海戦
あの日、伊203に会いに行った三歩と三剣ちゃんは、快く願いを承諾されてそのまま赤レンガへと向かった。
僕は呉から出ないと約束させられているので、執務室で地図とにらめっこしたり、松型駆逐艦と鬼ごっこをしたり、食堂で和装ウェイトレス姿の氷川丸と朝日丸を愛でたりと忙しい日々を送っている。
「最後の2つは声に出したら負けだよ、司令」
「あれ、声が出てた?」
「ばっちりね。やっぱり寂しいかい?」
「うんにゃ。朝の素振りの後に射撃訓練も出来るし、充実してるよ」
「ならいいけどねえ」
「そうだ、潜水学校までくろがねを出してくれない?」
潜水学校は、鎮守府の反対側にある。
鎮守府を出て第一上陸場の長門達を見て、その背後にあるのが潜水学校だ。
「いいけど、何でだい?」
「呉航空隊の飛行場は鎮守府から遠いでしょ。あっちは門を守る陸兵を援護する飛行機が使って、そうじゃない飛行機のためにあの辺に飛行場でも作ろうかなって」
「遠距離爆撃を考えてるのかい?」
「・・・鋭いね」
さすがは、陸軍随一の重爆撃機といったところか。
「怨霊に慈悲をかけるつもりはないけど、国内を爆撃か。ゾッとしないねえ」
「敵艦だけを爆撃とかムリ?」
「練度だけは世界一。命令があればやってみせるけど、数がね・・・」
「重爆撃機って、そんな少ないの?」
「重爆撃機はアタシと九七式重爆撃機だけ。呑龍がまだ出て来てないらしいからね。軽爆撃機も1000キロちょっとなら飛べるから近場なら連れて行くにしても、使えそうなのは九七、九八、九九の3機。海軍との連携は?」
「護衛を含めて当然する。大淀の【単身司令部】で無線どころか映像まで繋げられるから、いけると思うんだよね」
当然だとでも言うように、大淀が頷く。
「それならやれるかもしれないけど、圧倒的に数が足りないって事だけは覚えておいて欲しいね」
「了解。ところで飛龍、髪切った?」
「ああ。氷川丸が切ってくれたよ」
「似合ってるね。美人すぎて眩しいよ」
「・・・何を企んでるんだい?」
失敬な。
まあ、ちょっとした頼み事はあるけど。
「本気で思ってるよ?」
「いいから言いな。じゃないと、アタシの機嫌は急降下だよ?」
「・・・飛行機の操縦、教えてくんない?」
「却下!」
「せめて、考えてから断ってよ・・・」
僕が飛行機で出撃できれば、海戦でも役に立てる。
自分が死んではいけない人間なのは理解しているが、だからと言って安全な鎮守府に閉じ籠もっていてはもったいない。
戦えるなら、戦うべきだ。
「司令は飛行機乗りをナメてるのかい?」
「そんな気はないよ。たくさんの勉強とそれ以上の訓練を繰り返して、初めて空を飛べるんだろうなって思ってる」
「そうさ。全国からエリートを集め、厳しい軍隊教育を施したからこそ日本は強かったんだ」
「だからその軍隊教育を僕にしてって頼んでるの」
「ダメだ」
取り付く島もない。
厳しい稽古には慣れているし、これでも受験生だったのでそこそこ勉強は出来る。
九州の戦闘でも取り乱したりはしなかったし、大丈夫だと思うんだけどな。
「理由は?」
「乗り物には、事故がつきものなんだ。特に航空隊の事故は、死に直結する可能性が高い」
「こうしていたって、怨霊の飛行機が来ていつ死ぬかわからないじゃないか」
「だから、さらに死の危険性を上げさせる訳にはいかないね」
これはマズイ。
正論で来られたら勝ち目はない。
「なるほどね。りょーかい」
「やけにあっさり引くね・・・」
「そう?」
「海軍の航空機連中にも釘を差しておくか・・・」
「もう無線済みです、飛龍さん」
あっさりと大淀が脇道を塞いだ。
「ぐぬう・・・」
「さすが大淀。陸軍の航空機には、アタシから言っておくよ」
「お願いしますね」
2人でいい笑顔だ。
でも、まだ手はある。
陸軍の責任者は赤トンボ。上手く頼めば、訓練のプロは僕の願いを聞いてくれるかもしれない。氷川丸や朝日丸のように戦闘をしないからレベルもスキルも必要ないと思うが、そのくらいのお願いをする時間はあるだろう。
「まだ諦めてなさそうだね・・・」
「いっそ、足の腱でも切っておきましょうか?」
「うおいっ!?」
「冗談です」
どう見ても、冗談を言ってる顔じゃなかったんですけど・・・
「ま、まああれだ。司令は将官で兵卒じゃない。気軽に戦場に出られたら、兵卒の邪魔になるだけだよ?」
「むう・・・」
大淀が壁に走る。
殴るように押したのは、冠ちゃんに取り付けてもらったサイレンのスイッチだ。
「哨戒中の彩雲より無線、敵艦6見ユ! 映像、繋ぎます」
右目に海が映る。
左目を閉じると、それは鮮やかなカラー映像で敵艦の大砲まではっきりと見えた。
「駆逐艦か。今の編成で大丈夫そうだね」
「長門達は?」
「艦に走っています。準備が出来次第、出撃したいと」
「これよりの行動は旗艦である長門に一任、そう伝えて」
「了解。・・・最大級の賛辞を、との事です」
「冠ちゃんはドック?」
「はい。九六式艦上戦闘機の本体を整備しています」
「長門達が戻ったら、整備をお願いって伝えて」
「了解です」
無傷で帰って欲しいが、そうもいかないのが戦争だろう。
HPを減らして長門達が帰ったら、戦乙女のHPを癒やすのは僕の仕事だ。だがそれでは直らない本体である艦の修理は、冠ちゃんに頼むしかない。
右目に映る駆逐艦が機銃を撃つ。
それをヒラリと躱した彩雲は、高度を上げて撮影を続行するようだ。
「彩雲に、無理はするなと」
「了解」
かんざしがトレードマークの彩雲は、いつも元気で活発な子だ。
こんなところで、怪我なんかして欲しくない。
「長門を先頭に順次出港。ふふっ、長門より提案。わざと砲撃を受けそうな娘がいるので、最初から今夜はまとめて面倒を見ると約束して欲しいとの事です」
「はいはい、了解。なら、海軍の実力を見せてもらうと」
「伝えます」
僕と直接無線も繋げるけど、大淀は普段はこの方がいいと言っていた。
僕が戦闘の指揮なんてした事がないから、気を使ってくれているのかもしれない。
「怨霊はやっぱり坂出から来てるのか・・・」
「そのようですね。ゆ4ちゃんも、怖くて釜島の四国側は通れないと言っていましたし」
「まずは四国かな。叩くなら」
「優秀な航空隊もありましたし、本土を取り戻す足がかりになってくれるかもしれませんね」
「でもアタシ達は、基地を確保できないんだよね・・・」
「兵力がないからね。叩くだけになる。上陸して仲間探しと資源の補充はするけど、その後は放置だ」
「賽の河原にならなきゃいいけど・・・」
呉にも武器や小型船舶が数多くあるが、そのどれかが怨霊になって軍港内で暴れたといった事件はこれまで一度もないらしい。
なので怨霊はその発生時にその姿を変えた物だけであると、僕は思っている。
「身構えながら待つってのは、辛いものなんだね」
「慣れてもらいませんと。海戦とは、こんなものです。何日も何十日もかけて進み、たった一瞬で艦が沈む。兵が乗っていれば、それだけで数百の命が・・・」
「・・・誰も死なせない。絶対にだ」
左腰。
無意識に手をやっていた。
三笠刀と三十年式銃剣。伊203は、もう赤レンガに着いたのだろうか。
「大淀、伊203と通信は可能?」
「お待ち下さい。試してみます」
通信可能なら、声が聞きたい。
三歩は弱気になるなと怒るかもしれない。三剣ちゃんはそんな三歩を宥めながら、僕をリラックスさせようとかわいく冗談でも言うかな。
「申し訳ありません。レベルが足りなくて、通信範囲外です」
「なるほど。近海より先に進むなら、大淀のレベルも上げないといけないのか。戦闘に出るの、嫌じゃない?」
「むしろ、出撃したくてウズウズしています。あのレイテ沖で仲間達を沈めた艦も、この海の何処かで怨霊になっているはずですから・・・」
奥歯を噛み締める音がした。
大淀の悔しさは、僕には理解できない。
でもあの戦争がもう少し違う形で進んでいたなら、この呉には今よりたくさんの笑い声が響いていたのかもしれない。
そう思うと、怨霊を今すぐ殺しに行きたくなった。
「司令まで熱くなるんじゃないよ、まったく・・・」
「剣で軍艦を斬れるなら、今すぐ飛び出すんだけどね」
「そんなだから、操縦なんてさせられないのさ」
軍艦同士の戦いに、たった1機の飛行機が加わってもたかが知れているだろう。
だが、それでもと心の中で思ってしまう。
「旗艦長門、双見ノ鼻を通過」
「いよいよか・・・」
「艦攻から上げるみたいだね」
「流星、天山。怪我をするんじゃないぞ・・・」
どちらもいい子だ。
戦中から一緒に行動する事が多かったらしく、とても仲が良い。
天山には防弾性能がほとんどないと、流星が心配していたのを良く覚えている。
「早く【開発の基礎】が欲しいな」
「日本機は総じて、防弾性能が低いからねえ」
「冠ちゃんが言うには、ただ防弾板をくっつけると戦闘時にどうなるかわからないから、危険なんだってさ」
「【開発の基礎】を取っても、航空機の改造が出来るまでになるのは・・・」
「わかってる。だから1日でも早く、ってね」
「九九艦爆も上がった。3機だけ、か。アタシも魚雷を抱いて上がるべきだったね・・・」
いや、この海戦は海軍だけで戦わなくては意味がない。
レベルは全員1だが、これがスキルを使用しての初戦闘になるのだ。
この先、怨霊の襲撃をどの程度の損害を出しながら跳ね返し続けられるのか。
また、反攻作戦は本当に可能なのか。
この一戦で、見極めさせてもらう。
「流星、天山、雷撃コースに入りました」
飛龍が唾を飲み込む音。
もしかしたら、僕か大淀の発した音だったのかもしれない。それすらもわからないほどに、僕ら3人は緊張している。
「流星のスキル、【破軍雷撃】発動。続いて天山、【月下の一撃】発動。着弾まで5、4、3・・・」
「ずいぶんと踏み込んだ雷撃だ。あれは怖いよ」
「ムリをするなって言ったのに・・・」
「着弾。敵駆逐艦2、大破。いえ、轟沈です!」
2隻の怨霊が、真っ二つになって沈んでいく。
慌ててそれを避ける後続に、流星と天山は機銃を撃ち込んでいるようだ。
「大丈夫なのか、あれ・・・」
「九九艦爆のために、対空機銃の気を引いているんだと思うよ」
「ですね。九九艦爆、爆撃コースに乗りました。爆撃まで10秒」
自分はオバサンだと笑った九九艦爆は、自分の長所も短所も理解している大人の女性だった。
だから僕は彼女を好ましく思っているし、オバサンなんて思った事は1度もない。
「爆弾投下」
「スキルは?」
「彼女のスキルは【一番槍の女傑】。速度と運動性向上の常時発動型スキルです。敵駆逐艦1、中破」
「爆撃を終えてすぐ、3機とも離脱。怪我もなさそうだ。これでだいぶ有利になったね、司令」
「伊402の雷撃がそろそろだと思う。もう1隻だけでも減らしてくれたら、無傷の勝利もあるね」
「装填は終了しているようです。魚雷発射管、開放」
魚雷は、銃のようにポンポン撃てないと伊402は言っていた。
だから初撃に、すべてを懸けるのだとも。
「艦首8門、魚雷斉射!」