到着
「三笠さん、そろそろ出迎えの準備をしませんと」
「せやな」
「あ、じゃあ僕も」
「んー。悪いが、司令は執務室で待っててくれへんか?」
「嫌だ」
「・・・やっぱりかあ。司令を直々の出迎えに出すとは何事だ、なんて言われんのはかなわんのやけどな」
「僕が無理やり来たって言うよ。行こう」
玄関から出ようとすると、飛龍が慌ててやって来た。
「ちょっとちょっと、護衛のアタシがいなかったら姐さんが怒るって」
「大丈夫大丈夫。でも、楽しみだねえ。久しぶりに会う仲間でしょ?」
「ああ。荒っぽい連中だけど、人柄はいいからね」
陸軍には、チハという戦車もいるはずだ。
黒チハがあれだけ手強かったのだから、味方であれば心強い。
「司令、第一上陸場でよろしいですね?」
「うん。もう着いたの?」
「すでに湾内です。ああ、緊張してきました」
「大淀は呉で寝とったから、陸軍のほとんどとは初顔合わせやもんなあ」
「ええ。服とか、派手だって怒られないでしょうか?」
海軍の子達は、ほとんどがセーラー服だ。
ズボンの軍服姿の三歩や三剣ちゃんとは違う。
「なあに、これが海軍式だって突っぱねたらええ。なあ、笠原はん?」
「だね。というか、もう陸軍も海軍もないと思うんだけどな」
「まあ、その辺はおいおいやな。急に明日から日本軍は1つだ、なんて言うたって混乱するやろ」
「徐々に意識が変化するのを待つのか。先は長いなあ・・・」
陸軍のみの作戦、海軍のみの作戦なんてものを遂行する余裕はない。
陸を進むにも海軍の力が必要だし、海を進むにも陸軍の力が必要だ。編成可能部隊が1のうちに、それに慣れてもらえればいいか。
第一上陸場でしばらく待つと、遠くに伊203が見えてきた。
「あれ、潜水艦なのに潜ってないんだね?」
「常に潜っとる必要はあらへん。どっちかっちゅーと、潜っとらん方が進みやすいんや」
「へえっ。潜ってなかったら動けないんだと思ってた。お、降りてくるねえ」
ハッチが開き、大淀が大きな木の板を甲板にかける。
本体である潜水艦は伊203が思うように操れるので、埠頭に固定したりする必要はないようだ。
軍服姿の女性。
優しそうな人だな、そう思いながら敬礼を交わした。
「笠原司令ですね。私は九五式一型練習機。陸軍はこれより、笠原司令の指揮下に入ります」
「笠原です。わざわざ来ていただいて申し訳ない。指揮の指の字も知らない若造なので、頼りにさせてもらいますよ」
頷き合う。
きっと、頭の良い女性なのだろう。
心配するな、そう言われている気がした。
「久しいな、三笠殿」
「赤トンボ殿も元気そうで何より。海軍は過去など忘れ、笠原司令の元で陸軍と手を取り合おうと意見が一致しとりますでな。あんじょうたのんまっせ」
「陸軍もだ。三十年式歩兵銃の説得で、全員が海軍の艦船に乗り込んでの上陸作戦等にも納得している。陸戦は任せてくれ」
「頼りにしてまっせ」
「九五式一型練習機さん、三歩と三剣ちゃんのように各地に派遣された人達は?」
「四国に2名。近畿に2名。関東の連中は信号弾で戻してから来ましたので、東北と北海道に2名ずつですね。赤レンガの入り口に鍵と手紙を置き、20名が1年は籠城可能な物資を置いて来ました。出来るなら数ヶ月に一度は、様子を見に行かせていただきたいのですが」
「もちろんです。まずは、四国の2名との合流を目指しましょう。その次が近畿です」
鎮守府に向かいながら話す。
着いて来るのは、30名ほどの女性達だ。
もちろん、三歩も三剣ちゃんも伊203もいる。
早くお礼を言いたいが、九五式一型練習機をシカトして後ろに向かう訳にはいかない。
「遠路、お疲れ様であります。粗末ではありますが食堂に食事と酒を用意してありますので、ごゆっくりお楽しみください。我等一同、この合流を心より歓迎しております」
長門だ。
後ろに並ぶ海軍の戦乙女全員も、見事な敬礼を見せた。
「もてなし、感謝する。三十年式歩兵銃より、この国を怨霊から解放するには戦乙女が一丸となって笠原司令を支えるしかないと耳にタコが出来るほど聞いている。どうか過去の遺恨は水に流し、我等と手を取り合っていただきたい」
「もちろんです。さあ、どうぞ」
長門の先導で鎮守府に入って行く陸軍を見ながら、三歩達を待つ。
思った通り、三歩と三剣ちゃんは鎮守府には入らず、僕の前で立ち止まった。
「ありがとう。それしか言えない。三歩、三剣ちゃん、ありがとう。それに伊203も、よくぞ陸軍を無事に呉まで運んでくれた。ありがとう」
敬礼。
「なあに、誰かさんに射撃を教えるよりは簡単だったさ」
手を下ろしてから4人でひとしきり笑い合うと、飛龍に肩を叩かれた。
「行こう。司令がいなきゃ、連中だけで飲み始められないよ」
「わかった。みんな、たくさん飲んでね。今日は記念日だ」
氷川丸と朝日丸が腕をふるった料理は陸軍にも大評判で、誰もが大いに食って飲んだ。
そこから丸3日は、天国のような地獄。
陸軍は気合さえあればどうにかなるという精神論の持ち主がほとんどで、しかも有事の際の備えこそ重要だと誰もが思っているらしい。
「あー、もうしばらくは1人で寝たい・・・」
「ムリだろうなあ。それより笠原、門の守り以外は赤トンボ殿に編成を任せるというのは本当か?」
「そうしようと思ってる。なんでか呉には、軍艦の怨霊しか攻めて来ないらしいし。あ、良かったらこれから偵察に出ようか?」
海からの襲撃は、三笠の指揮で対処可能だ。
とりあえずの目標は四国にいるはずの三八式野砲と二式小銃を呉に迎え入れる事なので、陸軍のレベル上げは急務だろう。
港にいる軍艦の怨霊を倒してそれに気づいても、港まで2人だけで辿り着けるかどうかわからない。ならば、港に上陸してこちらが迎えに行くしかないのだ。
「宇品攻略はまだまだ先だぞ?」
「当然。まずは、四国の2人を迎えに行くためのレベル上げ。今日はその偵察だよ」
「ならばいいが。念のため、戦車の誰かに乗せてもらうとしようか」
「飛龍も行く?」
「あったりまえだよ」
「三剣も行くっちゃ~♪」
「なら大淀、留守にするけど指揮は三笠で。いつも通りの迎撃待機ね」
「了解。お気をつけていってらっしゃいませ」
三剣ちゃんを肩に乗せ、鎮守府を出る。
飛龍が出したくろがねの荷台に乗ると、九州を思い出した。
「すっかり秋だし、たくさんの仲間がいる・・・」
「そうだな。九州の苦労がウソのようだ」
ガタゴト揺られて軍港の門を目指す。
陸軍はまだスキルが出たばかりなので、まずはその把握に努めているはずだ。
飛行場には一式戦闘機の隼達がいるだろうし、陸上兵器の門を守る当番ではない子達は演習場か宿泊場所にいるだろう。
「砲撃の音だ。演習場にいるな」
「じゃあ、そっちに向かうよ?」
「お願い、飛龍」
演習場といってもそれは土が剥き出しのただの空き地で、その手前に天幕が張ってあるだけだ。
エンジン音で気がついたのか、十年式信号拳銃が出て来る。
「あれっ、司令っすー」
「やあ、みんないるの?」
「ちょうど、お母さんも来てるっすー」
「ならお邪魔するよ」
天幕は陸軍の全員が入れるほど広い。
僕達が中に入ると、座っていた全員が立ち上がった。
「座ったままでいいよ。ちょっとお邪魔するね」
「笠原司令、どうしてこんな演習場に?」
「みんなのレベル上げも必要だから、偵察に出ようかと思ってね。で、戦車に乗せてもらおうって」
「なるほど。ですが、司令直々の偵察など・・・」
「三歩と三剣ちゃん、それに飛龍はこの中で一番の高レベル。ついでに、僕もね」
「それはそうですが・・・」
眉をハの字にして哀しそうに言われると、とても悪い事をしている気分になってくる。
どうしたものかと悩んでいると、靴を鳴らして九五年式軍刀が前に出た。
「おふくろさん、この司令なら心配いらぬよ。この若さで、なかなかの剣の使い手だ」
「それほどまでにですか?」
「ああ。なんなら、立合ってみるかのう」
「ムリムリ。軍刀さん、明らかに本格的な剣術を使うでしょ。僕じゃ3秒と保たないって!」
気配というか、佇まいが違う。
僕がその辺の雑草なら、九五年式軍刀は真っ直ぐに伸びた樹木だ。
それほどに、腕の差がある。
「いい勝負になると思うんだがのう・・・」
おお、いつも凛々しい九五年式軍刀の、シュンとした表情もなかなか・・・
「うおっほん。赤トンボ殿、戦車さえ出していただければ外には出ない。それでなんとか許してくれぬだろうか?」
「いや、許すも何も私は司令に従うのみ。そうですね。九五式重戦車、頼めますか?」
「お任せ下さい!」
「重装甲が心強いねえ」
「大戦では出番がありませんでしたが、赤レンガの防衛戦で戦闘には慣れております、飛龍殿!」
「よろしく頼むよ」
「主砲は飛龍、銃塔は私、九五式重戦車が運転をするとして、装填手が要るな。チハ、頼めるか?」
「はっ、はいです!」
黒チハからツノを取って、そのまま幼くしたような九七式中戦車が前に出る。
「なら、通信手は十年式信号拳銃ですね」
「任せるっすー!」
十年式信号拳銃は、大淀と同じようなスキルを得たらしい。
この元気で小さな少女が陸軍の通信を一手に引き受けるのだから、スキルとの巡り合わせとは不思議なものだ。
「では行こう。そんなに遠出はしないが、可能なら少しは経験値を稼いでおきたい」
天幕の外に出ると、九五式重戦車がその本体を出した。
「でっか。こんなにでっかいの!?」
九五式重戦車は黒チハと比較すると、何もかもが一回り大きい。
特に高さは圧倒的だ。
「その分、速度は出ませんけどね。司令は車長ですので、最後に乗り込んで下さい」
「了解。歩兵ってなんだろうって思っちゃうね、こんな戦車がいるんなら」
「それでも、歩兵という兵科はなくならんさ。笠原の世界でも、そうだっただろう?」
「うん。銃剣すら装備してないけど、歩兵はいたね。狙撃銃とか、凄かった記憶があるよ」
どこかの戦争ドキュメンタリーで、谷を挟んで対峙する兵隊を取材している映像があった。
カメラで写しても敵の姿なんか見えないのに、咥え煙草の兵隊は大きな狙撃銃を撃って、命中したと自慢していたのを覚えている。
最後に九五式重戦車に乗り込んでハッチを閉めると、すぐに動き出した。
「なんか息苦しいね・・・」
「戦車なんて、こんなものさ。航空機もね。戦うために、居住性を犠牲にしてるんだから」