決意
「磯風、ゴメン。きっと、仇は討つから・・・」
寝言を零す雪風の頭を撫で、大きなベットから下りる。
無言のまま目を開けた長門にウインクすると、彼女は微笑んでから瞳を閉じた。着替えながら、磯風について書かれた報告書を思い出す。
磯風は、雪風と同じ陽炎型駆逐艦。それも開戦の真珠湾攻撃から、ミッドウェー海戦などの主要作戦に参加して活躍した駆逐艦だ。
その最後は、あの戦艦大和が沈んだ戦い。
怨霊化して沖縄に押し寄せた大艦隊を迎え撃ち国民をシェルターに避難させる、時間稼ぎのための無茶な作戦だったらしい。
動けなくなった磯風を怨霊の手に渡す訳にはいかないと、雪風に攻撃命令が下った。
雪風はどんな気持ちで、妹である磯風を沈めたのだろう。まだ彼女達は戦乙女として目覚めてはいなかったはずだが、さっきの寝言を聞けばわかる。
彼女は、覚えているのだ。
「戦争なんて、しちゃいけないんだよ。でも、怨霊は許さない・・・」
呟きの矛盾を責める声はない。
そっと部屋のドアを閉めて階段に向かうと、飛龍が階段に腰掛けていた。
「おはよう、司令」
「早いね、毎朝。おはよう」
「これでも護衛だからね。それに朝の稽古は、アタシにとっても欠かせない日課さ」
「軍人なんて、そんなものか」
「偉くなるとまた違うけどね」
玄関の前で体を解すために陸軍式の体操をしてから、2人並んで走り出す。
鎮守府から第一上陸場を通り、潜水学校の埠頭を回って射撃場まで。
「そういや甲標的は、まだ出て来てないんだったね」
「物騒な名前だね。軍艦なの?」
「うんにゃ、特殊潜航艇さ。すぐそこの、大浦岬に基地があってね。艇はあるけど本人はいないらしい」
「どこかで眠ってるのか。早く助けに行きたいね」
整理体操を終えると、次は素振りだ。
僕は二刀と銃剣、どちらも500ずつやる。
なので、銃剣だけの飛龍は先に射撃訓練を始めているのが常だ。
「ふうっ。モ式には慣れたかい、司令?」
「三歩がいないから、初撃すら命中しない・・・」
僕が戦乙女のスキルを使えるのは、その子が近くにいる時だけらしい。
なので三歩が赤レンガに向かった日から僕は、射撃が下手でも役に立てる戦い方を模索している。
「モ式を選んで良かったじゃないか。それなら、当たらなくても弾幕を張れる」
「そうだね。ちょっと見てて」
20発マガジンを差し込み、レバーをフルオートにして構える。
狙いは、標的のかなり下だ。
「笠原流射撃術奥義、欲しがりません才能は!」
きっかり10発を撃つ。当然、射撃の下手な僕だから銃口はブレるし跳ね上がる。
だが、それこそが狙いだ。
一瞬で吐き出された弾はでたらめに飛び、何発かが標的に命中。
すかさずモ式を横にして、同じように右から左へ銃弾をバラ撒く。
「どうだっ!」
「・・・呆れたねえ。馬賊撃ちなんか、どこで覚えたんだい?」
「馬賊撃ち?」
「大陸の兵がその撃ち方で、日本軍を苦しめたのさ」
「か、笠原流射撃術奥義が・・・」
「ライオン艦長じゃあるまいし。まあ、運用法は間違っちゃいないさ。お、大淀から無線だ。・・・ふふっ。司令、三歩姐さんが無線の届く範囲に入ったってさ。到着は2時間後」
「陸軍は?」
「一緒らしい。部屋を用意するらしいから、手伝いに行こう」
「了解。見事に説得してくれたか・・・」
モ式に新しいマガジンを入れ、安全装置をかけてホルスターに納める。
薬莢は飛龍が拾ってくれたようだ。
礼を言って、腰の弾入れに入れておく。こうしておけば、薬莢は再利用できるらしい。
「便宜上の階級は目覚めた順にあるみたいだけど、姐さんは誰もが一目置く名銃だからね。おふくろさんだって、無碍には出来ないさ」
「おふくろさん?」
「ああ、赤トンボだよ。誰もがあの飛行機に育てられて、陸軍の飛行機乗りになったんだ。誰が呼んだか、愛称はおふくろさん」
僕も育てて欲しい、飛龍が怒るので口には出さないけど。
鎮守府に着くと、三笠と大淀が正面玄関で戦乙女達に指示を飛ばしている。
松型駆逐艦の子達まで、三角巾を付けてホウキやハタキを持って並んでいた。
「大淀、アタシはどこを手伝えばいい?」
「飛竜さん、助かります。えーっと、ベッドルームの準備の手伝いを」
「了解」
「僕は?」
「司令に掃除をさせる訳にはいきません。執務室でお茶でも飲んでて下さい」
「手伝うって。忙しいんでしょ?」
「ええってええって。掃除なんかは、ミエやからな」
「はあ。なら、烏口のトコにでも顔を出そうかな」
みんなに見送られながら階段を下る。
開発室には烏口だけではなく、冠ちゃんもいた。
「おはよう」
「司令、おはよう」
「何しに来やがった?」
「まずは何を開発するのか聞きに来たんだよ」
「そうか。ならこっちに来て座れ」
「はーい」
壁際の椅子を持って、烏口の隣りに座る。
製図中のようだが、僕には何が書いてあるかさっぱりわからない。
「まずは、今の艦や航空機を改修する」
「それは助かるね。怪我も減るだろうし」
「ああ。問題は次だ。新しく兵器を作るか、戦前の兵器を蘇らせるか」
「蘇らせるって、戦乙女も!?」
「そうだ。新しく作った兵器に魂が宿り、戦乙女となる確率は低い。だが、蘇らせるならば実戦経験のある戦乙女が確実に仲間になる。ただし、兵器としての性能は新しく作った兵器に劣るがな」
「是非とも蘇らせる方向で!」
「・・・この好き者が」
製図中の紙に視線をやっていた烏口が、呆れたとでも言うように僕を見た。
烏口は手入れを必要としないが、僕達がしている事は知っているのだろう。
「違うよ!?」
「どうだか・・・」
「いや、戦乙女の子達って、戦乙女になる前の記憶があるんだよ。かつての仲間が蘇ったら、絶対に喜んでくれると思うんだ」
「女が喜ぶかどうかで戦力を選ぶな。まあ、指示には従うがな」
「ありがとう。ああ、少し気が楽になったよ」
「ふん。改修は随時行う。それが落ち着いたら、戦乙女の本体を制作だ。誰から作るか、考えておけよ?」
「わかった。海軍と相談してくる!」
みんなが喜ぶ。
そう思いながら、三段飛ばしで階段を駆け上がった。
「あら、司令。そんなに急いで、どうなさったんです?」
「三笠、大淀、聞いて。戦争で沈んだ子達が蘇る!」
「はあっ、何を言うとんねん」
「えーっと、何がどうなって蘇るんですか?」
「烏口の設計と冠ちゃんの力で。1から作り直せば、戦乙女になるんだって!」
「んな大量の鉄、どっから持ってくんねん?」
か、考えてなかった・・・
「聞いて来るっ」
また階段を駆け下りる。
「うるっさい司令長官だなあ、おい」
「烏口、鉄とかどれくらいあれば軍艦って作れるの?」
「作れるだけの量に決まってるだろうが」
「そんなのどこにあるってのさっ!?」
「近くにあるだろ。6隻の駆逐艦を引き上げれば、何だって作れる」
「そっか、怨霊の本体を使えば。ありがとっ!」
急いで玄関に戻ろうとしたが、三笠と大淀は僕を追って来てくれたらしい。
「三笠、怨霊の本体を引き上げれば使えるんだって!」
「比較的新しいのにしろよ。じゃないと、冠スパナがツライ。作業的にな」
「だって。とりあえず、こないだの駆逐艦を引き上げよう」
「クレーン船はあるし、潜水艦の子らは息継ぎなしで作業が出来る。しかし、素人のうち達に沈没船の引き上げなんて出来るんかいな」
「それでも戦力が増やせるなら、やるしかないでしょうね。最初に作ってもらうのは、明石にしてもらいますか」
「大淀、明石って?」
「工作艦ですよ。艦内に工場がたくさんあって、甲板にはクレーンもあります。彼女がいれば、寄港地で戦乙女の本体を修理しつつ移動が可能ですね」
大陸や東南アジア方面にも、大破状態で放置されている艦船があると当時の書類には書いてあった。その明石って子がいれば、その子達を迎えに行けるかもしれない。
「希望が見えてきたかな」
「まあなあ。しっかし、モメるやろうなあ・・・」
「順番は司令に一任で、進言等を禁じるしかないでしょうね。それでも色々ありそうですが・・・」
「何が心配なの?」
「誰だって、姉妹艦や仲の良かった子に早く会いたいやろ」
「あー・・・」
たしか長門にも陸奥って姉妹艦がいたし、雪風のような駆逐艦なんかは物凄く同型艦が多かったような気がする。
「司令、お茶。三笠さんと、大淀さんも」
「ありがとなあ、冠スパナ。ほな遠慮なく」
いつの間にかちゃぶ台にお茶が乗っている。
休憩にするらしい烏口や冠ちゃんと座布団に座ってそれを啜りながら、執務室で読んだ海軍の艦船記録を思い出す。数が多いので大変だが、戦力として重要そうな艦はだいたい覚えていた。
「明石の次、オススメは?」
「断然、間宮や!」
あれ、その艦は記憶にないんですけど。
「それって、どんな艦?」
「給糧艦ですよ。三笠さんは食べ物が目当てなので、無視して結構です」
「間宮か。羊羹が美味いって技師達が言ってたな。間宮羊羹は大人気で、内地では手に入らんとか」
「烏口も知ってるんだ。給糧艦、かあ」
「戦力としては、一航戦の赤城や加賀なんかじゃないでしょうか。流星や天山のレベルを上げ、空母に分身を配備すれば、自在に彼女達が操れる訳ですし」
「大型艦は、司令が大変じゃないかい?」
「それは、その、励んでいただくしかないですね・・・」
燃料なんかの補給が大変だって事か。
でも終戦時期のテレビ特集なんかを見た限りでは、空母なんかの大型艦も遠くまで出かけて戦っていたはずだ。
進軍しながら、毎日昼間から補充をしなければならないような事にはならないだろう。
「僕なんかの知識でまず思いつくのは、やっぱり大和かなあ」
「駆逐艦の残骸がどれだけ必要なんやろ」
「排水量で言うと約30倍。乗組員は約14倍。全長も2倍以上ですからねえ」
「とんでもないねえ・・・」
そんな物を作る知識があるのに、戦争をしない良識がないんだから恐れ入る。
「ま、着工はまだまだ先だ。ゆっくり考えるといいさ」
「だねー。それにしても、陸軍か。怖いイメージがあるけど、どうなんだろね」
「かっちりしてはるからなあ。敬礼してから布団に入って抱かれるんとちゃうか」
「三笠さんったら。それにしても、陸軍の合流は心強いですね」
部隊に入っていなくても、経験値は入る。
陸軍の編成をしっかりして無理のない程度に怨霊を狩りに出てもらえば、【施設投資】もすぐに取得できるかもしれない。
【開発の基礎】の次のスキルは出ていないし、編成可能な部隊数も1のままだ。
日本を取り戻すためには、かなりの高レベルにまでならなければいけない。
ここが、スタートラインだ。
そう自分に言い聞かせた。