1、小型船多数を確認。軍の艦船ではありますが、戦乙女ではないようです」
「港には機銃が多いな」
「似島縦断完了まで10秒」
「早いねえ。えっ、地獄鼻に、これは・・・」
三本の羽があるキュウリ?
「えーっと・・・」
「似島縦断完了。追加偵察の要を問うています」
「必要ない。直ちになるべく呉よりの江田島上空で迎撃準備」
「了解。・・・上昇開始。高度6000で旋回待機予定で、あっ!」
大淀の声が詰まる。
それはそうだ。地図にも6つの飛行機の印が浮かんでいる。
隼や三本羽のキュウリと違い、色は赤だ。
「秋水、離陸。可能なら隼達の上昇を助けてやって!」
「はいっ」
キュウリは後回しだ。
隼達の横には高度1050と出ていた。
怨霊は、高度5000。
航空隊の報告書や戦術研究書、それに隼達との雑談で得た知識では、高度が上のほうが先手を取りやすいと聞いている。
「間に合えよ・・・」
「秋水、離陸しました!」
「ギリギリか。覚悟だけはしなよ、司令」
「大丈夫だよ飛龍。僕は信じている。この国の、優秀な戦乙女を」
「敵機、発砲!」
堪えてくれ、みんな。
すぐに秋水が来てくれる。
「秋水からの映像、黒板に出します」
大淀が触れた黒板に映ったのは、狭いコックピットと信じられないスピードで後ろに吹っ飛んでいく景色だった。
「敵機、見えた!」
飛龍が叫ぶ。
その声に答えるかのように、秋水は上昇を始めた。
すれ違うまで、3秒とかからなかった気がする。
「お見事!」
「さすがだっちゃ~♪」
すれ違いざまに秋水は1機を撃墜し、上昇しながら旋回を始めている。
「ジェットコースターなんてメじゃないねえ・・・」
こんな物を、本当に人間が動かせるのだろうか。
そう思っている間に、動揺して編隊を乱した怨霊の1機に秋水が急降下で襲いかかる。
「また1撃で喰った。やるもんだねえ。お、隼達も撃ち始めたね。こうなれば、すぐに終わるよ」
「良かった。怪我もなさそうだね・・・」
飛龍が言う通り、すぐに怨霊はすべて撃墜された。
「お疲れ様。戻ってゆっくり休んでって、みんなに伝えて」
「了解です。一時はどうなる事かと思いましたね」
「だねー。で、この羽根の生えたキュウリって何?」
僕の言葉で大淀がブフッと吹いたが、すぐに表情を引き締めて黒板を触って映像を消した。
「笠原、次にそんな言い方をしたら殴るからな?」
「えっと、なんでだろ・・・」
「司令。安芸小富士には重砲がいくつも配置されていましたが、赤い重砲は1つしか地図に出ませんでしたよね」
「うん、だからアレが怨霊なんでしょ、ってまさか・・・」
「砲は他にもあったが、赤い大砲の形をして地図に浮かび上がったのは1つだけだ。十中八九、眠りについている仲間だろう。特徴的な形からして、カ号観測機だろうな」
頭の中で検索してみる。
何度考えても、そんな観測機は僕の記憶にはなかった。
「その子って、どんな乗り物なの?」
「空母ほどの広さがなくても離着陸可能な機体だ。それに、飛びながらその場にほぼ静止できたりもするはずだぞ」
「それってヘリコプター!?」
「その名称は知りませんが、オートジャイロという種類の航空機ですよ」
「うわあ、間違いなくヘリコプターの前身だ。あの時代の日本軍に、存在したなんて・・・」
でもそうなると、少しでも早く救出しなければならない。
地図の怨霊は約30。
これをすべて倒し、カ号観測機を目覚めさせる。それが、似島攻略作戦の目的となった。
「カ号観測機の近くに怨霊がいないのはありがたいね」
「ああ。戦闘に巻き込まれれば、陸軍の貴重な航空戦力を失うかもしれんからな」
「陸軍の機体なのか。秋水みたいな、陸海軍の共同開発じゃないんだねえ」
「司令、地図を見て下さいっ!」
おふくろさんが叫んだのでその指先を見ると、安芸小富士にいる大砲の印がのろのろと移動していた。
「まさか、味方と合流するんじゃ・・・」
「陣を組むとでも言うのか。まさか!」
これは、しばらく見守るしかない。
地図から目を離すなど、出来る訳がないだろう。
「大淀、葛城にいる三笠に来てもらって」
「了解です」
「おふくろさん、十年式信号拳銃はどうする?」
「通常任務が通信係ですから、出来れば三笠と一緒にここへ」
「伝えますね」
おふくろさんは、三笠を三笠殿と呼ぶのをやめたようだ。
少し嬉しい。
こうして上の者が呼び捨てで呼び合っていれば、他の戦乙女達の仲がもっと良くなるかもしれないからだ。
「秋水、着陸態勢に入りました。続いて数分で、流星と天山が葛城に着艦します」
「ん。敵に動きがあるから出迎えにはいけないけど、たくさん食べてゆっくり休んでって伝えて」
「了解です」
大砲の印は、明らかに下山しようとしている。
飛龍を上げて爆撃。
そう思ったが、援護する戦闘機がいない。
頼めば補給だけしてまた戦闘に出てくれるかもしれないが、みんなまだ低レベルなので無理はさせられない。
僕が飛べれば。
心から思うと、無意識に拳を強く握っていたらしい。三歩の手が優しく僕の拳に触れ、それに初めて気がついた。




