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外伝・遠すぎた運河




 水平儀と旋回計が、狂ったように跳ね回っている。

 それはそうだ。

 俺の人型戦車は空からの機銃掃射を受け、地を転がって何とか致命傷を避けようとしているのだから。

 ドーントレス。

 練度だけは高いクソッタレの猿達との戦争で大活躍した、アメリカ海軍の傑作艦上爆撃機。


「くっそ。一瞬でいい、誰かヤツの気を引いてくれっ!」


 この旅団には、3機の人型戦車が配備されている。

 不可能ではないはずだ。


「任せろ、スティーブ!」


 ジョンの声。

 射撃音が連続する。

 たまに出る曳光弾の光を見ながら、フットペダルの奥の壁を蹴った。

 足を思い切り伸ばさなければ届かないそれは、緊急直立スイッチ。体勢を崩している人型戦車が立ち上がれる状況になればすぐ、自動で人型戦車を立ち上がらせてくれる。

 だが、敵がいようが何だろうがお構いなし。

 この瞬間を狙われ、墜とされた試作人型戦車は多い。


「ドーントレスが行ったぞ、スティーブ!」


 見えている。

 真っ黒な機体。

 睨みながら、照準器の下のランプが赤から緑に変わるのを待つ。

 赤のままペダルや3つある操縦桿のどれかを動かせば、人型戦車は容易くバランスを崩して転倒してしまう。

 撃たれてもいい。

 ランプが緑になり、2秒あればこの忌々しいゴーストをスクラップにしてやれる。

 そのためにシェルターで厳しい訓練を受け、俺は人型戦車のパイロットになったのだ。

 ゴーストの機銃が火を噴く。


「もういい、スティーブ。緊急回避しろ!」


 誰がするか。

 中央の操縦桿を押し倒せば、人型戦車はなるべく損傷が少なくなるように前に転がってくれるだろう。

 だがそれをすれば、目の前のゴーストはどうなる。

 ここでゴーストを殺せるなら、刺し違えたっていい。

 旅団の整備班は優秀なので、俺が死んでも人型戦車を直して予備パイロットに渡してくれるはずだ。

 ランプ。

 赤から緑へ。

 左右の操縦桿を跳ね上げる。

 中央の操縦桿を膝で調整。

 光学照準器に、ドーントレスが映った。

 コックピットの白人女。

 恐竜のようなツノはないが、はっきりと笑顔を浮かべている。これでエースじゃないってんだから、ゴーストはやはり手強い相手だ。

 曳光弾が直近に着弾するのを感じながら、トリガーを引いた。


「あばよ、ゴースト」


 両腕で保持するマシンガン。

 曳光弾は使わない俺だが、コックピットに吸い込まれる銃弾がはっきりと見えた。

 血を吐きながら、白人女が俺を睨む。

 回避は無理と判断したのか、そのまま直進して機銃を撃ち続ける事を選択したようだ。


「いい判断だ。だがっ!」


 トリガーを引いたまま、左右の操縦桿を微調整して光学照準器にドーントレスを収め続ける。

 プロペラが吹っ飛ぶ。

 すぐにエンジンが爆発して、ドーントレスはジャングルの木にキスをした。


「ヒューッ。さすがエースだな、スティーブ。クレイジーだぜ!」

「こちらデルタ1。機体に損傷なし。M4隊は無事か?」

「おかげさまでな。助かったぜ、デルタ1」

「いいさ。しかしコスタリカにも、こんなにゴーストがいるとはな」

「准将はここから、内陸を進むと決めたようだ。M4が先頭を行く」

「なるほど。デルタ1、M4の先頭に付く。デルタ2が右最後方、デルタ3が左中央だ」

「あいよー」

「イエッサー」


 フットペダルを軽く踏み、M4に並んで歩き出す。

 車長のブロンソンがハッチから体を出し、敬礼をしていた。

 同じく敬礼を返す。

 防弾ガラスは土で汚れているが、ヒビの1つもない。これなら見えるだろう。


「鉄の巨人か。最初に見た時は性能を怪しんだが、ここまで私達を守ってくれたのだから使えるようだな」

「はい、准将。これが量産されれば、大陸を取り戻せると信じております」

「その前に資源が尽きるさ。政治家は票を集めるために、シェルターの中で煌々と電気を灯して人々を生活させている。そんな事をしていて、燃料が保つものか」


 かつての大都市に兵を派遣して資源を掻き集めてはいるが、それも100年とは続けられないだろう。

 怨霊発生時の混乱から50年。

 この国は、緩やかな滅びの時を迎えているのかもしれない。


「デルタ3、配置に付きました」

「了解。空を見ながら歩いて味方を踏むんじゃないぞ、マイク」

「もちろんです!」

「しかしスティーブ、ここからが勝負だな」

「そうだな。しかし命令はパナマ運河の封鎖、だ。こんな兵力で、成し遂げられるものか・・・」

「なあに。大量のゴーストを発見したら、逃げりゃあいいだけだ。ねえ、准将?」

「ああ。だが、その際に撤退戦となれば・・・」

「気にしなさんな、准将。俺から死ねばいいだけなんだから。次はスティーブが逝くのか?」

「ああ。マイクはまだ若い。出来れば逃がして、この先を任せたいな」


 表情にあどけなさの残るマイクは、たしかまだ19だったか。

 厭戦気分が蔓延するシェルターでは、志願兵は極端に少ない。

 パイロット適性検査で抜群の成績を修めたマイクは、初陣でこのバカげた作戦に参加する事になった。

 上層部は訓練代わりだと言ったらしいが、こんな生存率の低い訓練があってたまるか。


「僕だって軍人です。味方を逃がすためなら、喜んで死にますよ」

「それでも若者には生き残って欲しい。そうだよな、大尉」

「はい、准将。生き残れば、経験が受け継がれます。人型戦車の有用性が証明されれば、次は量産。優秀なパイロットは、いくらいても困りません」


 資源が尽きる前に、大統領は決断するのか。

 人型戦車を大量配備し、国内を安定させる。

 太陽光や原子力による新エネルギーは、シェルターでは開発できない。

 まずは、内陸部を確保可能かどうか。

 この国の未来は、そこで決まると思っている。


「・・・ああ、爺さんを殺した猿達なんかは、生き残ってそうだな」

「ジャップか。たしかに、こんな状況には強そうだ。あんな小さな国なのに、こっちと互角の戦いをしてたんだろ?」

「日本兵は逆境に強い。それが彼の国の伝統だったそうだよ。私の父は空母の艦長だったが、練度よりも戦士としての美意識が怖かったと言っていたな」

「空戦で片翼を喪失したゼロが、躊躇いもせず我が軍の空母に突っ込んだ話は有名ですよね」

「それも、笑顔で敬礼をしながらな。あの国が味方であれば、こうはならなかったかもしれん」


 海の向こうの国も、ゴーストと戦っているのだろうか。

 あらゆる通信は絶たれ、現在の世界情勢は謎のままだ。どこかの小説家が書いたようにファシストが開発したウイルスでゴーストが現れ、それを戦力としてファシストが世界征服に乗り出したなら、すでにこの国も攻撃を受けているだろう。


「・・・謎ばっかりでわかりやすいな。俺は、戦えばいいんだ」

「親父さんの仇だもんな」

「ああ。俺は、ゴーストを許さない。1匹でも多く、親父と同じようにミンチにしてやるんだ!」

「ジャスティン大佐か。勇敢なる軍人だった」

「准将は同期でしたね」

「ああ、単座の腕付き戦車で背中を預けて戦ったものだ」

「准将と隊長のお父上のコンビは、もう伝説ですもんね。僕もいつか・・・」

「君ならなれるさ。だが、戦士にも休息が必要だ。そろそろ陽が傾いてきた。第392混成機械化旅団、進軍停止して野営の準備をせよ」

「サー、イエッサー」


 ジャングルを戦車で進む。そんな事をしてまで、パナマ運河を封鎖する価値があるのだろうか。

 政治家はゴーストは燃料で動いていると考えているから、パナマ運河を塞いで西海岸の奪還を狙っているのだろう。

 だが、ゴーストが50年間も活動しているのはどう考えてもおかしい。


「人間の常識が、ゴーストに当て嵌まるものか・・・」

「だが学者はゴーストの乗っていた残骸をバラして、大戦時の燃料だって断言したんだろ?」

「死体が消える生物の乗機に、燃料があったからって!」

「まあ、俺に言われてもなあ」

「・・・だよな」

「ここまでは事が上手く運んでる。案外、パナマ運河を取り戻せるかも知れねえぞ」

「ならいいが・・・」


 すでに旅団はパナマ国境を越え、運河を目指して進軍を続けている。

 豊富な予備パーツと腕の良い整備兵達のおかげで、デルタ小隊の人型戦車はすべてが稼働していた。


「指揮車よりデルタ1。前方に金属反応だッ!」

「アンブッシュかよ、クソッタレのゴーストめ!」

「デルタ2は俺の左。デルタ3は指揮車の護衛に。准将、数は?」

「もう、見えるだろう。約50の車両に、30の航空機だ・・・」

「お世話になりました、准将。どうか、全軍撤退を」

「へへっ、俺は先に暴れてるぜ?」

「好きにしろ。だが、独り占めはなしだぞ?」

「そいつは、どうかなっ!」


 准将の決断を待つ。

 この男なら、間違いはしない。そう思いながら、荒野と廃墟と密林を抜けてここまで来た。


「全軍、反転。これより基地に帰還する・・・」

「ではデルタ1、デルタ2は、敵の追撃を防ぎます」

「スティーブ。許してくれ・・・」

「良い父親が2人もいた。最高の人生でしょう。母を頼みます」


 言ってから、振り返ってみる。

 30台のM4は、全速力で本国方面へと走り出していた。帰りにもゴーストは出るだろう。あの中の何台が、無事に基地まで辿り着けるのか。

 前を見るとジョンはすでに、敵陣に突っ込んで暴れ回っていた。


「マイク、隊長として命令する。M4と車両を護衛し、何としてもニューメキシコ基地へ送り届けよ。デルタ1、デルタ2の回収は認めない。いいな?」

「そんなっ!」

「命令は絶対だと、何度も教えただろう?」

「そうだぜえ、マイク。パツキン美女達とのラストダンスは、お前さんにゃまだ早い」

「くっ・・・」

「じゃあな、マイク。この国を、頼む。准将も、ブロンソンも元気で」

「ちっくしょう。准将、俺にも突撃許可を!」

「ならん。デルタ1と2以外は、全速で離脱だ」


 その声を聞きながら、黒いM4の群れに突っ込む。

 フットペダルをベタ踏みの心地良い加速感が、俺を高揚させた。


「おうおう、元気じゃねえか。スティーブ!」

「オマエは片腕をどこに置いて来たんだ、ジョン?」

「便所に決まってらあ!」

「パナマに米軍はいないって聞いてたんだがなあ」

「横陣のM4を見たときゃ、思わず笑っちまったぜ。それに見ろよ、飛び回る爆撃機の数を!」

「極秘作戦でもしてたんだろ。トラックが弾を半分ほど捨てていった。弾が切れたら、補充に走れよ?」

「片手じゃリロードも無理だ。撃ち切ったらナイフ。ナイフが折れたら腕、腕もイカれたら足で蹴るさ!」

「なら俺は、コルセアから始末するか」


 同士討ちになるので、黒いM4は主砲を使えない。飛び回るコルセアも、ぶら下げた爆弾は投下していないようだ。

 だが、機銃は気にせず撃っている。

 ジョン機の肩から下を落としたのも、M4のハッチの50口径機銃かコルセアの12.7ミリ機銃だろう。あれなら、本来なら頭がある位置にあるコックピットだって撃ち抜ける。


「ヒューッ、やっぱりいい腕だなあスティーブ!」

「ジョンもさすがだよ。世界で2番目に良い腕をしてるんじゃないか?」

「あったりめえよ。なんたって俺はデルタ2。スティーブのバディだからなっ!」


 フットペダルを蹴り、操縦桿で手近なコルセアのコックピットを照準器に入れて撃つ。

 何機、潰したかわからない。

 まず飛んでいるコルセアがいなくなり、それからしばらくして最後のM4が沈黙した。


「おいおい、夕陽が出てるぞ。何時間戦ってたんだか。ジョン、無事か?」

「肺に、穴がっ、開いてる、ヒーッ、以外はな・・・」

「俺も片目が潰れて、腸がはみ出してる。もう、痛みもないな。ゴーストは、今さっき潰したので最後だが・・・」


 人型戦車も、限界のようだ。

 音を立てて崩れ落ちる。


「・・・いてて。とうとう膝関節の部品がイカレやがった。最後にタバコでもどうだ、ジョン?」


 タバコに火を点けて待ったが、返事はない。


「逝ったか・・・」


 キャノピーを開けて、夕陽を見上げる。

 どれほど戦っていたのだろう。

 整備班のトラックが気を利かせて落としていったマガジンを拾っては、ジョンを庇える位置への突撃を繰り返した。

 パナマ運河まで、100マイル。


「眠くなってきやがった。ここが、俺の墓場か・・・」

「介錯は必要?」


 俺を見下ろすのは、3人の少女だ。人型戦車を上って来たらしい。

 美しい。

 ただただそう感じながら、見惚れた。


「カイシャク?」

「マイガン、バン、ゴーツーヘブン」

「東洋人の、ゴーストか?」

「ノー」

「では、な、んだ?」


 少女達が、哀しげな表情で拳銃を仕舞う。

 俺の死を感じたのか。

 まだだ、天使。まだ俺を持ち上げるんじゃない。

 まだ名前を、聞いてないじゃないか。


「伊400」

「伊401」

「晴嵐」


 少女達の名を聞いてから、俺はこの耐え難い睡魔に身を任せた。



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