武器の手入れと兵隊手帳
「では笠原。君はこれからどうしたい?」
「シェルター、でしたっけ。そこまで送っていただければ、ありがたいです」
「そして拷問を受けたいと。特殊な性癖だっちゃね~」
「ごうっ!?」
三剣が、呆れ顔で僕を見る。
「歴史は知ってるっちゃね?」
「はい。さっき話した通り・・・」
「あー、軍部は信じないだろうなあ。スパイ容疑で拷問か」
「うえっ!」
「信じる可能性もあるっちゃ」
「おおっ、なら・・・」
「人体実験を繰り返して、何とか世界を渡ろうとするっちゃね」
「え・・・」
予想通りで拷問。
もしかしたら人体実験。
下手をすれば異世界間戦争の引き金。
どう転がっても、僕の人生は終わりらしい。
「三歩さん、介錯はお願い出来ますでしょうか・・・」
「うむ。任せたまえ」
「では・・・異世界が、夢ならいいな、死んでみて、授業中なら、僕ラッキー」
「斬新な辞世だな。では三剣、2本貸せ」
「待つっちゃよ~。本気で死ぬっちゃか?」
「どう考えても、生きてはいけないかと。ここを出た途端、怨霊に殺される自信がありますので。まあ、介錯は冗談ですけど・・・」
「情けないな。銃剣道は、どのくらい使えるんだ?」
「普通の剣道を、少しだけ齧った程度です」
剣道は、幼稚園の頃から爺ちゃんに教えられていた。
学校の部活には所属していないけれど、二段までは取ってある。
それでも銃剣を借りたって、銃を持つ怨霊には敵わないだろう。プロの兵隊ではない僕にも、それくらいはわかる。
「座りは悪くないと思ったら、剣を学んでいたのか」
座りが良い悪い、爺ちゃんもよくそんな言い方をした。
座る姿1つで、その人間の生き様が見えると爺ちゃんは言う。
「なら、銃剣にもすぐに慣れるっちゃ」
「三剣、まさかっ!?」
「そもそもシェルターに、人間が残ってるのかすらわからないっちゃ」
「それはそうだが・・・」
「えっと、それはどういう意味ですか?」
「今は皇紀2999年。三剣達は人間なんて、見た事もないっちゃ」
「はあっ!?」
ここは、未来。
いや、異世界の未来。
人間が死滅しているかもしれない、僕の知らない世界・・・
「お、おい、大丈夫か笠原」
「生きてく自信を、さらに失いました・・・」
「わからんでもないが。それにしても三剣、本気なのか?」
「それしかないっちゃ。笠原が生き残るにも、三剣と三歩が命令を遂行するにも。三歩を庇った気概は、紛れもない大和魂だっちゃ」
「それは、そうだが・・・」
何の話かはわからないが、僕が生き残れる可能性にも関係する事らしい。
じっと待っていると、三剣が真剣な目で僕を見た。
「生き残りたいっちゃか?」
「はい」
「死んだ方が楽かもしれないっちゃよ?」
「それでも可能性があるなら、僕は足掻きたい。諦めない、そんな死に方もあるって爺ちゃんが言ってた」
「諦めない死に方、か。面白い御仁だな」
「三歩はどうするっちゃ?」
「命令には従う。そして、三剣は私の上官だ」
「わかったっちゃ」
三剣が立ち上がり、軍服のボタンに手をかけた。
するりと上着を落とすと、晒の巻かれた胸があらわになる。
白い。
晒も肌も、雪のように白い。
「あ、あまり見ないで欲しいっちゃ・・・」
「貴様ッ!」
「ご、ごめんなさいっ!」
慌てて目を閉じる。
でも僕の瞼の裏には、恥ずかしそうに胸を隠す三剣の姿が映し出されていた。
心臓がうるさい。
そう思うと、布の落ちるような微かな音が聞こえた。
見たい。
思ったが、相手は赤ん坊よりも小さな女の子だぞと、自分に言い聞かせる。
「ふむ、笠原は特殊な性癖か。これは楽そうでいいな」
目を閉じていても、自分の状態はわかる。
恥ずかしさよりも、美人の三歩に見られているドキドキの方が大きい。
「三歩、笠原の手を・・・」
「任された。ほら」
「手汗が気持ち悪いっちゃ。んっ、動かされると・・・」
「こら、それ以上動いたら鉄拳制裁だぞ!」
「そ、そう言われても、手が震えて・・・」
「まあ、幼女に欲情できるなら、仕方ないか」
「へ、変態じゃないっす・・・」
「恥ずかしがる必要はない。どうだ、三剣?」
「甲種合格、だっちゃ」
何の話だろうと思いながらも、神経は三剣に当てられている掌に集中してしまう。
柔らかく、すべすべで、微かに上下する肌。
「笠原、よく聞け。私達は赤レンガで目覚め、先任の士官より命令を受けた」
「それは、どんな?」
「2人1組で、国内の怨霊相手にゲリラ戦を仕掛けろと」
「な、なるほど・・・」
「そしてもし人間と接触したなら、その人柄を見極めよとな」
「どういう、意味です?」
「非戦闘員であればシェルターを探して送り届け、皇国の兵士に相応しき者であれば共に戦えと」
「僕を兵隊にしようと言うんですかっ!?」
思わず叫んでいた。
戦時中の高校生ならともかく、僕みたいな人間を兵隊にする意味がわからない。
「落ち着け、私達は武器だ。それは理解しているな?」
「・・・まあ、不思議だとは思うけど、三剣のサイズを考えたら信じるしかないです」
「うむ。武器が怨霊となり、人間は地下へ逃げた。地上に残された怨霊化していない武器、つまり私達も怨霊のように意思を持って動き回るが、私達は人間を殺したいとは思わない」
また布の落ちる音。
でも、今度は少し大きな音だ。
風のない地下室なのに、空気も揺れた気がする。
「ありがたい話です・・・」
「そうだろうそうだろう。そして、私達は武器であるがゆえに、私達を使う人間を欲している。ふふっ、後はわかるな。私達に任せて、天井のシミでも数えていればいい」
三歩の息の荒さを訝しむと同時に、その言葉の意味を理解した。
思わず目を開ける。
声が出ない。
それはそうだ。僕の舌は、三歩の舌に絡め取られている。
キスってこんなに気持ちいいのか、そう思いながら横たえられるままに身を任せると、僕の手が三剣から離れた。
残念、そう思っていると太ももの辺りに、さっきまでの感触を感じる。
「ぷはっ、ズボンをいつの間に・・・」
「収納したのさ、全部。いいから大人しくしていろ。動かれると、訓練通りに出来ん」
何の訓練ですか、と言えたのかどうかもわからない。
気がつけば僕は、ムシロの上で眠りについていたらしい。
「・・・んん、あっつー。あれ、夢?」
「夢なものか。もういいと言うのに、あんなに手入れをして」
「手入れ?」
「武器の手入れだ。綺麗にして、三剣を研ぎ上げただろう。私の銃身も、隅々まで掃除したじゃないか」
「あれが、武器の手入れ・・・」
「まあ、その、やる事はアレだがな」
「ですよねー・・・」
居直って胡座を掻く。
かけられた毛布が隠してくれているが、思い出しただけで戦闘準備は完了している。
「キジを撃って来た。糧食を作るから、少しだけ待って欲しい」
「僕が・・・」
「黙って座ってるっちゃ。所有者らしく、デーンとっ!」
「所有者?」
三歩が、壁に立てかけてあった銃を僕に差し出す。
意味がわからないが、とりあえず受け取った。
「ここを見ろ」
あ、いい匂い。
思わずうなじに視線が行ったが、咳払いされたので三歩の指差す場所を見る。
そこには漢字で、笠原涼介と彫られていた。
「銃床、でしたっけ・・・」
「そうだ。笠原の名があるだろう。銃剣の鞘を外してみろ」
「銃剣にも、僕の名前が・・・」
「所有者の証だっちゃ」
「はぁ・・・」
僕は名前なんて彫っていない。
でも、文字は本当にあるのだ。納得するしかない。
「怨霊を返り討ちにしたから、レベルも2になったぞ。司令部レベルは必要経験値が多いから、まだまだ上がらないだろうけどな」
「レベルに経験値って、まるでゲームみたいだ・・・」
「糧食を作る。説明は任せたぞ、三剣」
「了解だっちゃ!」
三剣ちゃんが僕の腕を器用に歩き、肩に座って身を寄せた。
何かと思って横目で見ると、どうやらホッペにキスされたらしい。
「あ、ありがと・・・」
「あう、いいから説明するっちゃ!」
「赤くなるなら、しなきゃいいだろうに」
言いながら三歩は反対側の頬にキスを落として、キジをぶら下げて部屋の奥に消えた。
「なんか、こっちに来てラッキーだったかもって思えてくるね」
「そうなら嬉しいっちゃ」
三剣ちゃんの説明では、武器が所有者を得るとレベルが発生するらしい。
なら怨霊にレベルがないのかというとそうではなく、人間や怨霊ではない武器を殺して、怨霊はレベルアップするそうだ。
「なるほど。司令部レベルと言うのは?」
「この軍隊手帳を見るっちゃ」
「わ、僕の写真。笠原涼介第零司令部長官、二等兵、司令部レベル0。って、司令長官なのに二等兵!?」
「きゃははっ」
「後は白紙だね。不思議な手帳だなあ。司令部レベルの後ろにあるカッコ内の10/100ってのが経験値?」
「多分そうっちゃ。怨霊を2体倒して経験値は10、それで三剣と三歩はレベル2になったっちゃ」
「へえ、まるっきりゲームだね。これで少しは、生き残れる可能性も出て来たかな・・・」
ゲームなら、それなりに経験がある。
受験生なので最近はその機会も減っていたが、これなら何とかなりそうだ。
「レベルが発生したら、【銃剣投擲】って技を覚えたみたいっちゃ。前より投擲の威力が上がってるっちゃよ~♪」
「スキルまであるんだね。僕にも使えるのかな」
「さあっ?」
使えるなら、僕でも役に立てるかもしれない。
「ところで、これからどうするの?」
「海を目指す。糧食が出来たぞ。さあ食え」
「三歩と三剣ちゃんのは?」
「司令長官の後に決まってるだろう」
「それは嫌だな。一緒に食べよう。3つに分けるから、お皿をちょうだい」
「ふむ。司令長官だが二等兵。本人がいいと言うなら、それでいいか」
細かく切って焼いただけのキジは、驚くほど美味しかった。
塩と脂。
それだけの調味料が、抜群に美味しい。
「三歩、天才!」
「ふふっ、世辞はいいさ。それより明日の朝には海に向かって、友軍の航空機か船舶を探すぞ」
「赤レンガ、だっけ。遠いの?」
「ここは九州だからな。赤レンガは関東だ」
「うへえ・・・」
「三剣、手入れの説明は?」
「う、してないっちゃ・・・」
「恥ずかしくて言い出せなんだか、仕方ないな」
三歩が優しく微笑んで、三剣ちゃんの頭を撫でる。
食事を終えたので水筒の水を飲みながらそれを見ていると、三歩が手入れの説明を始めた。
2人にはアイテムボックス的な個人背嚢があり、手入れをするとそこに砥石や銃弾が補充されるらしい。それは手入れ以外では毎日ほんの少ししか増えないので、なるべく手入れをして欲しいとの事だ。
「じゃあ、まだ昼なのに出発が明日なのは・・・」
「そういう事だ。さあ、始めようか」
僕は、もしかしたらラッキーな男なのかもしれない。